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事情

飛鳥(あすか)!」


振り返ると、階段のところに龍二(りゅうじ)が立っていた。なぜか、嬉しそうに笑顔で手を振り、出迎えてくれている。どうして、そんなに嬉しそうなんだろうか…。さっきまで、校長室で謝らされ、苦手な数学は補習をされ、挙げ句(あげく)の果てには、気になっている会長には(しか)られ——。本当に彼はすごいポジティブシンキングである。思わず、こちらまで釣られて笑ってしまう。手を振り返すぼく。

そして、再び、綾部(あやべ)さんのほうへ振り返る。彼女は下を向いていた。前髪に隠れて瞳が見れない。——さっきのは見間違いだったのだろうか…。

挨拶(あいさつ)して帰ろうとしたその時。スッ、と綾部さんが歩き出す。しかし、横切るかと思いきや隣で一度止まった。


「もう…二度とかかわらないで」


そうして去って行く彼女。後ろで足音が聞こえる。

ぼくは背中を見ることも出来ない。なんて弱い男なんだろうか。










2人で帰るぼくたち。

学校からぼくの家までは、自転車でだいたい40分程である。家から北の方に行くと龍二の家があり、誠斗(まさと)の家は東南東(とうなんとう)の方へ行くと着く。だいたい、自転車で15分ってところだ。

だいぶ長距離ではあるが、ぼくたちは途中まで話しながら歩いて帰る事にした。


「いやぁ…、さっきは出来立てホヤホヤの、カップルの邪魔しちゃって悪かったなぁ!」


何も知らずハハハ、と笑う龍二。押している古いママチャリからは変な音が鳴っている。

実は龍二の両親は離婚していて、母が出て行く際いらない、という事でこれをもらったらしい。今は少し怖いお父さんと、仲良く暮らしている。お兄さんの事なども詳しく聞きたいが、さすがにそういった話は踏みこめない。

しかし、本当に年季(ねんき)のはいったママだ。かなり()びている。だが、今となってはこれが龍二の自転車——。

ぼくは気にせずほほ笑んだ。どのみち、タイミングも良かった。あのままだと、ぼく1人じゃあ身が持たないだろうし…。

そして、龍二がニタニタと笑いながら、身を乗り出す。のけ反るぼく。


「それで、なにか話せたのかよ?チェリー君?」


そう言うべきなのかどうか。とりあえず、目のこと以外さっきあったことすべてを話した。

すると、何故か龍二がふうん、といった。口をとがらせ顔をそむける。


「なんか…純愛(じゅんあい)って感じだよなぁ」


それは、また意味が違うだろうけれども…。


「あっ、でもこの場合は純愛じゃあなくて…純恋(じゅんれん)か?」


得意気(とくいげ)な顔をする龍二。

そんな日本語は無い!勝手に作るな!

むっ、としていると龍二がいいじゃねぇか、と笑った。


「なんだよ…。からかわれて怒っているのか?」


違う!そこではない!辞書でも読め!

殴ろうとしたが、ヒラリとかわされてしまった。

ぼくが鈍いのもそうだけど、龍二は本当に、動体視力(どうたいしりょく)運動神経(うんどうしんけい)がいい。以前に、何故部活をやっていないのかを聞いたら——。

「早くに帰って店の手伝いとかしなきゃいけないんだ」

とのこと。さすがパン屋の息子だけある。オヤジさん(あと)を継ぐのだろうか。だが、このご時世色々難しいからな。家計もギリギリらしい。昔からある古いパン屋さんだから仕方がない。

龍二の家は駅の近くの通りにあり、周りも老舗(しにせ)の店が多い。魚屋に八百屋、それから和菓子屋などもある。1歩路地に入ると、レトロな珈琲屋(コーヒーや)も!あそこの通りは"人情"で成り立っている。大人たちいわく、そこがまた良いらしい。ぼくにはわからないが。

誠斗の家の方は築何年(ちくなんねん)という、古くからの家が多い。とくに、彼の家の造りは和風で格好良い!庭にも、池やししおどしなどがあり最高である。そこから少し行った先に、駅があるが小さい。そのかわり、近辺には古くからの飲み屋あり、チラホラ屋台もある。おそらく、そういったのが風情(ふぜい)というものだろう。

2人して伸びた影を見つめていると、龍二がポツリとつぶやいた。


「オレ…麗華(れいか)——夏目(なつめ)会長のこと…好きなんだよ」


めずらしく真っ直ぐな言い回しだ。まぁ、薄々(うすうす)気付いてはいたが、黙って耳を立てる事にした。


「いや、さ…。いつもあんなに真面目じゃん?だから、つい意地悪したくなるっていうか…。気をひきたくなるっていうかさ…」


女の扱いには慣れている龍二がめずらしい。翻弄(ほんろう)されているなんて…。

歩く先を見つめている龍二。


「今までの女たちは、すぐに落とせたんだけどよ…」


今までって…たとえば蓮山(はすやま)さんも入っているのか?あとは、周りの女子か?


