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オレは舞う。たとえこの身が朽ち果てようとも  作者: 沙φ亜竜
第2章 オレに迫る赤い影
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-1-

「飛鳥ちゃ~ん、帰ろぉ~!」


 放課後を告げるチャイムが鳴り終わるのを待つことなく、眠人がオレの席まで寄ってくる。

 幼馴染みのオレと眠人は、登校時と同じように、下校時ももちろん一緒だ。

 朝は眠人の準備が遅いという理由で、今朝のようにオレだけ先に学校へ向かうことも少なくないのだが……。

 眠人は女の子と見まごう笑顔を振りまきながら、オレの手を取って立ち上がらせようとする。


「ちょっと待て。まだ帰る準備をしていない」

「えぇ~? 飛鳥ちゃん、遅いよぉ~。ぷんぷん」


 頬を膨らませて文句を言いながら怒る姿は、テレビでよく見かける、少々頭の足りなそうなバラエティー向きのアイドルみたいに思えなくもない。

 これで男なのだから、世の中不思議なものだ。

 こちらにちらちらと視線を向けている男子もいるようだが、おそらく、というか確実に眠人のことを見ているのだろう。


「眠人に遅いなどと言われたくはないがな。毎朝オレがどれだけ待たされてると思ってるんだ」

「待ってないじゃん……」

「……まぁ、そうだが」


 会話を続けながらも、帰る準備は進める。

 具体的には、教科書やノート類、筆記用具をカバンに詰め込む。


「飛鳥ちゃんって~、教科書とかノートとか、しっかり持ち帰るんだねぇ~。意外~」

「当たり前だろ? ……お前はオレのことをどう見てるんだ?」


 どうせ、がさつで男っぽいとでも言うのだろう。

 そう考えながら質問をぶつけてみたのだが。


「う~ん、お姫様……かなぁ~?」


 などと真顔で……いや、いつもどおりの明るい笑顔のままだったが、それでも至って真面目な口調でのたまう。

 いくら幼馴染みでとくに気にしているわけでもなく、しかも女の子にしか見えない容姿である眠人からとはいえ、こんなことを言われたら顔も赤くなるというものだ。


「なななな、なにを言っている!?」

「女の子は誰でもお姫様なんだよぉ~」(にこっ)


 こぼれんばかりの満面の笑み。

 そうだった。こいつはこういう奴だった。

 もっとも、とりあえずはオレのことを女の子扱いしてくれているのは確かなようなので、少々安堵する。


 と同時に、顔面パンチや脳天チョップ、もしくは回し蹴りなどを食らわせる理由ができず、残念でもあったわけだが。

 オレにとっては、眠人をどつくというのもごく当たり前の日常になっているからだ。

 しかし、その不満はすぐに解消されることとなる。


「……こう言っておけば、殴られないだろうからねぇ~」


 ドガッ!

 余分な言葉を続けた眠人に、みぞおちパンチ。

 一旦こぶしを引っ込めていたため、頭には届かなかったのだが。これはこれで充分に効果的だったらしい。


「ぷ……ぷぎぃ~……」


 おなかを押さえてうずくまる眠人を眺めながら、やっぱりこいつをどつくのは爽快だと再認識する。

 そんな眠人が追加でひと言。


「産まれるぅ~」

「産まれるか!」


 ドゴッ!

