第六話
時間は二人が投獄された数時間前まで遡る。
シーボルに来てから丁度一週間が経過した頃、二人は最近、半ば習慣となりつつある図書館に来ていた。その目的はもちろん、伝承、おとぎ話系の話からの情報収集であり、ここ最近は毎日そのコーナーに居座っていた。30歳そこそこのおっさん二人が真剣に昔話を読みふける。はたから見れば結構シュールな光景なのであるが、二人にそんなことは関係無い。わらにも縋る思いなのだから。
ザッザッザッザ……
普段は静寂に包まれている図書館が、何やら慌ただしい様子であることに気付いた二人は、その原因を探るべく入口付近に目を向けた。
そこには、十数名の甲冑に身を包んだ騎士っぽい人達がおり、なにやら司書と話している。近くで何か事件でもあったのかと、二人は特に気にすることもなく、本を読み続けた。しかししばらくしても、依然ざわざわと騒がしいため、和己は若干いら立ちながらちょっと文句でも言ってやろうかと視線を上に向けると。
「貴様らか? 最近この図書館で昔話に興味津々な二人のおっさんというは!」
気付けばその騎士っぽい人達に周りを囲まれていた。
一瞬焦るが、二人はそもそも悪いことをしているわけでは無い。単なる読書である。質問に関しては若干言い返したくなる内容ではあったが、客観的に見れば実際その通りかと和己は思い直し、素直に応じることにした。
「そうやけど……急になんなん? 別に読んだらあかんってわけやないんやろ? ここ図書館なんやし」
「我々は領主様付きの騎士である! 領主様がお呼びだ!」
そう言うと周りを囲んでいた数人の騎士達が、和己達の腕をつかみ力づくで立ち上がらせる。
「え? ちょ、急になんやねん!」
「いや! やめて! そんな無理矢理! 親にも無理強いされたことないのに!」
「それはお前に誰も期待してなかっただけちゃうんか?」
「な、なんだ……と……って痛い痛い! 分かったからそんなに引っ張らないでぇ~!」
30年そこそこ生きてきて初めて知らされる驚愕の事実に、正義は呆然と立ち尽くしていたが、直後、問答無用で騎士達に引っ張られる。和己もさすがにこの人数相手に抵抗は無駄だと観念し、大人しく騎士達に付いて行くことにした。
こうして二人は、領主邸に強制連行されるのであった。
領主邸は丁度、町を一望できる場所にある少し小高い丘の上にあった。屋敷というよりはどちらかというと石造りの小さな城といった感じで、町の領主邸でこの立派さなのかと和己は驚愕していた。
そして、二人が領主邸に入り連行された場所。そこは広い部屋であった。入口から部屋の奥まで赤絨毯が道のように敷かれており、その先の少し高くなったところに、無駄に豪華な衣装に身を包んだ、40歳そこそこのまるまる太ったおっさんが座っている。二人はその部屋の中央辺りまで連れて来られた。
「(なんやこの人……王様か何かと勘違いしとるんちゃうか。それともこの世界の領主って、皆こんな感じなんやろうか)」
和己は色々ツッコみたい衝動に駆られるのだが、二人の後ろには、先ほどの騎士が常に目を光らせているため、あまり不要な発言はするべきではないかと諦める。
「ボクがこのシーボルの領地を治める、アンビリィ男爵なのであーる!」
「おい、カズこの人、語尾あーるやぞ! 俺初めて聞いた! どっかの究極超人もびっくりやな!」
「あほ! 声がでかい! ちょっと声のトーン抑え! あーる言うとるけど一応貴族やぞ!」
「そ、そやな……」
正義は、胡散臭い中国人でもここ最近使わないような、絶滅危惧語尾を聞き興奮している一方、和己はその発言がアンビリィ男爵の耳に入るのではとヒヤヒヤしながら正義を注意する。幸いアンビリィ男爵には二人の会話は聞こえていなかったようで、気にした素振りも無く話し始める。
「貴公らが、図書館で昔話に興味津々な30歳そこそこのおっさん二人であーるか?!」
「……そうや」
和己はアンビリィ男爵に「あなた達の事情を知らない者は、皆そういう目で見ていたんですよ!」と、声高々に宣言されたような気がして、若干気恥ずかしく感じながらも肯定する。
