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最終話

 コノヨデイチバンサイキョーン――有史以来、片手で足りるほどしか目撃例は存在せず、一番最近の記録ですら数百年前にさかのぼる。しかしながら、その圧倒的な暴力により、出現する度に人類は絶滅の窮地に追いやられており、数百年経った現在でもそれは恐怖の象徴として後世に語り継がれ、紙が普及してからは図鑑の一番最初に掲載されているほどであった。

 その体躯は数十mにも及び、全身は漆黒の鎧に包まれ、片手には身の丈と同じサイズの巨大な剣を携える。そして、その巨体から繰り出される一撃は、数度振るうだけで町が壊滅し、地形が変わるほどの威力を誇った。それはもはやこの世界の住人にどうこうできる代物では無く、魔物という次元を超え、ただただ過ぎ去ることを祈るしかない厄災そのものと言っても過言ではなかった。

 と、本来、魔物図鑑にはそのようなことが記載されているのであるが、異世界翻訳されたそこには『この世で一番強ぇやつ』としか記されていないため、どちらにしろ和己達はその情報を知る術は無かった。ただ、今回はそれが幸いし、すぐそこまで迫るそれを見ても、そこまでの絶望を感じることなく、ただただ周囲の状況に戸惑うばかりであった。

 一方、小さい頃からおとぎ話として聞かされていたこの世界の住人達は、恐怖が体を支配し震えて動けなくなっており、和己が確認した狩人達だけでなく、騎士達もまた同様の状態であった。

 絶望が支配するそんな場所に、地面を揺らしながらだんだんと近付いてくる黒い元凶。周囲の状況からとんでもない事態が起こっていることはすぐに判断できた和己は、脳内をフルスロットルで働かせ、状況の打破を試みる。


「(なんやあれ!? 名前とのギャップがありすぎやろ! あんなでっかいもんにどうやって対抗するんや?! 周りの狩人……どころか兵士もおそらく役に立たんやろうし、ギーモスんところの隊で向かったとしてもおそらく攻撃力不足でほとんどダメージは通らんのとちゃうやろか。となると、今んとこ考えられる唯一の対抗策は……隣で口開けっぱなしであほ面さらして見上げとる正義の膝爆弾だけやけど……果たしてこんなもんに効くんやろか。でも、それしか方法が無いんやから……)」 


 しかしながら、特にこれといった名案が思い浮かばず、圧倒的な戦力差を確信しつつもこちらの最大戦力に声を掛けようとしたところで……


『ヤットダ……ヤットフクシュウノトキガキタノダ……コノヒヲ、ドレホドマチノゾンダコトカ……』

「「「ひぃい!」」」


 大地を震わす重低音が眼前に迫る黒い山から轟くのであった。さらに竦み上がる周囲の者達。おそらく和己達もその声の意味が理解できなければ同様に恐怖していたことであろう。しかし、異世界人たる和己達に備わっている翻訳能力によって、そのうなり声は言葉として理解できた。そして……


「復讐やと?」


 つい聞き返してしまうのであった。


『ホゥ……ドウヤラ、ワレらノコとバガ、分カるトみえる』


 その返答に興味を示したのか、歩みを止め和己を見下ろすコノヨデイチバンサイキョーン。声のトーンが落ちたせいか、はたまた異世界翻訳が最適化されたためか、先ほどより聞き取りやすくなったコノヨデイチバンサイキョーンの声を聞き、今までの魔物と違いもしかしたら交渉の余地があるのかもしれないと思い至った和己は、ここぞとばかりに問い掛けた。なにせここで止められなければ、この町共々自分達も滅ぼされる可能性が大なのである。和己が必死になるのも当たり前であった。


「復讐って一体どういうことなんや? この町に恨みでもあるんか?」

『この町などではない。この世界そのものへの復讐だ』

「なんやねんそれ……」


 そして、開始そうそうそんな余地も無いことを理解する。対象が町や人単位であれば、冷酷な決断が必要であったかもしれないが、それを実行するかどうかは置いといて、少なくとも現状を打破しうる一つの材料にはなったであろう。しかし、対象がこの世界となってしまえばそれはもう、万物すべてが対象と言われたも同然であり、それに対する返答を用意していなかった和己は言葉に詰まってしまうのであった。


