表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

家族

待ちあわせ時間は11時45分。噂の時刻は『0時66分』。待ちあわせ場所は、廃駅(はいえき)の真下の道路付近(どうろふきん)だ。どうやら林を通り、中から確かめるらしい。

龍二(りゅうじ)は、『シーター』というものが壊れたらしくさきに帰った。なんだか、パイ生地の機械がどーのこうの言っていたな…。誠斗(まさと)は昨日もそうだが、妹をむかえに行くらしい。というより、その時初めて妹がいることを知った。本当にぼくは、2人のことに関してなにも知らないんだな…。

タンスの引き出しを静かにあける。龍二に、動きやすい格好のほうがいいと言われたので、とりあえずデニムとラフなTシャツを出す。あとレインコート、か…。予報(よほう)だと、今夜から明日いっぱいまで降るらしい。とりあえず、出るときにでも玄関(げんかん)を見てみよう。

掛け時計に目をやる。——19時半。まだ、時間があるな…。なにか食べるか。

ぼくは、自分の部屋を出た。1階におり、リビングに向かう。今日は、めずらしく母と父がそろっている。それにしても、少し空気が張りつめているみたいだ。ぼくを見ると、母がぎこちな無さそうに笑った。


「夕飯…食べる?」


父をチラリ、と見る。どうやら、すでに焼酎を飲んでいるみたいだ。テレビは、どこぞかの評論家たちが議論している番組のようだ。ソファーでくつろいでいる父に触れないよう、椅子に座った。


「あれば、食べるよ」


コクリ、とうなずく母。そして、長くやわらかい髪をなびかせながら、冷蔵庫(れいぞうこ)へと向かう。

台所に立っている母のうしろ姿を見る。右に左に、と行ったりきたりしている。うーん、これは時間がかかるか?

ぼくは、椅子(いす)を引きソファーに向かった。父は、おつまみとして煮物を食べている。こんにゃくやら色んなものが入っている。んー、料理に関しては詳しくないからなぁ。肉じゃがでは無いことだけは言える!でも…美味しそうだ。

静かに向かいへと座る。父は、動じず横になりながらテレビを見続けている。ぼくは、チラりと顔色を(うかが)う。機嫌は…まぁまぁのようだ。酒飲むと、ときどき母とケンカするからなぁ。ぶっちゃけ、少し酒癖(さけぐせ)が悪い。まぁ、公務員だということで、ストレスが溜まっているのはわかるけれども...。

今のご時世(じせい)なんでもかんでも、「公務員様々(さまさま)ですねぇ」と嫌味(いやみ)を言われる。税金でご飯を食べるというのが許せないらしい。ぼくからしたら、一般の会社員だって需要者(じゅようしゃ)のお金でご飯を食べているはずだ。そのお客さんから、同じように嫌味などを言われたことがあるんだろうか?それは本当にいつも思う。休憩時間(きゅうけいじかん)にタバコなんか吸っていると、それでもなお、嫌そうな顔をする人がいるらしい。

まぁ、おそらく数字(・・)をみてしまうから、シビアに考えてしまうんだろうな…。40代の中間管理職ちゅうかんかんりしょくのように。まぁ、父もその立ち位置なのかもしれないが…。

そんな父にオドオドしながら声をかけた。


「コレ…1口食べてみてもいい?」


すると、父が上体を起こしながらピシャリと弾いた。


「よせ。これからご飯が出るんだろ」


あぁ、いつもこうだ!口が悪い…。本当に、これで公務員やっているんだから驚きである。あぁ、ご飯食べたら早く部屋に戻ろう!まったく…1口ぐらい、味をみたっていいじゃないか!よく母も、こんな人を寄せ付け無さそうな人を好きになったよな…。絶対に、この人だけは似たくない!

父は、煮物を1口食べるとググッと、残りの焼酎を飲み干した。これで勝手に父の料理食べようとすると怒鳴(どな)るんだよなぁ…。飲んでいないときは、そんなこと言ったりはしないんだけど。

バレないようにため息を吐き、あたりを見る。すると、テーブルの端に朝の新聞が置いてあった。そばに置いてあるデジタル時計も視界に入る。——20時少し前、か。仕方がない。新聞でも読んで、時間をつぶすか…。手を伸ばしかけたその時。


飛鳥(あすか)、風呂はいいのか?」


父がぼくの行動を止めるかのようにボヤいてきた。そうだ、風呂があるんだった!今のうちに、湯を張らせておくか...。

入れてくる、と言い返し、ソファーから立ち上がる。そして、リビングを出ようとした時、テーブルの上の料理を見ておどろいた。


「お母さん…これ…!」


母が長い箸を持ちながら、振りかえる。


「飛鳥好きでしょ、ハンバーグ?」


ニッコリと、笑う母。ヨダレが口のなかに溜まる。思わず、何度もうなずいてしまった。ぼくは、そのまま台所に向かい、炊飯器の中身を確認した。中には炊きたてのご飯が——2号分!よし!これならば…容赦無(ようしゃな)く食べられるぞ!

