第十話
「遠回しに言うてるけど、これってどう考えても……」
「まぁ俺らしかおらへんやろうな」
「ですよねー」
中央広場に堂々と突き刺さった看板を見ながらそう呟き合う二人。
「大公様と謁見できるとは……」
「ああ、私もハンヌ様と一度でいいからお話させていただきたいわ……」
「なぜ魚人以外なんだ……」
「ハンヌたん、ハンヌたん……」
そんな和己達に周囲の魚人達からは尊敬、羨望、嫉妬などなど、様々な想いのこもった視線が降り注ぐ。
しかしながら、当の本人達にとってはこの手のお誘いは、いい思い出どころかトラウマしか存在せず、いかにしてこのフラグをへし折るかという方向にしか思考は向いていないようであった。
「と、とりあえず作戦会議や! 宿に戻るで!」
「りょ、了解!」
ここにずっといるのは、さすがに精神衛生上よろしくないと判断した和己は正義と共に、体にまとわり付く視線を振り切りながら、大急ぎで宿屋に引き返すのであった。
「さて、俺らには現状三つの選択肢がある。一つ目は看板の誘いに乗って城に行く。二つ目は見なかったことにして情報収集を続ける。そして最後はこの町そのものを出る、やな。一つ目は論外やから、実質二択や。マサはどう思う?」
「ここはご飯もうんまいし、もうしばらくここにおってもええと思うけど? なんてったってご飯うんまいし」
「うん、聞いた俺があほやったな。でもな……よう考えてみ? あんな看板立てるくらいや。言うてる合間に城から誰か来て、この前みたいに拉致られる可能性もある。そうなったら、そのうんまい飯とやらも食うことができんようになるんやで」
「そやったらもう……」
「そやな。結局どう考えても俺らにはこの町を出ていく以外の選択肢が存在せえへんことになるな。船はまだ数日は来ぉへんみたいやし、出ていくなら徒歩やろな。幸い近くの町まではそんな危険な場所も無いみたいやし、俺らにはまだお香も残っとる。ほぼ問題なく次の町までは行けるやろ。あとは……いつ行くかやな。できれば早い方がええんやけど……」
コンコンッ
二人がこの町を出ていくタイミングを話しだそうとしていたその時、和己達の部屋のドアがノックされた。城から派遣された騎士がもう来たのかと身構える二人であったが、ノックをした者の正体はシーベラであった。
「ごめんなさい。いきなり押しかけてしまって……」
「別に構へんよ。でも、どないしたんや? 宿に来るなんて珍しい」
「ええ実は……」
「まぁ立ち話もあれやさかい、まずは座りぃや」
シーベラを部屋に入れ椅子に促した和己であったが、シーベラはそれには従わず真剣な表情で和己を見詰め、深く頭を下げた。
「和己さんお願いです! どうかハンヌ様の様子を見てきていただけないでしょうか!」
急なシーベラのお願いに面食らう和己達。シーベラはそのままの姿勢で続けた。
「わざわざ魚人以外を指名するお触れを出すくらいです。そこにはきっとそれなりの理由があるはずなんです。本来でしたら、私達が直接見にいくことができるのが一番いいのですが……残念ながらそれはかないません。ですが、お二人であればお触れの条件は満たしております。というか、おそらくほぼお二人を名指ししたといってもいいでしょう。ハンヌ様であれば、お二人を粗末に扱うようなことは絶対にいたしません! ですので、どうか……どうか様子だけでも見てきてもらえないでしょうか……」
その言葉には打算や計略などの下心は一切感じられず、本当にこの国の大公であるハンヌを心から心配しての発言であることがありありと伝わってきた。それほど民衆から慕われているハンヌという大公とは、一体どれだけ素晴らしい人物なのかと、若干興味が湧く和己ではあったのだが……
「シーベラさんにはめっちゃお世話になったし、そのお願いも聞いてあげたいのはやまやまなんやけど……ほんまにすまん。今回だけは勘弁させてくれ。今までの経験上、絶対にあれはよろしくないねん。それに、仮にその経験が無かったとして、さすがに胡散臭すぎてなぁ……悪いけど行く気にはなれんのや」
元の世界で同じようなお願いをされれば、もしかしたら和己は聞き入れたかもしれない。しかしここは元の世界よりも遥かに命の価値が低い異世界である。いくらお世話になった者からの懇願とはいえ、そうやすやすと受け入れられる内容ではなかった。