「……その復讐、今やないとあかんのか? できればもうちょい待ってほしいんやけど」


 なんとか他に望みは無いものかと和己は続けざまに質問を投げ掛ける。名案が浮かぶまでの時間稼ぎという意味合いもあった。


『十分待った! 我らははらわたが煮えくり返る思いをこらえ、今この時を待っていたのだ!』

「(あかん! やってもうた!)」


 しかし、その提案があだとなったのか、急に口調を荒げるコノヨデイチバンサイキョーン。和己が選択肢を間違えたことに気付き後悔するも、時既に遅く、おもむろに剣を振りかぶるコノヨデイチバンサイキョーン。それによってできた大きな影が和己達を覆い尽くす。


『恨むなら、あの女を恨むんだな!』

「マサァアアア!」

「うぉおおおおお! 届けマイソォオオオオオオルゥア!!」


 和己の意図を汲み正義は今まさに振り下ろされんとする強大な剣に向かって、膝を上げ絶叫と共に地面へと打ち下ろす。それは、本人のイメージでは天を貫かんばかりに高く上げているものであったが、はたから見ればマラソン前の準備運動レベルであり、いかにも滑稽な姿に見えたことであろう。しかしながら、本能が確保した生存に必要な魔力以外を全て膝に込め、全体重を乗せたそれは……


 ッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 今までのような乾いた音ではなく、爆音を轟かせ盛大に弾けるのであった。そして、そこから溢れ出た魔力を伴った血流は猛烈な勢いのまま、一つの塊となってコノヨデイチバンサイキョーンへとほとばしる


『ぬぅ! 小癪こしゃくな!』


 なんとか振り下ろされた剣を弾き、勢いは衰えたものの、そのまま血流は本体へと直撃するのであった。ただ、鎧の表面をわずかに溶かすに留まり、本体にはほとんどダメージは通っていないようであった。巨体に似合わない素早い動きで、再び剣を振るうべく構えなおすコノヨデイチバンサイキョーン。


「マサ! 次来るで!」

「ちょ、ちょっとまって。そんな急に言われても……」


 正義は顔面蒼白で今にも倒れそうなほどふらふらであった。おそらく修行を終えた今の正義なら、通常の膝爆弾であればそれほど負担にはならず、仮に数十発撃ったとしても軽い貧血を覚える程度で済んでいたことであろう。しかしながら、全体重とほぼ全魔力を込めた膝爆弾は正義の体内から致死量一歩手前まで血液と魔力を奪いとっており、異世界人特有の異常な回復スピードをもってしても、とても連射できるような状態ではなかった。


「(あかん! 間に合わん!)」


 最後まで諦めることのなかった和己がついに万策尽き、死を覚悟したその時であった。


「ぬ? ぬっはぁああああん!」


 正義が近年稀に見るほどのキモいあえぎ声をあげ、肘を押さえだしたのである。そして、周囲がその声にドン引きする間も無く、抑えられていた肘から光が漏れ、その光は瞬くまに正義を包み込み……


『がっ!』


 正義の肘から腕にかけて1mほどの光り輝く大きな盾のような物が現れ、再度、強大な剣を弾くのであった。しかも今度は弾き返すだけでなく、そのあまりの衝撃にコノヨデイチバンサイキョーンからその剣を手放すことにさえ成功する。吹き飛ばされた巨大な剣はそのまま後方にある森に着弾し、木々をなぎ倒し小さなクレーターまで作りだすのであった。


