番外編Ⅳ
もう後ろを見てはくれない友。アストルフォは、最後になると知っている。その友との思い出を呼び覚ますのは。
あの夜は静かだった。風もなく、ただ草が、わずかに擦れる音だけがある。遠くで焚き火が揺れている。仲間たちは眠り、怪物たちの足音も、もう聞こえない。少年の頃、まだ若かった頃。失うこともなく、平穏に───いや、オルランドは違ったか。
アストルフォは、仰向けに寝転がっていた。空を見ている。星は多い。けれど───
「なんだか、寂しい空だね……。」
独り言のつもりだった。
「そう?」
すぐ隣から声が返る。アストルフォは、少しだけ笑った。
「起きてたんだ、オルランド。」
「眠れないだけだよ。」
短い返事。いつもの声。低くて、落ち着いていて、少しだけ不器用。しばらく、二人は何も言わない。ただ同じ空を見ていた。
「ねえ、オルランド。」
「なに?」
「君ってさ…」
言葉が、途中で止まる。少し迷って、それでも続けた。
「ずっと戦ってるよね。」
オルランドは、肉親がいなかった。昔捨てられていたところを、通りがかった老人が───今はオルランドの師匠だ───拾い、便利屋に育て上げた。
沈黙。否定も、肯定もない。
「怖くならないの。」
「何が?」
「終わっちゃうこと。」
オルランドは、すぐには答えなかった。星を見ている。まるで、そこに答えがあるみたいに。
「……終わっても、それでいいのかも。」
ようやく出た言葉は、とても静かだった。
アストルフォは、目を細める。
「それ、本当?」
「違う。」
「じゃあ、本当は?」
少しだけ間があって。
「……そうだね……わからないかも。」
アストルフォは笑う。無邪気に、けれど少しだけ安心した顔で。
「じゃあさ───」
身体を起こし、隣のオルランドを見る。
「もし君がさ、全部忘れちゃっても。何もかも終わらせちゃっても。」
オルランドは動かない。ただ、聞いている。
「僕が覚えてるよ。」
軽い調子で言った。冗談みたいに。けれど。その声は、子供同士の約束ではなかった。
「君が誰かとか、何を守ってたとか、何を好きだったとか。」
一つ一つ、確かめるように。
「全部、僕が覚えてる。」
夜は、何も答えない。星も、風も、焚き火も。それでも。
「……なら。」
オルランドは、ほんのわずかに目を閉じた。
「安心だ。」
たった一言。それだけだった。アストルフォは、少し驚いて、それから───とても嬉しそうに笑った。
「任せてよ。」
胸を張るように言う。
「僕、忘れないの得意だから。」
静かな夜。何も起きない、ただの休息の時間。
その約束は、確かにそこにあった。
誰も知らない。誰にも残らない。
けれど。
月だけが、二人を照らしていた。




