挿章 ───月明かりの約束・続
小指を絡めたまま、二人はしばらく笑っていた。夜風がそっと吹き抜ける。アンジェリカは、絡めた指をそのままに、少しだけ距離を詰めた。
「……オルランド。」
「なんだ?」
「今、とても幸せです。」
彼は視線を逸らす。
「顔に出てる。言わなくても良いよ。なんか恥ずかしい。」
「そんなにですか?」
「ああ、とってもわかりやすい。」
「あなたもですよ。」
その一言で、今度は彼が言葉に詰まる。アンジェリカは背伸びをした。距離が近い。月明かりの中で、彼の瞳が揺れているのが見える。
「……」
「……」
どちらも動かない。いや、動けない。オルランドは喉を鳴らした。
「アンジェリカ。」
「はい?」
「その……。」
言葉が続かない。アンジェリカは小さく微笑む。
「こういう時、どうするのが正しいのでしょう。」
「知らない。」
「知らないのですか?」
「経験がない。初めて。」
そのあまりに正直な告白に、アンジェリカは思わず吹き出した。
「ふふ……」
「笑うな。」
「ごめんなさい。でも、嬉しくて。」
彼女は、ほんの少しだけ勇気を出した。つま先立ちになる。彼の胸元に、指先をそっと置く。
「では……」
月明かりが、二人を包む。
「私から、よろしいですか?」
心臓が止まりそうだった。オルランドは、一瞬だけ目を見開き───そして、ゆっくり閉じる。それが、答えだった。アンジェリカはそっと顔を近づける。彼の吐息が触れる距離。一瞬、迷い。それでも、逃げない。柔らかな感触が、触れた。ほんの一瞬。けれど、確かに。時間が止まったようだった。離れた瞬間、アンジェリカの頬は真っ赤で、オルランドは完全に固まっていた。
「……」
「……」
「今のは」
「はい」
「その」
「はい」
「……ずるい」
アンジェリカは目を丸くし、次の瞬間、くすっと笑った。
「では、ずるくないように」
今度は彼が、そっと彼女の頬に触れる。指先が震えている。
「逃げるなよ」
「逃げません」
ゆっくりと、今度は彼から。優しく、確かめるように。少し長く。月明かりの下で、二人の影が重なる。離れたあとも、互いの額が触れたままだった。
「……これで、対等だ」
「はい」
アンジェリカは目を細める。
「とても素敵でした」
「恥ずかしいことを言うな」
「本当のことです」
オルランドは深く息を吐いた。それでも、口元は隠しきれないほど緩んでいる。アンジェリカはそっと彼の腕に寄り添った。
「約束、覚えていますか?」
「ああ」
「どんな時も、あなたはあなたでいること」
「……努力する」
「努力、ですか?」
「完璧は無理だ。」
アンジェリカは小さく笑う。
「それで十分です」
月は静かに、二人を照らしていた。この瞬間だけは、戦いも、狂気も、剣も存在しない。ただ───好きな人の隣にいるという、奇跡のような夜。二人は、もう一度だけ、そっと唇を重ねた。
「ところで、貴方口調変えましたか?」
「まぁ、これから夫婦になるんだし、いつまでも他人行儀的なものは良くないって思って………。やめた方がいい?」
「いいえ全然そんなことないですから!ずっとそのままで!」
アンジェリカはさらに顔を赤くした。