「どんなけ重いねん……」

「ぎ、ぎゃぁああああ!」

「なんや?!」


 そのあまりの質量に呆然とする和己の隣で、急に絶叫する正義。


「肘がぁああ! 肘に電気がぁあああ!」


 肘を抑えながらごろんごろんとその場にのたうつ正義。どうやら、剣の衝撃を全てその肘で受け止めたのが原因で、凄まじい痺れを感じているらしい。


『なんだこれは……』

「でも一体なんで……あっ」


 自身の自慢の剣を弾かれた事実にさすがに呆然とするコノヨデイチバンサイキョーン。同様に和己もその原因を探るべく、正義に注目し……一つ思い至るのであった。


「肘の違和感か……。膝の次は肘か。あほらし……」


 正義が元の世界で感じていた肘の違和感。それが膝爆弾に続き、こちらの世界に来て窮地に陥ったことにより覚醒したのであろう。その事実に思わず呆れる和己。


『こんな馬鹿なことがあってたまるものか!』


 剣を弾かれ激高したコノヨデイチバンサイキョーンが何かをぶつぶつと唱えだした直後、自身の周囲に無数の火の球を浮かび上がった。そして、それらを激情に任せて解き放つ。


「ひぃいいい! ぎゃぁああああ!」


 依然のたうっていた正義であったが、急激な魔力を変動を感じとり本能の「このままじゃ焼豚っすよ!」という訴えを素直に受け入れ、すばやく立ち上がると、びびりながらも迫りくる火の球に向けて肘を突き出した。そして、再度襲う肘への衝撃に絶叫し、ごろんごろんとのたうち回る。

 一方、跳ね返された火の球はなぜか大きさが倍になり、コノヨデイチバンサイキョーンに向かって飛んでいく。


『ぐぅうう!』


 まさか魔法まで跳ね返されるとは思っていなかったコノヨデイチバンサイキョーンは、素早く両手で顔を覆いガードしたものの、全身に火の球を食らい思わず膝を突く。

 圧倒的な戦闘差を物ともせず、その攻撃をすべて凌ぎきるというあまりに非現実的な状況に、周囲の者は理解が及ばずただただ見守り続ける。


『まさかこのような者がいるとは……こうなれば……』


 コノヨデイチバンサイキョーンはゆっくりと立ち上がると、再度ぶつぶつと唱えだす。しばらくすると頭上に巨大な魔法陣が現れ、そこに手を入れ身の丈を大きく超える漆黒の槍を取り出すのであった。


「マサ! はよ起きんかい! 次来るで!」

「でもあいつの攻撃を受けるたびに肘が! 肘に電気がぁ!」

「じゃかぁあしい! んなこと言うとる場合や無いやろ! お前の肘より大事なもんが今ここにはぎょうさんあるんや! ちょっとは気張らんかい!」

「ひぃいい! 鬼ぃ!」


 正義の首根っこを持ち無理矢理立たせる和己。和己自身、正義にかなりの無茶振りをしていることは重々承知であったが、現実問題この状況を打破できる可能性は正義にしか残されておらず、和己は和己のできること……すなわち、正義を荷馬車のごとく働かせることに注力するのであった。

 そして、コノヨデイチバンサイキョーンの引かれた腕から、今まさに槍が突き出されんとしたその時……


『ぐっ!』


 急にコノヨデイチバンサイキョーンが動きを止めるのであった。別に正義が槍を受け止めたというわけではない。和己はその光景をいぶかしげに見詰めながらも、どこか既視感を覚える。


「ふふ。やっと捕まえたわよ」


 そう呟きながらどこからともなく現れた黒いフードを被った人物。和己達はその人物に見覚えがあった。


「もしかしてこれやったん……カーサなんか?」

「ええ。ちょっとあいつの抵抗力が強くてなかなか捕まえられなかったけど、あなた達のお陰でようやく捕まえることができたわ。あとは任せておいて」

「た、助かったぁ……」


 カーサの言葉を聞き、やっと休憩できるとその場に倒れ込む正義。その様子をまるで聖母のような微笑みで見守るカーサであったが、一転キッと鋭い目付きに変わったかと思えば、コノヨデイチバンサイキョーンを見上げ、何やらぶつぶつと唱えだすのであった。もちろん魔法なのであるが、カーサが紡ぎだすそれはただの呪文ではなく……


