番外編Ⅲ 残された者たち
訃報は、あまりにも簡潔だった。
一枚の紙。短い文章。事実だけが、感情を伴わずに並んでいる。
アンジェリカ死亡。
街区壊滅。
決戦兵器、破壊済み。
───以上。
ブラダマンテは、しばらく紙を見つめていた。読み終えているはずなのに、視線だけが動かない。理解を、心が拒んでいた。
「……嘘だろう」
呟いたのはリナルドだった。だが否定の強さはなく、ただ願いのように弱い声だった。返事はない。紙は沈黙したまま、何も変わらない。思い出されるのは、小さな結婚式の日。不器用に笑う男。静かに微笑む花嫁。あまりにも穏やかな光景が、現実から切り離された夢のように遠い。
重い沈黙の中───扉が叩かれた。規則的で、感情のない音。届けられたのは、もう一枚の紙だった。
今度は訃報ではない。
依頼書だった。リナルドがそれを開き、眉をひそめる。
「……なんだ、これ」
紙にはこう記されていた。
ドゥリンダーナを所持する男の討伐を依頼する。
当該人物は複数の研究者殺害事件に関与。
極めて危険。速やかな排除を望む。
部屋の空気が、止まった。
ブラダマンテが静かに紙を受け取る。一行ずつ、確かめるように読む。その表情は変わらない。だが───
指先だけが、わずかに強く紙を押していた。
「……偶然、とは思えないな。」
小さな声。リナルドが顔を上げる。
「アンジェリカの剣だぞ……そんなやつ、他にいるか?」
答えは、出ない。出したくなかった。沈黙のあと、リナルドは乱暴に息を吐いた。
「……でもよ。」
声は低い。
「あいつが、とてもそんなことをするとは………。」
依頼書には、さらに資料が添えられていた。被害報告。現場記録。証言の断片。そこに書かれていたのは───
逃げる研究者を斬った男。
命乞いを聞かなかった剣士。
理由もなく現れ、静かに去る影。
どの記述にも共通していた。
生気のない顔。
長い剣。
名乗らない来訪者。
リナルドが、紙を握りしめる。
「……なんだよ、これ。」
怒りではない。困惑でもない。もっと形のない、嫌な感覚だった。ブラダマンテは目を閉じる。考えているのは、一つだけ。もし───これが本当なら。
「……確かめる必要がある」
静かな声。リナルドが反応する。
「会いに行くのか」
ブラダマンテは頷いた。
「鎮圧じゃない」
「まず───本当に彼なのかを知る」
もし違うなら、それでいい。もし本当なら───
その先は、まだ言葉にしない。リナルドは長く黙り、やがて小さく笑った。力のない笑いだった。
「……面倒なことになったな。」
ブラダマンテは答えない。ただ静かに、剣を取る。夜は深い。だがそのどこかで、今も誰かが怯えている。二人は歩き出す。討伐のためではない。
真実を───
確かめるために。
その先に何があるのか、まだ誰も知らなかった。