「オレが誘い文句言ってもとくに動じなくて…。何度チャレンジしてもダメなんだよ。それがくやしいっていうか…ムカつくっていうか、さ」


龍二が自転車のハンドルをギュッと握り締める。

前を見ると、分厚いメガネが印象の山田君と、身長が高くガタイの良いゴリ——女の子が並んで歩いていた。やけに楽しそうだ。手まで一緒に繋いでいる。たしか、あの女の子隣のクラスで見たことがあったな…。

龍二も、チビゴリカップルを見つめていた。


「こんなの…初めてなんだよ」


少し顔が赤い龍二。すると突然足を止め、顔を突き出してきた。


「こ、このことは…誠斗には黙っててくれよ?」


勢いに押され、首を縦にふる。互いに身を戻すと、そろって歩き出した。


「幼なじみだからさ、麗華とは…」


その目は、どこか悲しそうだった。


「誠斗って…やっぱり麗華のこと好きなのかなぁ?」


うーん、どうだろう。

誠斗は、あまり自分の心を見せないタイプ、もしくは隠すのが上手いタイプだから、理解するのがなかなか難しい。この間のこともあったけれども、一概(いちがい)にそうとも言いきれない。

誠斗の性格から考えると、誠斗は分けるところはしっかり分けそう。たとえば、この人は『女』として見て、この人は『先輩』で、この人『女友達』で——っていう感じで。

龍二に簡単に説明すると、笑いながら納得された。


「たしかに、ありそうだよなぁ…。誠斗の性格からして!」


1歩間違えれば冷たく思われがちだけど、まぁ、あの世話焼きな感じでプラスマイナス(ゼロ)だろう。

考えていると、突然龍二がそれにしてもさ、と言い出した。そして、コチラにズイ、と顔を向けてくる。


「飛鳥って…そのへんすげぇよな」


なんだよ?どの辺だよ?

思わず恥ずかしくて口をとがらせる。


「そういう…人を見ているところっていうの?なんていうんだ?そういうの?」


観察力(かんさつりょく)のことか?」


それぐらいだったら、べつに誠斗も持っていそうだけど…。むしろ、もっとすごいのはそれを上回る『洞察力(どうさつりょく)』っていうものだ。持っている人もいるらしいからなぁ。世の中は本当に恐ろしいよ。

龍二が、それそれ、と指を立てて喜ぶ。


「そういうのって、さ…やっぱり小説読んでいると身につくのか?」


目を輝かせコチラを見てくる。それは知らないが…どうだろう。たぶん、人にたいしての好奇心かなんかが、関係してくるんじゃあないか?どれくらい、人を見ているかどうか…みたいな。興味がなければ人を見る際、"人は人"、"自分は自分"みたいに区切ってしまうんじゃあないかな。あ、いや…誠斗は別だとしてだ。

(うな)って考え込んでいると、ふと龍二に肩を叩かれた。


「そういうの大事にしたほうがいいぜ。みんな、かならず取り柄(とりえ)っていうのはあるからな!」


いや、べつに自分自信に関しては悩んではいないけれども…。まぁ、でも——。


「ありがとう」


小さくつぶやく。しかし、聞こえなかったのか、龍二が腕時計を見て叫んだ。


「やっべぇ!もうこんな時間だ!早く行かねぇとオヤジに怒られる!」


あぁ、お店の手伝いか。

龍二のオヤジさんには何度か合ったことがある。髪はパンチパーマ。格好が魚屋みたいに白いねじりハチマキと、エプロンを腰に着けている。それにしてもあれは何ミリのロッドなんだろうか…。目の上にはなにかの傷痕(きずあと)などもあったりして、なんだか危ないにおいがする!でも、性格はすごく優しい。本当に暖かい人である。そして、いつも行った帰りに残ったパンを持たせてくれる。

