第十三話
和己達はエコナに連れられ家の前にある広場まで来ていた。
「それじゃ~まずはこれを避けるところから始めましょうかぁ」
そう言ってエコナは小石を拾い上げ和己達に見せる。
「えっとぉ……正義くんだっけ? あなたそこに立ってくれるかしらぁ?」
「ふぁ、ふぁい!」
「(小石を避ける修行? それでほんまに強ぅなるんか?)」
エコナは正義を指名し、エコナから数m離れた場所に立つよう指示する。正義にはさきほどのエコナの鬼すら裸足で逃げ出しそうな、おぞましい表情が未だ脳裏にこびりついており、デブとは思えないスピードでエコナに指定された位置につくのであった。一方、一体どんな厳しい修行なのかと身構えていた和己は若干拍子抜けし、修行自体の効果を疑い始めていた。
「この修行はねぇ、小石にまとわせた私の魔力を感じて避けることが目的なのよぉ。で、もちろんこのままだと普通に避けちゃうだろうからぁ……この状態でやってもらうわねぇ」
「えっ!? 何これ?!」
「ん? 急にどないしたんや?」
エコナが指をパチンと鳴らした途端、なぜか慌てだしきょろきょろと周囲を見回す正義。
「まぁまぁそう慌てないのぉ。ちょっと視界を奪っただけじゃない」
「し、視界を?!」
「それじゃぁいくわよぉ。必死に感じて避けてねぇ」
「痛っ! ちょ!? そんなの無理でごわす!」
エコナは小石を正義に向けて指で弾く。当然視界を奪われた正義はその状態で避けられるはずもなく、コツコツと小石に当たり続けてしまう。しばらく、やってみるが特に進展は見られず、一旦修行を中断してその場で考えだすエコナ。
「ん~やっぱりちょっと必死さが足らないのかしらぁ?」
「そんなことないんよ! やっぱり目が見えないと避けようが……へぶはっ!」
「なら、これならどうかしらぁ?」
「……おいおい」
そして、再開の合図も無く再びエコナから放たれた小石は、割りとシャレにならないスピードで正義に向かっていった。それは遠目で見ていた和己でも、目で追うのがやっとのスピードであり、当然視界が奪われている正義にそんな物が避けられるはずもなく、たわわに実ったお腹にえぐり込むように突き刺さり、その場に膝をつき悶絶する。
「さぁ早く立ちなさ~い。まだ修行は始まったばっかりよぉ」
「ちょ、ちょっと待ってさすがにこれは……」
「あら? 口答えするの?」
「ひぃ!」
「そうそう。素直な子は好きよぉ」
正義の反論に先ほどまでのほほんとしていたエコナの雰囲気ががらりと変わり、その様子を肌で感じ取った正義は、恐怖に駆られて半ば本能的に立ちあがる。そして、慈悲無く再開される小石ラッシュ。小石とはいえ、何度もそれを受け続ける正義の服やズボンからは血がにじみだし、ガードしている腕に至ってはみるみる青あざが咲き乱れるのであった。
「ほら! どうしたのぉ! そんなことじゃ! 全然感じられないわよぉ!」
「ちょ! もう! 止めてぇ……」
パーン!!
