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第十一話

 和己達は現在、大広間に招かれ片膝をついて待機していた。

 そこは城の中でも謁見用に使われている部屋のようで、横幅5mはあろうかという巨大な赤絨毯が奥の玉座まで続いており、絨毯の両サイドには数十人の魚人騎士達がずらりと整列している。そして、その玉座には豪華なドレスに身を包んだ魚人が座っており、その隣には上品な艶のある黒い衣装を着た魚人が立っていた。よく似た場面を和己達はシーボルでも体験していたのだが、あそことはまさに月とスッポンほど何もかもスケールが違っていた。


「ではこれより大公様との謁見の儀を執り行う!」


 一瞬の静寂の後、玉座のそばにいた魚人が大広間に響き渡るような大声で宣言する。


「人間の二人よ。おもてを上げるがよい」


 その言葉に従い、和己達は顔を上げ玉座にいる大公を見た。基本、魚人の表情を読みとることは、人間である和己達には難しいはずなのであるが、そんな二人にも分かるほど、明らかに大公の表情にはやる気が見られなかった。確かに大公側からすれば、人間化させたハンヌを呼びだすつもりのお触れが、まさかどこの馬の骨とも知れない本物の人間が来てしまったのだから、そんな表情になるのも仕方の無いことなのであろう。とはいえ、お触れを出したのは大公側であるがゆえ、和己達を無下に扱うこともできず、謁見の時間を設けざるをえない状況であった。


「確かに人間ではあるな……名は何と言う」


 和己達を確認するものの、ますます興味が無くなったのか表情が消える大公。おそらく、適当に会話をして早々に切り上げるつもりなのであろう。


「(そんな顔してられんのも今の内やで)」


 和己は内心ほくそ笑みながらも大公の質問に答える。


「お初にお目にかかります。小野寺和己と申します。なにぶん田舎者ですさかい、極力努力はしてますけど、失礼があった時は、できれば勘弁してもらえると助かります。ちなみに横におるのは俺の旅仲間の香坂正義言います」

「ぼ、ぼ、僕は、こ、こ、香坂、ま、正義なんだな……」


 正義は上半身白のランニングシャツで日本中を放浪しそうな張り絵作家ばりの口調になるほど緊張していた。ただし、別に大公に会えたのが光栄でというわけではなく、和己がここに来る前に提唱したこの先の計画のことを考え、不安や恐怖にさいなまれているからであった。


「まぁそう緊張せずともよい。遠路はるばるよくきた。案内役を就けるのでゆっくりと城内を見て回るとよい。では、私は政務があるため……」


 周りの魚人騎士達も若干びっくりするぐらいの早さで、謁見を切り上げようとする大公。お触れを出した詳細な経緯などを伝えられていない魚人騎士達にしてみれば、きっと魚人以外の種族に何か話したいことや、頼みたいことがあるのだろうと勝手に想像していた分、余計に肩透かしを食らったようであった。


「最後に一つだけ大公さんに質問してもええやろか?」

「貴様っ!」

「よい! 質問を許可する」


 和己が大公の言葉を遮る。本来であれば、許されざる行為であり、周囲で待機している魚人騎士の一人が声を荒げて和己に詰め寄ろうとするのだが、大公がそれを制止する。早く切り上げたい大公にとって下手な揉め事を起こされ、無駄に時間が過ぎるのを嫌ってのことであった。


「ほな、質問させてもらうけど、大公さん……あんたほんまに大公さんなんか?」

「……どういう意味かね?」

「いや、偽もんちゃうんかな~って思ってな。ちょっと聞いてみたんや」


 和己の発言に周りが一気にざわつく。大公へのあまりに常軌を逸した質問に周りも一体どうすればいいのか戸惑っているようであった。さすがにこの発言は許容することができなかったようで、大公は顔を真っ赤にして大声で和己達に言い放つ。


「ぶ、無礼であるぞ! この者達を牢屋に閉じ込めておけ! 処罰は後ほど言い渡す!」


 大公の裁決を聞いて、戸惑っていた魚人騎士達も冷静さを取り戻し、和己達を確保しようと動き出したその時……


「待ちなさい!」


 いつの間にか大広間の入口が開いており、そこに立つ者から発された制止の声に、何事かと大広間中の視線がそちらに集中する。そして再度ざわつく魚人騎士達。それもそのはずで、入口に立っているその人物は……