『メノマエノヤツヲグッチョングッチョンノバッキバキニシッチャウヨー。ツブスヨーツブスヨーイッタイヨー』

「おいおい、それってまさか……」


 古代語であった。和己は以前その言語をサンバルにて聞いたことがあったが、それはあくまで魔物が唱えていたものであり、そこにいた魚人に至っては理解すらできていないようであった。それを見ておそらく魔物にしか使えない魔法なのであろうと思い込んでいた和己であったが、目の前のカーサはそれを難なく唱えられている。


『こ、この魔法は……』


 驚愕していたのは和己達だけでなく、コノヨデイチバンサイキョーンも同様であった。どうやらカーサが唱えている魔法に見覚えがあるようである。


「じゃーね、サイキョーンちゃん。『ペッチャペッチャノペッチャンコー』!」

『ま、まさか貴様はぁ! 一度ならず二度までも我を……我をぉおおおお!』


 コノヨデイチバンサイキョーンの目の前に極々小さい黒い粒が現れたかと思うと、それにみるみる引き寄せられていく。コノヨデイチバンサイキョーンも激しく抵抗しようとするも、思うように体が動かせないようで、ついにその黒い粒の中に吸い込まれるのであった。同時に、周囲に散乱している無数の魔物の死体も引き寄せられていき、未だ吸引力の変わらないそれは、結局、周囲から魔物を一匹残らず吸い取りつくすのであった。そして、しばらくの沈黙の後……


「もしかして……俺達、助かったの……か?」

「や、やった……」

「「「う、うぉおおお!!」」」


 辺りを大歓声が包み込むのであった。




 あの激闘から数日、王都はてんわわんやの大騒ぎであった。なにせ伝説の魔物が現れたものの、同時にそれを倒す者も現れたのである。それは世界が救われたことと同義であり、祭りにならない方がおかしかった。しかし、コノヨデイチバンサイキョーンを倒した張本人であるカーサは倒してすぐに行方をくらませたため、代わりに和己達が伝説の魔物と善戦した勇者として称えられる事態に発展してしまい、和己達はご神託を達成したことを喜ぶ暇も無く、カーサを恨みながら日々担ぎ上げられる毎日を過ごすのであった。


「も、もう勘弁や……」

「飯はうんまい。うんまいんやけど……あんなん続いたら逆に痩せてまうで……」

「それは無い」


 久々に開放されは、数日振りに治療院に戻りほっと一息つく二人。実は討伐以来、ずっと王都の城にて非常に厚い待遇を受けていたのだが、半ば軟禁に近い生活を強いられており、ひとしきりのイベントが終わりやっと戻ってこられたというわけである。もちろん、そんな状態の二人に治療院を開ける元気があるわけもなく、扉には『臨時休業』の札を掛かっていた。


「それは仕方ありませんよ。なにせ勇者様なわけですから。お茶、ここに置いておきますね」

「おおきに。って、キョウコさんもそんなこと言うん止めてぇな」

「ふふっ、ごめんなさい。でも事実じゃないですか?」

「確かにそれはそうなんかもしれんけど……倒したんは俺らやない……まぁいいわ。なんにせよ。無事に生きて帰ってこれてよかったわ。にしても……」

「にしても?」

「ああ、なんでもあらへんよ。気にせんといて」


 ここ数日、歓待という名の拷問を受けながらも、和己がずっと考えていたこと。それは……


「(いつになったら元の世界に帰れんねん!)」


 であった。最終的には自身の力では無かったものの、結果だけみるとご神託は確かに遂行されているのである。あれからその時を、今か今かと首を長くして待っているのであるが、一向にそれらしい兆候は見られなかった。