誠斗のオヤジさんは、なにをやっている人なんだろうか。1度家に上がった時に見たことはあるが、座敷に座っているだけで、ものすごい迫力があった。見た目は誠斗そっくり。メガネをかけているところなんかも!話たことはないから性格はわからないけれども…(その時、あまりの怖さにあいさつ程度しか出来なかった)。たまに、誠斗が怖い時なんかは、雰囲気がオヤジさんそっくりな気がする。

龍二に名前を呼ばれハッとする。


「じゃあ…オレは先に帰るぜ!」


ぼくは、小さくうなずいた。こぎ出し、少し進んでからふり向き、手をふる龍二。ぼくもふり返す。背中を見守りながらひと息ついた途端(とたん)、龍二が自転車を止め、コチラに満面の笑みでふり返った。


「きちんと…家に帰れよ!」


ぼくは苦笑いしながらうなずいた。そして、先に行く龍二。きっと、彼はいろんなものを見てきたんだろうなぁ…。

表に出している笑顔の数だけ、裏には涙の数が多いんだろう…。

うん、ぼくも帰ろう。




途中、遠回りをして家に着いた。

玄関(げんかん)を開けると、母が高いヒールのくつを一生懸命()いている。

ぼくを見ると、ニッコリとほほ笑んだ。


「おかえり。夕飯は冷蔵庫の中にあるから。温めて食べてね」


ぼくは静かにうなずいた。

履き終わり立ち上がる母。そして、ぼくをギュッと抱きしめる。長い髪がぼくの鼻をくすぐる。

染めたことがないのに、自然な発色で茶色味(ちゃいろみ)がすこし入っている母の髪。ぼくは、小学生の時この長くて柔らかい髪が、大好きだったのを覚えている。なので、よく周りのお母さん達には、抱っこ(くせ)が抜けなくて困っている、と悩み話をしてたみたい。でも、今さらそんな理由でせがんでいたなんて言えない!


「いつもゴメンね…。今夜も遅くなるから」


今日はいつもとは(・・・・)違う香水のようだ。新作だろうか。

ぼくはそれ以上考えることを止めた。

母が身体から離れる。そして、玄関の戸を開けて出て行った。


「いってらっしゃい」


ぼくは乱暴(らんぼう)にくつを脱ぎ捨てる。リビングに向かい、テーブルにカバンを置いた。そして、冷蔵庫を開ける。そこには、惣菜(そうざい)と押し寿司が入っていた。どちらも、近くのスーパーで買ったやつのようだ。

母の手料理の記憶があまりない。でも、好きな料理は覚えている。手作りのハンバーグだ。おそらく、地元のスーパーの安い肉を使っているだろう。野菜だって、半額のものを買っていると思う。少し()げた味のするデミグラスソースだって——。それでも、あの時美味しく感じたんだ。そして、ご飯を何杯食べたか覚えられないくらい、おかわりをした記憶がある。あぁ、最後に食べたのはいつだったかなぁ…。

目的のウーロン茶を取り出しラッパ飲みをする。そして、飲み終わりペットボトルを冷蔵庫に戻した。——あぁ、何も食べたくはない。食欲が()かない。

ぼくはカバンを持ち直し2階へ向かった。2階にはぼくの部屋と父と母の寝室がある。しかし、今はぼくだけしかいないので、2階全体が暗い。

廊下(ろうか)の一番奥の、自分の部屋に入りカギをかける。大きくため息を吐いた。カバンを机の上に置き、ベッドにダイブする。

今日の出来事が走馬灯(そうまとう)のように流れ出す。——あぁ、綾部さんと少し話せた!本当に嬉しい!教室とはちがって、近くだとすごく可愛い!あぁ、早く明日にならないだろうか!早く会いたい!綾部さんと付き合ったらどんなに幸せか…。いろんな場所へデートに行って、帰り道公園で日が暮れるまで話したり…あ、あと学校の横の川辺で夕日を見るのも悪くないな!アソコは、夕方になると高校生のカップルがこぞって夕日を見に行く。いわば、ぼくからしたら憧れの中の憧れである!