「そ、そんな馬鹿な……」

「これは一体……」

「大公様が……二人?!」


 魚人の姿に戻った本物の大公――ハンヌの姿であった。




 時間は湖からサンバルへと戻る直前にまでさかのぼる。


「大公さん、とりあえず、まずはこれを試してみたいんや」


 和己は荷物から取り出したお灸をハンヌに見せる。


「これは?」

「もしかしたらやけど、これで呪いが解けるかもしれへん」

「そ、それは本当ですか?!」

「ああ、その公算は高い。まぁもし失敗しても特にデメリットもあらへんさかい、とりあえずやるだけやってみたいんやけど……」

「少しでも可能性があるのでしたら是非!」

「それじゃぁ……」


 和己はハンヌをうつ伏せで寝かせて背中にお灸治療を行う。


「どんな感じや?」

「そうですね。ほんのり体が温かくなってきた気がします」

「そうか。ほな、もうしばらく続けてみよか」

「俺的にはかわいいから、人間のままの方がええんやけど……って冗談ですやん……」


 完全に冗談を言うタイミングを間違えてしまい、和己とハンヌににらまれ萎縮する正義。ただ実際、人間姿のハンヌはかなりの美人であり、おそらく魚人の姿でもこのレベルの美魚なのであろうことは容易に想像ができた。きせずして、シーベラの言っていたことが証明され、和己はこの時初めてシーベラのことを少しだけ疑っていた自身の気持ちに気付き、心の中で謝罪するのであった。

 しばらくハンヌの様子を見ていたが、特に変化は起こらない。和己はお灸がダメだった場合の対策をそろそろハンヌに伝えようかと考えていたその時……


「お、おぉおおおおー! はうんっ!」

「な、なんや?!」

「す、滑るぅ~!」


 突然ハンヌが体をプルプルさせながら叫びだしたのであった。そして、次の瞬間、全身からおびただしい量の粘液を噴出し、身もだえるハンヌ。粘液によって、お灸の火は消えてしまったが、それでもハンヌの変化は収まらず、依然、辺りを粘液まみれにしながら数分その状態が続いた。やがて、粘液の噴出も止まり落ち着いたそこには……


「や、やった……も、戻りました!」


 粘液で全身テカテカにしながらも、満面の笑みでピチピチ歓喜する魚人姿のハンヌが横たわっているのであった。


「それはええんやけど……これは……」

「やっほー! カズこれ楽しーでー!」


 周囲を見回し、苦笑いを浮かべる和己。辺り一面それはもうヌメりにヌメっており、その光景は見る人が見ればある意味ちょっと卑猥ひわいでさえあった。一方、正義はすかさずこの粘液を利用し、湖畔を縦横無尽に滑り倒していた。めくれた服とズボンから見える腹と半ケツは、それはそれは醜うございましたとさ。


「まぁ、とりあえずうまいこといってよかったわ……」


 和己がお灸で呪いや魔法の効果が解けるのではと推測していたのは、いくつか理由があった。その中でも最も大きな理由は、やはりテルンの店で行った実験の成果である。お灸治療は外傷はいわずもがな、風邪などの病気にすら効果を及ぼした。ということは、体内の自然治癒力を上げるだけではなく、病原菌に対する抵抗力も急激に高めるのではないかと和己は考えていた。そして、この世界には魔法や呪いが存在する。これらに対しても同様に抵抗力が上がることにより、継続的な効果を解除できるかもしれないと、今回試してみたのである。結果は和己の思惑通りであった。

 和己はそこでふと思う。もし、お灸治療をテイルセントやリリーアフトに行った場合、呪いは解除されるのであろうかと。そしてもし解除された場合、どの状態に戻るのか。呪いを掛けられる前の状態か、それとも、一気に老化が進行し解除と共に死を迎えるのか。どちらにしろ、もう二人に会うこともないので結局は憶測の域を越えないとそれらの思考を切り捨て、今後のことを考えるのであった。