「……そうですか……分かりました。自分勝手なお願いであることは重々承知していましたから、お気になさらないでください……では、私はこれで……」
「ああ。ほんま悪い」
明らかに落胆の表情を見せ部屋を出ていくシーベラに和己の心は痛むが、これでよかったのだと自分に言い聞かす。そして和己の後方では……
「シ、シリアスすぎて全然会話に入られへん……」
と、悲痛な面持ちでうなだれる正義の姿があった。
「とりあえず、この近くに湖があったはずやからそこで休憩、ってか野宿やな」
「ほ、ほんまに休めるんか? カズのもうすぐは、さっきから全然もうすぐちゃうんやけど!?」
「んなこと言ってもしゃ~ないやろ。そんなきっちりした地図なんて無いんやし」
「もうね! 正義君の足は棒を通り越してオリハルコンですよオリハルコン! 分かりますか?! あのかったいかったいやつですよ! ゲームでも最終装備になりえるやつですよ!」
「だー! もううっさいねん! 文句言う元気あるんやったらちゃっちゃと歩けや! それに最終装備が足に装備できてんやったらラッキーやろがい!」
「カズはあほやなー! 言葉の綾やんか。ほんまに足が最終装備になるわけないやん。ちょっと考えたら分か……ぐえっ! ギブぅ~ギブぅ~!」
「殺す! やっぱりお前は樹海から出すべきやなかったんや!」
二人は街道を一路西へ……次の町に向けて歩いていた。シーベラから懇願された後、とりあえず昼食をと思い食堂に赴いた二人であったが、道中、魚人達から受ける視線の鋭さが増していることに気付く和己達。
そして、そこかしこから「いつ大公様に会いに行くんだろう」「早く様子が知りたいものだ」「城まで案内した方がいいのかな?」などの会話すら聞こえてくる始末である。中には今にも和己達に話し掛けだしかねないような魚人の姿もあり、和己達は気が気でなかった。なにせ、話掛けられる内容は、先ほどのシーベラとほぼ同じであることが簡単に予想できたからだ。
のんきに昼食を取っている暇は無いと判断した和己は、一路宿屋へと戻り旅の準備をし、町の魚人達から逃げるようにしてサンバルを出てきたのであった。さすがの和己もシーベラからされたような懇願を、何回も断れる精神力は持ち合わせていなかったのであろう。
「気持ちは分からんでもないんやけど、さすがに行く気はせんよなぁ……」
「ぶ、ぶつぶつ……言うとらんと……は、早く……この手を離して……落ちる……俺落ちちゃ……」
「そんな強ぅ締めてへんやろが。……っておい! しっかりせぃ!」
和己自身それほど力を込めているつもりはなかったのだが、異世界にきてから強化された身体の影響を考慮していなかったようで、目の前の正義は白目をむき、口からは半透明の正義が出たり入ったりしているところであった。慌てて手を離し、半透明の正義を口に押し込む和己。
「ぶはっ! お、おじいちゃん!?」
「誰がやねん!」
「今、川の向こう側におじいちゃんが! 『お前はそろそろこっちで引き取ろうかのぅ』って悩んでるおじいちゃんの姿が!」
「お前は天国のおじいちゃんにまで苦労かけるんやな……」
「俺はまだ生きる! おじいちゃん見てて! 俺はこれからビックになってみせるから!」
「体だけな」
「キィー!」
そんなことを言い合いながらも二人はなんとか、和己の記憶にあった湖のほとりにまで辿り着くのであった。
「さて、俺は火ぃおこしとくから、マサは水くんで来て。確か近くに湧水があるはずやから」
「あいよー! って、なんかカズだけ楽してない?」
「お前に重要なことは任されへんだけなんやで?」
「くっ! ……ほんま人使いの荒いやつやで」
ジト目で和己をにらみ、ぶつぶつ文句を垂れながらも正義は水をくみにいく。しかし、その数十秒後……
「お、親方! 湖に女の子が!」
「誰が親方やねん」
そう言ってダッシュで戻ってくる正義。
「ほら、親方あそこ見て!」
正義が指差す場所には確かに誰かが倒れていた。急いで駆け付けると、正義が言った通り確かに女の子のようであった。和己はすぐさま女の子の容態を確認する。
