そんな夜にはコンビニへ
キーボードのタイピング音が、静かな夜に溶け込んでいく。
「ちょっとテンポが悪いかな……」
暗い暖色の照明が陰絵を作り出す。
パソコンに向かう私の首元のヘッドホンからは、静かなハープの音が奏られた。
「……」
少し書いては消すことを繰り返し、何度か頭を掻きむしる。
もう1時間経つというのに、原稿用紙には1000字も書かれていなかった。
「どこが変なんだ……」
ある中学生が、異世界に飛ばされる物語。
何度書いても、その17行目が馴染まない。
妙に宙に浮いているようだった。
異世界に転生したら、彼はどう考えるのか、どんな感覚なのか。
周りには何が見えるのか、どんな音がするのか、どんな匂いがするのか。
全く分からない。
どんなに自分の目の前に世界があっても、自分がそこにいても。
描かれた世界は色を失い、キャラクターは生きていなかった。
私の文章には、ただぼんやりとした世界があるだけだった。
大きく伸びをして、息をついた。
やっぱ、才能ないな……
暗い暖色の照明がいつもより眩しかった。
やっぱり、もう書くのやめよっか。
学業だって、2年生になって大変なんだから……
ギュー……
空気を読まない音が自分でもはっきり聞こえた。
深夜1時半。晩御飯を食べてからはかなり経っている。
数秒間だけ、迷った。
けど、この欲望には勝てない。
「今日で辞めるから……」
部屋の扉をわずかに開けて、リビングへの扉が閉じていることを確認する。
忍足で玄関へと静かに進んでいく。
息を殺して、足がやや震えながら。
……
扉の鍵を開ける擦れ音が、家中に響くような爆音かのようだ。
それでも、ゆっくりと扉を開け切り、外の世界へと飛び出した。
家にいない間に、親が部屋に来たら終わる。
深夜の涼しい空気を噛み締めながら、私は隣のコンビニへと駆け出した。
こんな時間でも、コンビニは煌々と明るく、眩しいくらいだった。
入店音とともに、鳥を揚げた匂いを感じて、再び小さくお腹の音が鳴った
もはや顔見知りの店員が出迎え、雑誌を立ち読みするおじさんの後ろを通り、弁当コーナーへと向かう。
私はいつも通り、海苔弁当を……
一つだけ残っている弁当箱を手に入れようとした時、視界の隅で悪魔が囁いた。
ソース焼きそば……200円引き……
私は一度弁当を離し、その焼きそばの成分表示を見た。
「700kcal……」
女子高校生の一日の適性摂取量の3分の1……
「太るからやめなさい! 大人しく小さい弁当で我慢しなさい」
「海苔弁当を食おうとしてたならもはや一緒だ! この時間に食っちまえば一緒なんだよ」
自分の中の天使と、悪魔が殴り合い始める。
「あなた、昨日『明日からはダイエットだ……』って言ってたわよね! いしをつよくもちなさい」
天使が先制でジャブを打ち込む。
「おい、想像してみろよ。深夜に甘いソースで仕立てられた麺をじゅるじゅる啜って、炭酸ジュースで流し込む。罪悪感も相まって、これ以上の幸せは……」
……悪魔が言い終わるまでもなかった。
綺麗なカウンターが決まり、K.O勝ち。
……そんなの、我慢できるわけない……!
焼きそばとキンキンに冷えた炭酸ジュースをレジに持って行く。
支払いを済ませレンジで温める間にも、空腹は膨らみ続け、50秒の時間が何倍にも感じる。
早足で家に戻り、静かに扉を開けると運よく親は来ていないようだった。
プラスチックパックを開けると、私の体の中で甘いソースの香りが充満する。
割り箸を割って、手を合わせた。
「いただきます」
じゅるり。豪快に音を立てて、一口目を食べる。
「う……うまい……」
思わず声が漏れるほどだった。
甘いソースに絡んだ細麺は絶品で、時折挟まるやや多めの紅生姜がまた味を出していた。
こんな美味いものがあるとは……なんとも罪深い……
そして、第二の罪。炭酸ジュースを開けた。
プシュッと軽快な音が鳴り、部屋にある透明なグラスに注ぐと、泡が雲のように広がっていった。
これを豪快に一気飲み……
味の濃い焼きそばソースと正反対の爽やかなレモン風味の炭酸が、口の中に広がる。
「ぷはー……」
ビールを飲んだおじさんのような声を上げて、天を仰ぐ。
この姿を友達に見られたら、まず引かれると思う。
そんなことは知らない。
ただ、この幸福感の余韻に浸っていたい。
一度動き始めた手は止まることはなく、5分も経つころには大盛りのパックは空になっていた。
「ぷっはー……」
最後のいっぱいを飲み干し、パックの蓋を閉じて静かに手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
寝転がると、体は暖かい幸福感に包まれていた。
頭の中にさっきまでの負の感情は、嘘のように流れ去っていた。
そっか、そうだよね……
やっぱり……才能がなくても……
私は、私の世界を創りたい。
最初はそうだった。
これは、人が価値を決めるものじゃない、私の創造するセカイ。
パソコンに向き直り、再びタイピングを始める。
「……!」
これでどうだろ?
そのわずか一文で、文章がぐっと引き締まって、描写がたやすく想像できるようになった。
数度のスペースキーの後乾いたEnterキーの音が、真夜中の部屋に沈んだ。
深夜のコンビニ飯は太るので、ほどほどに……
習慣化した結果、リバウンドして3kg太りました。経験者は語る……
ただ、創作で行き詰まった時に、たまには夜のコンビニに行ってみては?
いつもと違う雰囲気の街で、夜風に吹かれて、気分転換になるかもしれないです




