第十六話
和己達がご神託を授かってから三日後のことである。
その日の狩りを終えた狩人達でにぎわっている狩人組合に慌てて入ってくる一人の男。その男は一体何事かと見詰める狩人達の視線を振り切りそのまま奥の部屋へと入っていくのであった。そして数分後、奥の部屋から先ほどの男と共に一際がたいのいい男が登場し、組合にいる狩人達に言い放つ。
「ハーブスの森から大量の魔物が王都へ向けて侵攻しだしたという情報が入った! おそらく数日の内に王都へと到着するだろう! 一般人には避難命令が本日中に城から言い渡される! そして、お前達には王都の騎士共と協力し討伐にあたれとのお達しがきた! 今回の討伐依頼は城からの特別報酬が出るぞ! しかもそんじょそこらの額じゃねぇ! 一人頭1000万だ!」
「「「うぉおおお!!」」」
がたいのいい男――組合長から知らされた特別依頼に狩人達は一気に沸き、我先にと依頼の申請を済ますべく受付に殺到した。一見、金に釣られ王国側の思惑通り動かされているように見える狩人達であるが、最近、近くの森に魔物が急速に集まっていることは既に情報として握っており、それらが人間という食料を求めて王都へ向かってくるであろうこと、それらを迎え撃つために王国側から狩人組合へ討伐依頼がくるであろうこと、そして、その報酬額は破格になるであろうことを予想している者がほとんどであった。つまり狩人達にとっては今回の討伐依頼は待ちに待った知らせだったのである。
そんな興奮さめやらぬ様子を部屋の隅から眺めている者達がいた。和己達である。
ご神託を授かって以降、元の世界へ帰る情報収集は一旦中止し、魔物討伐の情報収集へとシフトしていた二人は、狩人組合が魔物関連で動かないはずはないと踏んで、毎晩こうして顔を出しては、様子をうかがっていたのであった。
「何だ? お前達はまだ申請していないのか? こんなチャンス滅多に無いぞ」
「え? ああ、俺らはもうちょい落ち着いてから行こうと思っとってな」
「そ、そやで! 別に怖いなんて、お、思ってないんやからな!」
「ははっ! そうかそうか! それは失礼した。あまり見ない顔だったのでついな」
和己達が未だに動かないのを単に尻込みしているのかと勘違いした狩人が、先輩風を吹かせながら話し掛けてきた。しかしながら、和己の言い分を聞き素直に謝る狩人。それも当然で、今回の依頼に関しては参加人数に制限を設けないことが明白であったため、それほど慌てる必要もなかったからである。現に周りにも同じように様子見している狩人達も少なくなかった。和己達同様、落ち着いてからゆっくりと申請するつもりなのであろう。ただし、依頼を受けた順に報酬も支払われるため、討伐後、早く報酬を受け取りたい者はその限りではないのであるが。
「俺の名はキースってんだ。こう見えても狩人をやって20年近くになる」
「ほぅ~それはすごいな」
20年にも渡り狩人稼業を続けていると聞き、思わず感心してしまう和己。
なぜなら元来、狩人とはハイリスクハイリターンな職業であるため、体力の限界を感じて引退したり、怪我によって狩人生命を絶たれたり、最悪狩りの最中に命を落としたりと、各々辞める理由は様々ではあるものの、基本的には他の職業よりも現役期間は短いからである。だから長期間狩人として現役でいるだけでその者は、他の者から尊敬の念をもって見られるんですよ、とはシーボルの受付の人の談であった。
「俺は小野寺和己や。で、隣の……」
「香坂正義やで!」
「お、おう。よろしくな」
そんなやり手のキースでさえも、自分の自己紹介が端折られると感じ食い気味に自己アピールする正義には若干戸惑い気味のようであった。
「キースさんも後でゆっくり申請する感じなんか?」
「キースでいい。そうだな。別に食うには一生困らない蓄えは既にあるんでな。今回も今までに類を見ない魔物の大群と戦えると聞いて討伐に参加するだけだ」
「はぁ~物好きなことで……」
「理由はともかく参加するのならお前達も物好きには変わりあるまい」
「まぁ……確かにそうやな」
そんな他愛の無い話をしていると、ようやく受付が空いてきたようで討伐依頼の申請を済ませる和己達とキース。