ぼくはベッドから下り、カバンの中からスマートフォンと、読みかけの文庫本を取り出した。そういえば、彼女は持っているのだろうか。連絡先が知りたい。いや、でもたしか龍二のスマートフォンであのLINEグループを見たとき、綾部さんは入っていなかった。もしかして…持っていないのか?いやいや!そんなまさか!今の世の中、スマートフォンを持っていない人がいるのだろうか?あ、それか…もしかしてガラケー派か?

スマートフォンを持ちながら、またベッドにダイブする。

今日、あの子が見ていた花は…なんて名前なんだろうか。花は詳しくない。図書館で調べるか?いや、明日学校へ行って、1度誠斗あたりにきいた方が良いだろう。アイツは、頭がいいからな。まぁ、"百聞(ひゃくぶん)一見(いっけん)にしかず"、なんて言うがこれくらいは良いだろう。

スマホで『黄色い花 名前』なんて検索かけてもたくさん出てくる。これだから、こういう機械というものは嫌なんだよ!

スマホを枕元(まくらもと)に置き、文庫本を持ったその時——。1階から、ガチャリと玄関(げんかん)の戸が空いた音がした。


「ただいま」


部屋の掛け時計を見る。18時半——。

父は隣町の公務員(こうむいん)をしていて、いつも車でそこまで通っている。なので、終わりはだいたいいつも定時(ていじ)。たまに飲んで帰ってくる時もあるが!

そして、母のことに関しては察しが良いのか薄々(うすうす)は気付いているみたいだ。

下から声がする。


「お母さんはどうしたー?」


行くのが面倒臭くて、言いに行くのも面倒臭い。

ぼくは、布団の中にくるまり小さくつぶやいた。


「知らない」


そう、今ごろは知らない男と会って楽しんでいるんだろう。


あぁ、この家はなんて"色の無い世界"に(つつ)まれているんだ——。










——5時半。気がついたら眠っていた。準備するにはしては少し早いけれど…。とりあえず、シャワーを浴びてくるか。

ぼくは、ベッドから起き上がりアクビをした。そして、シワが寄ったブレザーをハンガーにかける。ズボンも脱ぎ同じくハンガーにかける。収納箱(しゅうのうばこ)からは、(たる)んでいる無地(むじ)のトランクスを引っ張り出した。

部屋を出て1階に向かう。しかし、リビングの前で足を止めた。——少し腹が空いたな。何か…食べるもの無いだろうか。

テーブルの上にトランクスを置き、冷蔵庫を開ける。惣菜(そうざい)はなく、何故か押し寿司は残っていた。ナマモノだからやめたほうがいいだろう。

冷蔵庫を閉め、戸棚(とだな)を開ける。すると、5つ入った手のひらサイズの、カスタードクリームパンが見つかった。丁度いい。これにしよう。

戸棚から取り出し、袋を乱暴に開け、1つ口の中に放りこむ。残りのクリームパンが入った袋をテーブルに置き、代わりにまたトランクスを持った。洗面所に向かう。胃はだいぶ小さくなってしまった。体重はいくつだろうか。

トランクスを脱衣(だつい)カゴの中に置き、洗濯機(せんたくき)のそばにある棚から体重計を取り出した。床に置くと自動的に電源がつく。そっと乗ってみる。体重は——。


「ご、52…キロ…」


思わず、つぶやいてしまった。あわててワイシャツをたくし上げる。肋骨(ろっこつ)が気持ち悪いくらいに浮き出ている。体重計から下り、ワイシャツとTシャツを床に勢いよく脱ぎ捨てた。洗面台の鏡をみて見る。そこには、見事なまでにやつれている自分の姿が写っていた。気持ち悪い…。

ふと、脳裏(のうり)に昨日の放課後のことがよぎる。——あの切ない綾部さんの表情。

自然と目尻(めじり)が熱くなる。


こんな身体で、ぼくは彼女を守れるのだろうか——。











部屋の掛け時計を見る。——6時半。もうそろそろ、部屋を出るか…。

家は遅くて、7時ちょっと過ぎに出れば学校には間に合う。けれど、なるべく家に居たくはない。だから、7時前にはいつも家を出ていた。朝ごはんは、コンビニで買って食べている。

1階に下りると父がリビングにいた。ソファーに座り、新聞を読んでいる。テーブルには、自分で()いたであろうホットコーヒーが置いてある。まもなく仕事に行くのだろう。母はまだ寝ているようだ。父はぼくに気が付きと、新聞をたたみ始めた。


