雇用主の回想、そのいち。
佐野視点の一人称。
出会った頃の千夏は、この世の総てが敵だとでも云いたげな様子だった。
――今なら、それが丁度彼が両親を喪った頃なのだと判るが、当時の印象は「顔は綺麗でも愛想の欠片もないクソガキ」だった。
4年前の春、それは偶然だった。
本屋で綺麗としか云いようのない顔立ちの高校生が思い詰めた様子で就職情報誌を読んでいた。その背にあるのは流行りのテニスラケット。
テニスは金の掛かるスポーツだ。生活には不自由していないだろうに、その表情はバイトを探しているなどという気安いものではなくて、それが妙に気になった。
だから――
「仕事、探してんの?」
「!?」
声を掛けると、千夏は警戒心もあらわに「何コイツ?」という顔で俺を見た。
今になって思う。そりゃ初対面の人間にンなこと云われたら、まず最初にいかがわしい方面のお誘いだと思うだろうと。あの容姿だし、その手の誘いは多かっただろう。
俺が表情やテニスバッグからの推論を話すと、千夏は目を瞠り、「家にこれ以上負担を掛けたくない」とポツリと呟いた。
「だったらウチでバイトするか? 書類整理とか、表計算ソフトの入力とか……お前、パソコン使える?」
「え? そりゃまあ……弟程じゃないけど、人並みには……」
「?」
何故弟を引き合いに出すんだろうとそのときの俺は思った。弟君の知識には、随分助けて貰っている。
「使えるんだよな? なら話は早い。この後暇か? 暇なら説明するから一緒においで」
暫く逡巡した後、千夏は頷いた。
佐野を長兄より年嵩にしたいと考えると、長兄の今の年齢設定のままだと佐野と次兄の年齢差は11歳……どうしたものか。