「(やっぱり、ご神託に踊らされただけやったんやろか)」


 今後はご神託は絶対に信用するものかと、固く心に誓う和己の耳にふとある音が聞こえてくるのであった。


 コンコンコン。


 和己達が帰ってきたことを聞きつけた患者が早速やってきたのかと、緊急以外の症状なら断ろうと思い扉を開いた和己であったが、そこにいたのは……


「おひさっ」

「お前!」


 黒いフードを被った人物――カーサであった。




「お前のせいで俺らとんでもない目にあっとってんぞ!」

「そやで! うんまい飯食わされたり、だだっぴろい風呂入らされたり、寝る前にマッサージいうて全身揉みほぐされたり!」

「聞く分には全く不満なさそうなんだけど?」

「……あれ?」


 とりあえず、文句も含め、色々言いたいことがあった和己は、カーサを店の中に招き入れ、早速、文句を言い始める。同様に、一言文句を言ってやろうと意気込む正義であったが、嫌な思い出はすぐ忘れることに定評のある正義の問い詰めは全然詰められておらず、すっかすかの言い分を容易たやすくかいくぐったカーサからカウンターパンチを食らい、ぐうの音も出せなくなるのであった。


「まぁそんなことより、一体何しにここに来たんや?」

「えっとぉ……あなた達に言っておかなきゃいけないことがるんだけど……その……」


 先ほどまでと違い、急に言いよどむカーサ。その視線の先にはお茶を運んできたキョウコの姿があり、察した和己は、キョウコに席をはずしてもらうことにした。


「で、そんな人に聞かれたらまずいようなことって一体なんやねん」

「実は、ご神託のことなんだけど……」

「なんでそれを?!」

「実はね、あれ授けてたの……私なの」

「……は? いやでも、最初のご神託って確か……屋敷やったはずやで? しかも数十年前に授かったって……」


 カーサの口から急に『ご神託』というキーワードが出てきて、途端に身構える和己であったが、続けざまのカーサの言葉に、最初にご神託を授かった人物との出来事を思い出し、カーサの穴だらけな話に反論する。


「うん、だからそれも私なの。で、カーサっていう名前も実は偽名で」

「ま、まさか……お前……」

「え? どゆこと? ん?」

「私の本当の名前は……アスカっていうの」

「はぁ!?」

「え? アスカって……誰?」

「お前が大好きなメイドがおったとこの主……つまり屋敷の前主様やな。一緒に墓作ったやろ?」

「そんな昔のことまで覚えてるってカズ凄いな! へぇ~前の主さんなんか~確かにリリーアフトちゃんに見守られながら一生懸命穴掘っ……おばけ?!」

「「遅っ!」」 


 その後、カーサ――を装っていたアスカから聞かされた事実は想像を遥かに凌駕するものであった。数十年前に確かに死んだと思われたアスカであったが、実は自身に掛けた呪いは成功しており、いつでも生き返られる状態にあったということであった。それなのになぜ、屋敷にいる忠実な執事とメイドを裏切ってまで死んだ振りをしていたのかというと……


「この前倒したやついるでしょ?」

「コノヨデイチバンサイキョーンっていうふざけた名前と戦闘力を持っとったやつやな。あいつがどうしたんや?」

「実はあいつが本来住んでる場所、まぁいわゆる魔界とも地獄とも呼ばれているところがあるんだけど、そこにちょ~~~~っとだけちょっかい出しちゃってね」

「おいおいおい……」

「そのことで、私だけにやり返すなら別に問題無かったんだけど『お前の死後、お前の住んでいる世界を破滅させてやるわー』みたいなことまで言いだすもんだから……」

「いや、ちょっかい出せるんやったら、アスカからその魔界いうところに出向いて、止めさせるなり倒すなりすればよかったんちゃうんか?」

「そう思って試してみたんだけど、一回行ってから急にガードが固くなっちゃってね。それ以降、全然行けなくなっちゃったのよねぇ!」

「それで何十年も死んだ振りしてたっていうんかい……」

「そうなのよ! あいつも早く来ればいいのに、変に用心深かったみたいで……もうすっごく暇だったんだから!」

「そらそうやろ……」


 アスカの発言にただただ呆れるしかない和己であったが、自身のこの世界であった嫌な記憶を思い出し、そこからある一つの疑問が浮かび上がり、それをアスカに投げ掛ける。


「そういや、この前みたいな実力あるんやったら、俺らが苦戦してたサーカス団の団長も瞬殺できたんとちゃうんか? ご神託云々がアスカ自身によるものやねんから、あの時とっくに俺らの場所は分かっとってんやろ? なんで動きを止めるだけみたいなことしたんや?」

