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第一五話

 エルフの村を出発してから数日後。和己達一行はさしたる問題も無く、アブリアス樹海を抜けるのであった。といっても、当然樹海の中は魔物が徘徊しており、和己達一行を見付けるや否や襲いかかってきたのは言わずもがなであったが、修行を終えている和己達は難なく、ギーモスに至っては飛んでいるハエを叩き落すような感覚でそれらを駆逐していくため、問題が起こりえなかっただけである。


「もうすぐ王都。お前達着いたら何するつもりだ?」


 王都が間近に迫り、いよいよ翌日には到着となるであろうその夜、珍しくギーモスの方から和己に話し掛けてきた。ここ最近はギーモスともかなり打ち解けてきており、その証拠にギーモスの口数が少し増えてきてはいたものの、それでもギーモスから話題を提供されるようなことは和己の記憶には無かった。そんな事態に若干戸惑いながらも、本当の理由はもちろん話せないため、その辺は濁しながら和己は答える。


「……とりあえずは観光やな。一番でっかい町なんやろ?」

「そうか。でもそうであれば、早く王都から出ていくことをお勧めする」

「その理由は聞いてもええんか?」

「近々、王都の近くにいる魔物を討伐することになった」

「そうなんか……」

「おそらく大規模な討伐任務になる。私も生きて帰ってこれるか分からない。それが原因で今回の里帰りの許可がでたほど」

「……」


 エコナから聞かされていたので、そのこと自体は既に知っており別に疑っていたわけでもなかったのだが、ギーモスから同様の内容を聞き、改めて王都に危機が迫っているという事実に俄然がぜん現実味が帯びてくるのであった。そしてそれが、ギーモスが里帰りできた理由になっているという皮肉な結果に、和己は何も言うことができなかった。


「だからもしゆっくり観光がしたいなら、討伐が終わってからがいい」

「さよか。ご忠告おおきに」


 和己はそう言うと隣で腹をいて寝ている正義を横目に、ぼーっと火を眺めながら感慨にふけった。そしてふと思い出す。


「そや……お香あるんやから別に見張りせんでもよかったやん……」


 同時にギーモスも思い出す。


「しまった……今言った任務……まだ極秘だった……」


 火の前でうなだれた二人を尻目に夜は明けていくのであった。




「あそこが王都。この国の中心」

「やっと着いたな……ほんまは当初の目的地やったのに、えらい時間かかってもうたで」

「三千里は越えたかもな!」

「さすがにそれは無いやろ……たぶん」


 正義の冗談に自分達のこれまでの境遇を思い出し、力無く否定する和己。


「とりあえずここでお別れ。次会う機会があればまた会おう」

「案内おおきに。頑張ってな」

「ギーモスサンキュー!」

「さんきゅう? よく分からないが、響きは気に入った。和己、正義、さんきゅう」


 町に入るための検問待ちの列に並んでいる和己達を尻目に、ギーモスはそのまま衛兵に声を掛け、町の中へと消えていく。しばらく後、和己達も特に問題無く町に入ることができたのであるが……


「さて、まずは毎度のことやけど、拠点の確保からやな」

「あいよー!」

「お一人様一泊25000円になります」

「「高っ!」」


 都会の思わぬ洗礼を受けるのであった。




「カズどうする?」

「さすがに二万超えるとは思わんかったな。ここらで一番安い宿があれやったから、とりあえず一泊はとったけど……早急に金儲けか穴場の格安宿でも見付けんと。情報収集言うてる場合や無くなるで」


 宿屋を後にし和己達は狩人組合へと歩を進める。ここでなら先のどちらの情報も手に入る可能性が高いと踏んだからである。場所は宿屋から聞いていたので、特に迷うこともなくたどり着けた二人であるが、それは町の中心部からはやや離れており、そんな場所にあるため当然人通りも少なかった。どうやらこの世界の狩人組合というのは、それほどの権力は持っていないようである。

 早速中に入ると狩人達の視線が和己達に集中……するようなことも無く、逆に閑散としていた。おそらく昼間ということが最大の要因なのであろう。受付の人もあくびをしながらぼーっとしているし、数人の狩人も雑談ばかりで狩りに出ていこうとするやる気は見られなかった。

