決意
「はーい。それじゃあ、席につけー。時間が無いから出席だけ取るぞー」
ぼくの頭上でパンパン、と手を叩くいそ先生。身長の低いぼくに対しての嫌がらせか!眉を吊りあげ、顔を上げると先生にキョトンとされた。
「どうした?ほら…萩も席につけ」
席に向かいながら、壁に貼ってある時間割表を見た。——1限目は、英語。あぁー、南のオバさんか…。さらに視線を下げ、それ以降も見てみる。
「げっ、体育がある…」
しまった…体操着を忘れた。
一限目を終え、誠斗の席の方へ向かう。
「誠斗、聞きたい事があるんだけど…。花って詳しい?」
首を捻る。
「いや、詳しくないが…。どうしてだ?」
何故か、少しめずらしそうな表情をしながら、メガネを上げる誠斗。なんて言えばいいのか…。思わず黙るぼく。そこに龍二が現れ、ぼくの肩に腕を回してきた。
「お、純恋チェリー!女の話か?映画の話か?デカ乳の話か?」
龍二は…まったく。オー・ヘンリーでも読んで、汚れた思考更正されろ!そして、時計でもDVDでもなんでも売ってこい!
「飛鳥が花の事を知りたいらしい」
その絡み方が鬱陶しかったのか、ため息まじりに龍二に教える誠斗。あ、でも考えてみたら女の扱いが慣れている龍二のほうが詳しいのか?でも誠斗は、幅広く知識を持っていそうだからなぁ。というか"広く浅く"、というイメージがある。
すると、龍二が誠斗の机を軽く指でたたく。
「アレでやったらどうだ?最新モデルとかっいっていたアレ」
「検索サイトの種類は変わらないよ」
ため息混じりに、カバンを開ける誠斗。中から出てきたのは、なんと最近CMが多いエルフォン!しかも新作の9αだ!すごい!
驚いていると龍二教えてくれた。それより、はやく肩から腕をどかしてほしい。
「たしか…誠斗はオヤジさんが買ってくれるんだろう?新しい商品が出たらすぐに」
コクリ、と頷く誠斗。
「新商品の調子もそうなんだけど、ニーズの声も知りたいらしい。とくに機能やネット関連で」
誠斗のオヤジさん、どこでどんな事をして働いているんだよ!というか、大手企業のにおいがするんだが…。しかもエルフォンのだよな?
混乱もしつつ目を丸くしていると、誠斗が1つ咳払いをした。
「それで…花っていうのはどんな花なんだ?今の時期は咲いているのか?」
はっ、と我に返り、昨日の帰りの事を思い出す。
「黄色い…花だった」
誠斗がうなりながら、エルフォンを触り始める。あまり、ぼく自身スマホが好きじゃあ無いからなぁ。というより機械音痴。以前使っていた物も、落として画面割れちゃったし…。
龍二の腕を退かしながら待っていると、誠斗が画面を見せてきた。
「この中にあるか?」
腰を屈めて見てみる。龍二がオレも見る、と顔をグイグイ横から押しつけてくる。
どうやら、今月に咲く花のすべてが載っているサイトのようだ。便利なことに、クリックすると花言葉なども出てくるらしい。
誠斗からエルフォンを借り、龍二の顔を退かし腰を上げる。龍二は飽きたのか、そのままトイレへと向かってしまった。
エルフォンの画面に集中する。アジサイなどもあるが…違う。次のページを開くとちょうど同じような花の画像が出てきた。名前は——。
「マリーゴールド?」
名前は聞いた事あったが、どんなものなのかは知らなかった。合点がいった感じだ。
聞いていた誠斗もそれか、と声をあげる。
「以外と身近なものだな」
意味がわからず頭をかしげる。
「まぁ、道ばたには生えていないが、家の庭とかではよく見かけるってことだ」
ふぅん、と納得しながらついでに花言葉も見てみる。その内容に思わず口が開く。
「悲しみ……嫉妬……」
顔をあげ、腹いせにジッと誠斗の顔をみる。すると、気まずそうに顔を背けられてしまった。おい、新作エルフォン。これはどういうことだ?
ため息を吐き、メガネをあげながらゆっくりとコチラに顔を向けてきた。そして、エルフォンを取り上げる。
「まぁ…キクの一種みたいだから仕方無いだろ」
眉を顰め、エルフォンは関係ないとつぶやく。スクロールしたかと思いきや、誠斗の顔つきが変わる。
「ん?花言葉…ほかにもあるみたいだぞ?」
本当か?エルフォンのぞき込もうとした瞬間——。
「わっ!」
「ふおっ?!」
突然、龍二が後ろから驚かしてきた。思わず、ぼくも声を上げる。振り返ると、笑っている龍二の姿。
「ふおっ?!…だってさ!今のサイコー!」
こ、コイツ…ちくしょう!勢いよく右ストレートをむける。しかし、左手で払われ、ヒラリとかわされてしまった。おかげで、危うく床に倒れこむところだった。
それを見かねた誠斗がため息を吐く。
「おい、龍二…よせよ」
ふふん、と鼻をならす龍二。
「コッチは別になんもしてねぇもーん」
と言うと、誠斗のエルフォンをのぞきこんだ。ぼくも、降参し、ため息を吐く。それを聞いたのか、顔をコチラに向け、龍二がエッヘン、と胸を張る。
「オレにはだれも勝てねぇよ」
その言葉に胸がズキリ、と痛む。そうだよな…、龍二には勝てないよ。なんだろう、この虚空感は…。
ボンヤリと、うつむいていると誠斗に名前を呼ばれた。
「大丈夫か?」
しまった!顔に出ていたか!あわててうなずいたその時だった——。
チャイムと同時に、リーマン先生がメガネを上げながら教室に入ってきた。
「授業を始めます。皆さん、着席するように」
あいかわらず、隙のないキビキビとした人だ。絶対に廊下で待っていそうだ。扉のまえで腕時計をみながら、何分かまえから待機していそうなイメージである。こわい!