「かすかやけどまだ息はしとる! マサ治療するで! とりあえず運ぶから手伝え!」
「オッケー親方!」
そして、野宿をする予定の場所まで運び、和己は急いでアイテムボックスから針を取り出す。次に女の子の服の背の部分をめくり背中の数ヶ所に針を施した。ただ、施したといっても本当にこれで女の子の意識が回復するかは半信半疑の和己であった。いくら即効性の回復力に定評のある針治療とはいえ、こんな症状の人間に施術をした経験は無かったからである。
そんな和己の不安をよそに数分後……
「こ、ここは……」
「おおよかった、気ぃ付いたか。なんとかうまいこといったみたいやな……ここはサンバルの近くにある湖やで」
「そうですか……あ、そうだ! 私は……」
と言って、立ち上がろうとする女の子を和己は制止する。
「あーちょいまち! すまんけど、もうちょっと寝とってくれるか。今治療中やねん。あんたぶっちゃけ死にかけててんで?」
「そ、そうなんですか。それはありがとうございます。でもこれが治療……」
「もうちょいしたら終わるさかい。ちょっと違和感あるやろうけど我慢しててな」
「はぁ……」
そう返事をする女の子は依然、半信半疑な素振りを見せてはいるものの素直に和己の指示に従い、そのままうつ伏せの状態で針治療を受け続ける。
女の子が一命を取り留めたことにホッとした和己は改めて女の子を見て、そして呟いた。
「しかし……おってんなぁ。俺ら以外にも人間」
そう。湖で倒れていたのは人間の女の子なのであった。
「で、なんであんなところに倒れとったんや?」
「そやで。こんなところで女の子一人、危ないにもほどがあるで!」
女の子の様子が落ち着いてきたのを見計らって、和己は針治療を終わらせ質問をした。
「そ、そうです私は! 確か、追手をまこうとして湖の中に身を隠したまでは覚えているのですが……その後、なぜか息苦しくなってそのまま意識を……」
「いや、そらそうやろ……」
「天然ちゃんなんかな? ……俺、嫌いやないで!」
女の子の語るあまりの内容に思わず呆れる和己と、笑顔でサムズアップしながら受け入れる正義。
「はぁ……まぁええわ。ところで、名前はなんて言うんや?」
何気なく聞いた和己であったが、当の女の子本人は和己達を見据え、何かを決意したかのような表情で話出す。
「私は……ハンヌと申します」
「「……え?」」
最近どこかでその名前を聞いた覚えがある二人。そして、和己達の内心を駆け巡る嫌な予感。久しぶりの登場にテンションが上がったのか、嫌な予感達はいつもよりも多めに巡っているようであった。
「ええと……確かここの大公さんの名前も……ぐ、偶然ってあるんやなぁ!」
「ど、同名なんてべ、別に珍しくもなんともないし!」
嫌な予感の快進撃が止まらず慌てる和己達。ハンヌが何かを言いかけようとする仕草を素早く察知し、お願いだからそれ以上言わないでくれと心の中で懇願する和己。しかし、無情にもその願いは『勝訴』とかかれた紙を広げ、走り回る嫌な予感達に却下されるのであった。
「それが……私です」
「いや、でも、魚人……」
「魔法か呪いかは分かりませんが、気がつくとこんな姿に変えられておりました。この姿では魔法はおろか、まともに水の中で呼吸すらできないのですね……なんて不便な体なのでしょう」
自身の置かれた現状にハンヌは嘆息する。
「ええぇ……」
「ってことは、今サンバルで大公やってんのは……」
「おそらくですが……私とすり替わった偽物です」
「ええぇ……」
「とにかく、助けていただいてありがとうございました。では、私はこれで……」
そう言うや否や、まだ体調が万全でないにも関わらず、そそくさとこの場を去ろうとするハンヌ。
「ちょ、ちょい待ち! これでって今、夜やで? 今からどこ行くいうねん」
「サンバルに戻るんです。それで偽物を問い詰めます!」
「いやいやいや! みすみす殺されにいくようなもんやろ!」
「大丈夫です! 私には偽物を糾弾できる物がありますから。それに、このままでは我が国が滅びかねません。早く戻って対処しなければ戦争が!」
「いや、それならそれで、なんか対応策考えてから行かんと! って戦争?!」
「あーあー聞こえない聞こえない」
