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そんな夜にはコンビニへ

作者: 高瀬利糸
掲載日:2026/05/22

 キーボードのタイピング音が、静かな夜に溶け込んでいく。


「ちょっとテンポが悪いかな……」


 暗い暖色の照明が陰絵を作り出す。

 パソコンに向かう私の首元のヘッドホンからは、静かなハープの音が奏られた。


「……」


 少し書いては消すことを繰り返し、何度か頭を掻きむしる。

 もう1時間経つというのに、原稿用紙には1000字も書かれていなかった。


「どこが変なんだ……」


 ある中学生が、異世界に飛ばされる物語。


 何度書いても、その17行目が馴染まない。

 妙に宙に浮いているようだった。


 異世界に転生したら、彼はどう考えるのか、どんな感覚なのか。

 周りには何が見えるのか、どんな音がするのか、どんな匂いがするのか。


 全く分からない。


 どんなに自分の目の前に世界があっても、自分がそこにいても。

 描かれた世界は色を失い、キャラクターは生きていなかった。


 私の文章には、ただぼんやりとした世界があるだけだった。



 大きく伸びをして、息をついた。

 やっぱ、才能ないな……


 暗い暖色の照明がいつもより眩しかった。


 やっぱり、もう書くのやめよっか。

 学業だって、2年生になって大変なんだから……


 ギュー……

 空気を読まない音が自分でもはっきり聞こえた。

 深夜1時半。晩御飯を食べてからはかなり経っている。


 数秒間だけ、迷った。

 けど、この欲望には勝てない。


「今日で辞めるから……」


 部屋の扉をわずかに開けて、リビングへの扉が閉じていることを確認する。


 忍足で玄関へと静かに進んでいく。

 息を殺して、足がやや震えながら。


 ……


 扉の鍵を開ける擦れ音が、家中に響くような爆音かのようだ。

 それでも、ゆっくりと扉を開け切り、外の世界へと飛び出した。



 家にいない間に、親が部屋に来たら終わる。


 深夜の涼しい空気を噛み締めながら、私は隣のコンビニへと駆け出した。




 こんな時間でも、コンビニは煌々と明るく、眩しいくらいだった。


 入店音とともに、鳥を揚げた匂いを感じて、再び小さくお腹の音が鳴った


 もはや顔見知りの店員が出迎え、雑誌を立ち読みするおじさんの後ろを通り、弁当コーナーへと向かう。



 私はいつも通り、海苔弁当を……

 一つだけ残っている弁当箱を手に入れようとした時、視界の隅で悪魔が囁いた。


 ソース焼きそば……200円引き……


 私は一度弁当を離し、その焼きそばの成分表示を見た。


「700kcal……」

 女子高校生の一日の適性摂取量の3分の1……


「太るからやめなさい! 大人しく小さい弁当で我慢しなさい」

「海苔弁当を食おうとしてたならもはや一緒だ! この時間に食っちまえば一緒なんだよ」

 自分の中の天使と、悪魔が殴り合い始める。


「あなた、昨日『明日からはダイエットだ……』って言ってたわよね! いしをつよくもちなさい」

 天使が先制でジャブを打ち込む。


「おい、想像してみろよ。深夜に甘いソースで仕立てられた麺をじゅるじゅる啜って、炭酸ジュースで流し込む。罪悪感も相まって、これ以上の幸せは……」

 ……悪魔が言い終わるまでもなかった。

 綺麗なカウンターが決まり、K.O勝ち。


 ……そんなの、我慢できるわけない……!


 焼きそばとキンキンに冷えた炭酸ジュースをレジに持って行く。


 支払いを済ませレンジで温める間にも、空腹は膨らみ続け、50秒の時間が何倍にも感じる。



 早足で家に戻り、静かに扉を開けると運よく親は来ていないようだった。




 プラスチックパックを開けると、私の体の中で甘いソースの香りが充満する。

 割り箸を割って、手を合わせた。


「いただきます」


 じゅるり。豪快に音を立てて、一口目を食べる。


「う……うまい……」

 思わず声が漏れるほどだった。

 甘いソースに絡んだ細麺は絶品で、時折挟まるやや多めの紅生姜がまた味を出していた。


 こんな美味いものがあるとは……なんとも罪深い……


 そして、第二の罪。炭酸ジュースを開けた。

 プシュッと軽快な音が鳴り、部屋にある透明なグラスに注ぐと、泡が雲のように広がっていった。


 これを豪快に一気飲み……


 味の濃い焼きそばソースと正反対の爽やかなレモン風味の炭酸が、口の中に広がる。


「ぷはー……」

 ビールを飲んだおじさんのような声を上げて、天を仰ぐ。

 この姿を友達に見られたら、まず引かれると思う。


 そんなことは知らない。

 ただ、この幸福感の余韻に浸っていたい。


 一度動き始めた手は止まることはなく、5分も経つころには大盛りのパックは空になっていた。


「ぷっはー……」

 最後のいっぱいを飲み干し、パックの蓋を閉じて静かに手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


 寝転がると、体は暖かい幸福感に包まれていた。


 頭の中にさっきまでの負の感情は、嘘のように流れ去っていた。


 そっか、そうだよね……

 やっぱり……才能がなくても……


 私は、私の世界を創りたい。


 最初はそうだった。

 これは、人が価値を決めるものじゃない、私の創造するセカイ。



 パソコンに向き直り、再びタイピングを始める。


「……!」

 これでどうだろ?

 そのわずか一文で、文章がぐっと引き締まって、描写がたやすく想像できるようになった。


 数度のスペースキーの後乾いたEnterキーの音が、真夜中の部屋に沈んだ。


深夜のコンビニ飯は太るので、ほどほどに……

習慣化した結果、リバウンドして3kg太りました。経験者は語る……


ただ、創作で行き詰まった時に、たまには夜のコンビニに行ってみては?

いつもと違う雰囲気の街で、夜風に吹かれて、気分転換になるかもしれないです


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