0時66分
廃駅にかかっている壊れていた時計が、突然動きをだした。3本の針がグルグルと回り、何周もする。そして、ピタリ、と急に止まった。時計はなんと、短針が真っ直ぐに『0』を指し、秒針と長針が真っ直ぐに『6』を指したではないか!
ゴクリと、ツバを飲み込む。綺麗に垂直である。しかし、これで本当に『0時66分』になった。
その時である。突然、なにやら金属の擦れるような音が聞こえてきた。
「おい、2人とも、アレを見てみろ」
誠斗が指をさす。
指先を見ると、真っ暗なトンネルの中で、何かが動いているのがわかる。黒くて大きな物体が、コチラにゆっくりと向かって来ている。その物体はどんどん大きさを増してゆく。そして、トンネルから出て来たのはなんと蒸気機関車ではないか!煙はなぜか出てはいないようだが…。しかし、動輪は動いている。
機関車の本体は錆びていたり、塗色が剥がれたりしており、かなり年期が入っている。おそらく、内装もそうだろう。客車は、1車両しかついていないみたいだ。
機関車はゆっくり線路を走ると、廃駅の前で止まった。客車や運転席には人の気配が全くない。電気もついておらず中は真っ暗だ。
3人とも、あまりの出来事に言葉を失っていた。
先に、口を開いたのは龍二だ。
「かっけぇ…。蒸気機関車だ!」
龍二のやつ、絶対にそれが目的だっただろ!
だが、残念なのはその蒸気機関車の蒸気が上がっていないというところだ。そこはもったいない…。
誠斗もゆっくりと口を開く。
「あの機関車…たしか数年前に廃止されたってきいたぞ」
思わずゴクリ、とツバをのむ。
怖かったので、着眼点をそらせることにした。
「あ、でも…ほら!誰も乗っていないみたいだし…。幽霊が乗っているっていうのは嘘だったみたいだね」
すると、誠斗が突然コチラに振りむき、眉を顰める。
「おい、それ…冗談だよな?」
「いや、本気だけど」
すると、右隣の龍二も列車を見つめながらつぶやいた。
「誠斗…。残念ながらオレには少し、"ボヤけて"いるようにしか見えないぜ」
笑いながら言っているが、顔が引きつっている。
まさか、見えないのはぼくだけか?2人をキョロキョロと見ていると、誠斗がため息を吐いた。
「——どうやら、そうみたいだな」
マジかよ…。いや、むしろそんな怖いものは見たくないから、有難いといえば有難い。
すると、龍二が誠斗にすごいことを頼んだ。
「誠斗、見えるんだったら実況中継頼むぜ」
あぁ、とうなずく誠斗。
いや、そんな事しなくていいよ!怖いし!知りたくないし!首を盛大に横にふる。
「ん?あの2人に動きがあったみたいだ」
誠斗がメガネを上げながら言う。
その言葉に、条件反射で廃駅のほうに目を向ける。
しかし、廃駅はちょうど機関車に隠れて見えない。
「そっちじゃあない。客車のほうだ」
誠斗が指をさす。
ぼくの隣で、ケラケラと笑う龍二。
「お前…騙されやすそうだよな!」
いまのだけではそうだと限らないだろ!まったく…。
すると誠斗がしっ、と人差し指を口元に当て、静かにするよう注意してきた。
「頼むから声をひそめてくれ」
ふん、と鼻で笑う龍二。
「こんな距離で声が届くわけがないだろ」
すかさず、誠斗が反論する。
「用心にこしたことはないだろ、この"無神経バカ"」
おい、と龍二が声を荒あらげる。
あぁー、これ、嫌な予感しかしない…。
ぼくはさっき誠斗に言われた、客車の方へと視線を向ける。
両脇では2人の口喧嘩が始まっている。
「"無神経バカ"ってなんだよ!そういえば、さっきも"遅刻バカ"とか言っていたよなぁ、おい!」
客車の中を見ると、なんとそこには綾部さんとさっきのローブのヤツがいるではないか!