それから、軽快(けいかい)な足取りでリビングを出た。薄暗(うすぐら)い廊下をスキップし、洗面所の戸を開ける。そのまま、突き抜けて風呂場に向かおうとしたその時。足を止めた。目に飛び込んだ鏡。そこには、痩せこけているぼくの姿がいた。

今夜、綾部(あやべ)さんの真実がわかる。あの超能力のような、怪奇現象《かいきげんしょう》の数々…。信じたくはない。むしろ、絶対に無関係だということを証明してやる!

ぼくは、向き直り風呂場に入った。蛇口(じゃぐち)(ひね)り、温度を確かめさっさとその場を出る。

リビングに戻ると、父は何故かこの時間に新聞を読んでいた。さほど気に止めず大好きなハンバーグに目をやると——。


「あぁっ!ぼくのハンバーグが1つない!」


さっきまで、2つ並んでいたはずのハンバーグが、見事なまでに無くなっていた。

勢いよく母の方をみると、ニコニコと笑っているだけ…。さっ、と父に顔を向ける。すると、ざっ、と新聞で顔を隠されてしまった。なるほど、だから新聞を読んでいたのか。


「ぼくのハンバーグが1つ無い」


ボヤくと、新聞の向こう側から声がした。


自己管理(じこかんり)しないのが悪い」


しまった!(はか)られた!これだから、大人というのは好きではない。汚いし!いつか、絶対に出し抜いてやろう!

胸糞悪(むなくそ)い状態のまま、椅子に座った。


「いただきます」


1口ハンバーグを(かじ)る。あぁ、なんだか懐かしい…。ぼくは、ハンバーグの味が残っているうちに、さっさとご飯を口の中に入れた。千切りキャベツへいく前に、父と同じ煮物が目につく。


「お母さん、コレなんていうの?」


筑前煮(ちくぜんに)よ」


すると、すかさず父がまたピシャリと言ってきた。


「がめ煮だ」


なんだし、それ!

とりあえずぼくは、レンコンを1つ取り、口の中に放り込んだ。うん、まぁ美味い…。そして、再びハンバーグに手をつけていく。

時計をチラリと見た。20時ちょっと、か。家から、待ち合わせ場所までは、自転車で1時間前後。1番近いのは、龍二で30分前後。1番遠い誠斗は、1時間半もはかかる。だから、逆算して23時前には出なくちゃまずい。

筑前煮をさっさとたいらげ、味噌汁をすする。

うーん、ゆっくりする程はなさそう、か?これから、風呂入って出るのが遅くとって30分とみて——。

チビチビ大事にハンバーグを食べていると、突然父が声を荒らげる。


「おい、飛鳥!風呂の蛇口…止めたか?」


しまった!すっかり忘れてた!

勢いよく箸を置き、立ち上がる。


「今、止めてくる!」


口の中のものを噛みながら、リビングを飛び出し、廊下を走り抜ける。洗面所に入り、勢いよく風呂の戸を開ける。


「良かった…」


なんとか、間に合った…。浴槽の中はだいたい20分程でいっぱいになってしまう!

ひと息吐きながら、浴槽(よくそう)のふたを閉め、風呂場を出た。ゆっくりと、廊下を歩きリビングに戻る。そして、椅子に座り皿を見たら——。


「あぁっ!またぼくのハンバーグがない!」


また勢いよく母の方みたら、ニコニコと笑っているだけ…。さっ、と父に顔を向けると、口を動かしながら、ソファーに横になっていた。何食わぬ顔でテレビを見ている。


「ぼくのハンバーグが無い」


さっきと同じようにボヤくと、コチラに顔を向けないまま同じセリフが帰ってきた。


「自己管理しないのが悪い」


大人って本当にとことん汚いよなぁ!くそっ!

腹いせに、味付けがされていない千切りキャベツでご飯を食べた。しかし、どのみちおかわりするほど時間はあったのだろうか。いや、焦る事はないけれども…。まぁ、しかしのんびり行くとしよう。

味噌汁をすすっていると、母がなにやら静かに皿を置いた。なんだろう、と思い見てみる。すると、そこには小さめのハンバーグが乗っていた!慌てて、味噌汁茶碗(みそしるちゃわん)をテーブルに置く。


「お、お母さん?!」


母がクスリ、と笑い顔を向けてくる。


「あ、いや…ありがとうございます…」


ぼくの言葉に、ニコリと笑う。


「どういたしまして」


そういうと、空になった味噌汁茶碗を持ち、台所に戻った。うーん、先を見越していたのか?やはり、母は強いな…。

ぼくは唇をなめ、またハンバーグを食べはじめる。すると、すぐさま母が、さきほどの味噌汁茶碗をテーブルに戻した。中には少なめに入れられた味噌汁。あぁ、本当に有難い!