「そしたら、城に行こか。偽物に目に物見せたろや」

「そうですね! 早速行きま……きゃっ!」

「やっふー!」

「はぁ……とりあえず、まずは着替えからやな」


 自身の出した粘液で勢いよく転ぶハンヌと、早くもヌメヌメの波を乗りこなす正義。その現状に大きくため息をつきながら、和己はそう呟くのであった。




「偽物だっ! 引っ捕えろ!」


 玉座から言い放たれた大公の声にも周囲の動揺は収まらず、なかなか次の行動に移すことができない魚人騎士達。


「これを見ても私を偽物扱いできるのですか?」


 そう言うと入口にいたハンヌは胸元から、ピンク色の宝石のような物があしらわれたネックレスを取りだした。


「あ、あれは……」

「公爵家に代々伝わる『モモイロウロコーン』!?」

「と、言うことはあちらの大公様が……本物」


 そう結論付けられると今度は玉座にいる大公に皆の視線が注がれる。見ると大公とその隣にいる黒い服の魚人が明らかに動揺しているのが見てとれた。


「大公様! 宰相様! これはどういうことなのです!」

「(あれ宰相やったんか……)」


 詰め寄る魚人騎士達。その様子を後方から傍観する和己達と、そんな二人の下に駆けつけるハンヌ。


「もう少しで……あともう少しで我らの目的が達成されるところであったのに……」


 玉座の大公そう呟きながらゆっくりと立ち上がる。


「やはり、あの時点で探索を諦めるべきではなかったか」


 そして、宰相も悔しそうな顔をしながらハンヌをにらんでいた。


「大公だけやなくて、宰相もあっち側やったんやな……」

「そ、そんな……あの宰相が……」


 和己が口にした現実に、ショックを受けるハンヌ。


「こうなっては仕方が無い。貴様ら全員……ミナゴロシダ』


 そう言った途端、大公と宰相は巨大化するのであった。




「カ、カカカズ……ど、ど、どどどないすんねん!」

「変身すんのはちょっと想定外なんやけど……」


 和己はここで偽物を捕まえて、お家騒動はこれにて一見落着だとばかり思っていただけに、この事態は想定の範囲外であった。しかし、先日のサーカス団長であるキーノが魔物であったことを思い出し、その可能性も考慮すべきだったかと今さらながらに悔やむ和己。


『グ、グガァアアア!』

『ウ、ウガァアアア!』


 変身……というより魔物本来の姿に戻った2体は、地面が揺れるほどの激しい咆哮ほうこうを放ち威嚇する。


「あ、あれは! メッチャカタイーノとマホウスゴイーノ?!」

「そんな……地獄からの使者とも言われるあの2匹がなぜこんなところに!?」

「またそんな名前なんか……」

「カズ……そこはもう諦めた方がええと思うで?」


 2体の姿を見て、ガタガタと震えながら魔物の名前を口にする魚人騎士。そんな魚人騎士を尻目に、和己は図書館の一件を思い出してげんなりし、正義は和己の肩に手を掛け励ましている。

 メッチャカタイーノと呼ばれた魔物は、体長5mはあるかと思われる巨体で、人型の姿をしているが、動物のサイのような顔付きであった。全身は鈍く光っており、生半可な刃物ではとても太刀打ちできなさそうなほど硬いことが遠目に見ても分かった。そして、いつの間にかその手には巨大な両手斧を持っており、感触を確かめるかのようにそれを一振りする。その風圧はかなりの距離をとっていた和己達にも届き、正義の腹に至っては軽く波打つほどであった。

 一方、マホウスゴイーノと呼ばれた魔物は、体長は3mほどでメッチャカタイーノよりは小さいとはいえ、それでも人間や魚人よりは遥かに大きい。こちらも人型の姿をしており、顔は動物のヒョウを彷彿とさせた。メッチャカタイーノとは違いその手に武器は持っていないものの、リズムよくステップを踏みながら和己達の目で捉えるのもやっとなほど速さでシャドーボクシングを繰り広げている。


「皆の者! うろたえるな! 訓練通り隊列を組んで対抗するのだ! 魚人騎士としての誇りを思い出せ!」

「「「おぉおおお!!」」」


 2体の姿に戦意を喪失しかけていた魚人騎士達は、ハンヌのその声で我に返り、瞬く間に隊列を組んで魔物達と対峙たいじする。その辺りの動きはさすが大公の側近である騎士達といえよう。

 そして、後に語られることになる、この国の存亡を掛けた戦いの幕が切って落とされたのであった。




 戦いは熾烈を極めた。

 メッチャカタイーノは名前の通りの防御力を誇り、魚人騎士達の攻撃を物ともせず乱暴に斧を振り回す。その様はさながら巨大な竜巻のようであった。それに巻き込まれた魚人騎士達は木の葉のごとく吹き飛ばされ、後ろに控えていた救護班によって回復魔法を掛けられ、軽傷者だった者から戦線に再度復活している。