「きゃっ! なんなのそれ?!」
正義の懇願むなしく続行されるエコナの修行であったが、偶然正義の膝に当たった小石によって膝爆弾が発動し、びっくりしたエコナが思わず手を止めたことにより、きせずして正義の願いはかなう結果となった。
「これがさっき言ってた膝爆弾っていうやつなの? 物凄い威力ねぇ……」
「も、もうらめれす……」
そして、えぐられた地面を見ながら感心するエコナ。修行が一旦中断されほっとしたのか、地面にへたり込む正義。
「もう、そんなことじゃいつまで経っても修行が終わらないわよぉ~……はい、これで大丈夫でしょぉ? 再開するから立ちなさい……さもないと……」
「ひゃ、ひゃい!」
エコナが指をパチンと鳴らすと、正義の体に光が灯り、先ほどまで受けた傷や青あざが一瞬の内に回復する。そして、元気になった正義には当然修行が再開され、ボロボロになり回復されボロボロりなり回復され……と、鬼コーチによる修行は幾度となく繰り返された。
「感じなさい! 私を感じるのよぉ! さぁ! ほら! もっと! 強く! 感じて!」
「へぶっ! がはっ! エコナっ! 様っ! もっとっ! エコナ様ぁ!」
「……なんのプレイやねん」
熾烈を極める修行が行われる中、エコナと正義のテンションも段々と上がってきたのか、お互い声を張り上げだした。正義とエコナのテンションの上がり方の意味には若干の相違が見られるようであるが、これがいわゆる、修行ズハイというやつなのであろう。
そんな様子を延々と見させられている和己は、思わずぼそっと呟いてしまう。そして、自身も同じような目に合うのかと辟易するのであった。
この後、正義の精神面がボロボロになった頃、ようやく正義は和己とバトンタッチすることができた。その場に倒れ込む正義を見て、自分はこうなるものかと、正義同様ボロボロになりながらも、なんとか魔力を感じる取っ掛かりをつかもうと必死になる和己。しかしながら、そう簡単には問屋が卸してくれることもなく、結局この日はそれらしい結果を残せず、二人してボロボロになりながらベッドにて泥のように眠るのであった。
そんな厳しい修行が数日続いたある日のこと。
「あらぁ?」
「え? もしかして……避けられた?!」
「もう少しかかるかと思ってたんだけど意外と早かったわねぇ」
「まじか……」
「さぁ和己ちゃんも負けてられないわよぉ」
なんと先にコツをつかんだのは正義の方であった。そして、一度コツをつかんでしまえば後は楽なのか、その後次々と小石を避け続ける正義。地味に悔しさが込み上げる和己であったが、それを表情に出すことはなく密かに闘志を燃やすのであった。そうして、正義の成功から遅れることほぼ丸一日……
「よっしゃぁ!」
「あら、和己ちゃんもできちゃったわねぇ」
「ふぉっふぉっふぉ。ついにカズもワシのステージへ上がってこれたか」
「いや、誰目線で物言うてんねん!」
とうとう和己も小石を避けることに成功する。なぜか少々残念そうな表情のエコナの様子が気になる和己であったが、今は魔力を感じられたことを素直に喜ぶのであった。
「それじゃ、次の修行に移ろうかしらねぇ」
「へ? 終わりやないの?」
「ま、まだあるんかい……」
「まさかぁ。これだけで強くなれるわけないでしょ? それに……」
「それに?」
「当たらないとあんまり面白くないでしょ?」
「そっちが本音かい!」
笑顔のエコナから放たれたあまりにも不純な動機に、思わずツッコんだ和己の声が森にこだまするのであった。
「次はこれを使って修行をするわねぇ」
エコナに家に入った二人に見せられたのは、元の世界でいうトランプのようなカードの束であった。表には様々なマークが記されている。
「まずはこのカードを全部裏返して並べてっとぉ」
そう言いながら机の上に、カードを並べていくエコナ。縦5列、横6列の計30枚がそこに並べられた。
「今度は一体何をするつもりなんや?」
「このカードは全て込められている魔力量に若干の差があるんだけど、絵柄が一緒のカードは込められてる魔力量も同じなの。今回はその量の違いを計って絵柄を当てていく修行なのよぉ」
「なんや、それだけでええんか?」
「ゲームなら小石避けるよりは簡単そうやね!」
いわゆる神経衰弱かとほっとする和己達。だが……
「何言ってるのよぉ。あっちは下手しても大怪我ですんだけど、こっちは下手すると死ぬわよぉ?」
「へ?」
エコナから語られる衝撃の事実に、呆然とする和己達。
