第十四章 包囲
炎と煙が、夜空を赤く染めていた。破壊された研究施設の瓦礫が、まだ温かく、微かに煙を上げる。オルランドはその中に一人立っていた。アンジェリカから託された長剣は手にあり、血が滴り落ちている。倒れた者たちは五十人ほど。その命は、全て静かに途絶えた。四肢は分断、一切の情なしに。そして普段通りに、まだ別の研究所へ行こうとしていた。怪しい研究をするものを、全てこの世から消すために。
しかし───今回は、違った。地鳴りのような音がする。遠方に見える影から、数千の軍隊が、徐々に姿を現す。隊列は完璧。規律は無機質。殺意は明確。周囲を見渡せば、東西南北全ての方角からそれらが隊列をなしてやってくる。
包囲だ。オルランドが立っている空間全体を覆うように、人の壁が形成される。逃げ場はない。
オルランドは、視線を上げる。規模を把握した瞬間、その一角で、見覚えのある人物が先頭に立つのを見た。かつての友、アストルフォだった。彼の手には神槍───神話の時代、狂える神を貫き殺したと言われる───ロンゴミニアドが握られていた。それは彼の所有している武具の中で、最も殺しに特化していた。もう、オルランドは救えないとでも思ったのだろうか。決意に満ちる目には、涙が浮かんでいた。
「……来るな。」
オルランドは、低く呟く。怒りではない。警告でもない。ただ、状況の確認。四方八方から敵がやってくることを、言葉に表しただけ。
鎮圧部隊はただ前に進む。その背後には、国家鎮圧部隊、重装歩兵、特殊機動隊。数は幾万。これは、オルランドが世界万国共通の敵となったことを表していた。だが、オルランドは笑う。狂気に満ちた、静かな笑み。
「……来たか」
剣を構える。足取りは軽く、戦場を踏みしめる感覚はまるで楽しむようだ。これで更に研究をする人間を殺せる、とでも思っているのかもしれない。
全ての視線が、オルランドに向かって集まっている。静寂の後、風が吹く。瓦礫の上に、血と汗の匂いが混じる。
これから何が起きるか、誰も知らない。ただ確かなことは一つ。狂気は、包囲されても止まらない。むしろ、彼の全身を支配するだけであると。オルランドは、剣を振り上げた。そして、数千の影に、挑む準備をした。もうその剣に託された思いは面影すら残っていなかった。
オルランドを殺すための鎮圧部隊。その先頭に、アストルフォが立つ。かつての友情は、今や敵対の旗となる。戦いの幕は、今まさに開かれようとしていた。




