第十四話 『決意と事件』
更新予定と言ったな……あれは嘘でもなんでもないよ!
なんか感想で『どうせ未定なんでしょ?』みたいに言われましたけど、ちゃんとさっき書き終わりました! 頑張りました!
私は、約束を護れる人です(震え声)
「気持ち良い風ですねー」
軽トラの窓を開け、車内に通る風を浴びながら千秋ちゃんが微笑んだ。
確かに。俺もそう思った。
村でも新鮮な風に吹かれることは少なくなかったが、車を走らせることで得られる冷たくて強い風。
更には都会とは違う美味しい空気を浴びれるとなると、匂いからなにまで心地好いものだ。
「確かに良い風だな……良い風だけどさ」
俺はもう何度目か判らない身じろぎをする。
環境はいいだろう。
空気も、車から見える景色も申し分ない。
だが、唯一の不満と言えば、
「まだ着かないのかよ……尻がもう痛いんだけど」
「もうすぐだと思いますよ。でも、確かに痛くなってきましたね。うぅ……クッション持ってこれば良かったかなぁ」
過ぎたことは仕方ないが、後悔があるのもまた事実。
俺たちは二人揃って溜め息を吐いた。
「それにしても遠いよな。隣町って言えるほど隣じゃないし」
「でも私は中学高校とそこで通っていましたからね。六年も通うともう慣れましたよ……」
「え? 千秋ちゃんそんなところに通ってたのか? 通学時間三時間だぞ三時間。よく通えたなぁ」
大学でも一時間以上は正直遠いと思っている。
中学や高校は自宅から自転車で三十分程度で通える距離だったし、大学に至ってはそこに合わせて一人暮らしをするぐらいだ。
「あはは……ですけど私が通える学校はそこくらいしかありませんでしたし、バスもありましたから」
「確かに他に通うところないもんな……。ちなみにだけど、そのバスは何時くらいに乗るの?」
「えっと……午前三時くらいですかね」
「夜行バスかよ!」
行き帰りの時間だけで六時間。
自由な時間も少ないだろう。俺なら発狂してしまいそうだ。
「寧ろその生活が私たちにとっては普通ですからね。外の世界があまり想像出来ませんよ」
「そういうものか?」
「そういうものです」
俺の言葉をはにかみながら、そう返す千秋ちゃん。
価値観の違いというか、生まれ育った環境というか。
やっぱり俺と千秋ちゃんでは明らかに違うことがあるのだ。
「それなら今度、俺が住んでいた街を案内してやるから、機会があったら村から出て遊びに来なよ。美味いもんとか、楽しいこととか。あの村じゃ判らないことを教えてやるよ」
その街から逃げ出してきた俺が言うような言葉ではない。
俺はあの街に向き合うのがまだ怖いのだ。
美春ともう一度話さなければいけないことは判っているけど、俺が逃げ出したという凝りは今も残っている。
正直迷っているのだ。
確定ではない。だから『機会があったら』。
何気なしに口にした言葉だった。ただ、それだけの言葉だった。
だが、
「村から……出る?」
「千秋ちゃん?」
突然千秋ちゃんが顔面蒼白になり、そう呟いた。
明らかな異変。
そこでようやく、俺は地雷を踏んでしまった事に気付いた。
「すみません、神谷くん……私はあの村から離れる気はありません」
「あ、あぁ。判ったけど大丈夫か千秋ちゃん。一回どこかに停めて休むか?」
幸い通っている車は少ない。
事故する可能性もありえるし、一旦休ませた方がいいかもしれない。
「大丈夫ですよ。今はお母さんの方が大事です。家に残してきた百合のことも心配ですしね。それに――」
小さく呟かれた言葉を、俺は聞き取ることが出来た。
聞き間違いか?