「そうねぇ。まずはどこから説明しようかしらぁ。えっとぉ……あなた達はもう魔力を感じられるようになったんだから、自身にも魔力が宿っているのは分かるようになったでしょ?」
「そういえば……」
「ほ、ほんまや!」
自身の体に流れる魔力を薄らとではあるが感じることができるようになった二人。言われるまで気付かなかったのはまさか魔力なんてものが自分にもあるとは思っていなかったからであろう。
「この世界では量の大小を考えなければ万物全てに魔力が内包されているわぁ。人や魔物は当然だけど、草木にもあるし、その辺に転がってる石や、水や空気にも魔力はあるのよぉ」
「ほーそうやったんかぁ」
「へぇー! へぇー! へぇー!」
修行というより講義になりつつあったが、魔力については調べたことすらなかった和己達にとっては新鮮な情報であり、興味深く聞くことができているようであった。
「そんなどこにでもあって誰でも持ってる魔力なんだけどぉ……それが枯渇した人間って一体どうなると思う?」
「さぁ……疲労で動かれへんようになったり、もしくは気絶したりするとかか?」
「死ぬわ」
「え?」
「死ぬのよ。それはもうぽっくりとね」
「えぇ……」
エコナの講義にドン引きする二人。
「まぁ枯渇する前に本能が勝手に魔力の放出を抑えちゃうから、普通は滅多なことじゃ全くのゼロになんてなったりしないんだけどねぇ。でも……」
エコナは手元のカードを手に取り説明を続ける。
「このカードはそんなの関係無いわぁ。このカードの魔力量を計ろうとしている間は、魔力の放出が抑えられるなんてことはないの。だから二人とも気を付けてねぇ。もし万が一、魔力が無くなっちゃったらそれはもうあっさりとまるで桜のように一瞬でパッと……」
そう言いながらエコナは、顔の横に持ってきた閉じた掌を上に向け花が咲く時のように、勢いよく開く。
「散っちゃうからね」
笑顔で告げられる残酷な現実に、ようやくこの時になって今回の修行がどれほど過酷なのかを思い知らされる和己達であった。
カードに込められる魔力量を計る修行。言葉にする分には簡単なのであるが、実際はそのようなことは全く無かった。まず和己達にはカードに魔力が込められていることは分かっても、そこにあるわずかな差まで計ろうとすると、かなりの魔力を消耗してしまい、一瞬で枯渇寸前まで追い込まれてしまっていた。そして、その度に修行の中断を余儀無くされ、結局初日は1ペアも揃えることができなかった。エコナ曰く「無駄に魔力を消費しすぎてるからそうなるのよぉ。もっと集中して魔力をコントロールしないとぉ」とのこと。とはいえ、そのコントロールというのが非常に難しく、どうしてもカードの魔力を計ることに集中してしまうと、今度は自身の魔力コントロールがおろそかになり、幾度となく死にかける和己達。途中からはお互いがお互いの魔力量に注意を払いながら、枯渇しそうであれば制止し合うということも行っていたため、余計に魔力の消耗が激しくなり、結局全てのペアを合わせられるようになるまでにはおよそ一週間の日数が必要であった。そして、そこからさらに一週間後、二人は……
「じゃ~んけんぽん! はい! 俺先行! これとこれ! それとそれ!」
「なんやねんそれ! じゃんけん負けたらもう負け決定やんけ!」
カードをほとんど見ることなく、息をするように当てられるようになっているのであった。
「前々から思ってたんだけど、異世界人ってやっぱり異常よねぇ。普通ここまでなるには最低でも一年は掛かるものなんだけど……」
和己達の横で唇をとがらせながら何やらぶつぶつ呟いているエコナ。
「はい! 俺の勝ち! ぷぷぷ! マサ弱すぎぃ!」
「全部じゃんけんの結果やないか!」
「だからそのじゃんけんが弱すぎや~言うてんねん。ぷぷぷ~」
「くっ……元の世界戻ったら覚えとけよ。お前の両親と協力してお前を絶対結果にコミットさせたるからな……」
「ちょ!? あかーん! それだけはあかーん!」
「なんでやねん。お前もコミットしたい言うとったやないか」
「それはそうやけど、あくまで自分主導やないとあかんのや!」
「それはもうコミットする気が無い言うてるんと一緒やないか!」
「はーい! そこまでそこまでぇ! 次の修行に移りますよぉ!」
「「まだあるん?!」」
さらに修行が続くと聞いて、明らかに嫌そうな顔をする和己達。
「安心してぇ。次が最後の修行になるからぁ」
「そ、そうなんか……」
「や、やっと終わるんやな……よかったぁ」