うっかり口を滑らせたのか、しまったという顔をするハンヌ。そして、聞いてしまったという顔をする和己と、聞いてしまった後に必死に聞こえない振りをする正義。
「いえ、なんでもありません。今のは聞かなかったことにしてください」
「お、おう……けど仮に町に戻るとしても、今夜はここで一緒に野宿して、朝出発した方がまだ安全に戻れると思うで。さすがに夜は危険やろう?」
「……そうですね。そうさせていただきます。焦りすぎて冷静な判断ができていなかったようです。大公としてお恥ずかしい限り……」
どうにかハンヌをなだめることに成功した和己は、湖のほとりで共に一夜を明かすのであった。
しかし、寝床に就いた和己は目がさえてしまい全く眠ることができず、代わりに思考の海へとダイブしていた。
「(戦争ってなんやねん。国同士? ということは相手はダーン王国か、マキール王国やな。で、ダーンは遠すぎるから……マキール王国と戦争するつもりなんか?! で、たぶんあの大公さんがそれを阻止しようとしとると。でもまぁ、このまんま戻ってもおそらくほぼ無駄死にやな。戦争になったら……元の世界に戻る云々言うとれるかどうか……)」
和己の潜水は明け方まで続くのであった。
翌朝、ハンヌは早速出発しようとするのだが、目の下にクマを作り一応の結論を出した和己が問いかける。
「大公さん、一応確認なんやけど」
「なんでしょうか」
「昨日、聞いてもうたから確認するんやけど……相手はマキール王国なんか?」
「……そうです」
「それって、わりと早いんか?」
「おそらくそれほど時間は無いでしょう。だからこそ私は早急に城に戻る必要があるのです」
ハンヌの声からは決意や覚悟といった想いがまっすぐに伝わってくる。
「(そら国民からの支持率高いはずやわ……)」
そして、和己もそのまっすぐな想いに呼応するかのように返事をする。
「……わかった。町には俺らも一緒に行く」
「え?!」
「え? ……え?! なんで?! 俺聞いてな……えぇ?!」
和己の提案に驚くハンヌ。そして、全く予期していなかった事態に、思わず和己を三度見する正義。
「大公さんは知らんかもしれんけど、今サンバルにはお触れが出とる。『魚人以外の者、大公との謁見を許可する』って内容のお触れがな。それ見た時、ターゲットは絶対俺らやと思っとったんやけど、大公さんの性格を考えると……おそらく、あんたが生きとった時の保険か何かなんやろうな。現に大公さんは俺らが止めるのも聞かず、このまま城へ行くつもりなんやろ?」
「ええ。もちろんそのつもりです」
ハンヌは和己の目を見詰め言い切った。
「昨日、大公さんは自分が本物だと証明できる物をなんかしら持っとる言うとったな。おそらくそれを城で皆に見せるつもりなんやろうけど……果たして城の者は人間になっとる大公さんの言うこと信じるやろか? それ没収されて窃盗か何かでいちゃもん付けられて処刑されて終わりちゃうか?」
「そ、それは……」
「そこで大公さんに提案があんねん」
今度は和己がハンヌをまっすぐに見詰めて言う。
「まずは俺ら二人で城の様子を見にいこうと思う」
「「え?!」」
驚愕するハンヌと正義。直後、正義は和己の腕をとり、ハンヌには話声が聞こえないところまで引っ張り、問い詰めた。
「いくらなんでも首突っ込みすぎやろ! 下手したら突っ込んだ首ごと持ってかれるで!?」
「ある程度の危険は分かっとる! でもやでマサ。ここでもし大公さん見逃してみ? その先には戦争しかあらへんで? そうなったら、俺ら戻る云々言うとれるかどうかも分からんようになるんちゃうか?」
「それは……そうかもしれんけど……」
「そうなる前の予防的な措置をするだけや。お家騒動にどっぷ肩まで浸かろういうわけやあらへん」
「だとしても、謁見はさすがに危険すぎへんか? 戦争起こる前に死んでもうたら意味あらへんねんで!?」
「そこはちょっと考えがあんねん。要はあの大公さんが城の皆に本物や思われたらええんやろ?」
「な、なんやねんそれ……」
正義の質問には答えず、そのままハンヌに顔を向け声を掛けた。
「大公さん、とりあえず……」
そうして、和己達一行は一路サンバルへと戻るのであった。




