第七章 朝と夜の間で
朝は、思ったよりも早くやって来た。オルランドは目を覚ましたあと、しばらく動けずにいた。理由は単純で、隣に誰かがいるという事実に、まだ慣れていなかったからだ。アンジェリカは眠っていた。規則正しい呼吸。わずかに上下する肩。遠い国から来た放浪者の面影はそこなく、ただの、眠そうな顔をした一人の女性だった。───起こさないように。そう思った瞬間、彼女が目を開けた。
「……おはよう、オルランド。」
それだけで、胸が詰まる。名前を呼ばれるたびに、これは夢じゃないと突きつけられる。
「お、おはよう。」
声が少し裏返った。アンジェリカはそれを聞いて、くすっと笑った。
「緊張してる?」
「……してない、とは言えないなぁ。」
便利屋として、どんな裏取引でも、違法区域でも、感情を表に出さずに対処してきた男が、朝の挨拶ひとつで動揺している。それが可笑しくて、それが嬉しくて、アンジェリカは布団の中からそっと彼の手を取った。
「大丈夫よ。私もだから。」
その言葉で、少しだけ肩の力が抜けた。
朝食は失敗した。正確には、オルランドが失敗した。栄養効率だけを考えて買い溜めしていた保存食を、「夫婦の朝食」という概念をすっかり忘れて並べてしまったのだ。アンジェリカは皿を見て、数秒沈黙したあと、
「……これは、作戦行動用?」
と真剣な顔で聞いた。
「い、いや、その……癖だ……」
「ふふ。じゃあ今日は訓練日ってことにしましょう。」
そう言って、彼女は文句ひとつ言わずに食べた。むしろ楽しそうに。その後、二人で市場に行き、「普通の食材」を買い直すことになるのだが、オルランドは終始、落ち着かなかった。隣を歩く距離。袖が触れる感覚。買い物袋を持つ手が、いつの間にか重なっていること。全部が新しくて、全部がくすぐったい。
仕事は減らさなかった。便利屋を辞めるつもりはなかったし、アンジェリカもそれを望まなかった。
「あなたがあなたでいられる場所でしょ?」
その言葉に、オルランドは何も言い返せなかった。ただし、依頼の選び方は変わった。危険度の高いものは避け、違法研究絡みでも、単独潜入はしない。
「帰ってきてくれないと困るから。」
その一言が、どんな報酬よりも重かった。
夜になると、二人はよく話した。故郷の話。失ったものの話。これから、どんな小さな部屋に住みたいか、という話。聖剣ドゥリンダーナは、部屋の隅に立てかけられていた。戦いの象徴でありながら、今はただ、静かにそこにある。オルランドは、剣に目を向けてから、アンジェリカを見る。
「……怖くないか。」
「何が?」
「この世界が。俺が」
少しだけ、間があった。
「怖いわ。」
アンジェリカは、はっきり言った。
「でも、それ以上に───一緒にいたい。そして、貴方がいれば、怖くない。」
だから、ここにいる。それだけで十分だと、彼女は言った。オルランドは、その夜、初めて泣いた。声を殺して、誰にも見せないようにしてきた涙を、彼女の肩に預けた。アンジェリカは、何も言わずに背中を撫でていた。
幸せだった。驚くほど、静かで、脆くて、だからこそ、確かだった。世界は相変わらずギスギスしていて、奇妙な技術は増え続け、違法研究区域の報道も止まらない。それでも、この部屋の中だけは、朝と夜のあいだに、確かな温度があった。───この時間が、永遠でないことを、二人とも、どこかで知りながら。それでも、今日も一緒に眠る。