胸を撫で下ろす二人。しかしながら、安心するのはまだまだ早いのだと後に後悔することをこの時の和己達は知る由もなかった。
「最後の修行は……ここで一週間過ごしてもらいま~っす!」
両手を広げて、家からしばらく進んだ森の中でくるくると回りながら説明をするエコナ。
「ここって……この森ん中でか?」
「ですよぉ。もちろんその間、私は一切手助けしませんし、食べ物も現地調達ですので、頑張って生き残ってくださいねぇ」
「エコナ様質問です! この森ってそんなに危険なんですか?!」
「ん~そう強い魔物はいないと思いますよぉ? まぁやれば分かりますので楽しみにしててくださいねぇ」
そう言いながら、不敵にほほ笑むエコナに、和己の中の嫌な予感達が「呼んだ?」とばかりに心臓の影からひょっこりと顔をもたげるのであった。
最後の修行を開始してから三日が経過した頃、和己達はこの修行の過酷さを痛感していた。まずこの森であるが、二人が当初入った森と本当に同じ森なのかと疑ってしまうほど、その様相が一変しているのであった。群れ単位でいた動物は鳴りを潜め、代わりに魔物がそこかしこに蔓延っていたのである。そして、もちろんそんな魔物達は和己達を見付けると、容赦なく襲い掛かってくる。それも昼夜問わずにである。修行の成果が実を結んでいるのか、魔物の存在は感知できていたため、奇襲を受けることはほとんど無かったが、それでもほぼ不眠不休を強いられる二人は日に日に衰弱していくのであった。
次にボディーブローのように効いてくるのが食糧事情である。この森に生る果物や野菜などはエコナ曰く「毒もありませんから食べ放題ですよぉ」とのことだったので、正義も最初は喜んでむさぼり食っていたのであったが、調理する手立てがあっても先の理由から、そんな時間も無い二人は、それらを生で食さざるをえない事態に陥っていた。初日は別にそれでもよかったのであるが、さすがに三日目ともなると飽きがきており、もはや見るのも嫌になってきている二人であったが、栄養を取らないと生き残れないと確信していた和己達は衰弱した体にムチ打ちながら、半ば強制的に口に食べ物を詰め込む日々を過ごすのであった。
「まだあと四日もあるんか……」
「無理ぃ! 俺もう無理ぃ!」
「おい、弱音吐いても何も変わら……」
「お肉が食べたいです!」
「そっちかい!」
「魔物の肉って……生で食えるんかな」
「……おい、さすがに冗談やろ? 目が笑てないで?」
「本気に決まってるやろ! 俺が冗談を言うようなやつに見えるんか!?」
「冗談に口付けたようなやつが今さら何言うとんねん!」
「魔物発見! お前達を食糧にしてやろうかー!」
「あ、おいこら待たんかい!」
デブの正義にとって、当然、肉は命よりも重い。そんな正義が肉を三日間も食べられていないのである。こんな状態になったとしても誰が責められようか。そして、少し大きな兎型の魔物を感知した正義は、すばやく仕留めると、そのまま兎の首元にかじりつき……
「まずーい! 生臭ーい!」
「そらそうやろう!」
そのあまりの獣臭さになんとか我に返ることができたのであった。
それからさらに二日が経過したある日。和己はあることに気がついた。正義が不平不満を全く口にしなくなっていたのである。今までの正義からは考えられないことであり、普段の和己であればすぐに気付くところであろうが、和己も極限状態であったため、その変化に気付く余裕すらなかったのであった。
「おいマサ。最近、なんの文句も言わんようになったけど……何かあったんか?」
「え? 何も無いよ。強いて言えば……慣れた?」
「あほ言え! いくらなんでも適応すんの早すぎやろ!」
「んなこと言われても、実際、最近はあんまりお腹も減らへんし、そないに眠らんでもええようになってきたんやもん。カズも似たような感じとちゃうの?」
「んなわけあるか! 今もふらふらやっちゅうねん!」
「そうなんかぁ。大変やなぁ」
「えらい他人事やな! ……でもなんでや?」
和己は目の前の魔物を倒しながらも考えた。そしてふと正義の体にまとっている魔力に注目する。すると普段は全身を満遍無く行き渡っている魔力が頭と腹部に集中していることが見てとれた。
「魔力にはそういう作用もあるんか?」
和己は若干疑いながらも自身も同様に魔力を操作しようと試みる。しかし、なかなかうまくいかず、結局正義のような状態になるのに半日の期間を要するのであった。そして半日後、和己はこれの効果を実感する。
