第二十一話 『デート?』
「──着きましたよ、カイくん」
「…………ん。あ、れ……? 俺、寝ちゃってたのか?」
「えぇ、それはもうぐっすりと」
優しく肩を叩かれて、俺の意識は徐々に覚醒する。
ボーッとしていた意識が鮮明になっていって、俺は自分の失態に気付いた。
「わ、悪い! 千秋に運転させておいて俺は寝ちまうとか……最低だな俺って。……というか、起こしてくれても良かったのに」
「本当ですよ。すっごく寂しかったんですから……ですけど、あんな可愛らしい寝顔されてたら、起こしたくても起こせませんよ」
「か、可愛いって……それ男に対して言う言葉じゃない……というか、俺の寝顔なんか見てもなんも思わないだろ」
「いえいえ、涎を少しだけ垂らしているカイくんは子供みたいでなんと言いますか……ごちそうさまです!」
「よ、涎って……」
俺は咄嗟に口元に手を当てる。
指先に感じる湿気。どうやら本当に涎を垂らしていた様だ。
そんな俺を、満面の笑みを浮かべて見つめる千秋に、顔が赤くなるのを感じる。
「あ、駄目ですよ袖なんかで拭いたら!」
赤くなった顔を隠すように袖で乱暴に涎を拭おうとしていた俺の腕を千秋は制した。
そして千秋は俺の顔に自身の顔を近付ける。
「あ、えっ、ちょ、ちょっとなんだ……!」
「大人しくしてください」
そう言って、ポケットから取り出した薄ピンク色のハンカチで口元を拭われる。
千秋のブラウンの瞳は宝石のように綺麗で、そこに映る俺の顔はこれ以上ないくらいに真っ赤に染まっていた。
「……はいっ、綺麗になりましたよって、どうかしましたか?」
「いや……なんでもないです」
見蕩れてたなんて、そんな事言えるわけがない。
「さて、カイくんも完全に起きた所で、そろそろ行きましょうか。灯里のお土産も買わないといけませんし」
「そうだな。まぁ、アイツには適当に饅頭でも買ってけばいいだろ」
思い出すのは最後まで車に乗ろうとしていた灯里の姿。
子供の様に駄々をこね、最終的に俺の代わりに町に行こうとまでしていた。
あの野郎、目的が完全に俺の為じゃ無くなってるじゃねぇか……。
まぁ、そんな諦めの悪い灯里を千秋が宥めて、こうして町に訪れる事が出来た。
ちなみに到着した場所はこの町──早霧町の中で一番大きなデパートだ。
この町には都会のように大きな家電店や飲食店がそこら中にある訳ではない。
だけど、このデパートの中なら家電店を始めとした色んな店が並んでいる為、俺と千秋の目当ての物がここだけで買える。
品揃えが良い訳では無いだろうけど、一般的なものを買うならここで十分だろう。
「それで、カイくんは何を買うつもりなんですか?」
「んー、買いたいって言っても特に欲しいものは無いんだけど、取り敢えず服とか下着とかは欲しいなぁ」
「あぁ、確かにカイくんの持っている服はあまり多いとは言えませんもんね」
デパート内を歩きながら、俺達は目当ての物について話し合う。
そんな歩いている俺達を、他の買い物客が見ている気がする。
勿論、見ているのは千秋だけなのだろうけど。
薄い白のニットに薄茶色のカーディガン。
赤いチェックスカートと茶色のショートブーツは、落ち着いた雰囲気を出しつつ、千秋の可愛さを引き立てている。
そんな美少女が歩いていて、目に止まらない訳がない。
「……さしずめ、美少女とフツメンって所か」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと悲しくなっただけだよ」
美春の時も思ったけど、俺って美少女に縁があるのだろうか。
まぁ、美春と付き合えたこと自体が奇跡だったし、付き合うって事はもう有り得ないとは思うけど。
脇にある家電量販店。そこに置いてあるテレビの画面に映る自分の顔を見る。
うむ。可もなく不可もなく。何処にでもいる平々凡々な容姿だ。
美春のように、幼い頃から一緒にいて好感を持ってくれてる人じゃないと、付き合うことは出来ないだろう。
まぁ、その美春とも別れてしまったんだけど。
「…………あぁ、そういえば」
──美春は、元気でやっているだろうか?
