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事故死したので異世界に転移しますが、管理者のミスなのでアメリカの店ごと持っていくことにしました  作者: だい


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第66話:湯けむりの夜、二つの誓い

西の国、ヴォルカニア。

 国境を越え、俺たちが通されたのは、王都でも指折りの老舗旅館『湯守の宿』の離れだった。


 深夜。

 宴会も終わり、仲間たちがそれぞれの部屋へ引き上げた後。

 俺は一人、離れの縁側で夜風に当たっていた。


「……ブンペイ? こんなところで何してるの?」


 背後から、鈴を転がしたような声がした。

 振り返ると、そこには湯上がりのアリスが立っていた。

 藍色の浴衣姿。

 まだ湿り気を帯びた金色の髪が、月明かりを浴びて艶やかに光っている。

 火照った頬の赤さが、なんとも言えず色っぽい。


「いや、ちょっと酔い覚ましにな。

 アリスこそ、もう寝たんじゃなかったのか?」


「ううん。なんだか興奮して眠れなくて」


 彼女は俺の隣に座り、小さく身を寄せた。

 ふわりと、石鹸と硫黄の香りが鼻をくすぐる。


 ……今だ。

 俺は心臓が早鐘を打つのを感じながら、懐に忍ばせていた小箱を握りしめた。


「アリス。手、出してくれるか?」


「え? 手?」


 不思議そうに差し出された彼女の左手。

 俺はその指先をそっと取り、震える手で小箱を開けた。


 月光の下、現れたのはプラチナの台座に嵌め込まれた、深い青色のサファイア。

 周囲を小さなダイヤが取り囲む、アンティーク調のリングだ。

 『揺らぎ』の中にあった、かつての世界の逸品。


「……これ」


 アリスが息を呑む気配がした。

 俺は、彼女の薬指にゆっくりとそれを滑り込ませた。

 サイズはあつらえたようにぴったりだった。


「遅くなってごめん。

 『マツシタ伯爵夫人』なんて重い名前を背負わせちまった。

 でも、俺の隣にはお前がいてほしいんだ」


 俺は彼女の目を見て、精一杯の言葉を紡いだ。


「アリス。俺の妻になってくれ」


 アリスは自分の指と、俺の顔を交互に見て、やがて大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼした。


「……バカ」


 彼女は泣き笑いのような顔で、指輪を胸に抱きしめた。


「こんな綺麗な指輪……もったいないわよ。

 私なんか、家もなくて、ワガママで……」


「バーカ。それがいいんだよ。

 お前はお前らしくいてくれればいい」


「……うん。

 ありがとう、ブンペイ。

 私、一生大事にする。……死んでも離さないから」


 彼女は俺の胸に飛び込んできた。

 俺はその華奢な体を抱きしめ、濡れた髪に口づけを落とした。


 言葉はいらなかった。

 俺たちはそのまま部屋へと戻り、敷かれた布団の上で、互いの温もりを確かめ合った。

 指輪の冷たさと、肌の熱さだけが、現実であることを教えてくれていた。


   ◇


 アリスが幸せそうな寝息を立て始めた頃。

 俺はそっと布団を抜け出し、庭にある専用露天風呂へと向かった。


 少し、頭を冷やさなければ。

 あまりにも幸せすぎて、現実味がなさすぎる。


 ざぶん、と湯船に浸かる。

 熱い湯が、高揚した神経をゆっくりと解きほぐしていく。


 と、その時だった。


 ペタ、ペタ。

 濡れた石畳を歩く、頼りない足音が聞こえた。


 振り返ると、脱衣所の入り口に人影があった。

 猫耳の少女、ミケだ。


 だが、いつもの元気印はどうしたことか。

 自慢の耳はぺたりと伏せられ、尻尾は力なく垂れ下がっている。

 月明かりに照らされたその瞳は、今にも泣き出しそうに揺れていた。


「……ブンペイの、いじわる」


 震える声で、彼女が呟く。


「ミケ? どうした」


「……見てたにゃ。

 アリスだけ、キラキラした指輪もらって。

 アリスだけ……ブンペイの『特別』になったにゃ」


 彼女は俯いたまま、ポツリポツリと言葉をこぼす。


「アタシは!?

 一番最初にブンペイを見つけたのはアタシだにゃ!

 ずっと一緒に戦ってきたのに……アタシはただのペットだにゃ!?」


 悲痛な叫びだった。

 俺は苦笑し、湯船から上がった。

 バスタオルも巻かずに彼女の元へ歩み寄る。


「……バカだなぁ、ミケは。

 俺がお前を忘れるわけないだろ」


「うそだにゃ!

 だって、指輪……」


「あるよ。お前の分も」


 俺は脱衣所の棚に置いておいた浴衣の袖から、もう一つの小箱を取り出した。

 そして、ミケの前で膝をつき、その箱を開けた。


 中に入っていたのは、純金のリング。

 石はない。装飾もない。

 だが、分厚くて、重厚な輝きを放っている。


「……これ?」


「ああ。ミケはよく動くだろ?

 アリスみたいな繊細な指輪じゃ、すぐに壊れちまう。

 だから特注で作らせたんだ。

 傷がつかない、絶対に錆びない、最強の指輪だ」


 俺は彼女の左手を取り、薬指にそれをはめた。


「……裏を見てみろ」


 ミケがおずおずと指輪を外し、裏を見る。

 そこには、俺と彼女の名前が刻まれていた。


「……ブンペイと、ミケ……」


「そうだ。

 これは首輪の代わりだ。

 お前は俺のパートナーで、俺の家族で、俺の大事な相棒だっていう証拠だ」


 ミケが顔を上げた。

 瞳から涙が溢れ、代わりに満面の笑みが咲いた。


「……ピッタリだにゃ。

 重い……あったかいにゃ」


 彼女は指輪を胸に抱きしめ、それから俺に飛びついてきた。


「ブンペイ!!」


 勢いあまって、俺たちはそのまま露天風呂の中へ転がり落ちた。

 バシャーン! と大きな水音が響く。


「ぶはっ! おいミケ、溺れるって!」


「離さないにゃ!

 これでアタシも、ブンペイのものだにゃ!」


 湯船の中で、彼女は俺の首に腕を回し、濡れた唇を重ねてきた。


「……ねえ、ブンペイ。

 アタシにもして?

 アリスにしたこと、アタシにもして。

 アタシだって、ブンペイの奥さんになりたいにゃ」


 潤んだ瞳で見つめられ、俺の理性が再び音を立てて崩れ去った。

 

 ……もう、どうにでもなれ。

 俺は覚悟を決めて、彼女の華奢な体を抱きしめ返した。


   ◇


 翌朝。


 小鳥のさえずりと共に目を覚ますと、俺の体は完全にロックされていた。


 右腕には、幸せそうな顔で眠るアリス。

 左腕には、満足げに喉を鳴らして丸まっているミケ。


 二人の左手には、それぞれ違う輝きの指輪が光っている。


「……んぅ……旦那様ぁ……」

「……むにゃ……ご主人様ぁ……」


 二人が同時に寝返りを打ち、俺の胸に顔を埋めてきた。

 重い。熱い。

 でも、どうしようもなく幸せだ。


 ふと、襖の向こうからエマの声がした。


「旦那様、奥様方。

 朝食の準備が整いましたよ」


 その声には、明らかに状況を察して楽しんでいる響きがあった。


 やれやれ。

 どうやら俺の「伯爵」としての生活は、戦場よりも激しく、そして甘いものになりそうだ。


 俺は二人の頭を撫でながら、新しい朝を迎えた。

 さあ、温泉国での冒険は、まだ始まったばかりだ。

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