素麺坊主の大逆襲
前書き
山奥の古刹・冷麺寺れいめんじで繰り広げられる、修行僧の情熱と参拝客の欲望がぶつかり合う奇想天外な騒動の始まりです。
これは、風情あふれる伝統行事「流し素麺」が、一人の若き修行僧の怒りによって狂乱のアトラクションへと変貌を遂げる物語である。涼やかな竹樋を挟んで繰り広げられる人間と素麺の意地をかけた壮絶なバトル、そしてその裏に潜む住職の恐るべき野望の幕が、今静かに上がろうとしていた。
ある夏の昼下がり、山奥の古刹・冷麺寺れいめんじの境内には静かな緊張感が漂っていた。
原因は、寺の名物である「流し素麺」にあった。参拝客たちは竹樋の上流に陣取る住職に対し、日頃の鬱憤をぶつけるかのように容赦ない苦情を叩きつけていたのだ。
「住職! 素麺のスピードが遅いぞ! 腹が減って死にそうだ!」
「おい坊主! 一度に流す量が少ねえんだよ! もっとドカンと流せ!」
頭を丸めた若手修行僧・そうまは、厨房で茹で釜と格闘しながら唇を噛みしめていた。
(……言わせておけば好き勝手ばかり言いおって。素麺はな、茹で加減と冷水の締め、そして優雅に流れる風情を楽しむものなのだ! 貴様らに素麺の何が分かると言うのだ……!)
「もう我慢の限界だ。我ら素麺の真の恐ろしさ、その身に刻み込んでやる!」
そうまは修行僧の衣を脱ぎ捨てると、頭から冷水を浴び、冷やした麺つゆ入りの巨大バズーカ(竹製)を背負った。ここに、冷麺寺の歴史を揺るがす「素麺坊主」が覚醒したのである。
「いでよ! 秘密兵器『ハイパースープ・スラローム』!」
そうまが境内に設置されたメインの竹樋に巨大なレバーを取り付けると、竹樋の角度が一変し、まるでジェットコースターのような急勾配へと変化した。
「おい坊主、何をして——」
参拝客が困惑したその瞬間、そうまは特大の茹で上げ素麺を勢いよく解き放った。
ドバババババッ!!
「ぬわあああ! は、速すぎるー!?」
時速80キロで竹樋を駆け抜ける素麺の束! 箸で掴もうとした客の箸は音を立てて弾き飛ばされ、残像すら捉えられない。
「フハハハ! 捉えられるものなら捉えてみよ! 続いて第二波、『冷やし中華の乱』!」
そうまが仕掛けを引くと、なんと竹樋の途中から具材が乱入! 錦糸卵が手裏剣のように舞い、キュウリが弾丸のごとく飛び交い、紅生姜が参拝客の視野を奪う。
「甘い! 甘いぞ参拝客ども! 素麺を舐めるなー!」
そうまは背中のつゆバズーカを構えると、空中に飛び散る素麺に向けて絶妙なつゆのミストを噴射。境内に広がる鰹節と昆布の芳醇な香り。
「う、うまい……! 飛んでくるキュウリも素麺も、つゆが絡んでめちゃくちゃ美味いぞ!?」
「くっ……箸じゃ追いつかん! 口で直接キャッチするんだ!」
参拝客たちはいつしか苦情を忘れ、一心不乱に飛び交う素麺と具材を口で受け止め始めていた。境内はまるで、素麺と人類が織りなす狂乱のテーマパークと化していたのである。
すべての素麺を流し終えたそうまは、肩で息をしながら竹樋の脇にたたずんでいた。
境内には、満腹になって芝生の上に倒れ込む参拝客たちの満足げな顔があった。
「やり切った……これで素麺のありがたみが分かっただろう……」
そうまがフッと不敵な笑みを浮かべたその時、背後からぬっと影が伸びた。冷麺寺の住職である。
「そうまよ……見事な大逆襲であった」
「住職……お許しください。つい頭に血が上って……」
「いや、参拝客は大喜びだ。大成功と言ってよい。……ついてはだ」
住職はそうまの肩をがっしりと掴み、満面の笑みで言った。
「明日からは『ワンチャンわんこそば大合戦』を企画した。今度は1万杯の蕎麦をよろしく頼むぞ」
「……えっ」
素麺坊主の本当の闘いは、まだ始まったばかりであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
涼やかな風情を楽しむはずの流し素麺が、なぜか時速80キロで爆走するバトルアトラクションになってしまいました。参拝客の理不尽な苦情にキレた修行僧・そうまの意地と、それをちゃっかり商売に繋げる住職のしたたかさを楽しんでいただけたなら幸いです。
素麺の次は1万杯のわんこそばという試練がそうまを待ち受けていますが、彼の闘いはまだまだ続きそうです。
感想や評価などをいただけると、そうまの次なる修行の励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。




