それぞれの戦い
「へぇ、威勢がいいね!それにキミ…昨日のヤツより楽しめそうだし!」
フードの男が龍二を指さす。
見事なまでに龍二と同じ髪の色をしている。
金髪の男は目をかがやかせた。
「あぁ、そういえば!ジュークンドーやカリを習っているみたいだね」
じゅ、じゅうく…かり?なんだ?それは?
それを聞き、ジッと、相手の様子を見ていた龍二が突然目を見開いた。その隣にいた誠斗もだ。どうやら、表情からして誠斗も龍二がやっていたことは知っていたらしい。
「な、なんで…それを知っているんだよ…」
ふふん、と鳩胸のように、胸を張らせると、ゆっくりと周りを歩く金髪の男。
ぼくは警戒し、倒れている綾部さんを守るように前に立つ。この時、本当に龍二から借りた、短刀の有難さを痛感する。
「オレたち悪魔には、"地の目次録"というのがあるんだ。そこには…それぞれ人間たちの人生が、年表と化して書いてあるのさ!1人1本ずつな!」
なぜそんなに偉そうに…。
あきつつ、ふとさっきの言葉を思い出す。まてよ?今、さり気なくすごいことを言って——。
すると、ぼくの足元で倒れていた綾部さんがゆっくりと上体を起こした。
「そう、私たちはアナタたちの世界でいう"悪魔"なの」
綾部さんが、口もについている血を拭った。よく見たら、血の色も赤色ではない!どす黒い色をしている。ほほには、殴られたあとがある。
なんだか、彼女を知れば知るほど遠く感じる。本当に彼女は人間じゃあ無いんだな…。いや、でも——。
「ぼくは…それでも構わない。綾部さんは綾部さんだから」
彼女が大きく目を見張る。しかし、すぐさま顔が曇る。
「だめよ。それ以上その名前で呼ばないで。本来私たちには名前がないの。名前をもらうにあたって、きちんと"規則"があるの」
「規則?」
思わず聞き返す。
それを聞いていた金髪の男がうなずく。
「そう!悪魔には"規則"や"秩序"がある!まぁ、秩序は…規則の中にあるんだけどな。それは、ただ人間たちとはもちろん違う!考え方や趣向などがな!」
「というと?」
誠斗が聞き返す。
「キミたちは、"悪魔"と言われたら"残虐非道"なイメージを持っているだろう?まぁ、それは趣向や行動がアレだから仕方ないんだけど…。実際はそうでも——」
すると、突然口をつぐんだ。そして、ニヤリと笑う。
「いや、もうよそう!楽しむ時間がなくなる!さっさと——」
そういうと、片足を1歩引き両手を前に構える。
「戦いを楽しもうよ」
その言葉にゾッとする。龍二もニヤリと笑い、右手に持った木刀を構える。
「ようやくか…。退屈してたところだよ」
わざとらしく肩をすくめる龍二。金髪の男が鼻で笑う。
「漏らさないようにトイレへ行ってきてもいいんだよ」
「生憎だが、我慢出来るものでね」
金髪の男が龍二に向かって走り出す。
「ビビってちびるなよ!」
同時に拳が飛んでくるが、それを上手く右手で払いのけ、左手の拳を金髪の男に向ける。しかし、金髪の男は瞬時に左手でその拳をつかみあげ、コチラに無理矢理投げ飛ばした。近くに飛んでくる龍二。
誠斗はなにをしているのか見たら、リュックサックから取り出したのか、ノートパソコンを開いているではないか!なるほど。傘は濡らさないためだったのか…。PCの下にも、汚さないようにとなにかをひいている。本当に用意周到だな…。
再び、龍二を見る。ゆっくりと上体を起こしていた。
「チッ!アイツ…どんだけ馬鹿力なんだよ」
龍二のやつ…やけにイライラしているな。
すると、そばにいた綾部さんが叫ぶ。
「諏訪部君、やめた方がいいわ!勝てないわよ!」
「わかってる!」
めずらしく、女の子に怒鳴る龍二。しかし、その言葉に驚いた。