「それじゃ、俺らは家に戻るさかい」
「ああ、ここであったのもの何かの縁だ。この討伐が終わってお互いに生きていたら一緒に酒でも飲もう」
「また縁起でもないこと言うんやな……」
「そ、そやで! それはいわゆるフラグ言うんやで!」
「ふらぐ? それが何かはよく分からないがお前達は知らないんだな。狩人の間ではこうやって事前に不吉なことを言い合うのが一種の験担ぎになってるのさ」
「さよか。そしたらまぁせいぜいキースも死なんように気ぃ付けるんやで」
「ああ、お互いにな」
「……な、なんやろうこの気持ち。なんかやきもきする!」
和己とキースはお互いににやりと笑い合うと狩人組合を後にするのであった。割りと馬が合うようである。そして、そんな二人の雰囲気に正義は唯一の友人を取られた気がして、うろたえるのであった。
そこからさらに四日後、とうとう運命の日を迎える。
王国側の騎士と狩人が魔物の大群を迎え撃つべく、王都の城壁の上でその時を待つ。正面からまともにぶつかっては数で勝る魔物側に軍配が上がるため王都に篭城し対応する作戦であった。
「魔物を監視している者からの報によると、もうすぐこちらに到着するとのことだ! 騎士共にはこちらはこちらで勝手にやると伝えてある! 各々得意な得物を持って一騎当千の活躍を見せてやれ! 安心しろ! お前達の骨は残さず拾ってやる!」
「「「うぉおおお!!」」」
「「……」」
組合長が狩人達を鼓舞し、狩人達はそれに応えるように剣や槍など様々な武器を打ち鳴らし士気を高め合う。そんな光景を若干引き気味に眺める和己達。
「なぁ。やっぱやめへん?」
「今さらすぎるやろ。それにどっちにしろ俺らには今んところこれしか方法が無いんやから、ええ加減覚悟決めぇや」
「そ、そやな……俺は天才。俺は最強。俺は無敵……」
とはいえ、和己は既に覚悟を決めていたらしく、日和る正義を諭す余裕さえあった。一方、正義は今後の不安を振り払うかのごとく、必死に自己暗示を掛けようとしていた。
しばらくすると、組合長が言っていた通り、遠くの方に魔物の軍勢が見えたかと思うと、またたくまに大量の砂煙を巻き上げ王都まで近づいてくる。魔物との戦闘を前に緊張が辺りを包み込む。
「弓隊、魔法隊、打ち方始めー!」
射程圏内まで近づいた魔物達に騎士達の弓と魔法による一斉射撃が降り注ぐ。それにより前方の魔物が倒れ全体の進軍スピードが若干遅くなるものの、魔物は屍を乗り越えすぐに元の勢いへと戻る。その後も騎士達による攻撃は行われるが、魔物達は数を減らしながらもついには城壁にまでたどり着くのであった。
魔物がぶつかった衝撃で大きく揺れる城壁。
「うろたえるなー! このようなことでは城壁はびくともせん! 投石準備! 弓隊、魔法隊はそのまま攻撃を続けるのだー!」
城壁の下に向けて数十cmはある石を次々に放り込む騎士達。それにより、石に押しつぶされ息絶える魔物達であったが、それに構わず後方から次々に魔物達が城壁へと押し寄せる。そして、魔物の上に覆いかぶさるように後方の魔物が乗り上げ、さらにその後方の魔物がその上に乗り上げ……と、それにより徐々にではあるが高さを稼ぎ、十数mはあろうかという城壁の上を目指し魔物達が迫ってくるのであった。
「こいつら自分達の命が惜しくないのか!?」
「このままでは城壁の上まで……」
「それだけはなんとしても阻止するのだー!」
通常の攻城戦であれば考えられない戦法にうろたえる騎士達であったが、後方で待機していた狩人達はやっと出番がくると逆にうずうずしているようであった。そして……
「突撃だー!」
「「「うぉおおお!!」」」
「マサ行くで!」
「ひぃいい!」
ついに城壁の高さにまで築き上げられた魔物の土台。その上を渡り来る魔物達を狩人達が迎え撃つ。その中にはもちろん和己達の存在もあり、和己はアイテムボックスと懐に忍ばせた大量の針で、正義は剣といざという時の膝爆弾を武器に立ち向かう。
城壁の上へと登る土台を形成したとはいえ、それ相応の損害を出していた魔物達であったが、数に物を言わせ次々と襲い掛かる。それらを最初は順調に倒していく狩人達であったが、あまりの数の多さと勢いに徐々に戦線が崩れてくるところが出始めるのであった。
