プロローグ 『前を向こう』
明日も仕事……気合いで書きました。
ブランクあるかもしれませんが、どうぞ!
「ねぇ、カイー」
「なんだよ……?」
「なんでもなーい」
「えぇ……」
そう声をかける少女は頬を軽く染めてニヒヒっと笑う。
子供かよ。なんて言葉が頭に過ぎるが、それは口にしない。
口にした瞬間、きっと腹部に強烈な打撃が打ち込まれる事は必然だろうから。
「……カイー」
「だからなんだよ」
「ヒヒっ、なんでもなーい!」
「だから子供っがふっ!?」
瞬間、腹部に走る衝撃。閉じていた唇から息が漏れる。
「誰が子供だって……?」
「っ……言っておりません。貴女様はとっても素敵なレディです」
「もうっ。カイったら、そんなこと誰でも知ってるわよ」
「……デスヨネ」
その言動に若干イラッとした俺は顔を歪ませるが、いつもの事だ。
それにその行動の裏に隠された想いを思い浮かべると、なんとも可愛らしく……そして愛おしい。
「……ねぇ、カイ」
「今度はなんだよ。もうボディーブローは却下だぞ」
「しないわよそんなこと!」
「数秒前の事を無かったことにするな」
そんな何気ない掛け合いが凄く幸せで。
そんな馬鹿みたいな美春が凄く可愛くて。
同じことを思ってくれていたら、そう願わずにはいられない。
「そうじゃなくて……ふふっ、なんか夢みたいなんだ」
愛しい彼女は俺の腕に自身の腕を絡みつけ、そして頬を擦り付ける。
柔らかい感触に、心臓の鼓動が高鳴った。
「いつもカイが隣にいる。そんな当たり前の事が、本当に幸せなの。だって私は貴方の近くにいても、隣には居なかったから。私は今まで、ただの『幼馴染』でしかなかった」
「──でも、今は隣にいる」
腕に寄り添う彼女の髪を優しく撫であげる。
揺れる髪から漂うシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
「俺は『幼馴染』としてじゃなく、お前の『恋人』として一緒にいるんだ。他の誰でもない、俺がそれを望んでな。俺だって、お前の近くにいるだけじゃ嫌だった」
高校に入って益々綺麗になった美春。
以前から可愛かったが、女性らしい成長が身体に顕著に表れだしてから、男子達の視線の色が変わっていた。
いつまでも一緒にいる。そう思っていたけど、自分が美春の一番傍にいる保証はない。
そしてそれを想像した時、俺は美春の隣を強く望んだ。
──確かなその場所を。
「『ずっと一緒にいたい。お前の傍で俺も一緒に生きていたい』。あの時の言葉は嘘じゃない」
「……知ってるわよ。カイがいつも本気だってこと、ずっと貴方を見てきた私が一番良く知っている」
俺が一番美春のことを知っていて、美春が一番俺のことを知っている。
そうでいてほしいと思う。そうありたいと心底思う。
俺はこんなに独占欲があったのだろうか。
「カイ──」
呼ばれ、俺は彼女の顔に自身を寄せる。
「──大好きよ。私と貴方はずっと……──」
◇ ◇ ◇
──目が覚めた。
寝起きで重く感じる身体を布団からゆっくりと起こし、外気の肌寒さに鳥肌がたった。
奥から聞こえてくる何かを焼く音や、食器の音。それに鼻腔をくすぐる美味しそうな香りに段々と意識が覚醒していく。
「……随分と懐かしい夢だったな」
あれは付き合って半年くらいだったか。俺が美春と付き合って一番幸せだった時代。
一度見た光景だったからか、今でも昨日のことのように思い出すことが出来る。
彼女の香りを。感触を。そして温もりを。
目を瞑って手を伸ばせば、彼女に触れる事が出来る気がする。
でも、目の前に愛しい存在はもう居なかった。
『ずっと一緒にいよう』。そう誓った俺の言葉。それを信じて疑わなかった過去と今を思えば、それがただの幻想だったと気付いてしまった。
「…………あれっ?」
頬を伝う感触。
触ると、指先が微かに濡れた。
「ははっ、本当にダッセェ……」
あの日、きっと選択肢を間違えたのだ。
逃げなければ良かった。ちゃんと話せば良かった。
でも、今更戻って、彼女の傍に俺以外の誰かがいると思うと、怖くて恐ろしくて耐えられない。
俺はまだ、迷ったままだった。
◇ ◇ ◇
「では、皆さん──」
「「「いただきますっ!」」」
真白さんの掛け声に合わせて一斉に目の前の料理に手をつける。
ふわふわに仕上げられたオムレツを口に入れると、優しい甘味が口の中に広がった。
その余韻を忘れない内に米を口に入れ、味噌汁を啜る。
肌寒く冷えた身体をほっこりと温めてくれるその温もりに、思わず息を吐いた。
「今日も美味いですね、真白さん」
「いえいえ、それにその味噌汁は私じゃなくてですね……」
「えっ?」
「あ、あのカイくんっ。どうでしたか……?」
