第58話:鉄の箱と、死神たちの行進
夜明け前の
蒼白い闇を引き裂き、
ガンディアの空気を震わせる
異様な轟音が響き渡った。
キュラキュラという
キャタピラの不快な金属音。
腹の底に響く
ディーゼルエンジンの唸り。
ボブ爺の遺産、
『M113装甲兵員輸送車(ACAV仕様)』。
その無骨な鉄の塊が、
バルトロ伯爵軍の宿舎前で
土煙を上げて急停止した。
「……射線、確保」
車体上部の銃座から
顔を覗かせたのは、
大きな狐耳をピクリとさせた
ゴロネだ。
普段はライフルを愛する
彼女の手には、
今日は凶悪な
M2重機関銃が握られている。
「……位置についたわ」
操縦席のフィリアが
淡々と報告する。
車体後部の左右には、
M60機関銃が二丁、
死を撒く準備を整えていた。
「……駆除開始」
俺の呟きと共に、
ゴロネが引き金を絞った。
ズドドドドドドッ!!
12.7mm弾の嵐が、
宿舎の正門を一瞬で粉砕する。
門番の兵士たちは、
悲鳴を上げる暇もなく
肉塊となって吹き飛んだ。
M113は止まらない。
フィリアがアクセルを踏み込み、
瓦礫を乗り越えて
敷地内へとなだれ込む。
「て、敵襲ーッ!!」
「なんだこの鉄の化け物は!?」
眠りから覚めた兵士たちが、
剣や槍を手に飛び出してくる。
だが、それは自殺行為だった。
ウィーン……ガコン。
M113の後部ハッチが開き、
マツシタ家の「死神」たちが
その姿を現した。
「……総員、散開。
一人も逃がさないで」
先頭に立ったのは、
指揮官役のニナだ。
普段の優しい母の顔は消え、
そこにはかつて
過酷な運命を生き抜いた
女傑の瞳があった。
彼女の指示で全員が動き出す。
「ひゃっはー!
お掃除の時間だよぉ!」
小柄なサンが、
その体には不釣り合いな
大型の機関銃、
『ミニミ軽機関銃』を構えて
最前線に躍り出る。
バババババババッ!!
排莢口から
金色の薬莢が滝のように溢れ、
5.56mm弾の雨が
兵士たちをなぎ倒していく。
盾など意味をなさない。
鎧ごと貫かれ、
兵士たちが踊るように倒れる。
「……邪魔よ。
そこを退きなさい」
サンの制圧射撃の隙を縫って、
シキが優雅に歩み出る。
その手にあるのは、
ドラムマガジンを装着した
『フルオート・ショットガン』だ。
ドムッ! ドムッ!
ドガガガガッ!!
至近距離で放たれる散弾は、
もはや暴力の塊だった。
群がる兵士たちの
頭部が、四肢が、
トマトのように弾け飛ぶ。
返り血を浴びても、
シキの表情は氷のように冷たい。
「我らの平穏を乱す者に、
慈悲など不要……!」
銃弾の嵐を潜り抜け、
レオナが疾走する。
彼女だけは「剣」だ。
だが、その速度と鋭さは
銃弾に劣らない。
混乱する兵士の懐に飛び込み、
一閃。
首が飛び、胴が裂ける。
彼女の通った後には、
静寂な死体だけが残された。
◇
一方的な虐殺。
地獄絵図と化した戦場を、
俺はゆっくりと歩いていた。
目指すのは、
宿舎の最奥にある
指揮官用の天幕だ。
「……右から来るにゃ!」
死角から飛び出してきた
兵士の剣を、
ミケが弾き飛ばす。
彼女の手には
独特な形状の『P90』。
そして逆手には
鋭利なコンバットナイフ。
タタタンッ!
消音された銃声と共に、
兵士が崩れ落ちる。
ミケは猫のような身のこなしで
俺の周囲を跳ね回り、
近づく敵を瞬殺していく。
「ありがとよ、ミケ」
「お礼はあとで、
最高級の缶詰でいいにゃ!」
俺たちは血の海を渡り、
ついに半壊した天幕へ
たどり着いた。
そこには、
瓦礫の隙間で
腰を抜かして震える
バルトロ伯爵の姿があった。
「ひっ、ひぃぃッ!
た、助けてくれ!
金ならやる!
いくらでも……!」
俺は無言で近づき、
ハンドガンの照準を
彼の膝に合わせた。
「……リリは、もっと怖かったはずだ」
パンッ! パンッ!
乾いた銃声。
伯爵の両膝が砕け散る。
「ぎゃああああッ!!」
パンッ! パンッ!
続いて両肘。
伯爵は四肢の自由を奪われ、
芋虫のように
地面を転げ回った。
「あ、悪魔……!
貴様ら、人間じゃねえ……!」
俺は腰から
マチェット(山刀)を抜いた。
昨日の夜、
ミケが研いでくれた刃だ。
「……金はいらない。
地獄でリリに詫びてこい」
俺はマチェットを
高く振り上げ、
渾身の力で振り下ろした。
ザシュッ。
断末魔が途切れ、
小太りな首が
ボールのように転がった。
◇
『……ブンペイ。
聞こえる?』
無線機から、
アリスの冷静な声が響く。
彼女は屋敷に残り、
上空のドローン映像を
監視している。
『国軍の一個中隊が、
そっちへ向かっているわ。
到着まであと五分。
……どうする?』
「……好都合だ」
俺は伯爵の首を拾い上げ、
布で包んだ。
「総員、撤収!
M113へ戻れ!
次の届け先へ向かうぞ!」
ニナの指示で、
サンたちが素早く
車両へ戻ってくる。
全員、怪我ひとつない。
俺たちは再び
鉄の箱に乗り込み、
街の中央にある
国軍の駐屯地へと舵を切った。
広場に乗り入れたM113を、
完全武装した国軍兵士たちが
幾重にも包囲する。
その中心から、
歴戦の司令官と思われる
白髪の男が出てきた。
「……マツシタ殿、だな。
隣の宿舎から聞こえた轟音。
そしてこの異様な鉄車。
……何をしたか、分かっているのか」
俺は車上から、
血に濡れた布包みを
司令官の足元へ放り投げた。
ゴロリ、と転がり出たのは、
恐怖に顔を歪ませた
バルトロ伯爵の生首だった。
兵士たちが息を呑み、
動揺が広がる。
司令官の顔色が変わる。
だが、俺は動じない。
返り血を浴びたまま、
冷徹な目で彼を見下ろした。
「……害虫駆除だ。
文句があるなら、
今ここで全員、同じ目に遭わせる」
俺の背後では、
ゴロネのM2と、
サンのミニミ、
シキのショットガンが
一斉に司令官へ向けられた。
司令官が目を細め、
低い声で問う。
「……貴様。
一国の軍隊を相手に、
本気で戦争でもするつもりか?」
俺は鼻で笑い即答した。
「当たり前だ」
その声は、
朝のガンディアに、
宣戦布告の鐘のように
どこまでも冷たく響き渡った。




