出発
外は真っ暗で、すでに雨がふっていた。玄関開けたときは、思わずあっ、とこぼれた。部屋にいた時はまだ曇っていたんだけど...。
しかし、かまわずで自転車で飛ばすしかない。あぁ、雨足がはやい。これじゃあレインコートも無意味だな。
家を出たころには、45分頃になっていた。長話しすぎた。すこし急ごう。まぁ待ち合わせ場所までは1時間前後だから問題は無いけれど…。けど、すこし余裕を持って行きたい。
カーブを勢いよく曲がる。懐中電灯は、ポケットの中に入れているが、絶対に雨で壊れているだろう。あぁ、このはりついた服をどうにかしてくれ!気持ち悪い!
一旦止まり、手で覆いながらスマホをみる。23時20分。
ここは、だいたい龍二の家から5分から10分程の位置の場所である。駅から少し離れているが、店はいくつか並んでいる。住宅はない。集合住宅は、どちらかと言えば、ぼくの家のほうにある。
急げばここまでの距離を、こんなにも早く行けるのか…。行きは少し坂が多い。それさえ乗り越えれば、あとは緩い坂がいくつかあるくらいでたいしたことはない。ほぼ、平坦な道だけとなる。
息を整える。ここから先はゆっくり行こう。スマホをポケットに戻そうとするが、デニムがグッショリと濡れており、なかなか入らない。
「くそっ!」
舌打ちをする。
なんか最近、不運なことばかり起きている気がする。いや、"不運"はおかしいな。"不思議"なことばかり起きている、だ。この先も、嫌な予感しかしない...。
ぼくはゆっくり自転車を走らせ始める。
さっき、家で事件のことをスマホで調べていた。日中、記者が情報収集していたのか、詳しく載っていた。行方不明となった男たちの身元は、2人共若い20代の男性。1人はどこかの中小企業の車の部品工場で働いている男で、もう1人は車の整備工場で働いていたらしい。なるほど、車関係で繋がったのか…。整備工場で働いていたやつの車は、絶対にすごいんだろうなぁ、たくさんいじっていて。
まぁ、そんな考察はどうでもいい。
それよりも、蓮山さんは大丈夫なのだろうか。いくら、彼女に以前イジメられていたとしても、今回ばかりは可哀想過ぎる。しかも、意識不明って…どういう事だよ?ケガはしていたのか?その辺りも、謎だらけである。
走っていると次第に店や家が減り、木が生い茂ってきた。夜中だけあって、通っている車も少ない。せいぜいこの時間に使っているのは、走り屋ぐらいだろう。雨の日は走らせているかはわからないが!
そういえば、あの2人には綾部さんの不思議な怪奇現象の数々を話していなかったな。後で会ったら、話さないと…。まさか、ここまでことが大きくなるとは思っていなかったからな。
最後の坂を登りきる。待ち合わせ場所の目印である、古い納屋の場所についた。
自転車から下りるぼく。息を整えながら、使われていない隣の駐車場にむかう。着いたころには、雨は小降りになっていた。
すると、そこには見なれた自転車がとめてあった。カゴの中にはビニール性のもので、なにかが包まれていた。
そして、レインコートを着た高身長の男が1人。納屋の屋根の下に立っている。
「誠斗!早いな!」
声をかけると持っていたエルフォンをしまい、突然すごい剣幕でコチラに近づいてきた。脳内に朝の出来事がフラッシュバックする。
そして、自転車をとめていると、また、両肩をつかまれてしまった。
「飛鳥…カッパはどうした?」
「へ?…あ、いや...そのー...」
一瞬、驚いたが、すぐに理解し目をそらす。
そうだ、二人ともきちんとレインコート着てくるんだもんな...。となると、ぼくだけ着ていないっていうのもおかしい。しかし、ここから近くのコンビニに行くとなると、15分はかかる。
ぼくは、ため息を吐き誠斗の両腕をそっとはなした。
「ぼくは大丈夫だよ。出る際にすこし"手間取っちゃった"から忘れたんだ」
今ごろ父は眠りながら、クシャミをしていることだろう。ニコリ、と笑うと誠斗が眉間にシワを寄せ、首を横に振った。
「風邪を引く。すこし待て」
そういうと、納屋の屋根の下へと入っていった。よく見ると、誠斗のレインコートの下にリュックサックを背負っていた。そのリュックサックを肩から下ろし、なにやら中から取り出し始める。出てきたのは白い小さなタオルと、折りたたみ傘だった。
誠斗はコッチに来い、と屋根の下で手招きをする。ぼくは、いそいそと向かった。
「コレ…頭だけでもふいておけ。傘は…本当は別の目的で持って来ていたが、とりあえず後でいい。今は使っていいぞ」
「恐れいります…」
さすがである。
ため息を吐く誠斗。
「まったく…。本当はあの"遅刻バカ"用に持って来たものだったけど、今回は一番家が近いからどちらも無いだろう」
龍二のことか…。まるで、誠斗はお母さんだな。
ぼくは、ポケットの中に入れていたスマホを取り出し時間を確認した。——23時40分。あと、5分か。いくらなんでも今回は無いだろう。学校では常習犯であっても、さすがに今回みたいな時は遅刻しないだろう。それに、言い出しっぺだしな!
