家族
待ちあわせ時間は11時45分。噂の時刻は『0時66分』。待ちあわせ場所は、廃駅の真下の道路付近だ。どうやら林を通り、中から確かめるらしい。
龍二は、『シーター』というものが壊れたらしくさきに帰った。なんだか、パイ生地の機械がどーのこうの言っていたな…。誠斗は昨日もそうだが、妹をむかえに行くらしい。というより、その時初めて妹がいることを知った。本当にぼくは、2人のことに関してなにも知らないんだな…。
タンスの引き出しを静かにあける。龍二に、動きやすい格好のほうがいいと言われたので、とりあえずデニムとラフなTシャツを出す。あとレインコート、か…。予報だと、今夜から明日いっぱいまで降るらしい。とりあえず、出るときにでも玄関を見てみよう。
掛け時計に目をやる。——19時半。まだ、時間があるな…。なにか食べるか。
ぼくは、自分の部屋を出た。1階におり、リビングに向かう。今日は、めずらしく母と父がそろっている。それにしても、少し空気が張りつめているみたいだ。ぼくを見ると、母がぎこちな無さそうに笑った。
「夕飯…食べる?」
父をチラリ、と見る。どうやら、すでに焼酎を飲んでいるみたいだ。テレビは、どこぞかの評論家たちが議論している番組のようだ。ソファーでくつろいでいる父に触れないよう、椅子に座った。
「あれば、食べるよ」
コクリ、とうなずく母。そして、長くやわらかい髪をなびかせながら、冷蔵庫へと向かう。
台所に立っている母のうしろ姿を見る。右に左に、と行ったりきたりしている。うーん、これは時間がかかるか?
ぼくは、椅子を引きソファーに向かった。父は、おつまみとして煮物を食べている。こんにゃくやら色んなものが入っている。んー、料理に関しては詳しくないからなぁ。肉じゃがでは無いことだけは言える!でも…美味しそうだ。
静かに向かいへと座る。父は、動じず横になりながらテレビを見続けている。ぼくは、チラりと顔色を伺う。機嫌は…まぁまぁのようだ。酒飲むと、ときどき母とケンカするからなぁ。ぶっちゃけ、少し酒癖が悪い。まぁ、公務員だということで、ストレスが溜まっているのはわかるけれども...。
今のご時世なんでもかんでも、「公務員様々ですねぇ」と嫌味を言われる。税金でご飯を食べるというのが許せないらしい。ぼくからしたら、一般の会社員だって需要者のお金でご飯を食べているはずだ。そのお客さんから、同じように嫌味などを言われたことがあるんだろうか?それは本当にいつも思う。休憩時間にタバコなんか吸っていると、それでもなお、嫌そうな顔をする人がいるらしい。
まぁ、おそらく数字をみてしまうから、シビアに考えてしまうんだろうな…。40代の中間管理職のように。まぁ、父もその立ち位置なのかもしれないが…。
そんな父にオドオドしながら声をかけた。
「コレ…1口食べてみてもいい?」
すると、父が上体を起こしながらピシャリと弾いた。
「よせ。これからご飯が出るんだろ」
あぁ、いつもこうだ!口が悪い…。本当に、これで公務員やっているんだから驚きである。あぁ、ご飯食べたら早く部屋に戻ろう!まったく…1口ぐらい、味をみたっていいじゃないか!よく母も、こんな人を寄せ付け無さそうな人を好きになったよな…。絶対に、この人だけは似たくない!
父は、煮物を1口食べるとググッと、残りの焼酎を飲み干した。これで勝手に父の料理食べようとすると怒鳴るんだよなぁ…。飲んでいないときは、そんなこと言ったりはしないんだけど。
バレないようにため息を吐き、あたりを見る。すると、テーブルの端に朝の新聞が置いてあった。そばに置いてあるデジタル時計も視界に入る。——20時少し前、か。仕方がない。新聞でも読んで、時間をつぶすか…。手を伸ばしかけたその時。
「飛鳥、風呂はいいのか?」
父がぼくの行動を止めるかのようにボヤいてきた。そうだ、風呂があるんだった!今のうちに、湯を張らせておくか...。
入れてくる、と言い返し、ソファーから立ち上がる。そして、リビングを出ようとした時、テーブルの上の料理を見ておどろいた。
「お母さん…これ…!」
母が長い箸を持ちながら、振りかえる。
「飛鳥好きでしょ、ハンバーグ?」
ニッコリと、笑う母。ヨダレが口のなかに溜まる。思わず、何度もうなずいてしまった。ぼくは、そのまま台所に向かい、炊飯器の中身を確認した。中には炊きたてのご飯が——2号分!よし!これならば…容赦無く食べられるぞ!