「おはよう」


「おはよ…」


ぶっきらぼうに返す。


「コーヒー…飲んでいくか?」


首を横に振る。いらない。もう、学校に行く。

ふと、先ほどのクリームパンを思い出した。戸棚に向かう。開けると3個残っているクリームパンがあった。ついでに持っていくか…。

すると、それを見た父がブラックコーヒー飲みながら、ため息をこぼした。


「そんなものばかり食べていたら…大きくならないぞ」


そんなことはいまさらだ。どのみち、朝食らしいものなんて無い…。

クリームパンの袋を持つ。足早にリビングを出た。そして、玄関に向かうと、昨日母が履いて行ったヒールが散乱(さんらん)していた。どうやら、()って帰ってきたらしい。

ぼくはいつの間にか整頓(せいとん)されている、自分のくつを()いた。同時に母のくつをそっと()える。くつを見ていると、ふとあの金髪の蓮山さんが脳裏(のうり)によぎる。

女は何故あんなにも化粧をしたがるのか。何故、キレイでいたいと思うのか。何故、可愛く思われたいのか。とても、理解出来ない——。

ぼくは、何も言わず外へ出た。車庫(しゃこ)の端に止めてある自転車のカゴに、カバンを投げ入れる。そして、停めているセダン車に注意しながら、引っ張り出した。

でも、内面が良ければ、外見にも反映されるはず。心が汚れていれば、外見も汚くなる。

自転車に(またが)り、ぼくはペダルをこぎだしす。走りながら、1つクリームパンを頬張(ほおば)った。

しかし、もし大雑把(おおざっぱ)な性格であれば、化粧だって雑になる。「まぁ、こんなものでいいだろう」、「これくらいならばわからないだろう」などと。こだわる人であれば、化粧品のメーカーからこだわり、化粧の仕方も勉強し、誰かに教わったりもする。だから、いくら人が外ズラをよくしようとしても、結局中身から外側へと反映される。無意味に等しい。頑張ろうとする気持ちはわかるけれども…。わかる人はわかるだろう。

家の近くのコンビニに到着(とうちゃく)する。自転車を停め、自動ドアをくぐる。ついでに昼飯も見るか…。

菓子パンコーナーに向かう。昨日から、カスタードクリームパンばかり食べているから、さすがにさけたい。大好物ではあるんだけれども、さすがに飽きる。

よく見ると陳列(ちんれつ)している中に、ピーナッツクリームパンが置いてあった。そうだ、味を変えよう。今日のお昼はピーナッツクリームパンでいこう。手を伸ばしかけたその時——。


「こ、これはっ!」


思わず声を出してしまった。

なんと、その隣に新商品で『職人が作ったカスタードクリームパン』というものが出ているではないか!しかも、期間限定(きかんげんてい)である。値段もなかなか良い。これは…クリームパン好きとしては是非とも食べたい!よし、今日のお昼はこれも食べてみよう!あぁっと、朝ごはんは——家のカスタードクリームパンだけでいいか。

2つとも持つと、次は飲料コーナーに向かう。飲み物は決まっている。紛う方(まがうかた)なく牛乳だ。一番小さいサイズを2パック持ち、全て両腕(りょううで)で抱える。そして、レジに向かった。

並んでいると、同じ制服の男の子が息を切らしコンビニに入ってきた。ぼくより身長が高く、そして黒縁メガネが印象的な——誠斗(まさと)だ。しかし、なんだか様子がおかしい。学校も誠斗の家から、コッチの方を通って向かうと遠回りのはずだ。

誠斗は、店内をキョロキョロし誰かをさがし始める。そして、レジで並んでいるぼくを見つけると、すごい剣幕(けんまく)でコチラに向かってきた。おずおずと、挨拶をしようとしたその時、勢いよく両肩を掴まれた。誠斗のカバンが床に落ちる。他のお客さんも、何事かと言わんばかりにコチラを見てきた。


