明るくて憂鬱な少女の襲来する朝
白く塗られた壁の飾り気の無い二階建てアパート。
壁と同じくドアにも特に飾りは無く、無骨なガスメーターが並ぶだけ。
彩りなど全く無く、ドアの隙間に乱雑に放りこまれた、よれよれのダイレクトメールが唯一の色といえば色だ。
外見の綺麗さを気にするより、現実的な家賃の問題の方が大切な種類の人間にとってこのアパートは理想的ですらある。
駅からは遠い、コンビにも近くに無い、部屋には一年通してほとんど日が入らない。
オートロックでもないし、立ってから20年は十分に経っている。
おまけに、廊下から各部屋のドアの部分にまで20cmほど段差があるから家具を運び入れるのも一苦労だ。
だが、東京の物件としては、破格といって良いほど安い。
住人の一人はこう言う。
”そりゃあさ、綺麗な場所に住むのもいいよ。でもさ、いくら綺麗な扉やキッチンがあった所で、
部屋が広くなったりしないよね。どうせ、誰かに見せびらかすわけじゃないんだ。
同じ広さなら安い方がいいに決まっている。”
そんなアパートの一階の一番奥。105号室から一人の住人が現れた。
年齢が20代中盤くらいの男性だ。
(こんなアパートの住人という時点で想像できるだろうが、服装については、全くに気を使っていないものだった。)
ゴムの伸びきった青と白のストライプ柄のパジャマと、ぼさぼさの髪、くたびれたサンダル。
寝起きのためか、目は半分閉じられたままで、足取りもふらふらだ。
背は、180ほどあるだろうが、いかにも覇気がない様子で、もそもそと動いているため、
背が高いというより、ぼけーっとした印象が先に来る。
彼は、手にしたゴミ袋をゴミ置き場のネットの中に入れると、自室へと戻った。
「ふぁ~。さて、今日も一日がんばるかぁ」
一人暮らしの朝食は質素なものである。
特にそれが男性であればなおさらだ。手間がすくなく、なおかつ旨く、安く。
という理由から、納豆ご飯や、卵かけご飯、ふりかけご飯というのが定番だ。
私もその内の一人なわけで、一週間の朝食のローテーションには必ず入る納豆ご飯を胃に収めていると、
ガチャッ
チャイムの音もしないのにドアの開く音がした。
しまった!!寝ぼけてゴミ捨ての後、ドアを施錠するのを忘れていた!
まずい。アイツが来た。失策だ!せめてドアの鍵が掛かってさえいれば、
扉の前でしばらく足止めできたというのにっ!・・・・・・・・・・・・。まぁ、足止めした所で結局入れることにはなるのだが。
「叔父さん。おはようございます!」
元気な声とともに現れたのは、完全な美少女だった。
紺のブレザー。赤いリボン。チェックのスカートは、きっちりと膝が隠れる長さに揃えられている。
肩にぎりぎり届く位のショートヘアーの黒髪で活発的な髪型でありながら、
一見して落ち着いた顔立ちであるから、見るものには活発さよりも可憐な印象を与える。
ちなみに私はまだパジャマ姿だったりする。
正直、そこら辺のアイドル並みの容姿を持つ彼女は、
彼女の発言から分かるように、私の姪であり、私の年の離れた兄の娘である。
そして、私の頭痛の種でもある。
「叔父さん?おはようといわれたら、おはようと返すものですよ。今日は・・・・・。いえ、今日も納豆ご飯なんですね。
そんなんだから叔父さんは、モテないし、貧乏なんですよ。」
開口一番で、人を蔑んでくる。くそっ、こいつが、まだ小さくて可愛かった頃の事をもう思い出せない。
いや、最初っからこんなやつだったか?
「・・・・おはよう。朝っぱらから、ずいぶんだな。かわいそうだから私が作ってあげる♪位言えないのか?」
「自分でかわいそうって言っちゃうなんて、かわいそうです。
私は食べるの専門ですから。でも、その納豆ご飯だけの食事は頼まれても嫌ですね。」
ナチュラルに毒舌を吐く奴だ。全く親の顔が見てみたい。といっても兄の顔なわけだが。
「で、今日はどうして来たんだ?これから学校だろ?」
彼女の方は勝手に冷蔵庫を漁りながら、
「ちぇっ、オレンジジュース無いじゃない。使えないなぁ。・・・うん?ああ、
モテなくて、貧乏で、ハゲの叔父さんがどうしてるかなって、気になったから来てあげたのです。」
「俺はハゲて無い!」
しまった、つい勢いで反論したら一人称が俺になっちゃったじゃないか!
「もうすぐハゲるわ。遺伝的にそうだし、お父さんそろそろ危ないんだから、叔父さんもすぐね。
でも、モテなくて、貧乏の方は否定しないのね。」
「まぁ、別に見栄張ってもしょうがないだろう?」
「そうね・・・。さすが叔父さん!所で話しは変わるけど、叔父さんは、すぐに開き直る男ってだめだと思わない?」
「話変わって無い!いいだろ潔くて。言い訳じみてること言うのも男らしく無いぞ!」
「あら、叔父さんが男らしくないのは、昔からだから今更気にする事無いのに。」
怒るな。怒るな!俺は大人で、相手は子供だ。そうだ、相手は子供だ!ただの高校生だ。
だから俺は全然イライラしていないとも!ああそうだとも!
