第62話:閑話『猫の爪研ぎと、掃除屋の流儀』
【ミケの独白】
高機動車の幌の骨組み。
ここが、アタシの特等席だにゃ。
ビュウビュウと風が吹く。
普通の人間なら
振り落とされちゃうけど、
アタシの爪とバランス感覚なら
へっちゃらだ。
ここからは全部見える。
流れる景色も、獲物も、
そして運転席のブンペイも。
くん、と鼻を鳴らす。
風に乗って、
ブンペイの匂いがする。
汗と、微かな鉄の匂い。
そして、アタシを安心させる
日向のような匂い。
……ん〜、いい匂いだにゃ。
この匂いを嗅いでいるだけで、
尻尾の先まで
痺れるくらい幸せになる。
アタシは知ってるよ。
ブンペイが「伯爵様」なんて
面倒なものになった理由。
全部、アタシたちのためだ。
獣人のアタシが、
街に入っても石を投げられないように。
「汚らわしい」って
指をさされないように。
ブンペイは優しい。
アタシの耳も、尻尾も、
鋭い爪も、
「可愛いな」って撫でてくれる。
夜、寝袋に入り込んでも
怒らないで、
背中をトントンしてくれる。
だからアタシは、狩るの。
ブンペイの優しさを利用したり、
怖がらせたりする奴は、
人間でも、魔物でも、
みーんなただの「ネズミ」だにゃ。
昨日の皇子様、面白かったなぁ。
「殺さないで」って泣いて、
おもらしまでして。
剣を持つ手もフニャフニャで、
アタシがちょっと爪を見せたら
ひっくり返っちゃった。
殺すのは簡単。
頸動脈をひと噛みすれば終わる。
でも、それじゃつまらない。
獲物はね、
恐怖で動けなくなるまで
じっくり遊んであげるのが
猫の礼儀だにゃ。
あの時、
ブンペイの前に
生きたまま連れて行ったら、
ブンペイは驚いてたけど、
最後には頭を撫でてくれた。
『よくやったな、ミケ』
その言葉が、
アタシにとっての最高のご褒美。
極上のマタタビよりも、
とろけるような快感だにゃ。
アタシはブンペイの猫。
誰にも渡さない。
ニナ姉さんや、
新入りのアリスやエマにも、
一番いい場所(ブンペイの膝の上)は
譲らないにゃ。
……あ、そうだ。
西の国には「温泉」があるらしい。
大きなお風呂なんだって。
猫は水が嫌いだけど、
ブンペイと一緒なら
入ってあげてもいいにゃ。
背中、流してあげようかな。
それとも、
アタシの毛づくろいをしてもらおうかな。
想像しただけで、
喉がゴロゴロ鳴っちゃう。
シャッ。
アタシは幌に爪を立てる。
うん、いい切れ味。
いつでも狩れる。
ねえ、次の獲物はどこ?
早く出ておいでよ。
アタシとブンペイのために、
その命、捧げてほしいにゃ。
◇
【シキの独白】
不快だわ。
高機動車の揺れも、
巻き上がる砂埃も。
私はハンカチで口元を覆い、
膝の上の愛銃に目を落とす。
『AA-12フルオート・ショットガン』。
この無機質で、
完璧に計算された曲線だけが、
私の心の平穏を保ってくれる。
世界は汚れている。
本当に、反吐が出るほど。
自分の利益しか考えない貴族。
弱者を踏みにじる兵士。
そして、
マスターに敵意を向ける愚か者たち。
彼らは人間じゃない。
この美しい世界に付着した
「シミ」であり、
「生ゴミ」だ。
ゴミは、分別しなくては。
燃えるゴミ、燃えないゴミ。
そして、
跡形もなく消すべきゴミ。
マスターは、
「マツシタ伯爵」という
汚れ役を引き受けられた。
あんなに白くて、
純粋な魂をお持ちの方なのに。
許せない。
マスターの手を煩わせる
全ての事象が許せない。
だから私がやるのです。
私は掃除屋。
マスターが歩く道を、
塵一つないように清めるのが
私の存在意義。
あの隣領の領主。
あの男の足を「削った」時の感触。
今思い出しても、
背筋がゾクゾクするほどの
快感だった。
AA-12のトリガーを引く。
ドムッ、という重い反動。
散弾が肉に食い込み、
骨を砕き、
赤い霧を撒き散らす。
それは破壊ではない。
「洗浄」だ。
汚い足が、
醜い指先が、
物理的に消滅していく様は、
こびりついた汚れが
高圧洗浄機で落ちていくように
清々しかった。
彼の悲鳴。
「やめてくれ」
「助けてくれ」
その必死な命乞いさえ、
私には美しい音楽に聞こえた。
汚物が浄化される瞬間の、
断末魔のシンフォニー。
ああ、もっと聞きたい。
もっと綺麗にしたい。
マスターは優しいから、
「シキはやりすぎだ」と
眉をひそめるけれど。
いいえ、マスター。
これでも足りないくらいです。
貴方の高潔さを守るためなら、
私は世界中の人間を
ミンチにしても構わない。
カチャリ。
ドラムマガジンを外す。
残弾確認。
スラッグ弾、バックショット弾。
どれもピカピカに磨いてある。
次はどんなゴミが現れるのかしら。
西の国は火山が多いと聞くわ。
マグマのように熱い鉛を、
敵の腹の底に叩き込む。
内臓をぶちまけさせて、
その汚い中身を
外気に晒してあげる。
……ふふっ。
考えただけで、
身体が熱くなってきた。
視線を上げると、
運転席のマスターの背中が見える。
広い背中。
私の、唯一の光。
「マスター……」
小さく呼んでみる。
届かなくていい。
私の愛は、
貴方の敵を殲滅することでしか
証明できないのだから。
早く、次の掃除場所に着かないかしら。
私のショットガンは、
汚れを落としたくて
ウズウズしているのよ。