「まずい! このままだと!」
「誰か援護を頼む!」
「無理だこちらも手一杯だ!」
そして、崩壊間近となったまさにその時。突如、黒装束の軍団が現れ魔物達を瞬殺する。
「遅くなった。すまない」
「誰か分からないが助かった!」
「早く立て直す! 私達次に向かう!」
その軍団は戦線が崩れそうなところにすばやく駆けつけては、魔物達を蹂躙し戦線を維持し続けた。いわゆる遊撃隊の役割を担っているその部隊はもちろん……
「ここは大丈夫そう」
「おお、その声はギーモスやんか!」
「お前達はさすがにまだまだ戦えそうだな。そうでないと困る」
「割りと余裕はありまへんよ!?」
「えらい遅いやんか。どないしとったんや?」
「先に森へ行ってある程度間引いていた」
「あーそれで……」
「その後、森で迷った。それで遅くなった」
「さいで……」
「相変わらずのおっちょこちょいぶり! さすがギーモス! でもそこにしびれないし憧れもしない!」
ギーモスの部隊であった。
ギーモス隊の介入により戦線は維持され、徐々にではあるが、魔物達の勢いも衰えていく。
「マキール騎士としての誇りを思い出せ! 祖国を死守するのだ!」
「「「うぉおおお!!」」」
「もう少しだ! 野郎共最後の意地を見せ付けろぉ!」
「「「うぉおおお!!」」」
騎士達、狩人達は、満身創痍ながらも魔物達の数に限りが見えてきたところに希望を見出し、最後の力を振り絞る。そしてついに……
「魔物共を討ち取ったぞー!」
「「「うぉおおお!!」」」
すべての魔物を打ち倒すことに成功するのであった。勝ちどきをあげる騎士達と狩人達。和己達もほっと胸を撫で下ろし、床に大の字に寝転がる。
「はぁ……なんとかなったな」
「やったー! これでとうとうこの世界ともおさらばや!」
「そやな。一応ご神託の条件は満たしたわけやけど……さてどうなるんやろな」
「えーそこは素直に……」
「いくと思うか?」
「……」
和己の言葉に正義は今までのご神託絡みを思い出し、苦虫を噛み潰す。
そんな二人の心情を知ってか知らずか、和己達に近付く男がいた。
「おつかれさん」
「なんやキースか。おつかれー。ってか、生きとったんやな」
「お互いにな」
「ははっ」
「ふふっ」
「お、俺も! ぐへへっ」
「「キモッ!」」
そう言って和己とキースはお互いににやりと笑い合う。それを見て焦った正義は無理矢理二人に合わせるようににやりと笑う。そのあまりの醜悪さに和己とキースは思わず同時にツッコむのであった。
こうして国の命運と和己達の今後を賭けた戦いはついに終わりを迎える……かと思われた。
「ん? なんだこの揺れは?」
「あ、あれを見てください!」
「で、でかい……」
地面が僅かに揺れていることに気付いた騎士が辺りを見回す。すると魔物が攻め込んできた方向から、1体の巨大な魔物がゆっくりとこちらへ向かってくるのが見てとれた。騎士はそれを指差し大声を張り上げる。
「あ、ああ……」
「ん? どないしたんやキース? あの魔物はそんなにやばいんか?」
「ま、まさか……いや、いくらなんでも嘘だろ……」
和己が周囲を見回すとあれだけ威勢のよかった狩人達が震えていた。それは20年のキャリアを誇るキースも例外ではなく……周囲のあまりの異常さに和己達は慌てて立ち上がりその元凶を注視する。
「あれ? 俺、あれをどっかで見たような?」
「マサが見てるんやったら俺も見たことあるやろ。でも、俺にはそんな記憶は無いで?」
「いやでも確かに……」
考え込む正義。和己もこちらの世界に来てからのことを思い出すが、そんな巨大な魔物の記憶など全く無かった。
「お前知らないのか!? ま、まぁ俺も図鑑でしか見たことはないが……あれを知らない狩人はいない。あれは……」
「そうや思い出した! あれや!」
キースは恐怖を振り払うためか、はたまた諦めの表情なのか笑いながら、そして正義は思い出したことが嬉しかったのか、こちらも笑顔で口を開くのであった。
「コノヨデイチバンサイキョーンだ……」
「コノヨデイチバンサイキョーンや!」
「……え?」
この世で一番強い魔物とご対面の瞬間であった。




