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第十一章 来訪者

 最初の犠牲者は、名も知られていない研究者だった。違法区域の外れ。半ば放棄された建物の地下で、彼は一人、記録をまとめていた。危険な研究ではない。少なくとも、本人はそう信じていた。壊れた装置の残骸を調べ、二度と同じ事故が起きないよう、原因を探るだけの───地味で、報われない仕事。家には、帰りを待つ家族がいる。幼い子どもは、最近やっと文字を覚えたばかりだった。だから今日も、少しでも早く終わらせようと、彼は机に向かっていた。扉が、開いた。音は小さい。ノックもない。ただ、そこに立っていた。男が一人。血に汚れた外套。手には、長い剣。そして何より───目が、何も見ていなかった。

「……あの、ここは立入禁止で───」

 最後まで言えなかった。一瞬だった。何が起きたのか、理解する時間もない。視界が回り、床が近づき、冷たさだけが残る。研究者は死んだ。理由も知らないまま。名を呼ばれることもなく。それが、始まりだった。

 次の日。別の場所で、別の研究者が死んだ。その次の日も。やがて噂が広がる。剣を持った男が来る。どこからともなく現れる。何も言わずに殺す。逃げた者もいた。研究を捨てた者もいた。罪を悔やみ、泣いた者もいた。だが。関係なかった。

 男は、区別しない。違法かどうか。罪があるかどうか。誰を救おうとしていたか。何一つ、見ていない。ただ。殺す。ある研究者は、命乞いをした。

「娘がいるんだ」

「もうやめる」

「何でもする」

 男は、聞いていなかった。ある研究者は、逃げずに立った。

「私がやった」

「他は関係ない」

「私だけを───」

 言葉の途中で、血が噴いた。誰にも、理由は分からない。ただ一つだけ、共通していた。男の顔。怒っていない。悲しんでもいない。憎んでもいない。何もない。それが、いちばん恐ろしかった。人は、怒りから逃げられる。憎しみからも、まだ祈れる。だが。

 空っぽの殺意からは、どこにも逃げ場がない。いつしか人々は、男の名を口にしなくなった。呼べば来る気がしたから。それでも。噂だけは残る。血に塗れた長剣を持つ男。生気のない目。音もなく現れる影。そして。誰かが、震える声で言った。

「……あれは、もう人間じゃない」

 その夜もまた、どこかで一人。理由もなく、命が途切れた。止める者は、いない。止められる者も、いなかった。

 かつて誰より優しかった男は、今や誰よりも静かに───見境なく───

命を奪い続けている。

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