第63話:閑話『狂気のドライブと、惰眠への銃弾』
【フィリアの独白】
疾風(高機動車)のステアリングから伝わる振動。
これだ。この荒々しい鉄の震えこそが、今の私のすべて。
ディーゼルエンジンの唸り声が、鼓膜を心地よく叩く。
普通の人間なら「うるさい」と耳を塞ぐ騒音かもしれないけれど、私には最高のBGMだわ。
ピストンがシリンダーを擦る音、吸気バルブが開閉するリズム……うん、悪くない。今のところ、エンジンの機嫌は上々ね。
チラリと横を見る。
助手席ではニナが難しい顔をして地図を見ているし、後ろの荷台ではサンが奇声を上げて、アリスが砂埃に文句を垂れている。
人間っていうのは、どうしてこうも無駄なパーツ(感情)が多いのかしら。
泣いたり笑ったり怒ったり。エネルギーの無駄遣いにも程がある。
でもまあ、この疾風の積載量なら、これくらいの重量増は許容範囲内ね。
それにしても、マスター(ブンペイ)は興味深い。
本当に、解体して中身を見てみたくなるくらいに。
「伯爵」になった?
そんな社会的地位なんて、私にはどうでもいい。
それよりも重要なのは、彼が持つあのデタラメな空間収納(揺らぎ)よ。
ガソリンスタンドもない荒野で、彼は平然と最高級の軽油を出してくる。
エンジンオイルだって、フィルターだって、新品がどこからともなく湧いてくる。
メカニックとして、これほど垂涎モノの環境はないわ。
普通なら整備不良で廃車になるような過酷な旅でも、彼の「補給」さえあれば、この車は永遠に走り続けられる。
昨日の戦闘でラジエーターに被弾した時もそう。
「あ、壊れた?」なんて言いながら、彼は一瞬で新品と交換してしまった。
あれはどういう理屈?
質量保存の法則を無視してる?
それとも時間の巻き戻し?
ああ、知りたい。
いつか彼の頭蓋骨を開いて、脳のシナプスに電極を繋いで解析したら、あの「揺らぎ」の正体が分かるのかしら……。
「……おいフィリア、なんか怖い顔してこっち見てないか?」
バックミラー越しに目が合ったマスターが、少し青ざめて聞いてくる。
勘が鋭い。こういうところも、野生動物みたいで面白い。
「いえ。ただ、エンジンの調子が最高だと思っていただけです。
……マスター、次の休憩で『揺らぎ』の中の予備パーツ、もう一度リスト見せてくれませんか?
ちょっと試したい改造があるんです」
「え、また?
お前、車いじってる時だけめっちゃ楽しそうだよな……」
私が口角を上げると、マスターは呆れたように笑った。
楽しい?
ええ、そうね。
この鉄の塊が、私の指先一つで唸りを上げて、荒野を切り裂いていく感覚。
そして、それを可能にするマスターという「生きた部品庫」。
西の国までは、あと三日?
まだまだ走り足りないわ。
アクセルペダルを床まで踏み込む。
グォォォォォン!!
エンジンが咆哮を上げ、車体が跳ねる。
後ろでアリスが「きゃあああ!」と悲鳴を上げたけど、聞こえないフリをした。
だって今は、このエンジンの歌声を聞いていたいんだもの。
◇
【ゴロネの独白】
……眠い。
とにかく眠い。
高機動車の荷台の隅っこ。
ここが私の定位置だけど、寝心地は最悪だ。
ガタガタ揺れるし、砂埃は舞うし、何よりうるさい。
「ひゃっはー! スピード上がったー!」
「ちょ、ちょっとフィリア! 乱暴すぎるわよ!」
「にゃはは! アリスが転がってるにゃ!」
サンとアリスとミケの声が、私の自慢の耳にガンガン響く。
狐の聴覚は人間の何倍もいいんだから、これじゃ拷問だよ……。
私は大きくあくびをして、自分の尻尾を抱きしめる。
せめてこのモフモフに顔を埋めて、音と光を遮断したい。
あーあ、早く夜にならないかな。
止まった車の中で、静かに泥のように眠りたい。
ブンペイは、その点だけは優秀だ。
彼が出してくれる寝袋はフカフカだし、夜ご飯はおいしいし、見張りも交代でやってくれる。
私が「眠いから歩きたくない」って言っても、「しょうがねぇなぁ」って荷台に乗せてくれるし。
だから、まあ、働いてやってる。
いい寝床を確保するための、家賃みたいなものだ。
昨日の戦場でもそうだった。
敵の指揮官が、大声で命令を出してたでしょ?
「突撃ー!」とか「殺せー!」とか。
あれ、すっごく耳障りだったんだよね。
私の安眠を妨害する騒音公害。
だから撃った。それだけ。
スコープを覗いて、うるさい口の真ん中を狙って、引き金を引く。
パン、という乾いた音と共に、騒音が消える。
うん、静かになった。これでまた少し眠れる。
ブンペイは「さすがゴロネ! 神業だな!」って褒めてくれたけど、別にそんな大層なもんじゃないよ。
目覚まし時計を止めるのと同じ。
うるさいから止めた。二度と鳴らないように壊した。ただそれだけ。
……あ、また揺れた。
フィリアの運転、荒っぽいなぁ。
枕が変わると寝られないタイプじゃないけど、これじゃ熟睡できないよ。
ふと、隣で寝息が聞こえた。
ミケが私の尻尾を枕にして寝ている。
こいつ、自由すぎない?
私の尻尾は私の抱き枕なんだけど。
でもまあ、退かすのも面倒くさい。
温かいし、湯たんぽ代わりにはなるか。
西の国には温泉があるらしいね。
温泉って、入ると眠くなるんだっけ?
最高じゃん。
温かいお湯に浸かって、上がったら美味しいもの食べて、あとは誰にも邪魔されずに朝まで……いや、昼まで寝る。
そのためなら、邪魔な敵くらい撃ってあげるよ。
私の安眠を妨げる奴は、全員このスナイパーライフルで黙らせてやる。
……あ、でも今は無理。
眠気が限界……。
私はミケと一緒に丸まって、ガタガタ揺れる荷台で意識を手放した。
……おやすみ、世界。
私を起こす時は、ご飯の時か、敵が来た時だけにしてね……むにゃ。