身震いしながら、ぼくは席にもどった。龍二も後ろからついてくる。
すると、龍二が背中越しにヒソヒソと話かけてきた。
「昼休み…あの幽霊列車の話しようぜ」
数学も滞りなく進んだ。
体育は渋々ジャージで出た。それもこんなジメジメと暑い時期に長袖でだ!あぁ、忘れるんじゃあなかった…。そもそも、見学にしてくれてもいいのに…。
青い空とは裏腹に、ひび割れた足元のコンクリートを見つめる。ため息を吐き、クリームパンを一かじりする。右手側にいる誠斗が、弁当を食べながら声をかけてきた。どうやら、そんなぼくを見かねたらしい。
「飛鳥、今日はどうしたんだ?疲れているのか?」
首をふる。昨夜の睡眠時間は、むしろ取りすぎだってくらい取ってしまったかもしれない。18時頃には眠りついたからなぁ。起きたのも5時過ぎで——。だから、疲れてはいないはずなんだけど…。
悩んでいると、ふと目の前にいた龍二の視線を感じた。顔をあげると視線がぶつかる。どうやら3つ目のホットドックを食べているようだ。すると、なぜかうなった龍二。
「飛鳥…なんかかわった?」
どういう意味だ?
食べていたクリームパンの手が止まる。龍二が頭をかく。
「いや、なんつーか…上手くは言えないけど…。いままでは、へんに距離感があってこれ以上踏みこむな、オーラがあったけど…。今はいくらか話やすいっていうか…」
隣で聞いていた誠斗もコクリとうなずく。
「そうだな…。以前までは、他人事のように見ていたところがあった。抜けきれているかどうかはわからないが、懇親的になってきてはいる気がする。あと、人を頼るようになったな」
なんだか、そう言われると照れる。すると、2人が突然互いに顔を見合わせ。龍二が真顔でポツリとつぶやく。
「こりゃあ、恋だな」
「そうだな、恋だな」
続くように、メガネを上げながら真顔でつぶやく誠斗。しかし、なぜか誠斗からは禍々しいオーラがただよっている。——誠斗だったら、ぼくの拳でも当たるだろうか?
赤くなった顔を誤魔化すため一息を吐く。そして、上手く話をかえた。
「そういえば…例の噂話をするんじゃあないの?」
龍二が思い出したかのように、そうだ、と声をあげる。そして、食べかけのホットドックを一気に口へとつめこむ。
「誠斗は朝...テレビをみたか?」
首を降り目を細める誠斗。
「いや、ニュースとしてあがる前に家を出たからな…。観てはいない」
その言い方は、どこか悲しみを帯びていた。
龍二がモグモグいわせながら、ぼくにも聞いてきたので首をふる。
口の中のホットドックをゴクリと飲みこみ、ペットボトルの残りの水を飲みほす。
「ニュースによると…男2人が行方不明で、のぞみは病院にへ搬送されたらしい。今、現場の廃駅にはマスコミと警察が嗅ぎまわっているみたいだ」
その言葉に、ぼくたちは思わず黙った。
うーん、死人が出たわけではないから、現場検証はさほどなさそうだけど…。あ、いや、逆か?謎に包まれているから細かくやっているのか?まぁ、どちらにしても、ベテラン刑事も細かく見ていそうだ。雨でも降ればみんな撤退するだろうか?
誠斗がタンブラーにはいった日本茶を飲む。
「行くとしたら、裏道しかないだろう」
また、3人とも黙る。
龍二が痺れを切らしたのか叫ぶ。
「なぁー!行こうぜぇー!廃駅ぃー!」
そんな危険な場所へわざわざ行くというのか!というか、夜中、絶対にマスコミがいるだろう!
誠斗を見ると、迷っているのかうつむいている。
すると、龍二がニヤニヤとした顔でコチラを見てきた。
「お!やっぱり、チェリーだから…怖いのかなぁ?」
キッと、ぼくは睨んだ。
怖くはない!ただ、危険ではないかと警戒しているだけだ。行くのであれば、石橋を叩いて渡るほど、用心をしたほうがいい!
ふん、とそっぽ向こうとしたら、誠斗がゆっくりと口を開いた。
「飛鳥は…行きたいか?」
ぼくは空になった牛乳パックをにぎりつぶす。
「正直言うと迷っている」
答えると、誠斗は黙ってしまった。すると、龍二が4つ目のホットドックに取り掛かりはじめた。
「朝、クラスの女子も言ってたんだけどよ…。あの綾部さんって子本当に廃駅へ行っていたらしいぜ」
その言葉に思わず、また睨んでしまった。
「なにが言いたいんだよ?」
気にせずニヤリと笑う龍二。
「あの子のために無実の証拠を手に入れたらどうだ?まっ、本当に何かしたのかもしれないけれどもな」
「いいよ。行くよそれじゃあ」
むっ、としながら答えた。そんなに言うんだったら、行ってやろうじゃあないか!
そして、龍二とぼくは誠斗を見た。誠斗は、食べかけの弁当を見つめている。さっきから、箸が進んでいない気がする。しかも、半分以上残っている。
2人して見ていると、誠斗が意を決したのか顔を上げた。
「どのみち、麗華からも様子を見てくるよう頼まれていたからな…。行く気はなかったが…ついでだ。ついて行く」
そして、ぼくたちはお互いにうなずきあった。
すると、誠斗がメガネを上げながらポツリとつぶやく。
「まぁ、運動バカと根暗バカだけじゃあ相手も可哀想だからな」
この時、黄色のライトが静かに点灯した。