鮎沢家の朝。
鮎沢秋人の朝は早い。
午前5時起床、家族4人分の朝食と弁当を作成することから始まる。
朝食は家族全員があまり重たいものを好まないのでコーヒーにトーストと目玉焼き程度、弁当のおかずは前日の夕飯のときに余計に作り置きしたもの、ご飯はタイマー設定した炊飯器が起床と同時に炊きあがりを告げているからそれほど苦ではない。
それより大仕事になるのは、6時に家族を起こして回ることだ。
「起きろーッ!」
某ゲームのようにおたまでフライパンを乱打しながら、2階の個室の前を練り歩く。
「ふぁ……おはよ、秋人」
いちばん寝起きの良い次兄・千夏が部屋から出てくる。階下のバスルームに向かう千夏に「はよ」と短く返して、末弟の部屋の前に立つ。おたまはフライパンを連打したままだ。
数分後、眼鏡にぼさぼさ頭の小柄な少年が姿を現す。眠そうな末弟・冬生の背を「顔を洗ってこい」と洗面所の方に押し遣ってから、秋人はひとつ深呼吸し、最難関の扉の前に向かった。フライパンを叩き続けたまま。
廊下の突き当たり、いちばん奥は長兄・孝春の部屋だ。
鮎沢家には各人の部屋には不測の事態以外立ち入らないというルールがある。だが秋人はおたまをエプロンのポケットに突っ込むと、躊躇いなくドアノブに手を掛けた。
朝に限って、孝春の部屋は不測の事態に相当するからだ。
遮光カーテンがしっかりと窓からの光を遮断して暗い室内。秋人は迷いなく窓に近づくと、カーテンを開け放った。間近から熊の唸り声。まったく意に介さずに、秋人はダブルベッドから掛け布団を引っぺがした。
奇抜な、としか云いようのない、寧ろ一体何処で売っていたんだという色柄の寝間着を纏う熊もとい孝春の耳元で、秋人はすうっと息を吸い込んだ。そして――
「起きろってんだこの愚兄がッ!」
部活で鍛えた肺活量をフル活用した大音量で叫び、叩き壊す勢いでフライパンを滅多打ちにした。
まだぼんやりしている孝春を洗面所に押し込むと、慣れたもので髪を整えた冬生が世話を焼き始める。それを確認して、秋人はおたまとフライパンを片付けると独り朝食を平らげ、部活の朝練に向かう為に家を出た。