第十三話 『隣町へ行こう!』
畳に敷いた布団に横になっている真白さんの表情は、とても苦しそうだった。
百合ちゃんを安心させようと笑顔を浮かべているが、顔が引き攣っていることは丸わかりだし、冷や汗なのか、額に汗が浮いている。
「大丈夫よ……百合。そんなに心配しないで。ただの風邪だから、ね?」
「でもママ……とってもつらそうだよ! 本当に大丈夫なの?」
そんな誤魔化しは百合ちゃんでも判ってしまったらしい。
お母さんは無理しているという事実を。
「三十八度五分か……結構高いな。昨日の稲刈りの疲れで免疫が落ちてたのかもな」
「そうですね。お母さん、無理をしないでね。微熱とは言えないですし、そこでお母さんが無理した方が返って迷惑ですよ」
「うぅ……ごめんね、神谷さん。千秋ちゃん」
「いえ、真白さんには引っ越してきた時から世話になっていますし、お互い様ですよ」
「もうっ、家族なんだから普通ですよ! 今はしっかり風邪を治すことを考えてください!」
身体を起こして申し訳なさそうな顔をする真白さんの身体を、千秋ちゃんが抑えて横にさせた。
俺がこの村に来てからいつも元気で頼りになっていた真白さんの姿はなく、ここまで弱っているのには驚いてしまう。
「ふむぅ……」
「あ、お祖父ちゃん。薬あった?」
そう溜め息を吐いたのは、風邪薬を探しに行っていたジジイ。
千秋ちゃんは真白さんのお粥作りとかで忙しいし、身内でもない俺が家を探せるわけもなく、ジジイの担当になっていた。
「いんや、残念じゃが今は切らしているようじゃな。一応お隣から一食分の薬は貰ってきたが、買わないといけないじゃろう」
「そうなんだ……」
千秋ちゃんは残念そうな表情をしたあと、ジジイから薬を手に取ってお粥を食べたあとの真白さんに飲ませた。
これで暫くの間は少しは熱が緩和されるだろう。
「ふぅ……ありがとう千秋ちゃん」
「飲んだらさっさと寝てください! 休まないと治るものも治りませんよ!」
「おぉ、千秋ちゃんがやけに強い」
やはり弱っている今の真白さんよりも、葵家格差最上位は千秋ちゃんに軍配が上がるようだ。
「仕方ないですね……お祖父ちゃん。私が隣町まで行って薬を買ってきますよ」
「えっ? 隣町って、そんなところあったっけか?」
俺がこの村に訪れたとき、バスから見える景色にはそんな町は見えなかった。
最後に見た町は、この村からバスで三時間近く離れたところにあったが、そこは遠すぎるし隣町とは言えないだろうから流石に違うだろう。
「えっとですね……車で三時間ほど運転したところにありますよ。この村とは違って、隣町はとても栄えていますし」
「――――」
あ、あそこかぁぁぁぁぁぁ!
いや、何となくは読めていたけど、オチは判っていたけど、流石に遠すぎるだろ!
「……ん? 買いに行くって、千秋ちゃんが? ジジイじゃなくて?」
「ジジイ言うな。ワシらの家族の中で運転免許を持っているのは千秋しかおらんのじゃよ。出来ることならワシが行きたいわ! 孫をどこぞの馬の骨共がいる町に送りたくないんじゃ!」
「孫好きすぎだろ」
それにしても千秋ちゃんはもう免許取っているのか。
俺は教習所を通う前にこの村に逃げてきちゃったし、当然免許なんて持っているわけない。
なんかショックだ。
「ワシも着いていきたいんじゃが……真白さんを看なきゃいけないし、ワシはここから離れられん」
「まぁ、百合ちゃんだっているしな」
「じゃから小僧! お前が千秋に着いて町まで行け!」
「……え? 俺が?」
一瞬理解できなかった。
それは俺が町に行くことが決まったという訳ではなく、ジジイが俺が行くことを認めたことだった。
ジジイのことだから、俺が行くことを寧ろ頑なに嫌がると思っていたのに。
「そんなお祖父ちゃん! 神谷くんに悪いですよ!」
「いや、俺は別にいいけど……」
「ふんっ。ワシだって嫌じゃが、見ず知らずの男よりも小僧の方がマシじゃからな。カマドウマがゴキブリになったみたいなもんじゃ」
「どこがマシになったのか、俺にはよく判らねぇんだけど」
トイレにいる気持ち悪い虫から主婦の最大の敵に変わっただけだ。
どちらにしても俺は嫌なんだが……。
「てか、車なんてあるのか?」
「ありますよ。お父さん……が使っていた軽トラがありますので、それで行きましょうか」
千秋ちゃんが『お父さん』と言った瞬間、表情を曇らせた。
それは気になるが、灯里に言われた通り今の俺にはそんな資格はないのだろう。
俺はその表情を気付かないフリをした。
「お姉ちゃん……お母さん大丈夫なの?」
「大丈夫よ。だから安心して。ね?」
「薬……お薬とか薬草とかあったら、お母さん元気になるのかな……?」
「薬草って……まぁ、この村の林に解熱剤の原料になる薬草はあるかもしれないけど」
「そう、なんだ」
目に涙を浮かばせて呟く百合ちゃん。
まだ百合ちゃんは幼いし、自分の母親が体調を崩していたらそりゃ心配になるだろう。
「百合ちゃん。俺たちは今から出掛けてくるけど、お母さんの事をよろしくな。ジジイだけじゃ心配だし」
「あぁん!? やっぱり千秋はお前には任せておれんわ! 行くな! そしてこの場で潰してやる!」
「真白さんが起きちゃうだろ! 騒ぐんじゃねぇよ!」
「二人とも騒がないでください!」
取っ組み合いになりそうなところを千秋ちゃんに止められる。
続きは帰ってからになるだろうな。受けてたつが。
「それじゃ、真白さんを任せたよ」
「……うん!」
百合ちゃんの髪をくしゃくしゃと掻き乱し、それに応えるように百合ちゃんは大きく頷いた。
「それにしても薬草ですか……今度作ってみましょうか。なんか楽しそうですし」
「そんなところで創作意欲を働かせるんじゃないよ。ほら、千秋ちゃん行くよ」
「あ、待ってくださいよぉ! 百合、お母さんの面倒お願いね!」
「――わかった!」
その返事を背に受け、軽トラがしまってあるところに移動する。
車庫なんてものは見た感じなかった。
何処にあるのか疑問に思っていたが、千秋ちゃんの家の裏に埃や枯れ草が積もっている軽トラが停めてあった。
「これか……随分汚れてるな」
「あんまり手入れしてませんからね。タオルで拭いてください」
渡された古タオルで座席の埃や窓の汚れを拭う。
車体の汚れは目立つが、これならちゃんと動けるだろう。
「それじゃ、行きましょうか!」
「三時間の旅って……結構憂鬱なんだけどなぁ」
長い道のりを想像し、深い溜め息を落とした。
そうして俺たちは車で隣町に向かうため車を走らせた。
だが、俺はこの後に起こる事件を、そして明かされる過去を――なに一つ想像することが出来なかった。
明日、更新予定(←ここ重要)です。