「そりゃ、やろうと思えばできたんだけど……あまり力を発揮しちゃうとね、あいつに嗅ぎ付けられる恐れがあったからよ。だから極力目立ちたくなかったのよねぇ。なんてったって見付かっちゃったら私が我慢した数十年が無駄になるんだし!」

「ほうほう、アスカも割りと苦労しとってんなぁ~」

「あっ……」


 一見、アスカの苦労を笑顔で労っているように見える和己であったが、付き合いの長い正義は察するのであった。「これ、あかんやつや……」と。

 そんな事情を全く知らないアスカは、調子に乗って次々に新事実を喋りだす。


「そうなのよ! 和己なら分かってくれると思ってたわ! よかった本当のこと話して!」

「ちなみになんやけどな。俺らがこの世界に来たのは、偶然やんな?」

「そんなわけないじゃない! 私が呼んだのよ! あいつが動き出したら表立って動ける人間を自動召還する魔法陣を組んでね! 数十年経ってもちゃんと動くんだから凄いでしょ?!」

「そやなー確かにそれは凄いなぁー」

「でしょでしょ! もっと褒めてもいいのよ?!」

「つまり、今の話を全部まとめるとやな……」


 テイルセントから聞いていた人物像とはかなり掛け離れたアスカに内心驚いている和己であったが、上手におだてながらアスカから真実を聞きだすことに成功する。そして、ある一つの結論を口にするのであった。


「そもそも、お前が魔界に手出せへんだら、この世界はピンチにならんだし、俺らがこっちに来て死にそうな目に会うこともなかった……ちゅうことになるんやな?」

「……え? え、えっとぉ~それはぁ……まぁそのつまり……てへっ!」

「んなもんでだまされるかい!」

「アスカちゃんかわいい!」

「騙されんな!」


 その後、こんこんと正座で説教を受けるアスカであった。




「……大体なぁ、自分のケツも自分で拭けんようになって俺らを呼んだんやったら……それでもまぁめっちゃ怒るけど、まだ分からんでもない。でもな! お前の場合は! 自分で! やろうと思えば! 処理できる! 問題なんやろがい!」

「ひぃ!」

「それを目立ちたくないからー、っちゅうしょーもない理由で俺らを呼んだとか笑えるかい!」

「だ、だって……だっでぇ~!」

「だってもへったくれもあるかい! お前自分がしたこと分かっとるんか!? いたいけなおっさん二人の人生を弄んどるんやぞ!」

「ご、ごめ゜ん゜な゜ざい゜~! わ゜だじがわ゜る゜がっだでず~!」

「いんや! お前はなんにも分かってない! このままほっといたらきっとまた同じことやりよる! 俺がお前がやっと分かったと納得するまでは説教続けるからな!」

「ひぃいいいい! だずげで~ま゜~ざ~よ゜~じ~ざ~ん゜」

「かわいいアスカちゃんを助けたいのは山々なんやけど、俺、こいつと付き合い長いから分かんねん。その状態のカズは無理やな」

「ぞん゜な゜~」

「誰かに助けてもらおうと思っとる内は、全然反省しとらんいうこっちゃな! よう分かった覚悟せいよ!」

「びぃっぃぃゃやあああ!」

「アスカちゃんがんば!」




 その後、和己の猛烈は説教が功を奏したのか、素直になったアスカは和己達を元の世界へと戻すべく丸二日掛けて魔法陣を完成させるのであった。もちろん寝ずに……である。そこに和己の監視の目があったのは言うまでもない。