私がこの姪っ子を頭痛の種にしている理由。それは、姪っ子のくせに私を見下してからかってくる事だった。
コタツの上の食器を片付け、コーヒーを入れてやると。
素直に、座布団の上に腰を下ろした。
黙ってコーヒーカップに口をつけている姿は、先ほどの台詞が嘘のように思えるほど、お淑やかに見えてずるい。
「それで、本当のところ今日はどうしたんだ?元気ない感じだが。」
いつもなら、インスタントコーヒーの味に一言難癖つけるのだが今日はそれが無かった。
勝手に押しかけられているのだが、頻繁に顔を合わせる仲だから普段と違うところにもすぐ気が付く。
「うーん。今日は鍵が掛かって無かったから、家の前でDV男に追い出された彼女のマネもできなかったしなぁと思って」
「そんな外聞の悪い演技なんてするなよ!っていうか、今までそんな事やってたのか?!」
「冗談ですよ。合鍵あるから、そんな事しなくても入れるし。」
というか、合鍵あったのか。いや、そもそも私は合鍵を渡した覚えは無いのだが・・・・。
深く考えたら負けなので、とりあえず鍵の問題は放っておいて追求してみる。
「それで?学校行くならそんなに時間無いんだろ?」
「そうですね。意外と時間無いですので、はっきり言っちゃいますと。昨日お父さんの怒られたのです。
叔父さんの家に行き過ぎだって。」
急にしょんぼりした調子で、彼女は告げた。
そんな事は、・・・・・・あるのか?確かに良く来ているし、
普通の親戚の付き合いはそんなに、親密なものじゃ無いかも知れないが。
「年頃の女の子だから注意しろって話か?男の一人暮らしなんかは危険に思えるかも知れないけど。
親戚は親戚だからそう、警戒しなくてもいいと思うが。まぁ、意識は大事だけどな。」
「いえ、叔父さんで遊ぶのもいい加減にしなさいと。」
「そうだよ!いいかげんにしろ!俺と!ならともかく俺で!遊ぶなんて断じてゆるせん。」
こぶしを大きく振り上げる俺。
おぉ、たまにはいい教育してるじゃないか兄貴も。
そうだ、今度育毛剤でも送ってやろう。兄貴に効くなら俺にも効果あるだろうし、試してもらおう。
「ええ、叔父さんで遊ぶのは一日一時間までにしなさいって!
遊びすぎると、日常生活に悪影響が出るからって。叔父さんつい楽しいから何時間でも遊んじゃうのよね。」
なんて教育してるんだクソ兄貴!今確信した、こいつの口の悪さはお前が原因だ!
今度、育毛剤の中に除毛クリーム入れて送ってやる!!
「俺は、テレビゲームかよ。人で遊ぶなんて言っちゃいけません。いい加減にしなさい。
それはともかく、ここには来なくたっていいんだぞ。
いつまでも、兄に心配かけてる弟の身だけど、それなりに生活はしてるし、別に困っちゃいないからな。」
「本当ですか?私がエサやらなかったら、ひからびたりしません?」
「しません。立派な大人ですから。というか、エサとか言うな!
さあ、そういう事なら、ここに長居しちゃだめだろ。
学校も始まるんだしそろそろ出かけなさい。叔父さんも仕事の準備するから。」
二人分のコーヒーカップを流しまで持って行き、その場で洗う。
台所の時計に目をやる。まだ、思ったよりは余裕があるみたいだ。
「これからは週一回位叔父さんで遊びに来ますね。」
「まだ、言うか!」
「じゃあ、叔父さんと遊びに来ます。急がないといけないので行きますね。」
彼女は、慌てて立ち上がると。ぴょこんと頭を下げながら、告げると大慌てで玄関に向かう。
「おいおい、どうした?遊びに来るのはいいが、そんなに焦って。」
彼女は玄関の扉を開きながら、
「学校に遅れちゃいますから。叔父さんをだまそうと思って、台所の時計遅くしといたのすっかり、忘れてました。てへ☆」
なにー!?てへ☆じゃないだろっ!しゃれにならん!遅刻だ遅刻!
「あー、たぶん10分位ずらしただけだから大丈夫ですよ・・・・・・・私は。」
俺は、慌ててスーツに着替え始める。返事をする余裕も無い。ふざけんなっ!大慌てで準備をしているのを見ながら彼女は言った。
「あー、楽しい。これだからやめられないんですよね。それじゃあ、行ってきます!明日も遊びに来ますね♪叔父さんと!」
あの子がいると、明るく楽しいのはいい。ある意味で、一人暮らしの男の潤いではある。だがしかし、来るのを手放しで喜べない。
ネクタイを締めながら考えた。せめて見た目の1割位でいいから、お淑やかな性格にならないものかと。
fin