 そして、マホウスゴイーノはというと、こちらは一切魔法は使用せず肉弾戦にてメッチャカタイーノ同様魚人騎士達を吹き飛ばす。

 数で勝る魚人騎士達も善戦はしているようであったが、魔物達にはこれといったダメージを与えることができず、このままでは救護班の魔力切れと共に壊滅するのは火を見るより明らかであった。

 そんな中、唯一魔物達に通用していそうなのがハンヌの魔法であった。彼女が繰り出す攻撃魔法は魚人らしく水系統がメインであったが、それでもメッチャカタイーノの装甲に傷を付け、マホウスゴイーノを逆に吹き飛ばす威力を叩きだしていた。しかしながら、やはり決定打には欠けるようで魚人騎士達の窮地を救う場面は何度もあるものの、魔物達を追い込むまでには至らない。


「マサ、加勢するで!」

「え? まじで!?」

「今せんとどっちにしろ俺らもやられるやろ! それやったら魚人達が元気な今やらんと!」

「お、おう……」


 和己は覚悟を決め、正義は渋々ながら魔物達に立ち向かう。


「俺が陽動するから、マサいつもの頼むで!」

「あ、あいよ!」


 和己はまずアイテムボックスから針を取り出し、メッチャカタイーノに向かい走り出した。和己は前回のキーノ戦にて魔物には治療効果が、そのまま攻撃になりえることをほぼ確信していた。じゃなければ、キーノが死んだ理由に説明がつかないからである。今回も回避メインであることには変わりないものの、隙があれば攻撃するつもりであった。幸い、メッチャカタイーノの斧の早さは相当なものであるが、軌道は単純であったため、和己は回避をしながら攻撃の隙をうかがう。


「す、すごい、あの斧を……」

「カズはやる時はやるんやで! よし! そこだ! やれ! いけー!」

「お前もはよこんかい!」


 和己に急き立てられ、正義も仕方無しに参戦する。

 メッチャカタイーノを射程圏内に収められる位置まで移動する正義。そして……


「どっせーい!」


 パーン!


『グアァ!』


 乾いた音と共にメッチャカタイーノの斧が弾き飛ばされる。あまりの衝撃に斧は柄の部分から折れてしまったようであった。


「おお! あの斧をいとも簡単に!?」

「す、すごい……」

「これならばいけるぞ! 皆の者! 二人を援護するのだー!」

「「「おぉおおお!!」」」

「あ、あれ……? ま、いっか!」


 二人の勇士に、俄然がぜん勢いづく魚人騎士達。そこにハンヌの攻撃魔法も加わって、魔物達は一転苦戦を強いられた。しかしながら、勢いづかせた当の本人である正義は戸惑っていた。キーノ戦よりも明らかに膝爆弾の威力が上がっていたからである。しかしそのことに疑問は覚えたものの、なぜと深く考えるようなことはなく、単純に威力が上がったんだラッキーってなもんで、なんの推察もせずに戦線に復帰する正義であった。


『カタイーノ! アレヲヤル! ジカンヲカセゲ!』

『ワカッタ』


 思わぬ苦戦に驚いたのかマホウスゴイーノはメッチャカタイーノに合図を送ると、メッチャカタイーノの背後に下がる。そして、その前をかばうようにメッチャカタイーノが立ち塞がる。


「何かする気やで! 皆気ぃ付けや!」


 和己の助言に魚人騎士達が警戒を強める。その直後、メッチャカタイーノの背後から何やらぶつぶつと唱える声が聞こえてくるのであった。


「マ、マホウスゴイーノに凄い量の魔力が集まっています!」

「まさかマホウスゴイーノが魔法を使うというのか?!」

「え?」

「そんなことどこの書物にも載っていなかったぞ!」

「いや……あの……」

「なんてことだ! まさかマホウスゴイーノは肉弾戦だけではなく魔法も使えることができるだなんて! そんなこと誰が思っただろうか! いや! きっと誰も思うまい!」

「名前で分からんのかい!」


 そんな魚人騎士達の様子を見て思わずツッコむ和己。言われた本人達はポカーンとした表情であった。おそらくこれも異世界翻訳の影響なのであろうと判断し、魔物達の方に向き直る。


『スッゴイマホウウツヨ。コレカラスッゴイマホウウツヨ。アッツイヨー。アッツイヨー。アッツイホノオガデーチャウヨー』

「あ、あれは古代語!?」

「一体どんな魔法なんだ!」

「……」


 マホウスゴイーノから紡がれるその言葉に魚人騎士達は驚愕する。本人達はもちろん大真面目なのであるが、和己にとってはどうしてもコントにしか見えず、自分は一体何をやっているのだろうと自問自答を繰り返す。直後、そんな場合ではないと無理矢理自身を奮起させ、和己は皆に指示を飛ばす。