「あれは三日前のことであーる! ボクはご神託を授かったのであーる!」
「「……」」
なんの偶然か、二人はつい先日もどこかで似たような言葉を耳にしたことがあった。顔に出すことはなかったが、何やら物凄くよくないことが起こるような、そんな予感がする和己。
「そして授かった内容であーるが『図書館で昔話に興味津々な30歳そこそこのいい歳したおっさん二人がいれば、その者を招き歓待せよ』とのことなのであーる!」
「はぁ……」
歓待するというアンビリィ男爵の姿勢に、気のない返事をしながらも、内心胸を撫で下ろす和己。しかしながら、同時に以前屋敷で起こったトラブルを思い出し、ここでもそういうイベント目白押しなのではと不安を募らせる。一方、正義はというと、歓待イコール豪華な食事という方程式が成り立っているのか、高まる期待を内に隠しもせずニコニコとプライスレスをまき散らす。
「それでは早速、歓待の準備に取り掛かるのであーる! この者達を例の場所へ!」
「ははっ!」
そして二人はまた強制連行されて行くのであった。
「なぁマサ。またうまい飯食えたりするんかな? 俺楽しみや!」
「そうやとええけど……」
そして現在、二人は……
「なんでやねん!」
「スマイルか!? 俺のスマイルが悪かったんか?!」
なぜか牢屋にいるのであった。
「どないなってんねん。歓待言うてたんちゃうんかい!」
「俺分からないよ! 嬉しい時に笑っちゃダメなんだったら、どんな表情をすればいいのか全然分からないよ!」
二人はアンビリィ男爵との謁見後、更衣室のような場所に連れて行かれ、メイド達によって見るからに丈夫そうな服へと着替えさせられた。若干違和感を覚える和己であったが、仮にも領主の歓待を受ける立場の人間なのだから、今までの服では失礼に値するのかと思い納得する。しかしその後、なぜか地下牢に閉じ込められるという事態に発展。これにはさすがの和己も理解が及ばず混乱する。そして正義は若干新世紀感を出しながらうろたえていた。
しばらく二人がその調子でわーわーわめいていると、牢屋の前に一人の騎士が来た。
「歓待の準備が整いましたのでどうぞこちらへ」
「(口調は丁寧なんやけどなぁ……)」
そう言って騎士は二人を歓待現場に連れて行く。場所は領主邸にある地下牢のさらに地下であった。そしてそこは……
「さぁ働けぇ! 死ぬまで働けぇ! 泣こうがわめこうが命乞いしようが、ここでは働かない者は死あるのみだ! さぁ働け働けぇ!」
「こ、こいつは昨日から熱を出してて! お、お願いです! 少し休ませてやってください!」
「問答無用! 働け働けぇ!」
「ひぃい!」
「ふははは! お前達奴隷は領主様のために、一生をここに捧げるのだぁ! それを喜びに感じ働け働けぇ!」
「申し訳ございません! つい我慢できずに!」
「休憩でもないのに勝手に水を飲むとは何事だ~! お前は熱々鉄板ダンスの刑だー!」
「ひぃいいい! お許しをぉおお!」
豪華で平和な領主邸内とは真逆の光景が繰り広げられていた。
「何この世紀末感……地下にピラミッドでも建てる気なん?」
「こんなところに連れてくるような歓待て、一体何するつもりなんや……」
二人がしばらく呆然としていると。
「では、こちらへどうぞ」
騎士に案内されたのは地下の奥にある行き止まりであった。そこで和己達に渡されるつるはし。
「「え……」」
こうして二人の強制労働の日々が始まったのであった。
結局初日以降、アンビリィ男爵に会う機会も無く、地下と牢屋を往復する毎日を過ごす二人。正義は気持ち痩せたようであった。しかし、膝に爆弾を抱える正義に、強制労働の日々はかなりこたえたようで、なんとか別の職をと訴え続けた結果、現在は牢屋内にて造花の内職をさせられている。
そして数日が経過したその夜……
「カズ見てみ! この花凄いやろ! 俺のオリジナルやで! 名前は……」
「何をちょっと楽しみ見出してんねん! ってうまっ! ……違う! そうや無い! お前はずっとここにおるつもりなんか?!」
「いや、そういうわけや無いんやけど……」