俺の隣を定位置とした千秋が赤く染まった顔を近付けてくる。
さっきの真白さんの言葉と千秋の反応を見れば、大体のことは理解出来た。
「この味噌汁、千秋が作ったのか。……めちゃくちゃ美味いよ」
「……っ、良かったです……!」
実際とても美味かった。
ワカメと豆腐を定番とした具材に、出汁の効いた深い味わいの味噌汁。
……いいお嫁さんになれるな、千秋は。
「こぉらっ、小僧、離れんかっ! 千秋もそいつから離れろ! そしてお爺ちゃんの隣に来なさいっ!」
「ごめんなさい……嫌です」
「うぐっ! いいんじゃ……ワシには百合がいるからの……のぅ、百合?」
「ユリもカイお兄ちゃんの隣がいいなぁ……」
「孫が全滅!?」
二人の孫に拒絶された爺さん。どこか哀愁さえ漂わせている。
俺もいつか孫とか出来たら、あんな風になるんだろうか……考えたら悲しくなってきた。
「…爺さん」
「……なんじゃ小僧」
「俺が隣に行ってやろうか?」
「貴様をあの世に送ってやろうか」
元凶が何言ってるんだと言わんばかりに睨みつけられる。
うん、俺もちょっと何言ってんだよ。
「ところで神谷さん、そのお米どうですか?」
「どうって、俺に味の良し悪しは判らないんですが……なにか違うんですか?」
真白さんの質問に俺は首を傾げる。
いつもと変わらないと思うけど、でも、言われてみれば何か違う気がしてきた。
「それはですね……前に神谷さんと稲刈りした時のお米なんです」
「……っ、あの時のですか!?」
「えぇ、三日前に天日干ししていた稲がすっかり乾いたので、脱穀して食卓に並べてみました」
「へぇ……あの時のか」
なんか感慨深い。
今まで店で買っていた米を食べていた俺が、自分で収穫した米を食べるなんて。
一から俺が作ったわけではないが、それでも少し嬉しくなる。
「美味しいですね、カイくん」
「……あぁ、そうだな」
「私達二人で共同作業したお米なんですよ」
「皆で……な」
「……そうですね! 知ってますよっ」
何故かご立腹の千秋。その姿を見て『あらあら』と微笑ましいものを見るように笑顔を浮かべている真白さん。
……俺にはこの母娘の行動が判らない。
「そこでこのお米なんですが、働いてくれた神谷さんの分のお米も別に分けてあります。ですので、これをご実家に送ってはどうですか?」
「…………えっ?」
実家に、俺の収穫した米を送る。
仕送りみたいなものだと考えればおかしくはないだろうが、俺は実家や友達に何も伝えずに街を出たんだ。
それを今更、なんて。
「……別にいいですよ。それにこの米は最初から俺が作ったわけじゃないです。最近では飯もこの家で戴いているのに、これ以上甘えるわけには……」
「いえ、畑仕事や百合の世話も色々と手伝ってくれているではありませんか。その事を思えば、これくらい相応の対価だと思いますよ」
「いや、そうだとしても……俺は……!」
「──大丈夫ですよ」
左手が温かいものに包まれる感触。
見ると、千秋が俺の手を両手で握り締めていた。
「ごめんなさい、カイくん。この提案をしたのは私なんです」
「……千秋が?」
「はい。カイくん、故郷で何かあったんですよね。逃げたって……そう言ってました」
前に隣町に行った時の際、俺は確かにそう言っていた。
「いつか話すって言ってくれましたけど、ずっと言わなくてもいいんです。辛いのは、カイくんなんですから」
「────」
「でも、まだ間に合うなら前に進むべきです。私みたいに……後悔しないように」
そう言って千秋は苦笑を浮かべた。
千秋の過去を知った今、俺はその表情の理由が痛いほど判る。
「何があったのか知らんが、出来ることはやっておけ」
「爺さん?」
「そんな顔されていると飯が不味くなる。この村に来た最初の時と同じ顔になってるぞ」
「カイお兄ちゃん、がんばれー!」
多分なにも判らずそう呟いているであろう百合ちゃんにも言われちゃ、このままじゃいられない。
育ててくれた家族にはせめて、今の俺の近況を教えるべきだろう。
「お言葉に、甘えさせてもらいます」
頭を深々と下げて、俺は感謝の気持ちを向ける。
……本当に、良い人たちに出会ったよ。
俺が今、こうして向き合おうと出来るのは──
「きっと、大丈夫ですよ」
──この左手の温もりが、確かに教えてくれるから。
◇ ◇ ◇
そして後日、俺は五kg程の米を実家に送った。
心配はいらない。俺は元気でやっている。いつかちゃんと謝りに行くから。
そういう手紙を添えて。
この時の俺は、送り状に安易に書いたこの村の住所。
それが波乱を呼び込むなんて思ってもみなかったんだ──
近い内、割烹で『オススメの小説!』第2弾やるかもしれないですー。その時はどうぞ見に来てくだふぁい。