 二人にとってはそんな状況はまさに好都合であったため、これ幸いにとまずはお金を稼ごうと、掲示板に張られた依頼を見て回る。この辺りの方法は、以前シーボルで狩人組合を訪れた時に、受付の人から他の情報と併せて聞いていたため特に問題は無かった。ただしその時は、魔物なんて恐ろしい者を狩ることは早々に諦めていたので、役立つ情報ではなかったのであるが。

 掲示板に張られた依頼書の数々は、ゲームのように綺麗にリストアップされているわけではなく、乱雑に張られていたため、一通り見るだけでも結構な時間が掛かってしまったが、その中で一枚、和己達はよさそうな依頼書を発見することができた。


「カズ、これなんてどうやろ?」

「えっと、回復魔法を唱えられる人で周囲の住民の治療をしてくれる方募集。住み込み可。ん~依頼料は少ないけど、治療ごとに別途治療費はもらえるみたいやな……って、これ要はお医者さん探してるってことか」

「たぶんそうやと思うで。カズならやれるんちゃう? ついでに住む場所も確保できそうやし!」

「聞くだけ聞いてみるか。にしてもこんな依頼書よう見付けられたな」

「いや、それがな~探すのめんどなってきたから、どっかでサボろうと思って依頼書探す振りして掲示板の端っこまで行ったらたまた……ま……」

「ほほう。そこら辺の事情もうちょい詳しく教えてくれへんやろか?」

「カ、カズ? その手元にキラッと光る針は、な、何かな?」

「いや、そういや膝痛い痛い言うとったから、治したろかな思てな」

「前それ断ったよね? 俺断ったよね?」

「そやな。ただのデブになるかもしれんからいうてな。ええんちゃう? 元々ただのデブやってんし」

「違うやん! そうや無いやん! 今は俺の手柄を褒めるところであって、それまでの経緯は無視する場面ですやん!」

「……まぁプラマイゼロにしといたるわ。とりあえずこれの詳細聞きにいくで」

「お、おーらい!」


 そうして、受付の人にこの依頼の詳細を聞きにいったところ、どうやらこれ系統の定職に近い依頼書は一攫千金狙いの狩人達にとっては基本人気が無く、今回もこのまま和己達が受けなければ破棄されていただろうとのことであった。

 早速依頼書の受付を済ませた和己達は、現地へと向かうことにする。そこは王都の中でも端の方にある場所で、その中の一画にその依頼書を発行した人は住んでいた。家は木造の決して綺麗とは言えない見てくれであったが、中はよく掃除されており、依頼人の几帳面さをうかがい知ることができた。

 依頼人の名は、キョウコという。どうやらこの辺りの取りまとめをしている人物であるらしく、最近町の外で怪我をして帰ってくる者が多くなってきており、そのため先の依頼を出したとのことであった。


「それで、お受けしていただくことはできますでしょうか?」

「依頼内容見てここに来たんやから受けるのは別にええよ。ただ期間が書かれてないんやけど、その辺はどうなるんや?」

「特に期間として決めているわけではありませんが……私としてはできれば町の外の様子が落ち着くまでしていただけるとありがたいです」

「さよか。……まぁ俺らもその辺まではおることになりそうやし。それでええよ。あとは細々したところ決めてこか。まずは……」


 こうして、王都の町外れにひっそりと『香坂治療院』が開業されるのであった。




 『香坂治療院』は当初こそ和己のその独特な治療法ゆえ懐疑的な住民達であったが、試しに行ってみた人から口コミで治療効果の高さが広まり今ではおおむね好評であった。しかし、いささか好評すぎたようで……


「次の方どうぞ~」

「先生! ウチの旦那が最近腕に怪我をしまして、このままだと仕事もままならなくて……どうか仕事ができるくらいまで結構ですので治していただけませんでしょうか! ほら、あんたも頭下げるんだよ!」

「いてっ! よ、よろしくお願いします」

「と、とりあえず、怪我の症状診るから患部見せてもらえるやろうか」


 怪我の治療は言わずもがな。


「先生! ウチのアリーサちゃんが数日前から体調を崩しまして。どうやら町の外で変な匂いを嗅いでから体調が悪いみたいなんです! 治りますよね? いえ、先生なら治せますよね!? お願いします! どうか! どうかお願いします!」