「カイくん? どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ」
何でもない。
そうだ。俺はもう、美春の事は忘れないといけない。
こんな俺が、一瞬でも彼女のような女性と付き合えたことを、眩しい想い出として胸中に仕舞おう。
きっと、それがいい。
「……それじゃ、行くとするか」
「はいっ、そうですね!」
先ずは俺の日用品から選ぼう。千秋の買い物は最初に買ってしまうと嵩張ってしまうだろうし。
そう思い、俺達はその場を後にした。
◇ ◇ ◇
『──続いてのニュースです。以前熱愛報道で話題となった星空美春さんですが、無期限休養という発表が──』
◇ ◇ ◇
「ふぅ……色々と買ったなぁ」
「そうですね……久々に沢山お買い物しちゃいました」
俺と千秋の両手は、買い物袋で塞がっていた。
俺は欲しい服も直ぐに選んだし、その他の日用品もそこまで時間を書けずに選び終えている。
それに対して千秋だ。
女の子は買い物が長いって事は知っていた。実際に元カノに買い物を付き合わされたりしていたし。
でもまさか、食品売り場でも長い時間吟味するとは思わなかった。
やっぱり農家の娘となると、食材の良し悪しも判ってくるのだろうか。
「それにしてもカイくん、あまり買っていませんけど良かったんですか?」
「いや、服も別にこの季節に着れればいいし、日用品も特に買いたいものは無かったからな。個人的には満足だよ……この目覚まし時計以外は」
「えぇ? 可愛いじゃないですか!」
「男が持つものとしてはどうかと思うぞ……」
俺が取り出した、某夢の国の人気マスコットキャラをモチーフにした目覚まし時計。
俺が適当に手に取った無骨なデザインの時計に、千秋は異議を唱え、いつの間にかこの時計が購入されていた。
別に嫌いじゃないけどさ。
「そう言えば千秋は、宝飾店とか眺めていたけど買わなくて良かったのか?」
俺が服とかを選んでいる間、千秋は服屋の横にあった宝飾店の商品を眺めていた。
女性はネックレスやイヤリングを欲しがることは知っているし、本当は欲しかったんじゃないだろうか。
「いや、まぁ……良いなぁとは思いましたけど、お金ありませんでしたし」
「な、成程な」
ここで俺が買ってやるって言えれば格好良いのだろうけど、生憎俺の持ってきていた予算では足りない。
女の子の欲しい物を買ってやれないと思うと、何故か胸が痛くなる。
「……て、てか、千秋の方は食料品買い込み過ぎだろ。ほら、俺が持つから貸せよ」
「えっ? いや、いいですよ。流石に悪いですし……」
「寧ろ男が女の子に重いもの持たせる方が悪いわ……! 俺の体裁の事も考えて、ここは俺に譲ってくれよ」
実際、カップルと思われる人からには特に見られている気がする。
『あの男、彼女に重いもの持たせてるわよ。男らしくない』なんて思われてそうだ。
いや、彼女じゃないけど。
「す、すみません。ありがとうございまふ……」
「……今、もしかして噛んだ?」
「か、噛んでないです!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶ千秋。
噛んでて恥ずかしいのは判るけど、ちょっと過剰反応な気もする。
まぁ、可愛ければ全て良しだな。
「んじゃ、そろそろ飯時だし、何か食っていくか」
千秋から渡された荷物を改めて持ち直し、そう問いかける。
「そうですね。確かこのショッピングモールの一番奥に洋食店がある筈です。今日はそこで食べましょうか?」
そう言って千秋はその方向を指差した。確かに遠目だが、洋風な装いをした店の壁が見える。
「おぉ、いいね。ちなみに千秋のオススメは?」
「私のオススメはデミグラスハンバーグでしょうか? デミグラスソースの濃厚な味とお肉の旨みが絡み合って絶品なんですよ」
「へぇ、そりゃあ楽しみだな」
そんな話をしながら、俺達はその店に入った。
清潔に保たれた店内。
木製の丸いテーブルや椅子が並べてあり、よく手入れされているのか艶やかな光沢を放っていた。
更に聞いたことのあるクラシックが流れていて、なんかお洒落な感じだ。
……客は全くいないけど。デパートに来ていた客自体少なかったからなぁ。
「いらっしゃいませ。お二人様で宜しいですか?」
「あ、そうです」
「では、こちらにどうぞ。案内致します」
入店と共に現れた店員に案内された席は、外の景色が見えるテーブルだ。
客があまりいないからか、きっと一番いい席を案内してくれたのだろう。
「ごゆっくりどうぞ」
メニュー表と水差しを置いて去っていった店員さんを見送り、俺達は席に座り込む。
疲れを吐き出すように、口から深い吐息が漏れた。
コップに注がれた水を一口飲み、やっと一息取ることが出来た。
「はぁぁ、つっかれたぁぁ。久々に長い時間買い物した気がするよ」
「もうっ、だらしないですよカイくん」
「いや、ちょっと気が抜けちゃってさ」
と言いつつ、千秋も相当疲れていたのか、脱力して身体を背もたれに預けていた。
「さて、早速頼むか。俺は千秋オススメのハンバーグにするけど、千秋はどうする?」
「そうですね。家ではあまり洋食を食べる機会がないので、折角ですしこのシーフードグラタンにします」
「よしっ、決まりだな。すみませーん! 注文したいんですけど」
手を挙げて店員さんを呼ぶと、直ぐに俺達の席に来てくれた。
「はい、お待たせいたしました。ご注文は何でしょう?」
「えっと、俺はこのハンバーグで、彼女にはえっと、このグラタンをお願いします」
メニュー表を開き、頼む料理を指差しながら注文する。てか、めちゃくちゃ美味そう!
