いい男と次男坊。
自サイトより転載、加筆。
建物から一歩外へ出ると、途端に押し寄せてくる熱気。
夏特有の、肌に張り付くような湿っぽさに顔を顰めながら、鮎沢千夏は日陰を選んで歩き始めた。
名前の通り夏生まれの千夏だが、夏の暑さは大の苦手だ。
建物の影が途切れ、大学の正門までの長い坂道は情け容赦なく日差しに晒される。
生まれつき色素の薄い肌は、遥か高みからの直射日光と、坂の表面を覆うタイルからの照り返しに熱く痛む。
銅色の髪だけが、元気に日光を弾いて輝いていた。
「よ、お疲れ」
「佐野さん……」
正門脇に止められたスポーツカー。
ボンネットに腰を下ろした美丈夫が、薄い色のサングラス越しに千夏を見上げて微笑んだ。
「迎えに来たぜ。こっからバス停まで行くのもかったるいだろ、この時期のお前は」
乗れよ、と顎をしゃくって、自分は先に乗り込む。
千夏がついてくると確信しているその行動に、苦笑しながらナビシートに腰を下ろした。
「家、来るだろ?」
シートベルトを締めている千夏に、佐野が囁く。
「……仕事はいいんですか?」
「構わないさ。俺が居なくても業務に支障はないし、もし問題が発生すれば連絡も来るしな」
「やれやれ、こんな社長の下で働きたくはないな」
「心外だな。これでも敏腕社長で通っているんだぞ?」
するっと千夏の頬を撫でて、佐野は車を発進させた。
**
シャワーを浴びて戻ってくると、佐野は製図机で図面を引いていた。
真剣な面持ちに暫し見惚れ、筆記具を置いてひと息ついたのを機に声を掛けた。
「仕事?」
「ん? いや、これは趣味」
来い、と手招きされ、普段は近づかないようにしている仕事スペースへと足を踏み入れる。
広いワンルームだから壁などの明確な区切りもなく、佐野は気にしなくて良いと笑っているし、目指す道を進んでいる男の仕事ぶりを見せて貰うのは勉強になることもよく判っているのだが、甘えているようで嫌だ。そんな自分の姿勢を佐野が好ましく思ってくれていると知っているから、尚更。
「一戸建て?」
「ああ」
1階にキッチン・ダイニングと広いリビング、トイレ・バスルーム、2階に個室が数室。核家族用の間取りといったところか。躊躇いのない製図をする佐野にしては珍しく、細かい修正の後が幾つも見て取れる。
「なあ、リビングの壁を全面ガラスにしちまうのってどう思う?」
強度は考えないことにして、と問われ、千夏は細い顎に触れながら考える。
「んー……外から丸見え、というのは気にする人は気にするかな。カーテンも特注になるだろうし」
「お前が住むとしたら?」
「俺? 俺は外からの視線は別に気にならないけど、そうだな……掃除は絶対に面倒だと思う」
「掃除?」
佐野が目を丸くする。彼の頭には無かった発想のようだ。
「だってガラスが汚れてたら気になるだろ? なんか毎週末ガラス磨くことになりそうだ」
普通の一戸建てでも面倒なのに、と千夏はぼやく。
「あー、家帰ったら窓掃除しよう。考え始めたら気になって仕方なくなった」
「……お前、綺麗好きだったんだな」
今すぐにでも帰りそうな千夏を腕の中に閉じ込めて、佐野は溜息と共に呟くと、脳内で描きかけの図面の一案を没にした。
佐野の愛車は黒いFD。某走り屋漫画も大好きです。
兄3人は色々書き散らしてきたが、末弟に関しては何もないことに気がついた。
脳内に妄想はあれども、それを形にしてきていない。不思議なことに。
これくらいならギリギリセーフ、だろうか。>何がだ