「なんか知らんけど火の魔法がくるみたいやで! ありったけの水の魔法で対抗するんや!」

「わ、わかりました!」


 ハンヌを筆頭に水魔法を使えるものが、一斉に詠唱を始める。


『コダイゴガワカルノカ!?』


 動揺するメッチャカタイーノ。その動揺の隙を突くように、サイドから正義がでかい体にも関わらず、気配を消しマホウスゴイーノを射程圏内に捕らえる。引きこもりで培った親の叱責を回避するために行っていた存在感を薄くする習慣が、初めて人の役に立った瞬間であった。


「ほいさっさ!」


 パーン!


『ドブハァ!』


 膝爆弾をまともに受け、腹に風穴を開けるマホウスゴイーノ。どうやらメッチャカタイーノほどの防御力はなかったようであった。口から緑色のドロドロした物を吐き、その場に倒れるマホウスゴイーノ。


『スゴイーノォオオオオオ!』


 後ろを振り向き、その惨状を目にし絶叫するメッチャカタイーノ。すぐさま倒れた相方に駆け寄ろうとするが、今はその時ではないと自身を戒め踏みとどまる。そして、悲しみの感情を怒りに変え、長年連れ添った相棒をこのような姿に変えた者をほふるべく、さきほどまで正義がいた場所に向き直る。


『キ、キサマァアアアア! ドコヘイッタ!?』

「やっふーい!」


 パーン!


 再度気配を消した正義はこそっとメッチャカタイーノの背後まで近づいており、角度をつけほぼゼロ距離でもう片方の膝爆弾を解き放つ。


『ガハッ!』


 以前より強化されたゼロ距離膝爆弾の威力はすさまじく、メッチャカタイーノの巨体が前方に吹き飛ぶほどであった。そして、まともに受けた背中の装甲は既に見る影も無く、無残に焼けただれている。それでも致命傷にはなっておらず、ふらつきながらも立ち上がろうとするメッチャカタイーノ。もちろんそんな隙を和己が見逃すわけはなく……


「これでしまいや!」


 メッチャカタイーノの焼けただれた背中にありったけの針を突き刺す。


『アッ! ガッ! ベッ! グッ……ボッ……』


 針が刺さった部分から、みるみる溶けていき、メッチャカタイーノは痙攣する。そして数秒後、大広間には動かなくなった魔物が2体横たわるのであった。


「「「ウ、ウォオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 直後、割れんばかりの歓声が大広間を包み込む。