 今度はきっちりと、脳天チョップを炸裂させてやった。



 ☆☆☆☆☆



 こんなオレだが、少しばかり困りものな部分がある。


「ほんとは、手を握るんじゃなくて、胸をつかみながら歩きたいんだけどなぁ~」

「アホか! 人通りの多いこんな場所でそんなことしていたら、おかしな奴らだと思われるだろうが!」

「へぇ~、人通りが少ない場所だったらOKなんだねぇ~?」

「OKじゃない! くだらんことを言うと、どつき倒すぞ!」

「……優しく、ね……?」

「優しくどつき倒すって、どうするんだよ……」


 こんなふうに間の抜けた会話を繰り広げつつ、眠人に手を引かれながらいつもどおり下校する途中で、急激に具合が悪くなってきたのだ。


「ぐっ……」


 一瞬目の前が真っ白になり、ふらりと体が揺れた。

 倒れる。

 そう思った次の瞬間、眠人がすかさずオレを支えてくれた。


「大丈夫~?」

「……ん……ああ、大丈夫だ……」


 そう答えはしたものの、声に勢いがないのは自分でもわかった。

 オレは眠人に肩を借りる形で、どうにか自分の家までたどり着いた。


 玄関を開けるとお母さんが出迎えてくれ、オレの様子を見て大慌てする姿をその場に残しつつ、二階にある自分の部屋へと入る。

 そこまでずっと、眠人に肩を借りたままだった。

 幼馴染みである眠人がオレの部屋に入ることには、今さらなんの抵抗もない。


 眠人のほうも、勝手知ったる幼馴染みの部屋といった様子で、気にも留めていないようだ。

 オレをベッドに寝かせ、しっかり布団をかけてくれたあと、ひと息ついた眠人は座布団に腰を下ろす。


「アストラルシャドーとの戦いで、疲れたんだねぇ~」

「……ああ」


 眠人の言葉どおり、オレは戦いの影響で倒れかけた。


 アストラルシャドーは精神に多大な影響を与える存在。

 殴る蹴るなどして押し返す必要があるわけだが、そのときに接触してしまうのは避けられない。

 触れただけでも少なからず精神的な影響を受けてしまうため、このところ疲れが溜まっているのだ。


 しかも今日は、朝に続いて授業中にまで奴らは現れた。一日二回の戦いは、思った以上に気力と体力を消耗してしまうらしい。

 これまでにも何度かあったことではあるが、オレはそのたびにこうして倒れ、寝込んでしまう結果となっていた。

 そんな中でも皆勤賞を狙っていたことからわかるとおり、一晩寝ればすっかり元気にはなるのだが……。


 眠人が心配してくれたのは明らかだ。


 だからこそ、放課後はどんなことがあっても一緒に帰ろうとする。

 だからこそ、必ずオレの手を握り、いつ倒れかけても支えられるように気を遣ってくれている。

 ……本人は認めたりしないだろうが。


「眠人」

「……ん~?」

「ありがとな」


 体調が優れないからか、素直な感謝の言葉が口から飛び出す。

 普段から素直になれればいいのだが、それはオレには難しい。

 性格とは、簡単に変えられるものではないのだ。


「べつに、いつものことだよぉ~。それに、相手が飛鳥ちゃんとはいえ、女の子にべたべた抱きつくことができる状態だったんだから、役得だったとも言えるしねぇ~」


 余計なひと言が加わってはいたが、いつもどおりの軽口が返される。


「肩を貸すだけなんだから、抱きついていたわけじゃないだろうに」

「似たようなもんだよぉ~」(にこっ)


 眠人の笑顔は、どうやらオレの心を温めてくれる小さな太陽のごとき存在になっているようだった。



 ☆☆☆☆☆



「飛鳥ちゃん、大丈夫!? おかゆ作ったわよ! しっかり食べて早く元気になってね!」


 突然ガチャリとドアが引き開けられ、お母さんが部屋の中へと飛び込んできた。

 あまりの慌てぶりに、苦笑が浮かぶ。

 オレを心配しておかゆを準備してくれたのはありがたいが、かなりの量がこぼれてしまっていた。


 だいたい、時刻はまだ夕方。夕飯を食べるには早い時間だ。

 体調が悪くなったのは帰り際で、昼食のお弁当だってしっかりと食べてきたというのに。

 そんなこと、お母さんは知る由もないし、心配して作ってくれたおかゆを拒む理由など、ありはしないのだが。


 ちなみにオレも眠人も帰宅部なので、授業が終わればあとは家に帰るだけだ。

 オレは中学時代、体操部に所属していた。そのおかげで身軽に飛び跳ねながら戦える能力が培われた、とも言えるのだが。

 残念ながら今の高校に体操部はなく、他にやりたいこともなかったため、部活には入らなかった。


 うちのお母さんは専業主婦。ちょっと慌てん坊な部分はあるが、優しくて温かい人だ。

 そして、アストラルシャドーと戦う力は、このお母さんから受け継いだ。

 おっちょこちょいで少々天然気味なこの人が、アストラルシャドーとの戦いをこなしていたということには、かなり疑問を感じなくもないのだが。事実は事実だ。


 アストラルシャドーと戦うという役目は、親から第一子へと受け継がれる。

 第一子が生まれた瞬間から徐々に力の移行が始まり、十二歳前後で完全に世代交代が完了するのだとか。


 なぜ戦わねばならないのか、どうしてそんな力が代々宿っているのか、それは聞いていない。

 お母さんも知らなかったからだ。

 瞬間記憶欠如とも呼べる特殊技能を持つお母さんのことだから、単純に忘れてしまっただけという可能性も否定できないのだが……。


 なお、お父さんは普通のサラリーマンだ。オレはひとりっ子で、兄弟姉妹はいない。


「それじゃあ、お母さんは下にいるから、なにかあったらすぐに呼んでね! ゆっくり安静に休むのよ? おかゆは、眠人くんがふーふーして食べさせてあげてね! それからそれから……!」

「いいから、早く戻ってくれ」


 恥ずかしい。

 心配してくれているのはわかっていても、家族に対してはとくに素直になれないものだ。


「あっ、そうね! お母さんがいたら、お邪魔だものね! ……眠人くん、飛鳥ちゃんのこと、よろしくね?」

「はい、任せてください~」

「ふつつかな娘だけど、末永くお願いできるかしら」

「もちろんですよぉ~」(にこっ)


 なんと天然系な会話だろうか。

 呆れて頭を抱えながらも、その会話内容に、全身が熱くなってくるのを感じる。

 嵐のようなお母さんが去ったあと、不思議な静寂がオレの部屋を包み込んだ。


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