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第四章 見つかったもの

 アンジェリカの依頼への手がかりは、あまりにも容易に辿り着いた。それが罠である可能性を、オルランドは最初に考えた。だがアンジェリカは、何も言わずその記録を見つめ続けていた。移送符号。削除された登録名。残された古い識別番号。

「……ここです。行きましょう。」

 静かな声だった。けれど、拒絶も迷いもない。オルランドは短く頷いた。止める理由を、持っていなかった。


 建物は都市の外縁、管理網から切り離された区域にあった。壁は崩れ、窓は封鎖され、放棄施設の外観を保っている。だが内部からは、微かな駆動音が漏れていた。───使われている。二人は言葉なく中へ入る。廊下には、乾いた薬品の層。引きずられた痕跡。消えきらない体温。奥へ進むほど、空気が重くなる。生きている何かが、そこにいる。


 最奥の部屋は、扉が壊れていた。開ける必要すらない。中の存在が、外へ滲み出していた。巨大な影。膨張した腕。裂けた皮膚。不規則に波打つ呼吸。それでも───顔の一部だけは、かろうじて人の形を残していた。アンジェリカの足が止まる。なにか見てはいけないものを見てしまったかのように、顔が絶望で固定される。

「……ルッジェーロ……。」

 名を呼んだ瞬間、影が震えた。その巨体はゆっくりと顔を上げ───濁った視線がオルランドを捉える。その瞬間。空気が変わった。


 咆哮。言葉ではない。痛みと怒りだけで出来た音。巨大な腕が、床を砕きながら振り下ろされる。

速い。オルランドは後方へ跳び、衝撃が足元を裂いた。攻撃は、最初から彼だけを狙っていた。アンジェリカが息を呑む。怪物の視線には、はっきりとした敵意があった。偶然ではない。───オルランドは、知っている。


 記憶が、遅れて浮かび上がる。数年前の依頼。違法研究者の処分。抵抗。発砲。死亡確認。その研究者の名を、オルランドは思い出す。

アグラマンテ。確か、ルッジェーロと言う弟がいたはずだ。

 胸の奥で、何かが静かに沈む。理解は早かった。この怪物は、実験の失敗だけで生まれたのではない。自分が生んだ。


 二撃目が来る。銃声。肉片が散る。だが止まらない。痛みすら、すでに意味を持たない体。怒りだけで動いている。三撃、四撃。距離が詰まる。このままでは───殺される。オルランドは理解する。それを受け入れてもいた。それでも。


 白い光が、二人の間に割り込んだ。アンジェリカだった。剣を構え、怪物の前に立つ。

「……やめて。」

 震えはない。だが声は、痛むほど静かだった。

「もう、終わりにしましょう。」

 怪物は止まらない。怒りは消えない。それでも彼女は、逃げなかった。


 オルランドは動けない。銃を持ったまま、ただ立っている。引き金を引く資格が、自分にあるのか分からなかった。これは───自分の罪だ。


 アンジェリカは、一歩だけ前へ出る。怪物の腕が振り上がる。その瞬間。光が落ちた。速くもなく、激しくもない。ただ静かに───終わりを与える一閃。時間が止まったように見えた。次の瞬間、巨体が崩れる。床を震わせ、ゆっくりと沈黙する。


 最後に残った顔は、怪物ではなかった。ほんのわずか、痛みから解放された人の表情だった。また、恨みを晴らせなかった人の顔でもあった。その顔は、視線は。


 静寂。アンジェリカの手から、力が抜ける。剣先がわずかに揺れ、やがて止まる。涙が落ちた。声はない。ただ静かに、止まらない。


 オルランドは、近づけなかった。謝罪の言葉は、何も救わないと知っている。そして、それを言ってしまったら。アンジェリカとの関係が壊れてしまうだろうということも。だからただ、そこに立ち尽くす。自分が奪った未来の前で。


 そのとき初めて、オルランドは理解する。いや、再び、思い出す。この世界は───取り返しがつかないことで出来ている。

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