第69話:雪原の爆走、王城への「物理的」な訪問
ヴォルカニアの路地裏で『揺らぎ』を開き、俺たちは一度、亜空間(店)の中へ退避した。
さっきまで温泉で火照っていた体に、店のエアコンの冷気が心地いい……なんて言ってる場合じゃない。
これから向かうのは、北の国ノルデン。極寒の雪国だ。
「みんな、冬装備に着替えろよー」
「あと、酔い止め飲んどけ。今度は『揺らぎ』で直行じゃなくて、雪道のドライブになるからな」
「ええ。座標指定は完璧よ」
運転席に座ったフィリアが、コンソールを操作しながら答える。
「以前、アリスを救出した街道のポイント……国境付近の森ね」
「そこから王都までは距離があるけれど、このM113の足なら半日とかからないわ」
ガレージには、深緑色の鉄の箱――M113装甲兵員輸送車が鎮座している。
アルミ合金製の車体は、戦車よりは軽いが、それでも10トンを超える鉄塊だ。
雪道を爆走して王城の門をノックするには、最高の相棒だ。
「よし、全員乗ったな?」
「アリス、覚悟はいいか?」
後部座席で、アリスが防寒具に埋もれながら、力強く頷いた。
「はい! もう逃げも隠れもしませんわ!」
「私を亡き者にしようとした叔父様の敵……いえ、私の敵を討ちに行きます!」
「OK」
「じゃあ、ちょっと『OHANASI』しに行こうか」
俺は空間の裂け目を、かつての戦場――ノルデン国境の座標へ繋げた。
◇
ズウゥン……!!
ノルデン国境付近の森。
静寂に包まれた雪景色の中に、突如として空間が歪み、巨大な鉄の塊が吐き出された。
着地と同時に、M113のキャタピラが雪を噛む。
「寒っ!!」
「いきなりマイナス気温かよ!」
車内暖房を最大にしつつ、俺はフィリアに合図を送る。
「フィリア、進路は王都だ!」
「街道沿いの関所も検問も、全部無視して突っ切れ!」
「了解したわ!」
「全速前進!」
ヴォオオオオオン!!
ディーゼルエンジンが咆哮を上げる。
M113は雪煙を巻き上げながら、王都へ続く街道を猛スピードで走り出した。
道中、いくつかの関所があった。
普段なら通行証を見せ、賄賂を渡し、頭を下げる場所だ。
だが、今の俺たちにブレーキはない。
「止まれ! なんだその鉄の……」
「ひぃぃっ! 突っ込んでくるぞ!?」
衛兵たちが慌てて柵を閉じるが、12トンの質量には爪楊枝のようなものだ。
バキバキバキッ!!
M113は減速することなく木の柵を粉砕し、瓦礫を弾き飛ばして通過する。
「お邪魔しまーす!!」
ハッチから顔を出したサンが、楽しそうに手を振る。
もはや災害だ。
俺たちは止まらない。
王都までの道のりを、最短距離で、最高速度で駆け抜ける。
その「異常な接近」の報せは、俺たちが到着するよりも早く、王城をパニックに陥れていたはずだ。
◇
数時間後。
ノルデン王都。
警鐘が鳴り響く中、城門前にはバリケードが築かれ、騎士団が厳戒態勢を敷いていた。
「来るぞ! 国境を突破した『鉄の魔獣』だ!」
「総員、構え!」
地響きが近づいてくる。
遠くの雪原から、白い怪物が迫ってくる。
いや、白くない。
雪をまとった深緑色の装甲車が、ドリフトしながら王都の大通りを滑るように曲がってきた。
「フィリア、正面だ!」
「あの立派な門をノックしてやれ!」
「任せて! 物理演算、衝突角修正……」
「いけぇぇぇッ!!」
M113はトップスピードのまま、王城の正門へ突撃した。
ドガァァァァン!!
轟音。
厚さ10センチの鉄門が、飴細工のようにひしゃげ、蝶番から弾け飛んだ。
バリケードなど無意味。
騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
M113は瓦礫を踏み砕き、王城の中庭へと躍り出て、ドリフトターンを決めて急停止した。
キキキキッ……!
静寂。
雪の降る音だけが聞こえる。
何が出てくるのか。
騎士たちが剣を震わせながら見守る中、後部のハッチが「ガコン」と重々しい音を立てて開いた。
「……あー、酔った」
「フィリア、運転荒すぎ」
出てきたのは、ダウンジャケットを着てフラフラしている若者(俺)だった。
続いて、猫耳の少女、メイド、そして……。
「……え?」
「まさか……アリス様……?」
騎士の一人が、亡霊を見るような目で呟いた。
死んだはずのウィレム家の令嬢が、生きてそこに立っているのだから。
「き、貴様ら何者だ!」
「王城に土足で踏み込むなど、万死に値するぞ!」
豪華な鎧を着た男――おそらく第三騎士団長が、剣を抜いて怒鳴り散らす。
こいつか。
アリスの暗殺を指示した元凶は。
俺は拡声器を取り出し、スイッチを入れた。
『あー、テステス』
『えー、遠路はるばる、苦情を言いに来ましたよ』
俺のやる気のない声が、城中に響き渡る。
『俺はマツシタ・ブンペイ。しがない旅行者です』
『お宅の若い衆が、旅先まで押しかけてきて迷惑してるんですよ』
「ふざけるな! 殺せ! 全員斬り捨てろ!」
団長が叫ぶ。
だが、騎士たちが動く前に、俺の隣でシキが動いた。
ズドンッ!!
