1 Advent
何もかもが死に絶え、凍り付いている。空は分厚く暗い雲で閉ざされていた。ただの雲ではない。
大気中に舞い上がった汚染された塵埃だ。太陽を拝める日が今世紀中に訪れる見込みはなかった。
その死の世界に、途轍もない光が投じられた。ものすごい後光を背に、巨人が降臨してきたのだ。
巨人はギガ・ジュール単位の熱をまき散らしつつ、空中に静止した。
重力など、端から無視したように浮かびながら、ゆっくりと死の世界を睥睨した。やがて、飽きたのか、巨人は身にまとった光を弱めた。
背中で途轍もない光を発して巨人に神性を与えていたプラズマ粒子磁束吸着式メイン・スラスターが出力を落としていく。
巨人は大地に迫った。
時折、脚部の姿勢制御スラスターのホワイト・メタル・ジェットが迸った。
神話時代のタイタンを彷彿とさせる巨人だが、立派なテクノロジーの産物であった。
光の中から無骨な装甲をまとった、巨人の本性が現れる。
いや、背中から飛行用バーニアを伸ばし、全身を溶発シールドと兵器ポッドで固めた姿は、巨人というより、人型巨大ロボに見えた。
高鞭性金属の皮膚と有機複合素材の腱とナノマシン流体の血液を持つ巨人。
人型決戦兵器GPAS。
身長二十メートルの巨人の動きに、重兵器特有の鈍重さは欠片もなかった。
胸部コクピットに潜むパイロットは脳梁インプラントを経由して、GPASの疑似ニューロン・ネットワークに精神を転移、アップロードすることで、この巨人を生身以上にやすやすと扱える。
有史以来発明された武器の中、疑いもなく最も洗練されたものである。
個人に扱える究極の戦闘兵器であった。
なお、二つの人格が同時に存在することは国際法で禁じられているため、コクピット内の生身の方は、仮死状態で保存されている。巨大ロボに移植されたパイロットの精神は、GPASの機動にのみ集中すればよかった。
軌道上から投下され、死の世界に降り立ったGPASの名は『ガオフー』。
トルーパー型ベーシック・フレームに多彩な改造とアップグレードを加えられている。
背中の兵器ラックから、バヨネットを突き出したマルチパーパス・コンバットライフルが突き出ている。
他にも全身に格闘専用アタッチメントや投擲兵器を装着していた。
奇襲を得意とする典型的アサルター式のギアとアドオンである。
それを駆るのは、傭兵ランクAに昇進したばかりのエイレット・チャンという新鋭GPAS乗りだった。
これまで、16回の公式戦争に出陣して、敵GPAS42機撃破の戦果。
『ガオフー』の肩甲にはキル・マークがびっしりと刻み込まれていた。
(索敵ソフト『ファータム・エクス・マキナ』完全起動。全センサーをサーチ&デストロイ・モードに設定)
『ガオフー』は降下しながら電子封鎖を解除した。マナーモードを破って、索敵レーダーを積極的に照射し始める。
GPASの頭部センサーより、緑色のスキャニング・レーザーが三次元的に広がり、華やかに情報を集めてくる。
マイクロセカンドと経たずに、特徴あるシグニチャーを拾うことができた。
巨人は小さく頷くと、姿勢制御スラスターを切った。
ずしん、と着地した。
その巨体に耐えられず、GPASの周囲のコンクリートが陥没する。
GPASは脚部サスペンションを効かせて揺らぎもしなかった。
巨人の放射熱の影響で、周囲のあらゆるものが、もうもうと湯気をたてた。
チャンは辺りを見回した。
GPASによって強化された知覚で、周囲の状況を把握する。
死の世界。熱核兵器に炙られて、溶けた高層ビル群。何万人もの人間を飲み込み、凍結標本にしてしまった氷河。
どのような波長の電磁波で視ても、油断ならない地だった。
もっとも、この世に油断できる地なんてないし、チャンも油断した事なんてなかった。
『ガオフー』はライフルを構えて、歩き出す。
信号機をへし折り、運転席に運転手の白骨を納めたままの乗用車を踏みつぶして廃墟を進む。
GPASの全ての関節に消音機構が組み込まれているため、古いSF映画のロボみたいに、特徴的な足音が響くこともない。
それでも、巨人が歩くと大地が震えて、廃墟に積もった雪が雪崩を起こした。
少し歩いたところで、『ガオフー』は海にぶちあたった。全てを飲み込むような黒い波が山のように盛り上がるや、岸壁にぶち当たって、怒声を轟き渡らせている。
今、チャンが立っているのは、かつて、国家間戦争のおりに手酷く破壊された海上プラットフォームのなれの果てなのだろう。
そこら中で、座礁した巨船が躯を晒していて、今なお放射性の小火を燻らせていた。
そんな死と滅びのただ中、その中央で、巨人がうずくまっていた。