——10分後。23時55分。
「おーい!おーい!聞いてくれよー!さっきクラスの山田とあのゴリ——」
「「遅い!」」
ぼくと誠斗は思わずそろって怒鳴ってしまった。
龍二も、レインコートを着ずに自転車をこいできたらしい。そのかわり、自転車のカゴに"のっていた"のは、少し短めの木刀だった。
ぼくは、指さして聞いた。
「龍二、これはなんだ?」
あぁ、と言いながら自転車をとめ、木刀を持ち上げる。
「ケンカ用。ここまではいらないとは思うけど…。けど、今回、あの若い男たちを伸すような相手だろ?だから…年には念を入れようかな、と思ってな」
そ、そういえば!今回、危ない場所に行くんだった…!あぁ、ちくしょう!なにかしら持ってくればよかった!くそっ!
頭をかかえていると、肩をポン、と龍二におかれた。
「あとで、オレの護身用のドスを貸してやるよ」
そういい、ニッ、と笑ったが、それが誰のものかを聞くのが怖かった。
龍二は、木刀をかかげながら、先陣切って叫んだ。
「よーし!行くぞー!」
次は誠斗が頭を抱える番だ。
「頼むから静かにしてくれ、この"遅刻バカ"…」
なんだか、先行きが不安である。
林の土は泥濘んでいた。本音を言うと、土砂崩れなどがおきそうで怖い。
あまりの恐怖に喉を鳴らす。しかしこの先に、もしかしたら綾部さんがいるかもしれない。どうにかして、彼女の無実を証明しないと——。
太い木に手をつけ、必死にぼくたちは登っていく。誠斗から借りた傘は結局たたんで返してしまった。もし開いたまま進むと、木に引っかかり進行の邪魔になるというのと、木に手をついて進む際に邪魔だという理由の2つだ。
先頭は、誠斗いわく運動神経が抜群ということで龍二が進んでいる。まぁ、実際は龍二がさきに前へ出てしまったというのもあるのだが!
誠斗は、2番手だ。ぼくの隣——というよりななめ前にいる。だいたい、ぼくや龍二と手が届く距離にいてる。まるで、参謀だ。おそらく、どちらがすべってもすぐに手を差しのべられる距離にいたいのだろう。それに、そこの位置だと両者に指揮をとれるというのもあるらしい。個人的には、先頭ぼくが行き2番手に誠斗で龍二を最後尾にしたほうがすべった時にこまらないと思うんだけど...。しかし、"なにが出てくるかわからない"という理由から龍二が先頭らしい。
斜面はなかなか急だ。雨は止みそうにない。ふと、綾部さんのあの怪奇現象を思い出した。そうだ、2人には話さないと——。
無言の中、登っていた2人に声をかける。
「そういえば、綾部さんのことで気になることがあるんだけど…」
隣にいた、誠斗がコチラを見る。前にいた龍二もチラリと、コチラをみた。無論、3人とも足が止まる気配はない。
次に口を開いたのは誠斗だ。
「今さらなんだ?」
「その…実は——」
龍二がぼくの話を止める。
「おい、飛鳥」
「な、なんだよ?」
めずらしく口調が荒い。
思わず怯んでしまった。
「なにを言うか知らねぇが…自分が惚れた女くらい信じやがれ」
そのセリフに思わず一度足が止まってしまった。——あぁ、龍二も父と同じことを言っている。こういう事、なのかもしれない…。
ゆっくり、足を進める。
「そうだね…。ゴメン」
すると、突然龍二が向き直りコチラに下がってきた。ぼくの後頭部を手でおさえる。そして、勢いよく引き寄せられた!額がぶつけられる。
「お、おい!」
「な、なにするんだよ!」
痛い…!頭突きだ!