それから、軽快な足取りでリビングを出た。薄暗い廊下をスキップし、洗面所の戸を開ける。そのまま、突き抜けて風呂場に向かおうとしたその時。足を止めた。目に飛び込んだ鏡。そこには、痩せこけているぼくの姿がいた。
今夜、綾部さんの真実がわかる。あの超能力のような、怪奇現象《かいきげんしょう》の数々…。信じたくはない。むしろ、絶対に無関係だということを証明してやる!
ぼくは、向き直り風呂場に入った。蛇口を捻り、温度を確かめさっさとその場を出る。
リビングに戻ると、父は何故かこの時間に新聞を読んでいた。さほど気に止めず大好きなハンバーグに目をやると——。
「あぁっ!ぼくのハンバーグが1つない!」
さっきまで、2つ並んでいたはずのハンバーグが、見事なまでに無くなっていた。
勢いよく母の方をみると、ニコニコと笑っているだけ…。さっ、と父に顔を向ける。すると、ざっ、と新聞で顔を隠されてしまった。なるほど、だから新聞を読んでいたのか。
「ぼくのハンバーグが1つ無い」
ボヤくと、新聞の向こう側から声がした。
「自己管理しないのが悪い」
しまった!謀られた!これだから、大人というのは好きではない。汚いし!いつか、絶対に出し抜いてやろう!
胸糞悪い状態のまま、椅子に座った。
「いただきます」
1口ハンバーグを齧る。あぁ、なんだか懐かしい…。ぼくは、ハンバーグの味が残っているうちに、さっさとご飯を口の中に入れた。千切りキャベツへいく前に、父と同じ煮物が目につく。
「お母さん、コレなんていうの?」
「筑前煮よ」
すると、すかさず父がまたピシャリと言ってきた。
「がめ煮だ」
なんだし、それ!
とりあえずぼくは、レンコンを1つ取り、口の中に放り込んだ。うん、まぁ美味い…。そして、再びハンバーグに手をつけていく。
時計をチラリと見た。20時ちょっと、か。家から、待ち合わせ場所までは、自転車で1時間前後。1番近いのは、龍二で30分前後。1番遠い誠斗は、1時間半もはかかる。だから、逆算して23時前には出なくちゃまずい。
筑前煮をさっさとたいらげ、味噌汁をすする。
うーん、ゆっくりする程はなさそう、か?これから、風呂入って出るのが遅くとって30分とみて——。
チビチビ大事にハンバーグを食べていると、突然父が声を荒らげる。
「おい、飛鳥!風呂の蛇口…止めたか?」
しまった!すっかり忘れてた!
勢いよく箸を置き、立ち上がる。
「今、止めてくる!」
口の中のものを噛みながら、リビングを飛び出し、廊下を走り抜ける。洗面所に入り、勢いよく風呂の戸を開ける。
「良かった…」
なんとか、間に合った…。浴槽の中はだいたい20分程でいっぱいになってしまう!
ひと息吐きながら、浴槽のふたを閉め、風呂場を出た。ゆっくりと、廊下を歩きリビングに戻る。そして、椅子に座り皿を見たら——。
「あぁっ!またぼくのハンバーグがない!」
また勢いよく母の方みたら、ニコニコと笑っているだけ…。さっ、と父に顔を向けると、口を動かしながら、ソファーに横になっていた。何食わぬ顔でテレビを見ている。
「ぼくのハンバーグが無い」
さっきと同じようにボヤくと、コチラに顔を向けないまま同じセリフが帰ってきた。
「自己管理しないのが悪い」
大人って本当にとことん汚いよなぁ!くそっ!
腹いせに、味付けがされていない千切りキャベツでご飯を食べた。しかし、どのみちおかわりするほど時間はあったのだろうか。いや、焦る事はないけれども…。まぁ、しかしのんびり行くとしよう。
味噌汁をすすっていると、母がなにやら静かに皿を置いた。なんだろう、と思い見てみる。すると、そこには小さめのハンバーグが乗っていた!慌てて、味噌汁茶碗をテーブルに置く。
「お、お母さん?!」
母がクスリ、と笑い顔を向けてくる。
「あ、いや…ありがとうございます…」
ぼくの言葉に、ニコリと笑う。
「どういたしまして」
そういうと、空になった味噌汁茶碗を持ち、台所に戻った。うーん、先を見越していたのか?やはり、母は強いな…。
ぼくは唇をなめ、またハンバーグを食べはじめる。すると、すぐさま母が、さきほどの味噌汁茶碗をテーブルに戻した。中には少なめに入れられた味噌汁。あぁ、本当に有難い!
