第8話:濁っている街、村も俺も
ガルドの門が見えた。
土の街道が石畳に変わる。
左右に畑があり、荷車が行き交う。
見張り台には衛兵、槍と弓を持っている。
そして、嫌な匂い。
金と欲の匂いだ。
「おお、でっけえ」
思わず声が出た。
城壁は石、門は鉄。
近世っぽいのに、ここだけガチだ。
領主ってやつ、金は持ってるな。
俺は歩く。行商人の顔で。
リュックは重い。
キチンと商品は持っている。
本命は収納の中。
まあ、関所では見せないけど。
門前に列がある、人間が多い。
獣人もいる。
耳と尻尾だけ、ケモ度は低め。
ここでは安全圏か。
……いや、安全じゃないな。
視線が刺さる、値踏みの視線だ。
「止まれ」
門番が手を上げた。
鎧は革で槍は鋼、良い装備だな。
顔は、眠そうで偉そうだが。
「目的は?」
「行商さ」
俺は胸を張る。
「外の品だ」
嘘じゃない。外の外だ。
門番は鼻で笑う。
「通行税だ」
「いくら?」
「銅で十五」
高くね?
相場がまだ分からん。
だから俺は軽口で返す。
「十五か。昨日なら泣いてたわ」
「泣け」
即答かよ、俺は肩をすくめる。
「まあ、中で稼ぐか」
門番の眉が動く。
俺は門番にこう言う。
「すまんすまん。これは手数料だ」
中から石鹸を一個。
掌に乗せる。
「これでどう?」
門番は一瞬、目を細めた。
「なんだそれ」
「匂いが落ちるし病気も減る
中で売るなら銅で10枚で売る」
門番は咳払い。
「銅十でいい」
下がるんだね。
俺は銅貨を出し門番は受け取る。
「次」
通れた。
俺は門をくぐる。
中は別の世界だ。
店がある、屋台がある。
酒の匂い、肉の匂い。
そして、人の熱。
「うわ、生きてるな」
村より音が多い。
誰かが怒鳴る、誰かが笑う。
俺はちょっと安心する。
怖い?いや違うな。
俺は今、確かに感情がある。
今日は朝七時に外にいた。
だから昨日の感情も引き継いだ。
昨日の嫌悪も薄いけど残ってる。
「よしよし」
俺は小さく頷く。
消えてない。俺は俺だ。
街の中心へ。
石造りの建物、役所っぽい。
広場に掲示板、字が読める。
言語理解、本当に神。
いや、神じゃないな。管理者はクソだ。
掲示板には税のこと、通行のこと。
治安のこと、そして罰のこと。
「罰金」「拘束」「労役」
言葉が硬くて強い。
つまり、搾り取る気満々だ。
俺は露店に近づく。
布屋、鍛冶屋、粉屋、香辛料。
塩が高い、針も高い。
だが石鹸は無い。
「商機しかねえ」
俺は笑った。
ただし、あまり目立つと死ぬな。
だから、今日は情報だけあればいい。
俺は酒場へ入る。
昼なのに薄暗い、客は多い。
獣人もいる、でも端だ。
人間が真ん中で椅子も真ん中。
分かりやすいな。
俺はカウンターへ。
「水ある?」
店主は渋い顔。
「酒飲め」
「じゃあ薄いやつ」
俺は銅貨を置く。
店主は受け取る。
薄いエールが来た。
一口飲む、酸っぱい。
「うーん、健康」
俺は顔をしかめる。
隣の席には兵っぽい男。
鎧の下の布がいい、こいつは金持ち。
だが顔は荒い、俺は話しかける。
「門の税、高くない?」
男は鼻で笑う。
「外の奴は払え」
「村から来た。大岩って知ってる?」
男の目が動く。
「税を逃げた村か」
やっぱりな。
「攻めない?」
「価値がない」
即答だ。
「放っとけば死ぬ」
これも即答。
俺は笑う。
「そりゃそうだ」
男はエールを飲む。
「領主は忙しいしな」
「忙しいって?」
「宴だよ」
俺は納得した。
「金持ちは暇だろ」
男が笑った。
「暇じゃない。稼がなきゃ」
稼ぐって、誰からだよ。
俺は聞く。
「税って誰が決めるの?」
「領主と代官」
「代官?」
「役所の犬だ」
犬か、なるほど。
俺は言う。