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
店員さんはメニュー表を回収し、他の客の方に歩いていった。
「結構雰囲気の良さそうな店だな」
「料理も美味しいですし、料金も結構良心的なので、近くの学生にも人気なんですよ」
「そいつは期待が高まるな」
この店に対する話や、今日の買い物の話をしていると、店員さんがワゴン車に料理を載せて運んできた。
「お待たせ致しました。こちらがデミグラスハンバーグです。そしてこちらはシーフードグラタンとなります」
俺の目の前に置かれたハンバーグは、濃厚な香りを発しながらジューと音を鳴らしている。
そして千秋の目の前にはシーフードグラタンと、ガラスの器に載ったプリンアラモード……ん?
「あの……私、プリンは頼んでいないんですけど」
注文していないプリンを目の前に置かれた千秋は困惑した表情を浮かべている。
えっと、確かそんなセットは無かったはずだけど……。
「今、カップルの方限定のキャンペーンをやっておりまして、こちらは当店からのサービスです」
「か、かかかカップ……」
カップルと言われて、千秋が動揺している。
俺達はそんなにもカップルに見えたのだろうか。少し恥ずかしいが、そんなに嫌な気持ちじゃないのは不思議だ。
でも、勘違いは勘違いだ。
「あー……少し言い難いんですけど、俺達カップルではないんです。一緒に来ている友達みたいなものなので。なぁ?」
同意を得るために千秋にも問いかけると、彼女も壊れた機械のように激しく頷いた。
「そうなんですか? ですが、もう既に用意してしまったので、どうか受け取って下さい。勿論、お金は頂きませんので」
「えっと、俺達としては有難いんですけど、本当にいいんですか?」
「はい、是非ともお食べになって下さい。そしてこのお店の事を、少しでも記憶の隅に置いていただければ幸いです」
そうやって完璧な営業スマイルで答える店員さん。
この人をベストオブ店員さんと名付けよう。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
小さくお辞儀して、去っていくその姿すら凛としている。やはり店員のNo.1か。
「……かっぷる……かっぷるって……」
「おい、千秋。何時までもトリップしてないで飯食べよう。このままだと冷めちまうぞ」
「はっ! す、すみません……」
虚ろな目で呟く千秋の肩を揺すり、現実に引き戻す。
千秋って男女交際の経験が無いのだろうか。流石にそういう事に対して耐性が低過ぎる。
「えっと、それじゃ食べようか」
「そ、そうですね」
手を合わせて食事前の挨拶をした後、目の前の料理に手を付ける。
ナイフでハンバーグを切ると、中からタップリの肉汁が溢れ出てきた。その光景に思わず唾液を飲み込む。
その切り分けた肉を口いっぱいに頬張った。
肉汁とデミグラスソースが混ざり合い出来た特別なソースが、肉の旨みを更に引き立てて、なんというか──
「──めちゃくちゃ美味ぇ……!」
予想以上の美味さだ。この値段でこの味は凄い。人気のチェーン店の味よりも遥かに美味しい。
「グラタンもとっても美味しいです。やっぱりこのお店はいいですねー」
「へぇ、そうなのか。一口貰ってもいいか?」
「勿論、いいですよ」
笑顔を浮かべ、許可してくれる千秋。
それじゃ、早速……と別のスプーンを取り出そうとした所で、
「ふぅ、ふぅ……」
千秋はスプーンで掬った熱々のグラタンを自身の吐息で冷ましている。
勿論、それは千秋のスプーンだ。自分で食べるのなら問題は無い。問題はないんだけど……。
「ふぅ……よし。はい、カイくん」
「えっ、いや、ちょっとそれは……」
「えっ? ────っ!?」
千秋は普通にそのグラタンを掬ったスプーンを俺に差し出してきた。