「しかしなんやねんこれは……いまだに全く分からん。強制労働させる割りには見張りもそんなにやいやい言うてこんし、食事も3食きっちり出るしバランスもええ。牢屋も鉄格子はあるけど布団もあるし、トイレも付いとる。正義のわがままも通りよるし……ここの領主の目的が全く分からん」
「ボクの歓待は気に入ってくれたであーるか?」
そこにいきなり、アンビリィ男爵が姿を現した。驚く二人。
「何が歓待やねん! ただの強制労働やろ!」
「そやそや! お前のせいでちょっと手先が器用になってもうたやないか!」
「そもそも歓待の意味分かっとるんか?!」
「し、失敬であーる! 普段奴隷共にやらせているような行為のことであーる! ボクだってそれくらい知っているのであーる!」
「なんでやねん!」
「それは違うよ!」
キレのあるツッコミを見せる和己と、論破好きの青年が放ちそうな言葉を発砲する正義。
どうやらこのアンビリィ男爵は、歓待という意味を、可愛がり行為の親戚か何かだと思っていたらしく、それなら普段奴隷にやっている可愛がり行為、という名の強制労働を楽しんでもらおうと、騎士達に命令して和己達に強いていたとのことであった。一応、他にもアンビリィ男爵の可愛がり行為の中には、色事的な要素も含まれるのであるが、さすがに30歳そこそこのおっさんを抱く気は無かったようで、それに関してはwinwinの関係であったと言えよう。
改めてアンビリィ男爵に歓待の本当の意味を教える和己。
「そ、そんなまさか……ボクが間違っていたというのであーるか?!」
「そうや! だからええ加減ここから解放せぇ!」
「ボクに限ってそんなミスをするわけ……まさかお前達……ボクを騙そうとしているのではないのであーるか?! そうはいか……な……」
「なんや? 急にどうしたんや?」
「も、もしかして怒った? ……あのよかったら、俺がさっき作ったオリジナル造花の宝物殿をあげるから許してくれへん?」
「えらい大層な名前なんやなそれ……」
アンビリィ男爵が急に黙ったので、ちょっと言い過ぎたかと不安に思う和己と、ご機嫌取りに回った正義。しかしアンビリィ男爵は、何も言わずそのまま前のめりに倒れるのであった。そして背中には……
「な、なんやこれ……」
「え! え、え? えぇ……」
ナイフが突き立てられているのであった。
「お前達、早くここを出る」
一人の黒装束が和己達に声を掛ける。
「お、お前誰やねん……」
「いいから早く出る。あまり時間無い」
そう言うや否や、黒装束は牢屋の錠に手を掛け、目にも止まらぬ速さで破壊する。
あまりの手際のよさ、そして雰囲気にのまれ黙って指示に従う二人。
「これお前達の荷物。受け取る」
「あ、ああ、そらどうも……」
「では、静かに付いて来る」
「は、はい……」
「(人殺ししといて全く動揺しとらん。おそらくそっち関係のプロなんやろうけど……)」
牢屋から外に出る間の見張りは既に全員倒れており、あっさりと脱出することに成功するのであった。
道中、正義がブツブツと「あれは皆眠ってるだけ、あれは皆眠ってるだけ……」と呪文のように唱えていたが和己はそれをスルーした。
「えっと……どこのどなたか存じませんが助けてもろて、ありがとうございました」
「あやうくもう少しで造花道を極めるところでした!」
和己はとりあえず、黒装束にお礼を言う。そして助けた目的を聞こうかと思ったその時、黒装束が口を開く。
「感謝要らない。お姫様を助けるのが任務。それが仕事」
「……え?」
周りを確認する二人。和己達と黒装束以外に人の姿は無い。
「ど、どこにお姫様がおりますの?」
「……あれ? お前達お姫様違う?」
「いや、こんなおっさん二人は絶対に違うと思うんやけど……」
「……」
和己のソフトなツッコミに黒装束はしばらく沈黙していたが、その後プルプルと震えだし、地面に膝と両手を付き、うな垂れた。
「……しまった……また……やってしまった……」
「い、一体何をやらかしてもうたんです?」
目の前で物凄く落ち込んでいる黒装束におそるおそる質問する和己。
「また……人違いをしてしまった……」
「……ええぇ。俺らとお姫さんを間違うって……意味分からん……」