「バカはバカだ。意味だったら飛鳥に聞いたらどうだ?」
そこで、ぼくにふるか!思わず、誠斗をみてしまった。
すると、すかさずまた龍二が言い返す。
「自分がわからないからって、飛鳥に頼むんじゃあねぇよ!この神経質バカ!」
ぼくはため息を吐き、また客車に顔を戻す。
顔を隠しているローブのやつは、なにかを片手でつかむと、それを床に投げつける仕草をしている。
どうやら、このフードを被っているヤツは気性が荒いようだ。ローブの色は心無しか綾部さんの色より、少し濃い色をしている。灰色であることにはかわりは無いが…。
気性の荒いローブのヤツは、一息つくとフードを取った。
そこから、現れたのは見事なまでの金髪ストレート。どうやら青年のようだ。20代に見える。
「飛鳥、ちょっとその場所変わってくれないか?」
突然、誠斗が言い出すので、思わずまた顔を向けてしまった。
「いや!いいよ、いまさら変えなくて」
すると、龍二もすかさずぼくに言ってきた。
「飛鳥、オレとかわろうぜ。アイツに少しわからせないとダメだ」
思わず、全力で首を横にふる。
「いや!暴力とかよくないよ!」
「じゃあ飛鳥、俺と代わってくれ」
誠斗が身を乗り出してくる。
「いや、だから…」
「いいや、飛鳥!オレとだ!」
龍二も身を乗り出してきた。2人とも互いに主張し合う。あーもう!くそっ!
「「ダメ!」」
大きな声で叫ぶと、誰かの声とかぶった。思わず、頭が真っ白になる。
ぼくはゆっくりと声の方向に顔を向けた。それは聞きなれた声で、夕方放課後に聞いた——そう、綾部さんだ!
2人は、なぜか1歩後退している。
「どうして来たの?昨日、2度と関わらないでって言ったじゃない!」
ぼくたちは思わず黙ってしまった。
ここからだとよく見える。眼鏡は外しているようだ。綾部さんの目は、やはり猫のような目をしている。そして、なにより驚いたのは肌の色だ。学校では、皆と変わらず肌色だったのに、今は薄い緑色の肌をしている!
フードは雨よけ用か、スッポリとかぶっている。ローブは、肌を露出しないためか全身が隠れている。手はローブと同じ色の手袋をし、足元は裾が長くて見えない。地面に着いているかいないかスレスレの長さだ。ただ、素材はよくわからない。
ぼくは1度深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。それでもなぜか手が震える。
「ぼ、ぼぼくは…、た…たたただ…き、君の…あや、べさんの…む、じ——づふっ?!」
すると、突然後ろから頭を押され下げられてしまった。
「あーもー!ようは、キミ…綾部さんだっけ?キミの無実の証拠をつかみたかったわけだ、コイツは!」
見えないが、どうやら押さえているのは龍二のようだ。誠斗が1歩足を前に出すのが、下から見える。
「昨日、蓮山を…3人をやったのはお前らか?」
直球な質問に、ぼくは思わず龍二の腕を払い落とし、頭を上げてしまった。綾部さんの表情を見る。すると、なぜか苦しそうな表情だ。
「それに関しては…」
一旦、息を整える綾部さん。そして——。
「残念ながら"黒"よ」
思わず息をのむ。その顔はさっきの表情とは違い、殺意のある顔をしていた…。その目つきに、思わずゴクリと喉を鳴らす。
すると突然一変し、綾部さんはなぜか急かすように、ぼくの肩をつかんだ。そして、身体を反転させ後ろから押す。
「これで気がすんだでしょ?だから、早くお家に帰りなさい」
同じように龍二と誠斗にもしようとする。しかし、龍二の肩をつかもうとした途端、綾部さんは手をつかまれてしまった。
そして、そっと手の甲にキスを落とす。
「そんな小さな身体と心になにを隠しているんだ、悲しきレディー?」
よくやるな、こんな場所でも!