そうは思ったが、灯里の言葉や千秋ちゃんの反応を見る限り、それは聞き間違いだとは思えなかった。
『――そうじゃないと、償えないじゃないですか』
俺は改めて千秋ちゃんの表情を覗き見ると、彼女は深呼吸をしながら落ち着きを取り戻していた。
俺が見つめていると判った千秋ちゃんは、いつも通り……とは言えない少し引き攣った笑みを浮かべた。
「もう大丈夫ですよ。あと少しで着きますし、早くお母さんに薬を届けましょうか!」
「……あぁ、そうだな」
俺は呟かれた言葉の意味を、聞くことが出来なかった。
◇ ◇ ◇
俺たちは町に着いたあと、真っ先に薬を買って直ぐに町を発った。
少し町を回りたい気分もあったが、行きの時のこともあって何となく千秋ちゃんと話しづらかった俺は、そんな意見も言えなかった。
そして車内では、一言も話すことがなく重苦しい空気が漂っている。
「…………ハァ」
思わず溜め息が漏れる。
意図せずとはいえ、俺がこの空気を作ってしまったんだ。気まずいったらない。
かといって俺が話しかければいいんじゃないかと思うが、なんて言えばいいかも思い付かない。
正直、手詰まりの状況に頭を抱えてしまっていた。
「――神谷くん、ごめんなさい」
ふいに、千秋ちゃんがそう呟いた。
「きゅ、急にどうしたんだよ?」
脈絡もない謝罪の言葉。
俺には何に謝っているのか理解できなかった。
「灯里とかから聞いて薄々気付いていると思うけど、私は隠している事があります。それも、ドロドロで醜い。見るに耐えない、そんな隠していることが」
「灯里が話したって事、知っていたのか……」
「あの稲刈りの時、態度がおかしくなったことや今日の反応を見てて、寧ろ気付かない方がおかしいですよ」
千秋ちゃんは小さく笑った。
確かに。俺の態度の変化はあからさますぎたかもしれない。
「いつか、ちゃんと話しますから。少し待っていてください」
「い、いや、別に無理する必要はないぞ? 俺なんてまだまだ村に来て日が浅いし、他人みたいなものだろ。だから別に言わなくても……」
「私が嫌なんです」
俺の目を見つめてそう言いきる千秋ちゃん。
真剣な眼差し。俺は咄嗟に言葉を返すことは出来なかった。
「言わなければ後悔することだってあります。確かに言わない方が楽かもしれません。ですけど、私はそれでも伝えたいんです」
一息、
「――もう後悔なんて、したくないから」
決意した表情。
きっと、それの理由には千秋ちゃんが隠している過去に繋がっているのだろう。
そこまで言われてしまったら、俺だって立ち止まっている訳にもいかないだろう。
「だったら、今度俺の過去も話すよ。というか、話したい。逃げて逃げて逃げ続ける日々にはもうウンザリなんだよ。臆病で汚い、そんな情けない俺の話だけどさ、聞いてくれるか?」
ちっぽけな後悔や臆病から生まれたソレだ。
きっと、千秋ちゃんの過去の方が何倍も重いのだろう。
それでもいい。良いキッカケだ。
俺も、前へ進む覚悟をしなければならない。
「……えぇ。もちろんですよ」
今度は取り繕っていない笑顔。正真正銘の笑みだ。
車内は、さっきまでと比べて明るい雰囲気に包まれていた。
◇ ◇ ◇
「やっと着いたな……」
「もう運転も疲れましたよ……」
昼に出発してから約六時間が経過した。
もう夕暮れが終わり、辺りが暗くなっている。
村に近付くにつれて、明かりの灯った家が見えてくる。
「家に帰ったら早くご飯作らないといけませんね」
「え? ジジイが作っているんじゃないのか?」
「百合は言わずもがな、お母さんも寝ているのでご飯は作れません。それにお祖父ちゃんもあまり得意ではありませんね。寧ろ被害の方が大きい気がします」
まぁ、確かにエプロン着けて美味い料理を作っているジジイを想像するなんて……吐きそうになりそうだ。
「腹が減ってるんだけどなぁ」
「ふふっ……もうしばらくの辛抱ですから、我慢してくださいねっ」
俺たちは車を降りて、玄関へと向かう。
流石に百合ちゃんもお腹を空かしている頃だろう。
そう思って玄関の扉を開けた瞬間、
「――っ!? 百合か! ……いや、千秋たちじゃったか」
懐中電灯を手に持ち、厚着をしたジジイが玄関に立っていた。
何処かに出掛けようとしていたのか、ジジイは靴を履いている。
「ただいまお祖父ちゃん。ソレよりもその格好……どうしたの?」
「てか、百合ちゃんがどうかしたのか? 扉が開くなり、『百合!』って叫んで……」
俺たちがそう言った瞬間、ジジイは顔を上げて、強く千秋ちゃんの肩を両手で掴んだ。
鬼気迫る表情を浮かべている。明らかに異常な状況だ。
「ゆ、百合が……百合がっ」
「お、お祖父ちゃん?」
嫌な予感がした。
そしてその予感は、どうやら当たっていたようだった。
「――百合が、いなくなったんじゃ!!」