「ちょ!? わ、分かったから。まずはちょっと落ち着いて、な?」


 内科的な治療にまで至り。


「先生! 最近外の魔物が増えているような気がして、これからのことを考えると不安で夜も眠れません! どうにかこの不安をかき消すことはできないでしょうか……」

「それはちょっと管轄外な気がするんやけど……」


 ここ最近は精神的なケアまで求める人も現れる始末。しかしながら、そんな多種多様な患者ほぼ全てに共通した事柄があった。それは……


「この辺の人ら、ちょっと外、出すぎなんちゃうやろか……」


 町の外で起こった出来事、またはそれに関連した問題ということであった。ここ数日の患者の状況からその傾向を嫌というほど目の当たりにしていた和己は、思わず誰に言うでもなくぼやくように呟いてしまう。


「それは仕方の無いことなんです」

「そうなんか?」


 そんな素朴な疑問に、現在、和己の助手を務めるキョウコが答える。


「この辺にいる住んでいる人は定職にあぶれた者達が多いのです。そのため、町の中でお金を稼ぐ手段が無く、生きていくには必然的に町の外に出ていかざるをえないのです。今まではそれでも何とかなっていたのですが、ここ最近は魔物に遭遇する機会が多くなってきたのか、こうして怪我をする者や、そうでなくても原因不明の体調不良を訴える者などが、格段に増えてきてしまって……和己さんには本当に感謝してもしきれません」

「まぁそれが仕事やさかいな。皆も最初は俺のやり方に半信半疑やったみたいやけど、今では割りと信用してくれてるみたいやし、現にこうして来てくれる人も増えて、こっちの懐も潤ってきとるんやから、俺としては特に問題はあらへんよ。まぁ問題があるとすれば……」


 そう言って和己は窓の外を見る。そこには一見、正義が子供達と遊んでいると思われる光景が見てとれた。


「あいつが手持ち無沙汰ってことぐらいかなぁ」

「ああして、診察を受けている間、患者の子供の面倒を見てくれているのですから、私としては和己さんと同様に大変ありがたいことなのですが……」

「面倒を、ねぇ……」


 どうやらあの光景をキョウコは子供の世話をしている正義という風に見ているらしい。しかし和己の目にはどう見ても…… 


「わーいわーい! ぷるんぷるんのぶるんぶるんだー!」

「や、やめろー! 俺のお腹はおもちゃじゃないんだぞー!」

「あれ? マサ兄ぃ何か酢飯の匂いがするよー? おじいちゃんみたーい」

「え?」

「ほんとだ。酢飯の匂いだー! お父さんの枕とおんなじ匂いだー!」

「それってまさか……」

「オレ知ってるよーそれって『カレーシュー』って言うんだぜー」

「やめてー! それ以上俺の心をえぐるのはやめてー!」 

「カレーシュー! カレーシュー!」

「いやぁあああ!」


 年端のいかない子供達から親父狩りよろしく精神を滅多打ちにされる正義の姿であった。うなだれる正義を中心に、周囲を取り囲みながら、その後もやいのやいのと騒ぐ子供達。子供とはかくも残酷な生き物なのである。

 こうして昼間は治療院を開き、夜は情報収集とせわしなく動き回る和己達であったが、ある日を境に情報収集はぱたんとやめてしまっていた。それはなぜかというと……


「おい、マサ! 起きぃ! マサ!」

「ん~あと五時間……」

「二度寝にもほどがあるわ! ええから、はよ起きんかい!」

「なんやねんカズ……ってまじか……」

「どうや? お前も……」

「これってアレやんな?」

「たぶん間違いなくアレやろな」

「「ご神託」」


 和己達もとうとうご神託を授かってしまったからであった。そしてその内容であるが。


「『これから一週間後、王都へと魔物が攻めてくる。それらを全てほふった時、そなたらの願いは成就することであろう』。どや? マサもおんなじ内容やったか?」

「全く一緒やった!」

「このご神託がホンマかどうかっていう疑問は残るけど、どっちにしろ魔物に関してはどうにかせんと始まらんのは確かやしな。問題は俺らにどうこうできる相手なんかいうことやけど」

「昔の偉い人は言うとりました! 『諦めたらそこで試合終了ですよ』ってね!」

「それ割りと最近の人やけどな……まぁとりあえず、色々それ用の準備はせんとな」

「あいよー!」


 こうして和己達がこの世界に来て初めて自発的に行う戦いが始まったのであった。




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