「よ、よくあること……なんですか?」
ドン引きする和己の隣で、正義が好奇心に負け、興味本位で聞いてみる。
「実は先日も暗さt……これ以上は言えない」
そして盛大に後悔する。
「カ、カズぅ~今この人、絶対暗殺って言いかけたでぇ! しかもそのターゲット間違ったっぽいでぇ! うっかりさんにもほどがあるでぇ!」
「耳元でうるさいねん! ちょっと落ち着け! ……し、しかし、なんか色々凄い人っぽいな」
そして黒装束に聞こえないように、気をつけながら小声で叫びあった。
和己が正義をなだめ終え、改めて黒装束を見ると、既に立ちあがり膝などに付いた汚れをはたいている。どうやらショックから立ち直ったようであった。
「まぁいい……お前達はどうする? 牢屋に戻るなら、手伝う」
「あ、け、結構です!」
「間に合ってます!」
「そうか……では、私は再度お姫様を助けに行く。では」
「さ、さいですか。頑張ってください……」
「今度は失敗せんようになー」
「それは分からない。けど頑張る……あっ」
何かを思い出したのか再び膝と両手を付く黒装束。
「し、しまった……またまたやってしまった……」
「こ、今度は一体何をしくじったんや……」
「なんやろ。なんやろ」
呆れる和己と、その隣で既にワクワクしだしている正義。
「この任務……極秘だった……」
「……そらそうやろうねぇ」
なにしろ一国のお姫様を救出する任務なのである。極秘で無い方がおかしい。そして、おもむろに立ち上がり和己達を見つめる黒装束。
「知られたからには……」
そう言って懐から何かを出そうとする黒装束。
「いやいやいや! 俺らも聞きとうて聞いたんちゃうし! 誰にも言う気あらへんし!」
「ですです! 俺らの口はオリハルコンより固いってちまたで有名やし!」
和己達は必死に黒装束を説得する。
「……本当に?」
「「本当に!」」
久々に声がハモる二人。そのハモりは十数年組んだ漫才コンビでも、一度有るか無いかというくらい綺麗なハモリ方であった。
「まぁ良い。顔は覚えた……もしちょっとでも今回の任務や、私の噂を耳にしたら……」
「はい! そらぁもう絶対に誰にも言いません!」
「ですです!」
コクコクと8ビートを刻む赤べこのように、首を上下に揺らす二人。
「……口を滑らした私の過失もある。今回は見逃す」
「ありがとうございます!」
「ありがとうです!」
「では、くれぐれも……」
そう言うや否や、男は物凄い速さで領主邸の中へと姿を消した。
それを呆然と見送る二人。
「あの人、結局なんやったんやろうね」
「わからん。ただ者や無いんは確かなんやけど……なんにせよ……助かったんか?」
「そうみたいやね」
「「……」」
とりあえず、脱出できたこと、そして命を取られなかったことに安堵する二人。
「でも、今お姫様言うてたな」
「言うてたね」
「……ここの領主、お姫様誘拐しとったんかい」
「「……」」
改めて屋敷を見上げる二人。
「マサ俺思うんやけど」
「奇遇やな。俺もカズに言いたいことあんねん」
「「……」」
二人は顔を見合わせ呟いた。
「「この町はよ出よう」」
今度のハモりはさらに絶妙で、タイミング、音域、イントネーション、全てが一致したまさに完璧なハモりであった。それは何十年も連れ添った熟年夫婦でも、生涯に一度あるかどうかであろう。
その後、深い時間帯ではあったものの、二人は文句一つ言うことなく、急いでシーボルを後にしたのだった。それはまさに兎も真っ青な行動の早さであった。
結局、アンビリィ男爵がお姫様をさらった理由など、いくつか疑問は残った二人であったが、既にどうでもよく、また深入りしたくないため、それを解明する気もさらさら無いようであった。
数日後、シーボルにて領主とその側近数名が病死したと発表があった。
急な病死の報に、町では、疫病、自殺、お家騒動による身内殺し、暗殺など、様々な噂が飛び交った。
当然、二人にそれを知るすべは無い。
そして、二人がシーボルを離れて約一カ月後、そこには……
「毎度おおきにぃ~!」
満面の笑みで接客をする和己の姿があった。