 そして、とうとう元の世界への魔法陣が完成し、この異世界と別れられる日を迎えるのであった。

 治療院の裏庭にて魔法陣の上に立つ和己達と、それを見守るキョウコとアスカ。

 帰るのだから隠す必要も無いかと、キョウコには既に異世界人であることは伝えてあった。もちろんそれ以外の真実は伏せている。もし全てを伝えたらアスカがこの世界で生きていけなくなりそうで、さすがに反省し素直になった今のアスカに、そこまでする必要は無いかと思ったからであった。


「色々おおきに。ほんま今まで世話になったわ」

「いえ、こちらこそ。和己さん達には本当に感謝してもしたりません。最近は森の魔物もおとなしいですし、皆仕事に専念できそうです」

「ははっ……そ、そやな」


 今までは単純に治療の代償だと、お金と感謝を素直に受け取れていた和己であった。しかし真実を知った今、魔物が増えた原因を作った人物から呼び出された和己達が、増えた魔物から傷を負った人間を治療するという、ある意味遠まわしなマッチポンプとも言える方式であった事実に気付いてしまい、素直に喜ぶことができず、キョウコの感謝の言葉にも戸惑いながら苦笑いを浮かべるばかりであった。


「んじゃ、アスカ頼むで」

「は、はい!」

「いよいよやな! オラわくわくすっぞ!」


 和己の言葉に異様に素直なアスカがぶつぶつ呪文を唱えだすと、魔法陣が淡く光りだす。その輝きはどんどん大きくなっていきやがて空を貫くほどの光の柱へとなるのであった。


「ほな、元気でな。もうあんな悪さするんやないで?」

「……」

「ん? どないしたんや?」

「カズはあほやなー! 別れんのが寂しくて涙こらえてるに決まってるやんか! アスカちゃん俺も実は寂しいんやで? なんやったら一緒に……」

「早く帰れ! ばーかばーか!」

「うぇぇえ?!」

「あ、やっぱりお前全然!」

「えいっ!」


 アスカが掛け声と共に勢いよく両手を魔方陣にかざすと、和己達の足元から光の奔流が沸き起こり、それに巻き込まれた二人は天高く打ち上げられるのであった。




「と、まぁこんな感じで俺らは無事にこの世界に帰ってこれたわけやな!」

「え? 終わりですか?」

「うん。そやで?」

「なんかこうもっと熱い展開とかないんですか!? 実はそのアスカさんがラスボスで壮絶な死闘を繰り広げるとか!?」

「いや、そんなことする必要無いし、仮にそうやったとしたら俺らこの世界に戻ってこれるわけないやん」

「それはそうですけど……あ、そうだ! その膝爆弾、でしたっけ? それ実際みせてくださいよ! そこからさらにイマジネーションが広がるかもしれないので!」

「ん? できへんよ?」

「……へ?」

「こっちの世界に戻ったら使えへんようになったからでけへんよ?」

「そ、そんな……」

「いやー俺ももし使えたら世界のヒーローになれたかもしれへんねんけどなー、非常に残念やなー!」

「も……」

「も? も、もずく! はい、次『く』やで?」

「もういいです!」

「うおっ!」

「もう少し書き応えのある小説になるかと思ったのに、結局最後はアスカっていう人頼みだったし、膝爆弾なんてダサい名前のスキルも結局使えないし……嘘だとしても、もう少しリアリティを出してくれてもいいじゃないですか!」