「なんやこれ……」
「お、カズも顔色よくなってきたやん。俺と一緒で慣れたんか?」
「お前こんなこと知っとるんやったら、はよ教えんかい!」
「な! ちょ!? 急になんやねん! せめて魔物倒してからにしようや!」
その効果は絶大であった。脳に魔力を集中させれば、眠気が吹っ飛ぶどころか頭が冴え逆に集中力が増した気さえする。そして、腹部に魔力を集中させれば、たちまち空腹感は無くなった。こんな効果があることを今まで黙っていた正義を責め立てる和己であったが、どうやら正義自身は無意識で行っていたようで、その事実に唖然とする和己。
「へぇ~そうやってんなぁ。道理でなんか最近楽やなぁって思っとってん」
「そういうことははよ言えや! ……ちなみにいつからやねん」
「えっとぉ……二日くらい前からかなぁ?」
「だいぶ前やないか!」
「んなこと言われても、勘違いかなぁとも思とったし、言うたところでやり方なんて教えられへんし」
「くっ! もうええ! とりあえずその話の続きは、今俺らの周りを囲んどる魔物を一掃してからや!」
「えぇ……まだするん? その話はもうお腹一杯で俺、胸やけしそうなんやけど……」
「じゃかぁしい! そもそもお前胸やけしたこと無い言うてたやないか!」
「あほなこと言うなや。俺かってそれくら……ほんまや!」
二人はそんなどうでもいい会話を繰り広げながら、周囲の魔物達を順調にほふっていく。正義はともかく和己ですら自覚は無かったようであるが、なんなく魔物を倒せること自体、この島に来たばかりの和己達が聞けば信じられないと言ったであろう。それほど、修行の成果は着実に出ているのであるが、今を生きることに必死な和己達にとって、それを自覚するのはもう少し先の話になりそうであった。
和己はその後も魔力について色々試行錯誤してみた。すると足に集中させればスピードが、手に集中させればパンチ力や握力が、肺に集中させれば心肺能力がと、各々劇的に向上することが分かった。もちろんその分魔力の消費も激しくなるため、長時間行うわけにはいかなかったが、短時間でも十分な効果を及ぼすそれはまさに画期的な発見であった。
先日の仕返しとばかりに、このことを正義にはしばらくの間、教えるつもりの無い和己であったが、ふと見ると同様の魔力操作を正義は既に行っているようであった。しかも無意識で。そのことに悔しさを通り越して腹立たしさすら覚える和己であったが、ここでその感情を爆発させてしまうのも何か負けたような気がして、その気持ちをぐっと抑え修行に集中するのであった。
そして、二人はとうとう修行の最終日を迎えることになる。そこには……
「あーあぁあああー!」
元気に木から垂れるツタからツタへと飛び移りながら移動する野生味あふれる正義の姿があった。
「おい! 何あほなことやっとんねん! はよ降りてこんかい!」
「オウオウ?! オウオウオウ!」
「日本語しゃべれや!」
「オーウ、オウオウオウ!」
「笑うな!」
ただし少々あふれすぎた野生味に、若干精神を侵食され始めているようで……和己は足に魔力を込め、そんな正義に向かってジャンプで近付くと頭をはたいて、正義を地面に叩き落とす。
「人がせっかく先祖返りできてたのに……」
「返るにもほどがあるわ! 何代返っとんねん!」
「あら、もう少し憔悴してるかと思ったけど、随分と余裕があるのねぇ」
「お?」
「エコナ様! お久しぶりです!」
そんな和己達におよそ一週間振りに姿を見せるエコナ。
「お陰様でな……魔力操作のコツ掴むんが今回の修行の目的やったんか?」
「その様子だと問題無く習得できたようねぇ。やっぱり私の見る目に間違いは無かったわぁ」
「あのなぁ……はぁもうええわ」
自身の見立ては確かであったと、うっとりとした表情で自画自賛するエコナ。その様子に呆れる和己。
「ちなみに一週間で魔力操作がでけへんだ場合の修行もあったんか?」
「そんなの無いわよぉ。だって……」
「ん?」
エコナは和己の質問にさも当然といった表情で言い放った。
「だってそれを覚えないと一週間もこの森で生き残れるわけないじゃないのぉ。和己ったらホントお茶目さんなんだからぁ」
「「えぇ……」」
この森に来て何回目とも知れないドン引きを体験する二人。
「それにそれくらいで死ぬようなら、この先もたぶん生き残れないと思うわよぉ?」
「それやったらそない急がんでも、もうちょっと簡単な修行でもよかったんやないか?」