「わかってる…。手を抜いている感もある。それが——」
金髪の男がニヤニヤと楽しそうに笑っている。
龍二がゆっくりと立ち上がる。
「それがなによりも一番腹が立つ」
「いやー!やっぱり、ジュークンドー習っているだけあって、他の人たちよりも攻撃の速さが違うね!」
ふん、と龍二が汚れた顔のドロを裾で拭う。
「褒め言葉どうもありがとうよ」
「いやぁー!本当に"攻撃をさえぎる"んだねぇ!カリは…まだ習い始めたばかりなんだっけ?」
「お前なんかにカリは不要だよ!」
しかし、龍二は木刀を握り直すと、また彼に向かって走って行った。
ふと、さっきの綾部さんの言葉を思い出す。
ぼくは、彼女のほうへ向き直った。
「そ、そそそういえば…さっき勝てないって…いい言っていたけど…。あ、あああ綾部さんと、あの男は…ど、どっちの方が強いの?」
綾部さんは奥で戦っている金髪の男を見る。
龍二が押しているように見えるが、金髪の男が余裕そうに笑っている。不慣れながらも木刀も使っている龍二。
「もちろん、アッチよ。私たちはこのローブの色の濃さで"魔力"の量が決まるの」
スッ、と裾を見せてくれる。それは、白に近い薄い灰色だ。
「色が黒ければ黒いほど、魔力がたくさんあって、白に近ければ近いほど魔力がないの」
なるほど。それじゃあ——。
「さ、昨夜…やややややったのは…??」
綾部さんの顔が曇る。
「あれは…彼がやったの。蓮山さんは、過去に色々としていたから、今回私たちが動いたの。本当は、この世界の警察というものが動けば、コチラもなにもしなかったんだけれども…。どうやら見つかりそうもなさそうだったから、コチラも執行したの」
ふうん、なるほど。それが悪魔たちの仕事みたいなものか…。
綾部さんが、蒸気機関車に顔を向ける。
「本当は魂を運ぶのは、死神たちの仕事なんだけど…。いま、手が無いみたいで…。私たちが魂を運ぶことになったの」
なんだか、ある意味人間みたいなことをしているんだな…。
それじゃあ——。
「さ、さささ昨夜の…ゆ、行方不明ってなったおおお男たちも——」
コチラに目を向けうなずく綾部さん。
「えぇ、あの中にいるわ」
ゾッとする。そうだ、死体などはこんな山の中だからどうにでもなるのか…。
すると、綾部さんが慌てるように口を開いた。
「あ…身体はちょっと…アレなんだけど…」
「え?アレ…って?」
綾部さんが、言いにくそうにうつむく。おっと、それじゃあ話を変えよう。
「じゃ、じゃあ…ああ悪魔に、じゃ弱点なんて…ああ…あるの?」
ぼくの質問に、綾部さんがじっ、と見つめてくる。ハッ、とし思わず首を横にふる。
「あ!いや!あ、あああ綾部さんのことじゃあないよ?!そ、そそそ…そういう意味じゃあなくて…。あ、あと、ほ他にも…どどどんなことが出来るのかなぁ、って!こ、好奇心で!」
ぼくは、なぜ焦っているのだろうか。
ただ、彼女のことをもっと知りたいと思っただけで——。
綾部さんが、ニコリと笑う。
「あなたは素直ね」
思わず、その笑顔に心を打ち抜かれた。初めて笑ったところを見たぁ!か、かかか…かわいい!それに…褒められたぁ!嬉しい!
「いいいやぁ…!そそそそんな…そ、そんな…そ、それほどでも…ないよぉ!」
ぼくはハッ、とし誰もいない後ろにふり返る。そうだ、彼女は悪魔…。もしかしたら、ぼくを誘惑をしているのかもしれない。
一息吐き、くるり、とまた綾部さんに向き直る。ジッとぼくのほうを見つめ首を傾げる彼女。
「どうかしたの?」
思わずぼくはまた後ろに振り返った。
反則過ぎるぅ!その可愛さぁ!あぁ、これが萌えというやつか!いますぐ…いますぐこの場で綾部さんを抱きしめたい!
