感謝する三男坊。
部活の朝練。部員と肩を並べて発声練習をしながら、秋人は今こうしている幸せを感じていた。
(春兄のお蔭だもんな……)
彼ら兄弟の両親は秋人が中学生のときに他界した。幸い、保険金や預金をきちんと遺してくれていた為、普通に生活していく分には困らないだろうと思えた。……公立校に通っているならば。
秋人と千夏は私大の附属中・高に通っており、冬生も中学受験を目指していた。少しでも兄弟たちに進路選択の幅を広く残してやりたいと、孝春は大学を中退し、アルバイト感覚だったモデルを職業とした。
生き馬の目を抜くような厳しい世界だが、幸いなことに数年経つ今でも孝春は第一線を走り続けている。これもひとえに孝春の弛まぬ努力と、孝春のことを知り尽くしたマネージャーのお蔭だ。
孝春のマネージャーは彼をスカウトした張本人なのだが、彼曰く「素材はいいのに外側があまりにも残念すぎて、声を掛けずにいられなかった」そうだ。
当時の長兄の私服姿を思い浮かべてみる。確かに残念だ。
長兄の稼ぎと両親の残した預金で、弟たちは転校もせず、好きなように進路を選ぶことが出来た。
千夏はテニスという非常に金の掛かるスポーツの選手でもあるのだが、両親の死後辞めようとする彼を止めたのは孝春だった。少しでもその気持ちに報いたいと、より真剣に打ち込む千夏はめきめきと頭角を現し、世界を狙えるほどの選手に育ちつつある。
冬生は趣味で作ったゲームが話題となり、学業の傍らプログラマーとして活躍している。うっかりすると収入は家長である孝春を凌ぐ勢いだ。だが孝春はそれらをきっちりと管理し、無駄遣いなどさせず弟の将来の為に使うつもりでいる。
そして秋人も、エスカレーター式に高校へと進学し、こうして好きな部活に打ち込むことが出来ている。その幸せに比べたら、家事仕事を一手に引き受けることなど大した問題ではない。
秋人は知っている。長兄が夜遅くまで独学で学び続けていることを。本人は独立の準備だと笑って誤魔化すが、決してその為だけではない。
だから、家事は本当に苦ではないのだ。どんなに寝穢くても、ありとあらゆるセンスが皆無でも、孝春のことを心から尊敬しているのだから。
(サンキュ、春兄)
発声練習の度に長兄への感謝を捧げるのは、毎朝の習慣だ。
夕飯は何にするかと考えながら、秋人は腹の底から大きな声を出した。