誠斗と2人で声を上げる。しかし、本人は詫びるつもりもなく、踏ん反り返る。
「そこは、"ゴメン"じゃねぇよ!"ありがとう"だろうが!」
あまりの痛さに涙目になる。しかし、コクコク、と黙ってうなずいた。
それを見た龍二は満足したのか、再び前を向き登り始める。ぼくたちもその後に続く。
ふと、次は誠斗が龍二に声をかける。
「龍二。確か…家から蓮山の自宅まで近かったよな?」
「あぁ、そうだけど…。どうかしたのか?」
歩みを止め、誠斗のほうを向く龍二。同じようにぼくたちも足を止める。
「今、かごの中に入っているんだけど、俺が作った料理がある。それを届けてほしいんだ」
ふん、と向き直りまた歩き始める龍二。
「それくらい自分で届けろよ」
誠斗がカチンと、来たのか声を荒らげる。そして、ぼくと誠斗も歩きだす。
「お前のほうが、家近いから頼んでいるんだ」
「帰りに寄ればいいだろ」
あぁー、こりゃまたいつものケンカが始まるパターンか…。
負けずと誠斗も言い返す。
「こんな遅い時間に行ったって、ご迷惑だろ」
「じゃあ、日をあらためて誠斗が行けばいいじゃねぇかよ」
あー、これ…だれが止めるんだよ…。このケンカ…。
ため息をついても、おさまることはない。むしろ、どんどん悪化してきている。
「俺もいそがしい。そして、なにより行くとしても、だいぶ日にちが経ってからになる。せっかく作った料理が傷む」
すると、龍二が大木に体重をかけ、回りながら誠斗をバカにする。
「オレも忙しいですぅー。それはお互いさまですぅー」
ぼくは、スマホをみた。0時ジャスト!マズイ!時間がない!
「2人とも!急がないと66分になるよ!」
すると、ぼくの前へ出た誠斗がつぶやいた。
「安心しろ。もう、すぐそこだ」
前を見ると林が無く、開放的になっていた。最後の木は龍二がつかんでいた大木のようだ。目の前はおそらく古い線路がひかれたままなのだろう。
突然、龍二が何かに気付き、大木から手を離し頭を低くした。目を凝らし坂の向う側を見る。すると、なぜか鼻を鳴らした。
「おぉ、絶景だな」
誠斗も同じように頭を低くし、廃駅の様子を見ている。誠斗はなんだか、眉間にしわを寄せている。
「あぁ、最高だな」
2人のこのパターンは、嫌な予感しかしない…。ぼくも、並んでいる2人の間に割って入り、頭を低くする。すると、そこには驚いた光景が広がっていた。
坂の上は平坦な場所となっており、ここから廃駅までの間には木が1本も無く広がっていた。線路の向う側に、廃駅がポツリとさびしそうにある。こちらから、廃駅までの距離はおおよそ15メートル以上は離れているだろう。しかし、その廃駅に2人の人物が立っていた。そう、驚いたのはその人物だ。
2人ともローブのような物をきており、1人は身長が高く、頭までフードをかぶっていた。顔はよく見えない。しかし、もう1人の人物はフードをかぶっておらず、よく顔が見える。
身長が低く白に近い灰色のローブを着ていて——そう綾部さんだ!
ぼくは、思わず手元の地面に八つ当たりをしてしまった。
「くそっ!最悪だよ!」
この時、茶色いライトが静かに点灯した。