「そ、そうやで! いくらエコナ様でも酷すぎますやん! 何回、川向うのおじいちゃんがウェルカムボード持ってる姿が見えたと思ってますのん!」
「ん~私も本当はもう少し控えめな修行にしようかと思ってたんだけど、そろそろ王都周辺の魔物達も飽和状態になってきてて、いつ動き出すかも分からない状況なのよねぇ。だから、ちょっと急ぎすぎかなとは思ったけど、一週間のハードコースを体験してもらったってわけぇ」
耳をピコピコさせた茶目っ気たっぷりなエコナから聞かされる、予想外に切羽詰まった周囲の状況に、それならば仕方無かったのかと無理矢理自身を納得させる和己達。
「さて、修行を無事終えた二人にはとりあえず!」
「何かご褒美でもくれるですかエコナ様!?」
「お風呂に入ってもらいましょうかぁ。さすがにちょっと臭うわぁ」
「あっ……」
鼻をつまんで和己達から解き放たれる異臭をアピールするエコナに、苦笑いを浮かべながらもその指示に素直に従う30歳そこそこのおっさん二人なのであった。
「ほんまおおきに。やり方はともかく強ぅなったんは事実やからな。一応感謝はしとくで」
「もぅ和己ちゃんはホント素直じゃないんだからぁ」
「エコナ様! 俺は全身全霊で感謝しておりますよぉ!」
その後、和己達は風呂にも入り体調を整えるため、久しぶりのベッドでぐっすりと眠りにつくのであった。そして翌朝、王都へ向かう準備も完了したところで、和己達とエコナは家の前の広場に集まっていた。
「ん~今までずっと黙ってたんだけど……私ぽっちゃり系はあまり好みじゃないのよねぇ」
「へぶしっ!」
「まぁそうやろなぁ……」
「あら、和己ちゃんは気付いてたの?」
「若干、俺とマサでは接する距離が違ぅたからな……デブ嫌いなんかなぁって」
「へぶはっ!」
「森に住んでるとねぇ。湿気が凄いでしょ? だからどうしてもデブは苦手になっちゃうのよねぇ」
「どぶはっ!」
「まぁデブは森に住んだらあかんよなぁ……」
「ごぶはっ!」
「そうよねぇなんてったってデブ! ですもんねぇ」
「もうやめてあげてよ! 正義君のHPはもうゼロなのよ!」
別れ際にエコナから聞かされる衝撃の事実に、正義はその場に大きくうなだれる。そしてその後も容赦なく襲う罵詈雑言の数々に、昆虫好きな子供をかばう遊戯好きな女の子張りの表情で泣き叫ぶ正義であった。
「そや。そういうや王都の状況あんまりよろしくない言うとったけど、そんなすぐに王都まで行けるもんなんか? この前、船通らん言うとったし、そもそもこの島にそんなもんも無いんやろ?」
「あぁ、その点なら心配しなくてもいいわよぉ。私の魔法で近くまで飛ばしてあげられるからぁ」
「そんなことまでできるんか?!」
「フォレストマスターの名は伊達じゃないのよぉ。と、言っても若干制限がある能力なんだけどねぇ」
「ほーそうなんや」
エコナは和己と会話をしながらも掌に物凄い量の魔力を集約させており、それを感知した和己は今さらながらフォレストマスターとしてのエコナの凄さを実感するのであった。ちなみに正義はまだうなだれたままである。そんな正義をスルーして会話を続ける和己とエコナ。デブに付ける薬は無いのである。
「王都に直接送ったりとかはできないの。でも、この世界には自然に魔力が多く集まってくる場所があって、そこなら地下の魔力脈を伝って移動することができちゃうのよぉ」
「ほぉ~魔法は万能やねんなぁ」
「ふふ、もちろん普通はできないわよぉ。私だからできる芸当ねぇ」
「まぁ……そうみたいやな」
エコナが集約させる魔力は、和己達が今まで感知したどの魔力よりも高いことは火を見るより明らかで、おそらくこの島に来た直後の和己達であったとしてもその変化には気付いたであろう。現に物理的には直接影響を及ぼさないと和己が思っていた魔力であったが、エコナの周辺にある木々は揺らめき、異常を感知した動物達の鳴き声が周囲から聞こえてきており、それだけでも内包する魔力量が段違いに高いことが容易に想像できるほどであった。
「じゃぁ早速送るわね。あなた達の健闘を祈っているわぁ」
「おおきに」
「うう……本気で痩せようかな……」
「じゃぁいくわよぉ!」
そう言って目を閉じ、朗々と詠唱を始めるエコナ。和己達の足元には魔法陣が展開され、それが神々(こうごう)しい光を伴って輝きだした。
「この者達を彼の地……アブリアス樹海へといざないたまえ!」
「「え?」」
そして二人は振り出しに戻るのであった。