「勝ったー! 地獄の使者達に勝ったぞー!」

「やったー! やったー!」

「これも人間二人のお陰だ!」

「ありがとう人間! フォーエバー人間!」

「に・ん・げん! に・ん・げん!」


 和己の周りに集まる魚人騎士達。人間コールはその後、数分間続くのであった。そして、正義はというと……


「きゅぅ~……血が……血が足りまへんねん……」


 近くでキモい声を出しながら倒れているのであった。間髪入れない両膝による膝爆弾はさすがに経験が無かったようである。




「ありがとうございました! これでこの国にも平和が訪れます!」

「まぁ俺も無事に終わってホッとしとるよ」


 ハンヌは笑顔で和己達に感謝をするが、辺りの様子を見ると一転、顔を引き締め話しだした。


「正式なお礼は改めて。今は負傷者の治療を優先したいので……」

「ああ、ええよええよ。なんやったら俺も協力するわ」


 和己も救護班と共に負傷した魚人騎士達の治療に取り掛かる、そして救護班にその回復速度や効果に驚かれながらも順調に治療を終えていくのであった。


「あの……正義さんはほっといてもいいのですか?」


 全体の指揮を執っていたハンヌであったが、大広間に放置されている正義を見て、さすがに不憫に思ったのか和己に声を掛ける。


「ああ、かまへんかまへん。本人も治療はたぶん望んどらんやろうし、後でうまいもんでも食べさせといたら勝手に満足しよる」

「そうですか……ではシェフには腕によりを掛けるように言っておきます! それにしても……」


 そう言いながら、ハンヌは正義の回復方法をまじまじと見詰める。


「こんな回復魔法が存在していたんですね。私は今まで見たことがありません」

「まぁ厳密に言うと魔法とはちょっとちゃうんやけどな。これ、誰にも言わんといてな」


 軽く茶目っ気を出しながら和己はハンヌにお願いをする。


「救国の英雄の頼みなのですからそれはもちろん! と、言いたいところなのですが……」


 張り切って約束するも、その後周囲を見回し、ばつが悪そうにするハンヌ。


「……あ」


 気付けば多くの魚人達に囲まれ、まじまじと見詰められている和己。


「(これはやってもうたか?)」


 自重しなかったことを少し後悔する和己であった。




 あれから数日。二人はまだハンヌの城にお世話になっていた。

 ちなみに、宰相は殺されておらず、ハンヌの部屋で巻きになって、うごめいているところを発見された。衰弱はしていたものの、命に別状はなく、そのことに胸を撫で下ろすハンヌ。おそらく相当信頼している部下なのであろう。

 そして和己達はまさに文字通りの歓待を受けながら、この数日を過ごしていた。


「俺、こっちに来て初めてまともに歓待受けてる気がする」

「しかも、その歓待に限ってご神託関係無いしな……」


 とはいえ、歓待されるだけではなく、しっかりと情報収集にも精を出していた。しかし、カートゥン公国民……というより魚人は基本あまり本を読まないらしく、書物自体が圧倒的に少なかった。その要因は体を覆う保護粘膜がすぐに本をダメにしてしまうからだそうだ。種族の悲しいサガである。そう言って嘆くハンヌに和己は……


「手袋したらええんとちゃう?」

「……はっ! その手があったか!」

「いや、今まで気付かんかったんかい……」

「親からも本には触るなと常々言われていたもので。思い込みとは実に恐ろしいものですね! 和己さんから言われてまさに目から鱗が落ちる思いです! といっても、たまに目に鱗が入るから、本当に目から鱗が落ちることはあるんですけどね! うふふ……」

「そ、そうなんや……」

「くそっ! なぜ俺は魚人じゃないんだっ! そしたら俺も……俺もぉ!」


 渾身こんしんの魚人ジョークを聞き、苦笑いを浮かべる和己と、親でも殺されたのかというくらい悔しがる正義であった。


「さて、この城にある書物もめぼしいもんは粗方目通せたし……そろそろおいとまさせてもらうか」

「そうですか……もう少しゆっくりしていってもらっても、こちらとしては全然構わないのですが……」

「そやで。言葉に甘えるのは別に悪とちゃうんやで!?」

「お前は単純にうまいもん食えてるから満足してるだけやろ! 俺らにも目的はあるんやからそれがまずは最優先! それは最初に決めたことやろ!」

「お、おう……」


 和己の圧倒的な威圧感に思わず後ずさる正義。


「さて、やっぱり次は……王都になるんかなぁ」

「王都というと、マキールのことでしょうか?」

「そやな……次の目的地はそこにしようかと思っとるよ」

「それでしたら、我が国の船で送り届けましょうか?」

「ほんまか! それは助かる!」


 ハンヌの提案に文字通り渡りに船状態の和己はそれを喜んで受け入れる。


「ええ、恩人のお願いですから喜んで送らせてもらいます。ただ……」

「ただ?」

「マキールは内陸にありますので、最寄の港町までになってしまいますね」


 少し申し訳なさそうにするハンヌ。


「それでも海渡れるだけありがたいわ。俺らにはどうしようもなかったことやし。そしたらそれ、お願いしてもええかな?」

「わかりました。マキールの最寄といえば……ここからだとカマランが一番近いですね」


 ハンヌから飛び出した単語に、和己の表情は一気に曇った。言われた瞬間に、脳裏でカマランの思い出が走馬灯のように思い出されたからである。


「すまん……そこはあんまり行きとうないねん。ちょっとトラウマが酷ぅてな……悪いんやけど、別の港町あらへん?」

「それでしたらダーン王国との国境近くになってしまいますが、マキール王国領の北部にタークンという港町がありますね。そこだとカマランから行くよりもマキールへは結構遠くなってしまいますが……それでもよろしいですか?」

「ああ、かまへんかまへん。カマランからも離れてるみたいやし、それでお願いするわ」

「……カマランにそんな嫌な思い出があるんですね」

「悪いけどあんま思い出させんといて……」


 そして、和己達はカマランとは別の港町タークンへと向かうことになったのであった。ここからタークンへは一週間ほどの行程らしい。そして数日後二人は……




「なんで俺らの旅路はこうも順調に行かへんのやろな……」

「ここはどこ?! 私は……香坂正義です!」


 浜辺で気が付くのであった。




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