ぼくは、ご飯を何度もおかわりし、大好きなハンバーグを堪能した。
あぁ、腹が…破裂しそうだ!最近、あまりたくさん食べていなかったから、思っていたよりも胃が小さくなっていた。風呂も入り終え、ゆっくりしていたら22時半だった。
レインコートは、玄関の収納棚には無かった。仕方ない。龍二の家のちかくを通るから、その辺のコンビニで買うか…。なんだかんだで手荷物はさほど無い。スマートフォンとサイフぐらいである。あと、そこにレインコートがプラスされるぐらいだ。
1階に下りる。母も父もとなりの部屋で寝てしまった。毎晩、晩酌をしている父は、いつも21時には自分の部屋に入ってしまう。焼酎も濃いからなぁー…。ほぼ、氷と焼酎だけと言っても過言では無い!
玄関で靴を履いていると、階段から軋む音が聞こえてきた。どちらかが、起きてきたらしい。
「出かけるとわかっていたよ」
そこに立っていたのは父だった。口ぶりからすると、まるで予測していたような感じだ。
「どうして…」
ゆっくりと下りてくる父。ぼくも、立ち上がり向き直る。
「時計を何度も気にしていたからな。始めは観たいテレビでもあるかと思ったが、部屋の物音でそうでは無いと察したよ」
くそっ!また出し抜け無かったか!さすが父である。
すると、父が黒い何かを差し出してきた。それはよく見ると懐中電灯のようだ。
「念のため、持って行け。夜中は危ないからな」
んー、荷物になりそうだけど…。まぁ、良いや。とりあえず受け取ろう。
「…ありがとう」
懐中電灯に手を伸ばしかけたその時。そういえば、気になったことがあったんだ。一度ピタリ、と手を止める。しかし、そのまま黙って受け取った。
すると、父がそれを察した。
「なんだ、どうかしたのか?」
するどい…。
ぼくも足元を見ながらゆっくりと口を開く。
「あ、いや…。そのー、さ…。お母さんって頻繁に夜出かけるじゃん?お父さんはなんとも思わないの?」
父がキョトン、とし目をしばたかせる。そして、ひと息つくと、そんなことか、と声を上げた。
「思わないわけが無い。たが——」
すると、父が手をポン、とぼくの頭の上に乗せた。
「男だったら愛する女を信じろ。ちょっとや、そっと女の遊びを受け入れるくらいの器量を持ちなさい。そして、傷ついていたら、黙って優しく抱きしめてやれ。なにも理由を聞かずにな」
か、格好いい!なるほど…。参考になるかわからないが、肝に銘じておこう。
そういえば——。
「お父さんとお母さんの…なれそめってどんなのだったの?」
父が首をかしげる。
「飛鳥、どうした?いつからそんなおしゃべりになった?」
ぼくは、頭の上の父の手を退かした。
「余計なお世話だよ」
ピシャリ、という。
すると、父がため息をついた。
「そういうところは、俺に似ているな…」
なんだよ、どういう意味だよ?ムッとした顔を向ける。すると、父がなんでもない、と一言いうと、その場で膝をついた。
「お母さんとは大学時代、バイト先で出会ったんだ」
ふぅん、とうなずくぼく。
父が続けて話をする。
「お母さんは、派遣社員でそんなに偉くはなかったんだ。そんな時、お母さんが濡れ衣を着たんだ。社員と一部の上司にねらわれてな。会社も人件費削減したかったみたいだ」
それは最悪な連中だな。
父が頭をかく。
「その時、上司に頭を下げていたお母さんの顔を見たんだ。表情からしてなにか言いたそうにしててな。尚かつ悔しそうな顔もしていたんだ。ほら…お母さんって、あまりおしゃべりじゃあないだろ?」
そうか!そいつらは、そこにつけこんだのか!なんて卑怯な…!
ぼくの表情をみて、父がうなずく。
「そこで、俺が言ったんだ。『首にするならば私も首にして下さい。こんな糞みたいな上司たちがいる会社、コッチから辞めてやります』ってな」
いつも焼酎ばかり飲んでいる父とは、まるで正反対だ!
すると、また父がぼくの頭に手を乗せてきた。そして、髪をグシャグシャ、となでる。
「だから、飛鳥も自分の女を守れるくらいの男になれよ」
その言葉に、胸が痛む。
ぼくは、そっと父の手をはなした。
「もう、行くから…。時間がなくなっちゃう」
踵を返す。
コクリ、とうなずきながら立ち上がる父。
「あぁ、いってこい。気をつけるんだぞ。お前は、人に騙されやすいところがあるからな…。ホイホイ、ついていくなよ」
大丈夫だよ、そのくらい!
ぼくは、ムッ、としたまま玄関の取っ手をつかんだ。
「いってきます」
この時、白いライトが静かに点灯した。