いや、こんな時にそれはさすがに不謹慎すぎる!それに——もしかしたら嫌われるかもしれない。あぁ…自信がない。ぼくは、うなだれた。
すると、ちょうど近くに龍二とさっきの金髪男が来た。2人ともいつの間にか、機関車の上で戦っている。
「なに…イチャイチャしているんだよっ…飛鳥!」
口元を緩ませながら、龍二が金髪の男に拳を入れる。金髪男がそれを避け、顔の左横を通過する拳を左手でつかむ。すかさず、龍二がそのまま相手の後頭部を引きよせ、頭突きをしようとする。だが、空いていた右手で額を抑押さえられてしまった。
ニヤリと、笑う金髪男。
「あいにくだが…オレにはそういう趣味は無いんでね」
龍二がふん、と鼻で笑う。そして、左手に持っていた木刀を短く、且つ逆手に持ち直す。
「奇遇だな——オレもだ!」
そう言いながら、木刀で男の脇腹を狙う。すると、金髪の男は、左手を離すと素早く龍二に"なにかを"した。腹を抱えその場にうずくまる龍二。
「テメェ…!」
今のは、見えなかった!どうやら、龍二も見えなかったらしい。
ぼくのそばで見ていた綾部さんが、足を震わせながら立ち上がる。
「あれでも…スピードはかなり遅い方よ」
「そうなの?!」
思わず叫んでしまった。金髪の男が、綾部さんに顔を向ける。
「お、ようやく立てるまで回復したんだな。オレの邪魔はしないでくれるよね?というより…まだ出来ないか!」
ケタケタ、と笑う金髪の男。その言葉に、下唇を噛む綾部さん。
ぼくは2人を交互に見直す。
「あ、綾部さん…な…なにをされたの?」
「さっき殴られた時に、魔力を少し流し込まれたの。その際に、片足の筋肉の腱をほぼ全て破壊されたわ」
うつむき、悔しそうに自分の足を見る綾部さん。よろめきながらも、ぼくの前へと出る。あぁ、ぼくは…本当に誰1人守れていない…。
金髪の男が、声を出して笑いながら、コチラに向かって指をさす。
「あぁ、ソイツ…全然レベルも違うから!オレ…下級悪魔の中でもネームがさ『No.12!ソイツは『No.286《ナンバートゥーエイトシックス》』!なんと3数字!弱いだろ?!」
龍二が、よろめきながら木刀を使いゆっくりと立ち上がる。
「飛鳥ぁ…この下衆はオレが倒す。そして…みんなで笑って帰ろうぜ」
ぼくはうなずいた。少し離れた所にいる誠斗も叫ぶ。
「なに、そんなヤツに苦戦しているんだ!この…"映画バカ"!」
「あぁ?!なんだと?!」
キッ、と誠斗を見る龍二。しかし、誠斗はニヤリと笑っている。龍二も釣られて笑い、相手のほうへ向き直る。
「…"PCバカ"が。こんな時に余計な気をつかいやがって…」
それは、誠斗には聞こえないほどの小さな声だった。うん、やっぱりこの2人はなんだかんだで良いペアだ!
すると、それを聞いていた金髪の男が首をかしげた。
「キミたちは…なにを言っているんだい?」
ハッと、笑う龍二。
「悪魔だかオカルトだか超能力だか知らねぇけどよ…やってみなきゃわからねぇだろ!」
木刀の尖端を金髪の男に向ける。いやいや、と金髪の男が首をふりながら手もふる。
「そういう意味じゃあないよ。いつオレがキミたちにボスだと言った?」
3人ともわけがわからず黙る。
「まさか?!」
誠斗が先に口を開いた。綾部さんが勢いよく振り向きぼくの両腕をつかむ。
「アナタたち…もしかしてずっと気づかなかったの?!」
その迫力と勢いに思わず押し黙る。
すると、ぼくの背後で聞き覚えのある凛とした声が聞こえてきた。
「——私がそうだ」
思わず背筋が凍った。
この時、青色のライトが静かに点灯した。