AA-12の一撃。
団長の足元の石畳が爆ぜる。
「ひぃっ!?」
『次はお前の股間だ』
『……話を、聞けよ?』
俺は声を低くした。
一瞬で、場の空気が凍りつく。
「王様、いるんでしょ?」
「出てきてくださいよ。大事な『商談』があるんです」
数分後。
バルコニーに、青ざめた顔の国王と、側近たちが現れた。
眼下の鉄の化け物と、一歩も引かない俺たちを見て、震えている。
「……何の用だ、無礼者」
「用なら、これですよ」
俺は、さっきの路地裏で捕まえた暗殺者のリーダーを、M113の中から引きずり出した。
長旅で車酔いし、ゲロまみれになって失神している男だ。
「こいつ、温泉街で俺の妻を襲いましてね」
「吐かせたら、お宅の第三騎士団長の命令だって言うんですよ」
騎士団長が顔面蒼白になる。
「で、そこのアリス・ウィレム」
「彼女は今、俺の妻『マツシタ・アリス』として暮らしてるんですが」
「死体でもいいから連れてこいって? 随分と物騒なストーカーですねえ」
俺は国王を睨みつけた。
「アリスはもう、ウィレム家の人間じゃない」
「今は、自由都市ガンディアの『マツシタ伯爵家』の人間だ」
「それを狙うってことは……ガンディアと戦争したいってことで、いいんですよね?」
「なっ……!?」
「伯爵……だと?」
国王が狼狽える。
ただの少女だと思っていたら、他国の有力貴族の妻になっていた。
しかも、その夫は「鉄の箱」で国境を突破してくるような危険人物。
「ご、誤解だ!」
「余は知らぬ! 騎士団が勝手にやったことだ!」
トカゲの尻尾切りか。予想通りだ。
「そうですか。じゃあ、騎士団長の独断ってことですね」
「なら、話は早い」
俺は指を鳴らした。
「レオナ、やれ」
「御意」
レオナが抜剣し、疾風のように騎士団長へ肉薄する。
団長が慌てて剣を構えるが、レオナの剣技は数段上だ。
一合。
団長の剣が宙を舞い、次の瞬間、切っ先が喉元に突きつけられていた。
「……王命に背き、他国の貴族を襲った大罪人」
「ここで処刑しても、文句はないな?」
「ま、待て! 私は……!」
俺は拡声器で遮った。
『王様。提案があります』
『この不始末、どう落とし前つけてくれます?』
『俺たちは平和に暮らしたいだけなんです』
『だから、条件を飲みませんか?』
「じょ、条件……?」
「一つ。第三騎士団の解体と、実行犯の処罰」
「二つ。アリスへの一切の干渉禁止」
「そして三つ目」
俺は、アリスの肩を抱いた。
「ウィレム領を守った『英雄』がいるでしょう?」
「アリスの叔父、ウィレム子爵代行です」
「彼は、姪の死(偽装)を悼みながらも、領地を懸命に治めている」
「今回の件、彼が内密に俺たちに教えてくれたんですよ」
「『王家の暴走を止めてくれ』ってね」
嘘八百だ。
でも、これで叔父さんは「王家の汚れ役を告発した正義の人」になる。
「そんな忠臣を、子爵のままにしておくのは惜しい」
「……分かりますよね?」
国王は、脂汗を流しながら頷いた。
拒否権などない。
断れば、目の前の鉄の箱が火を噴き、さらにガンディアとの外交問題に発展するのだから。
「……わ、分かった」
「ウィレム子爵を……伯爵に昇叙させる」
「そして、アリス殿への干渉は、永久に禁ずる」
「騎士団長は……即刻、更迭する!」
「交渉成立ですね」
俺はニッコリと笑った。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「あ、壊した門の修理代は、
慰謝料ってことで相殺しといてください」
俺たちはM113に戻り、ハッチを閉めた。
エンジンが再び唸りを上げる。
呆然とする騎士たちを残し、鉄の箱は悠々と方向転換した。
「……にゃはは! 王様の顔、傑作だったにゃ!」
車内でミケがお腹を抱えて笑っている。
「叔父様……これで、肩の荷が下りるといいのですけれど」
アリスが、少しだけ寂しそうに、でも晴れやかな顔で呟いた。
「大丈夫だよ」
「伯爵になれば、王家も簡単には手出しできない」
「これで、本当の意味で自由だ」
俺はフィリアに合図を送る。
「よし、帰ろう」
「温泉が待ってるぞ」
M113は、王城を背に雪原へと走り出した。
そして人目につかない場所まで移動すると、再び空間を歪ませて消滅した。
こうして、俺たちの「ちょっとした寄り道(国境越えドライブ)」は終了した。
往復半日。
雪道を爆走して、王城の門をぶち破って、一国の政治をひっくり返して帰ってきた。
さあ、今度こそバカンスの続きだ。
温泉まんじゅう、まだ売ってるかな?




