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第六章 小さな祝福

 式は、驚くほど簡素なものになった。豪華な礼装も、大きな会場もない。第二区画外縁、使われなくなった小さな礼拝室。灯りは半分しか点かず、椅子もいくつか壊れている。それでも───ここより静かな場所を、神に祈れる場所をオルランドは知らなかった。


 招いた人は多くない。長い旅の途中で別れ、それでも縁だけは切れなかった者たち。最初に現れたのは、風のように軽い足取りの青年、アストルフォだった。

「いやあ、結婚式なんて久しぶりだ! しかも君が先とはね、オルランド。」

 場違いなほど明るい声。だがその無遠慮さが、今日だけはありがたかった。続いて、静かな鎧の音を響かせて入ってきたのは、ブラダマンテ。アンジェリカを見つめ、短く、しかし深く頷く。

「……良い顔をしている。あの枯れたオルランドにはいい相手だな。安心した。」

 その言葉に、アンジェリカは少しだけ照れた。最後に来たのは、重い気配をまとった剣士───リナルド。オルランドの前に立ち、しばらく何も言わなかった。やがて、低い声で告げる。

「……遅かったな。」

 責める響きではない。待っていた者の声だった。オルランドは、静かに頭を下げる。

「すみません」

「謝るな。生きてここにいるなら、それでいい」

 それだけで十分だった。


 式は、驚くほど早く始まった。司式者も、正式な資格を持つ者ではない。ただこの礼拝室を管理している年老いた記録係が、静かに言葉を読むだけ。誓いの言葉も、決められた形式ではない。アンジェリカは、少し考えてから言った。

「……今まであなたと過ごした時間は、短いかもしれません。それでも、なくしたものばかりだった私に、残してくれたものがあります。だから───これから先の時間を、あなたと生きたいです。」

 静かな声。けれど、誰より強い願い。


 オルランドの番が来る。胸の奥が、不思議なほど穏やかだった。かつて何人も殺し、多くを失い、戻れない場所まで来た自分が。それでも今、ここに立っている。

「……私は、正しい人間ではありません。これからも、間違えると思います。それでも───」

 一度、言葉が止まる。アンジェリカが、静かに見つめている。逃げ場はない。いや、逃げたくないんだ。だから、続けた。

「あなたを、守りたい。……共に生きたい。」

 それが、彼に言えるすべてだった。


 小さな拍手が起こる。誰も大きな声を出さない。この場所には、それくらいがちょうどよかった。指輪の代わりに、細い金属環を交換する。装飾も価値もない。ただ、外れにくいだけの輪。それで十分だった。外れない仲、外さない仲。


 式のあと。壊れた窓から、夕方の光が差し込む。五人は、粗末な卓を囲んで座った。酒は薄く、料理も少ない。だが会話は尽きなかった。アストルフォの笑い声。ブラダマンテの静かな相槌。リナルドの短い冗談。アンジェリカが笑う。その光景を見て、オルランドは思う。───これでいい。

 大きな未来はいらない。英雄の名もいらない。ただ、今日の続きがあればいい。それだけで。


 夜が更け、客人たちは帰っていく。最後に扉が閉まり、礼拝室に静けさが戻る。二人だけになる。アンジェリカが、小さく息をついた。

「……夢みたいです。」

「ああ。」

「明日も、同じ朝が来ますか?」

 オルランドは、すぐには答えなかった。この世界で、同じ明日を約束することは───嘘になる。それでも。

「……来る、いや、来させる。」

 静かに言った。初めて、願いとしての言葉を。


 灯りが消える。小さな礼拝室に、夜だけが残る。それは確かに、幸福な一日だった。

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