「蓮山が意識不明(いしきふめい)らしい」


突然の衝撃的(しょうげきてき)な一言。急な発言に頭がついていけない。


「え?」


思わず目を見開いた。誠斗の顔を穴が空くほど見つめる。


「一緒に廃駅(はいえき)に行った男、2人は行方不明(ゆくえふめい)…。蓮山は、その廃駅で倒れていたところを発見されたらしい!」


肩を掴んでいる手が(ふる)えている。誠斗の目は赤く充血していた。

ぼくの腕から新商品のクリームパンがこぼれ落ちる。レジからは、催促(さいそく)の声がするが、ぼくの耳には届かなかった。








「誰から聞いたんだ?」


コンビニを出てから、ずっと無言で歩いているぼくたち。自転車がカラカラと悲しく鳴る。せっかく買ったクリームパンも食べたいとは思わない。

しかし、さすがにそろそろどうにかしないと、と思いぼくから口を開いた。

焦燥(しょうそう)している誠斗がポツリポツリ、とつぶやく。


「さっき…麗華(れいか)からだ。いつも通り、一緒に学校行こうとしたんだけど…今回の事で、学校に呼ばれて、急いで行ったよ」


そうか…。だから、誠斗も今日は朝が早いのか。やっぱり、生徒会長は忙しいんだな。

誠斗がボンヤリと遠くを見つめる。


「最近の蓮山からは悪いウワサしか入ってこないんだ…。薬やイジメとか…」


薬って…薬物か!同じ歳だよな?高校3年…だよな?

誠斗の目はまるでどこを見ているのかわからない。


「販売に関与(かんよ)していたらしい」


ゴクリ、とつばを飲む。いったいどんな手口を使ったんだよ…。


「噂じゃあ一般の男をホテルに連れ込んで、寝る前に薬を飲ませたりとか…。事実かどうかは知らないけれどな」


誠斗の目が死んだ魚のような目をしている。

薬物は、依存性があるっていうからな…。タバコに含まれる、ニコチンなどとは、違う種類の依存性なんだろうか。しかも、そのタイミングで飲まされると、男も滋養強壮剤(じようきょうそうざい)かなんかだと思い込み飲む可能性が高くなる。

すると、ふと誠斗が(かわ)いた笑いをした。


「あの綾部さんって子…蓮山にイジメられていたそうだ」


「え?」


思わず足が止まる。誠斗は、なぜか少し(ねた)ましそうにコチラを見ていた。


「覚え…ないか?」


頭をフル回転させる。出てきた記憶は、図書室での出来事だった。だけど、これだけでは判断が難しい…。とりあえず、図書室で消えた事以外は話した。


「そうか…」


なにやら、考え込む誠斗。だが、今の状態で思考は動くのだろうか?まともな判断も覚束無(おぼつかな)いんじゃあないか?

隣で心配をしていると、誠斗が視線を上げる。


「もしかしたら…綾部さんって子も何か問題があるのかもしれないな」


思わず、耳を疑った。そして、目を見張る。


「蓮山だって…なんだかんだ言ってひたむきなところがあるし…。龍二に一途だから化粧もあんな——」


ぼくは、勢いよく自転車に(またが)った。そして、振り向きもせずこぎ出す。今日の誠斗はなんだかおかしい。

なぜか、また目尻が熱くなってきた。









以前の誠斗は、あんな事をいうやつじゃあなかった。龍二と同様に正義感があって、常に弱い人間の味方だった。仮に、本当に苛められていたとしたらだけど、前の誠斗だったら綾部さんの味方になるはず。でも、あれほど衰弱(すいじゃく)して悲しんでいるのを見るともしかしたら誠斗は——。

途中で、こぐのをやめ自転車を下りる。——がむしゃらだった。かなりこいだ。しかし、体力がないせいか、スピードを上げてこぐだけで、すぐに息が切れてしまう。手を見ると、何故か少し震えていた。

周りを見ると、住宅地にいる事に気が付く。ここは、いつもの登下校の道から少し離れたところにある。ここからだと川が近い。例の廃駅の後ろにある山から、ずっと伸びている川だ。学校の横を通っている。

とりあえず、意味もなく川辺に向かった。夕方はカップルが多いが、朝はただのジョギングする人や、高齢者の散歩コースなどとなっている。

ぼくは道路に自転車を停め、川辺の原っぱに座った。暖かい陽射しにつられ、思わず寝転ぶ。

なんだか、どっと疲れた。このまま、学校サボってしまいたい…。そして、ここでのんびりと小説を読みたい。

梅雨の生温い風が黒い前髪をなびいていく。ふと、顔を横に向けると枯れかかっているタンポポがあった。そういえば、綾部さんが見ていた花の名前は何ていうのだろう…。昨夜からずっと気になっている。