「犬の餌は?」
男は肩をすくめる。
「酒と女と金」
分かりやすいなあ、俺は頷く。
「会えるかい?」
男は俺を見る。
「お前、何者だ?」
「行商人だよ」
「行商が代官に何用だ」
俺はエールを回す。
「通行証が欲しいんだ」
「他の街も見たいしな」
これは本当。
俺は何処だろうが、
こっそり入って出るだけなら、
揺らぎを使って入れば問題ない。
だが、街で商売や長く滞在したいなら、
真面な通行証が必要だ。
男は指を鳴らす。
「噂ならある」
「聞かせてくれるかい?」
「金」
即答。はいはい。
俺は銅貨を一枚、机に置く。
男は笑う。
「足りねえ」
「欲張りだな」
「命の値段だ」
命の値段ね。
俺は収納から小さなガラス瓶。
香辛料の小分け、胡椒だ。
俺は机に置く。
「これでどう?」
男の目が光る。
「この瓶は…それにこの黒い物はもしや」
「その瓶も綺麗だろ?」
「これは本物か?」
「舐めてみてよ」
男は指先で触る。舐める。
目が見開く。
「っ……!」
「効くでしょ?、器の方もね」
男は咳払い。
「……裏通りだ」
「赤い旗の酒場、昼に行け」
「代官の手下がいる、話は通る」
なるほど。
「エサはいる?」
男は笑う。
「持ってけ」
俺は頷いた。
「ありがと、助かるよ」
「礼は?」
「上手く遇えたら、もう一瓶」
男は満足した、俺は席を立つ。
酒場を出ると空が明るい。
街を歩くと見えるものが多い。
乞食と孤児。
荷車の事故に怒鳴る兵。
そして首輪の獣人。
奴隷だ。
大岩村より数は多い、扱いも雑だ。
俺は、奴隷制度自体にそこまでの嫌悪はない。
地球でも近世まであり、食べていけない人間の
セイフティーネットでもある。
自分で売り込んだとか借金とか犯罪が理由で、
ラノベのように、絶対の反抗が出来ない制約が
あれば、戦車乗員などに考えてた位だ。
だが、獣人が奴隷となる理由を知った。
しかも同胞の手で奴隷にされるのを見た。
俺の胸が少しだけ重い。
だが俺は歩みを止めない。
嫌だな気になるな、その程度でいい。
今は情報が先だ。
赤い旗の酒場。
裏通りにあった、昼でも暗い。
中は静かだ。
カウンターに男がいる目が細い。
服はいいな。
でも手が汚い。金の汚れだ。
話は通るらしいので、真直ぐ俺は言う。
「通行証が欲しいんですがね」
男は俺を見る。
「どこの商会だ」
「あいにく無所属でして」
「舐めてんのか」
「まさか。それは無いですよ」
俺は胡椒の瓶を置く。
男の目が動く。
「……珍しいな」
「外の品でしてね」
男は瓶を取り、指で触る。舐める。
そして笑う。
「代官の名前を出せ」
「あいにくと知らないのですが?」
「じゃあ、いっそ出すな」
うん正解ですな。
男は紙を出し、それに印を押す。
「三日で出ろ、逆らうな」
俺は紙を受け取る。
「助かります」
男は指を鳴らす。
「次は銀だ」
欲深い。
俺は笑って返す。
「次は売れたらご挨拶に」
酒場を出る。
通行証は取れた、汚職も見えた。
この街は腐ってる。
でも、腐ってるのはここだけじゃない。
大岩村もガルドもどちらもだろ。
そして便利を喜んでる、俺も。
「まあいいか」
俺は口に出す、生きるのが先だ。
それに俺には店がある。
いざとなれば整う、朝七時で。
だから、安心して貯めて良い。
良い感情も、悪い感情もな。
俺は歩いて街門へ向かう。
今日は店に戻る。
明日はまた七時前に外に出る。
今日の感情を引き継いでいく。
ガルドに向かう前に、大岩村にも寄ろう。
あの子の手、あの小さな手。
それを思い出す。
少しだけ胸が温かい。
「よし、残ってるな」
俺は笑う。
七時に外なら俺は引き継げる。
感情は持てる、俺が選ぶ。
俺は門を抜けた。