ぼくは、ご飯を何度もおかわりし、大好きなハンバーグを堪能(たんのう)した。







あぁ、腹が…破裂(はれつ)しそうだ!最近、あまりたくさん食べていなかったから、思っていたよりも胃が小さくなっていた。風呂も入り終え、ゆっくりしていたら22時半だった。

レインコートは、玄関の収納棚には無かった。仕方ない。龍二の家のちかくを通るから、その辺のコンビニで買うか…。なんだかんだで手荷物はさほど無い。スマートフォンとサイフぐらいである。あと、そこにレインコートがプラスされるぐらいだ。

1階に下りる。母も父もとなりの部屋で寝てしまった。毎晩、晩酌をしている父は、いつも21時には自分の部屋に入ってしまう。焼酎も濃いからなぁー…。ほぼ、氷と焼酎だけと言っても過言(かごん)では無い!

玄関で靴を履いていると、階段からきしむ音が聞こえてきた。どちらかが、起きてきたらしい。


「出かけるとわかっていたよ」


そこに立っていたのは父だった。口ぶりからすると、まるで予測していたような感じだ。


「どうして…」


ゆっくりと下りてくる父。ぼくも、立ち上がり向き直る。


「時計を何度も気にしていたからな。始めは観たいテレビでもあるかと思ったが、部屋の物音でそうでは無いと察したよ」


くそっ!また出し抜け無かったか!さすが父である。

すると、父が黒い何かを差し出してきた。それはよく見ると懐中電灯(かいちゅうでんとう)のようだ。


「念のため、持って行け。夜中は(あぶ)ないからな」


んー、荷物になりそうだけど…。まぁ、良いや。とりあえず受け取ろう。


「…ありがとう」


懐中電灯に手を伸ばしかけたその時。そういえば、気になったことがあったんだ。一度ピタリ、と手を止める。しかし、そのまま黙って受け取った。

すると、父がそれを察した。


「なんだ、どうかしたのか?」


するどい…。

ぼくも足元を見ながらゆっくりと口を開く。


「あ、いや…。そのー、さ…。お母さんって頻繁(ひんぱん)に夜出かけるじゃん?お父さんはなんとも思わないの?」


父がキョトン、とし目をしばたかせる。そして、ひと息つくと、そんなことか、と声を上げた。


「思わないわけが無い。たが——」


すると、父が手をポン、とぼくの頭の上に乗せた。


「男だったら愛する女を信じろ。ちょっとや、そっと女の遊びを受け入れるくらいの器量を持ちなさい。そして、傷ついていたら、黙って優しく抱きしめてやれ。なにも理由を聞かずにな」


か、格好いい!なるほど…。参考になるかわからないが、肝に銘じておこう。

そういえば——。


「お父さんとお母さんの…なれそめってどんなのだったの?」


父が首をかしげる。


「飛鳥、どうした?いつからそんなおしゃべりになった?」


ぼくは、頭の上の父の手を退かした。


「余計なお世話だよ」


ピシャリ、という。

すると、父がため息をついた。


「そういうところは、俺に似ているな…」


なんだよ、どういう意味だよ?ムッとした顔を向ける。すると、父がなんでもない、と一言いうと、その場で膝をついた。


「お母さんとは大学時代、バイト先で出会ったんだ」


ふぅん、とうなずくぼく。

父が続けて話をする。


「お母さんは、派遣社員(はけんしゃいん)でそんなに偉くはなかったんだ。そんな時、お母さんが()(ぎぬ)を着たんだ。社員と一部の上司にねらわれてな。会社も人件費削減(じんけんひさくげん)したかったみたいだ」


それは最悪な連中だな。

父が頭をかく。


「その時、上司に頭を下げていたお母さんの顔を見たんだ。表情からしてなにか言いたそうにしててな。尚かつ悔しそうな顔もしていたんだ。ほら…お母さんって、あまりおしゃべりじゃあないだろ?」


そうか!そいつらは、そこにつけこんだのか!なんて卑怯な(ひきょう)…!

ぼくの表情をみて、父がうなずく。


「そこで、俺が言ったんだ。『首にするならば私も首にして下さい。こんな糞みたいな上司たちがいる会社、コッチから辞めてやります』ってな」


いつも焼酎ばかり飲んでいる父とは、まるで正反対だ!

すると、また父がぼくの頭に手を乗せてきた。そして、髪をグシャグシャ、となでる。


「だから、飛鳥も自分の女を守れるくらいの男になれよ」


その言葉に、胸が痛む。

ぼくは、そっと父の手をはなした。


「もう、行くから…。時間がなくなっちゃう」


(きびす)を返す。

コクリ、とうなずきながら立ち上がる父。


「あぁ、いってこい。気をつけるんだぞ。お前は、人に(だま)されやすいところがあるからな…。ホイホイ、ついていくなよ」


大丈夫だよ、そのくらい!

ぼくは、ムッ、としたまま玄関の取っ手をつかんだ。


「いってきます」


この時、白いライトが静かに点灯した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