ぼくは2人の手首をつかみ、慌てて両者を引きはがす。
「おい、その汚い手をどかせよ」
ムッ、とする龍二。ぼくは手を離してやった。
「飛鳥って、たまに言葉キツイ時あるよなぁー。誰に似たんだ?」
うわ、本当かよ…。それは、多分父だ。気をつけよう。
すると、おずおずと綾部さんがぼくの名前をつぶやいた。
「萩、くん…手…」
「え?」
手元を見ると、ぼくはギュッ、と綾部さんの手首を握っていた。
「うぉおっ!ご、ごごご…ゴメンッ!」
ぼくは、あわてて離した。顔が真っ赤になる。
すると、やけに両脇からの視線を感じた。ハッ、とし誠斗と龍二を交互で見る。龍二はニヤニヤし、誠斗は嫉妬心からか、眉間にシワがよっている。
龍二がぼくの右肩に手を置く。
「純恋チェリー!楽しそうだな、おい!」
左肩に誠斗が手を置く。
「リア充、爆ぜろ」
なんか意味不明な言葉、小さな声で言われたんだが…。2人にツッコミを入れようとしたその時——。
「きゃっ!」
響きわたるにぶい音。綾部さんが悲鳴を上げ、右の方に飛ばされてしまった!土が泥濘んでいるので、綾部さんの身体が地面をすべる。
「綾部さん!」
思わず叫んだ。
前に顔を向けると、なんと先ほど機関車の中にいたもう一人の金髪の男が立っていた!
気色悪くニヤニヤと、笑いながら立っている。どうやら、この男が綾部さんを殴ったらしい。
「おい、テメェ!」
龍二が叫ぶ。
そして、腰に刺していた短めの木刀を抜く。誠斗も、片足を下げいつでも避けれるように体勢を取る。どうやら、2人とも"危険なヤツ"だと判断したらしい。
「この男も、肌の色が違うな」
誠斗がつぶやく。龍二も、あぁ、とうなずく。
「人間では無さそうだ」
その言葉に思わずゴクリ、とつばを飲む。
綾部さんと、同じように薄い緑色の肌をしている。目も猫目で一緒だ。しかし、違うとしたら頬のキズだ。なにかケモノに引っ掻かれたようなキズが、右ほほから顎の下まで3本伸びている。
あまりの怖さに足がかたまって動けない。歯がなる。
すると、龍二がぼくのわき腹に強くひじを入れてきた。エルボーだ。あまりの痛さに、両手でおさえる。
「な、なにするんだよ…」
龍二は、ぼくの前に出た。
「いいか、飛鳥…。男だったらな、自分の女をきちんと守れ。腕が無くなろうと、足が無くなろうとな。ここで逃げるような腰抜け野郎はな——」
ぼくの方に顔を向け、ニヤリと笑う龍二。
「一生チェリーだ、わかったか?」
その龍二らしいセリフに、思わずコチラもニヤリと笑ってしまった。
「あぁ、わかったよ」
綾部さんの元へ駆けよろうとしたら、誠斗に呼び止められた。
「飛鳥!俺の分まで守れよ」
その言葉に思わず、目尻が熱くなり胸がギュッ、と締めつけられる。あぁ、誠斗は本当に蓮山さんの好き——いや、愛していたんだな…。
誠斗の顔を見ると、目から涙がこぼれていた。しかし、その視線は今でも目の前の男を殺してやる、と言わんばかりの殺意が入っている。
ぼくは目元を服のすそで拭い、腰にさしていた短刀に手を伸ばす。
「2人とも…やられるなよ!」
そういうと、鞘から引き抜きぼくは綾部さんの元へと走った。
この時、灰色ライトが静かに点灯した。