悩んでいると、お腹が豪快(ごうかい)に鳴った。そうだ、朝ごはん…まだ全部食べていないんだった。立ち上がり自転車のかごの中にある、カバンのチャックを開ける。目の前に現れるスマートフォン。(くせ)のようにホームボタンを押し、待ち受け画面をみると表示される時間は——。


「わ!もう7時40分?!」


まさか、あのコンビニ付近からこんなに時間がかかるとは!本当に猪突猛進(ちょとつもうしん)に走って来ちゃったんだなぁ…。とりあえず、今はダッシュで学校へ行くしかない。

クリームパンを口に頬張(ほおば)る。ちなみに、このまま走って学校に向かい、女の子とぶつかるような、王道少女漫画おうどうしょうじょまんがのシュチエーションはまず無いのでご安心を!現実は、家から学校まで距離があり、自転車でゼェゼェ言いながら走るという!

クリームパンを押し込むと、1つ深呼吸をし、ペダルを踏み込む。







学校の校庭が見えてきたころには、55分だった。まずい!あぁ…遅刻なんてしたことないんだけどなぁ。

舗装(ほそう)されていない校庭の横道を、勢いよく通り、校門前の道に出る。車道に注意し、走っていると、校門の前に人だかりが出来ているのに気付く。思わず数10メートル手前で、急ブレーキをかけてしまった。門の前にはたくさんの報道記者(ほうどうきしゃ)がいて、担任のいそ先生と生徒会役員の夏目会長がその人たちの侵入(しんにゅう)を止めていた。渋々(しぶしぶ)、ゆっくりと自転車を押しながら群衆(ぐんしゅう)に近づく。


「そろそろでしょうか?綾部雪(あやべゆき)さんという方は?!」


1人の中年の男性記者が(さけ)ぶ。彼女の名前を聞き思わず、足が止まる。細い腕で必死に止めるいそ先生。


「あー、もしかしたら…今日は休むかも知れませんねー」


「担任なのにそんなことも知らないんですか?!」


別の若い女性記者が、半分怒鳴(どな)りながら尋ねる。すると先生が目つきを凛々しくし、突然マイクを持っている女性記者の手を両手で包み込んだ。


「お美しいレディ…。力になれなくて申し訳ない」


こりゃあ、どっかの誰かに似ているな…。女性記者も少し引いているのにも関わらず、先生はさらに前のめりになる。


「しかし!ご安心を!今すぐご用意できる私の連絡先という、大切な…大切な情ほ——」


(あき)れながら見つめていたその時——なんと突然女性記者のマイクが、目の前で真っ二つになったではないか!女性記者が悲鳴をあげ、思わずマイクから手を放す。いそ先生も驚き、彼女の手を離す。マイクの頭の部分と、持ち手の部分が地面へと転がる。周りがどよめき、その壊れたマイクをカメラマンが映そうとする。——と思いきや、次は後方(こうほう)にいたカメラマンの大きなカメラが、ガシャリと音を立ててバラバラになった!そして、近くにいた音響(おんきょう)さんのマイクも壊れ、同時に他の記者たちの持っている機材も、次々と同じように壊れていく。

何が起こったのかわからず、若い記者は尻もちをついたり(おび)えたりしている。ベテランの記者たちは、すぐさまスマホを取り出し、どこか電話を掛けはじめていた。夏目先輩は、破片(はへん)が飛ばないよう顔を(おお)っていた。腕を下ろし、冷静に辺りを見渡している。さすが、生徒会長である。

ぼくは思わず息をのんだ。今、いったい目の前で何が起きたんだろうか…。とても、理解(りかい)出来ない。摩訶不思議(まかふしぎ)現象(げんしょう)か?

記者たちが騒いでいたかと思いきや、突然静まり返る。記者たちが、どこかを一点に見つめている。その視線の先にいたのは、白に近い灰色のフードを頭からかぶり、黒縁メガネをかけている——綾部さんだった!見た瞬間、思わず背中にゾクリ、悪寒(おかん)が走る。綾部さんは何故か息を切らし、うつむき立っている。表情は、前髪とフードに隠れよく見えないが…。

彼女は、リュックサックの持ち手を握りしめ、下唇(したくちびる)()んだ。突然門に向かって走り出す。そして、記者たちが呆然と立ち()くす中、彼女は校内へと入っていった。——まさか、今のは彼女の仕業(しわざ)か?もしかして…超能力者(ちょうのうりょくしゃ)か何かなのか?