「いや、リアリティも何も……全部事実……」

「ああそうですか、分かりました! ありがとうございました! お金はここにおいておきますね! ……あぁ、時間の無駄だったかなぁ」


 勢いよく机にお金の入った封筒を叩きつけると男はぶつぶつ文句を言いながら、正義の家から出ていくのであった。


「それで良かったんか?」

「……なにが」


 奥の部屋から出てきた和己が、ゆっくりと腰掛けながら正義に問いかける。


「あいつが書いてる小説が売れたら、監修いうことでマサにもマージン入る言うてたやないか。もっと協力したってもよかったんとちゃうんか?」

「ん~……まぁそれはそうなんやけどなぁ。なんかもうええかなって……そもそも目立つん嫌いやし」

「……さよか」

「ほら! そんなことより気分切り替えてゲームするで!」


 正義の家の中に、らしくないしんみりした空気が一瞬流れるが、それを払拭するかのように正義は手を叩き提案した。


「そやな。そうするか」

「なんかちゃんとセーブもされとったみたいやし! 続きやるで続き!」


 そう言って正義が手にとったのは、ずっと敬遠していたサンドボックス型のゲームであった。和己達にとって色々と嫌な思い出が詰まる結果となってしまったゲームであるが、あれからしばらく経ち、ようやくその思い出も自分達なりに消化できてきたため、久しぶり再開することにしたのであった。


「意外と律儀なところあるんやなぁ。あのアスカも。ってかどんな魔方陣組んだらやってたゲームのセーブができるようになるんやろな……」

「それより、またイラっとしたから言うてアイテムボックスでコントローラーから電池抜くなよ! 今度またそれしたら俺の膝が黙ってへんで!?」

「お前がイラっとさせんのが悪いねん。あとお前の膝はこっちで使こうたらシャレにならんから絶対に使うんやないで!」


 そんなどうでもいいことを言い合っていると、ふと元凶の人物のことを思わず口にしてしまう和己。


「まぁでも……とりあえず、二度とこんなことにならんように、口をすっぱくして言いきかせたけど……はたして大丈夫やろか?」

「カズエグかったもんなぁ……俺もまさか大の大人があそこまでガチ泣きするとは思わんかったわ」

「あれぐらい言うとかんとな。二度とごめんやし。でも、結局あいつ反省しとらんかったな」

「まぁそこは最後の精一杯の強がりやったと思っとこうや。そうやないと……」

「そうやないとなんやねん」

「反省してないアスカがまた悪さして、巻き込まれることになるんかもしれへんねんで?」

「おいそれって……」

「まぁテンプレ的にはフラグってやつやわなぁ」

「マサお前、なんちゅうことを……」

「カズがアスカのこと口に出すんが悪いんやで?」

「「……」」


 その後、二人は黙ってゲームを続け、今ある平和がどれほど大事かを噛みしめるのであった。




 もじゃです。

 最終話、どうにかこうにかできました……

 ストックは相変わらずなかったものの、一応最終話までの流れはある程度決めてあったので「三日更新」いけるかと思ったのですが……今はとにかく書き上げられたことにほっとしているところです。

 ちなみに最終話といいつつ、実はあと一話あります。こちらは最終話で書ききれなかったアスカを少し補足する感じになりそうです。

 ごゆるりとお待ちいただければ幸いです。


 今回の小説を書きあげるにあたって3つの目標を立てていました。

 「10万文字以上」「三日間隔で上げる」「改稿はしない」なのですが……

 書いてみて分かったのですが小説を終わらせるのが、どれほど物凄い労力を必要とすることなのかを痛感しました。

 ほんと面白おかしく最後まで書きあげる他の作者様を尊敬する限りです。


 「改稿しない」ですが「せっかく読む時間をとってくれているのだから二度手間だけはしてなるものか」という気持ちのもと、設定した目標でした。と言いつつ、実は一話だけ私の手違いで改稿してしまっている物があります。最後の「次話投稿」を押していないことに気付いたのが、予約投稿時間後となってしまいこのようなことになってしまいました……

 ということで結局目標は一個しか達成できておらず、自身の力不足を痛感しております。以後精進ですね。


 そして、このような奇特な話に時間を割き付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございます。感謝の言葉以外ございません。

 今後もおそらく上げていくと思いますので、気に行って下されば、感想、評価などいただければ幸いです。


 では長くなりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。

 あと一話「EX」がありますが、これにてあとがきとさせていただきたいと思います。

 もじゃでした。

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