流石に恋人ではないのにそれは口に入れられない。そんな俺の反応から気が付いたのか、千秋がこれ以上無いほどに顔を真っ赤にした。
というか千秋さん、貴女は今日何回赤面するんですか。
「あ、あの! こここれはいつも、百合に食べさせてるからそれで……あの!」
「わ、判ったから。取り敢えず貰うな? 勿論新しいスプーンで!」
「え、えぇ。どうぞ!」
取り敢えず今の雰囲気が耐え切れず、俺は恥ずかしさを誤魔化すようにグラタンを口に運んだ。
「あちちっ!」
ろくに冷ましてないから舌が火傷したし、味なんか全く判らない。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だから! 美味かったありがとう!」
そんなハプニングもあったが、その後は普通に食事を続けた。
元々お洒落な雰囲気の店内と、美味しい料理、そして窓から見える夜景がとても綺麗で……って、
「あれ? 雨降ってきてないか? それに風の音も凄いし」
「えっ? あ、本当ですね。そう言えば前に台風が近付いて来ているって話聞いたような……」
「ちょっ、その話本当か!?」
スマホを起動して、天気予報を調べる。
確かに台風が今夜接近する事が書かれてあった。てか、もう秋なのに季節外れすぎるだろ。
「なら、飯食った後直ぐにでも帰らないとな。今はまだそこまで天気は荒れてないから、今なら帰れるかもしれないぞ」
「そ、そうですね」
このままだと駄目だ。
俺達はさっさと食事を切り上げた。ゆっくりとしている暇はない。
さっさと会計を済ませる。
もう少しこの店の雰囲気を楽しみたいけど、こうなっては仕方がない。
「またのご来店、お待ちしております」
そんなベストオブ店員さんの言葉を背に、俺達は店を後にしたのだった。
……また来たいな、ここは。
◇ ◇ ◇
──俺は今、頭を抱えていた。
デパートを後にし、直ぐに車に乗って家に向かって走り出した俺達だったが、相当雨が降り始めていた。
「くそ……どうすんだこれ」
帰ろうにも、今から二時間以上も運転しなければならなかった。
だけど、それまでにこの雨風が更に強まらないとは限らない。
流石にそんなリスクを背負って運転するのは危険だ。
「…………仕方ありませんね」
「なにか手があるのか?」
ずっと何かを考えていた千秋が呟く。
この何も思い付かない袋小路の中で、打開する方法を思い付いたと言うのだろうか。
「──泊まりましょう」
「…………えっ?」
「何処かの宿泊施設に、泊まりましょう」
「あぁ、成程」
千秋の言葉を噛み砕いて理解する。
この台風の中、リスクを負って帰宅するよりも、一夜を明かして台風をやり過ごした方がいいだろう。
諦めるっていう手も、一つの選択だ。
「まぁ、仕方ないか。それで、この近くにそんな所あったっけ?」
「えぇ、デパートに行く途中にホテルがありましたので、そこへ行きましょう。私は覚えていますので」
「判った。それじゃあ、そこに行こうか」
そう言って、コンビニに停めていた車を発進させる。
今日は千秋に色々とお世話になってるから、ホテル代は俺が払おう。
そう決意して車を走らせていると、遂に目的地が見えてきた。
「ほら、カイくん。あそこですよ」
「あ、あぁ。見えてるよ。見えてるけどさ……」
見えてきたホテルはそこまで大きなホテルではない。
だが、泊まることに関しては問題はないだろう。
問題は別にある。
俺も実際に来たことは無い。
だが、話に聞いたことはある。
多分だけど、俺の予想なんだけど、ここは──
──ラブなホテルって言うところじゃね?
すみません……私ホテルの描写判んなかったんです……ごめんなさい! 詳しい方がいたら教えてね(血涙)
次話も出来るだけ早く更新できるように頑張ります!