第十三章 断絶
街区は、静かだった。壊れきった建物。踏み固められた血痕。誰も戻ってこない場所。その中心に、オルランドは立っていた。そして、足音が、二つ。ゆっくりと。隠す気もなく。聞き覚えがある。
ブラダマンテとリナルドだった。剣は抜かれている。だが構えは低い。警戒しているのは、敵ではなく───友だったはずの存在。今も友だと願っている存在。
「……オルランド。」
リナルドが名を呼ぶ。声は、震えていない。だが確実に、何かを押し殺している。オルランドは、振り向いた。その動作に、感情はない。かつての優しさをカケラも持ち合わせていない、滲ませていない。その空白になった視線と目が合う。その瞬間、二人は理解してしまった。もう、こちらを見ていない。何も、見ていない。次の瞬間。オルランドの腕が動いた。躊躇は、ない。問いも、ない。呼びかけに応える時間すら、与えない。剣が、向けられた。
「───っ!」
ブラダマンテが即座に踏み込む。反射だ。元友に対して向ける刃としては、殺人を極める剣技だった。生きるための判断だった。刃がぶつかる。火花が散る。重い衝撃が、空気を震わせる。鎬を削り合うような激しさ。強い。理解していた。それでも───想定を超えている。
打ち合わせ通りとまではいかないにしても、慣れた動きに則ってリナルドが横から斬り込む。連携は完璧だった。かつて、何度も背中を預けた動き。だが。
オルランドは、その両方を同時に処理した。一歩。ただ一歩、位置をずらすだけで。その速さは、人間を辞めていた。剣が走る。防御でも、反撃でもない。切断。リナルドの脇腹が裂ける。血が噴き、体勢が崩れる。
「……っく……!」
声にならない音。それでも、剣を落とさない。落としたら死ぬ。そして、友にこれ以上無意味な殺人をさせたくない。
「……目を覚ませ……!」
リナルドが叫ぶ。意味がないと分かっていても、言わずにいられなかった。返事は、ない。オルランドの表情は、最初から変わらない。怒りも、憎しみも、苦しみすらない。
空白。
ブラダマンテが踏み込む。最後まで、彼を止めるつもりだった。殺すためではない。正気を取り戻してくれれば、それでよかった。だが。
剣が、交差する。一瞬。次の瞬間。ブラダマンテの剣が、宙を舞った。腕ごと、切り落とされていた。膝が落ちる。それでも彼女は、オルランドを見上げる。
「……それでも……あなたは……」
言葉は、最後まで届かない。刃が、下りる。静かな音。ブラダマンテは倒れ、動かなくなった。リナルドが、それを見る。理解が、追いつく前に。オルランドが、こちらを向いた。逃げない。逃げる理由が、もうなかった。
「……畜生……」
それが、最後の言葉だった。一閃。音もなく、終わる。二人は、並んで倒れていた。オルランドは、その間を通り抜ける。足を止めることはない。振り返らない。血に濡れた剣を、拭うこともしない。彼らが誰だったのか。何を共有してきたのか。もう、区別されない。全ては過去の、振り返りたくもないあの日常の出来事。そこにいるのは、ただの障害。
そして。この瞬間。オルランドは、完全に───戻れなくなった。
───オルランドは、もはや狂っているのではない。狂気そのものになったのだ。