ぼくも思わず記者たち同様(どうよう)に、彼女を見つめ立ち止まっていた。壊れた機材(きざい)が気になり、自転車を押しながら横目で(なが)めていく。

転がっているマイクを見ると、まるで"何かで切られたように"真っ二つになっていた。他の機材も、何かで切られたようなあともあったが、内側から(くず)れたような物もチラホラあった。

門をくぐり、校内に入ったその時。突然、後ろから誰かに肩を掴まれた。


「おい…遅刻だぞ?」


振り返ると、メガネを上げながら、満面の笑みを浮かべている夏目会長。


「はい…」


どうやら、誠斗の幼なじみというのは本当のようだ。









夏目会長の気迫(きはく)に、妙にグッタリしながら教室の戸をあける。

すると突然、女子の怒鳴り声が聞こえてきた。


「綾部ぇ!ふざけるなよ!」


「昨夜、アナタがなにかしたんじゃないの!」


名前を聞きあわてて顔を上げると、綾部さんの席の周りに2、3人の女子が囲っていた。あの女子たちは…よく蓮山さんと一緒につるんでいた子たちだ!綾部さんは椅子(いす)に座り、堪えているかのようにうつむいている。

ほかの生徒たちは息を飲んで見守ったり、止めに入るべきかどうか戸惑(とまど)っていいる。ここは…龍二の出番か!席の方をみると、ちょうど見かねて立ち上がるところだった。

ぼくも、向かおうと1歩踏み出したその時——。突然、勢いよく1人の男子が前に出てきた。その高身長の男子は群がっている女子を乱暴(らんぼう)に片手で突き飛ばした。飛ばされた1人の女子は、床に倒れこむ。一緒にいた女子があわててその子に駆けよる。そして、高身長の男は綾部さんの胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせた。


「おい、昨日…廃駅(はいえき)にいたのかよ?」


「「誠斗!」」


同時にぼくと龍二が(さけ)ぶ。龍二が急いで誠斗に()けより、ぼくも近くまでよる。

気にせず誠斗は、下を向いている綾部さんを問いつめる。


「知っているんだったら…言えよ!昨日…アイツの身になにが——」


「おい、誠斗!よせ!」


龍二が、誠斗と綾部さんを引きはがす。しかし、誠斗は龍二を退()かし、なおも胸ぐらをつかむ。


「どうせ……どうせ怖くて見ていただけだろ!助けられずに!」


「おい…いい加減にしろよ!」


誠斗の右ほほに、龍二の(こぶし)が勢いよくヒットする。同時に、女子たちから悲鳴(ひめい)が上がる。飛ばされる誠斗。ぶつかった、ほかの生徒の机や椅子が被害となった。

飛んだメガネをかけ直し、起き上がろうとしたその時。龍二が近よりそれを許さないかのように、胸ぐらを掴んだ。


「誠斗!なに人のせいにしてるんだよ!男だったらな …男だったら責める相手が違うだろうが!」


目を()く誠斗。龍二がそっと手を離す。その瞬間、誠斗は言葉の意味を理解したのか、大きくため息をついた。そして、小さくふくみ笑いをする。


「あいかわらず言い方が気障(きざ)ったいんだよ、龍二は…」


「おっ!少しはブラピに近づいたか?」


ニヤリ、と笑う龍二。机に手をつき、立ち上がりながら誠斗が鼻で笑う。


「顔が違い過ぎるだろ」


「オレの方がイケメン過ぎるか」


おめでたい頭だな、おい!周りのファンなどからは怒られそうだ。

内心ツッコミつつ、ほくそ笑む。いつもの誠斗に戻ったようだ。周りの生徒たちも一安心(ひとあんしん)している。その時、綾部さんの事を思い出す。あわてて席に顔を向けると、そこには誰もいなかった。——もしかしたら、居心地の悪さにどこか行ったのかもしれない。1人になりたいんだろうな…。

誠斗と龍二は早くも打ち解けていた。あぁ、なんていうか…龍二って本当にすごいな。ぼくなんて、さっき誠斗から逃げ出したのにさ…。

ふと、昨日の誠斗の言葉を思い出す。そうか、あの時の言葉はこういう意味だったのかもしれない。誠斗、安心しろ。ぼくからしたら2人が——。


「遠いよ」


ボヤいた言葉は誰の耳にも届かないだろう。


この時、紫のライトが静かに点灯した。




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