第57話:奪われた未来と、宣戦布告
悪い予感というのは、
どうしてこうも
正確に当たるのだろう。
夕暮れ時。
果物屋の主人が、
蒼白な顔で屋敷に駆け込んできた。
「マツシタさん!
リリが……リリが、
駐留軍の宿舎に行ったきり、
戻らないんだ!」
俺とミケは、
弾かれたように飛び出した。
嫌な汗が背中を伝う。
「徴発」された商品を届けに行った。
ただ、それだけのはずだ。
リリは、「行ってきます」と笑っていた。
◇
宿舎の裏手。
ゴミ捨て場のような場所に、
それは、捨てられていた。
ボロボロになった服。
動かない、小さな体。
獣人の誇りである耳は
泥にまみれ、
その瞳は、恐怖に見開かれたまま
光を失っていた。
「……リリ」
俺は震える手で、
冷たくなった彼女を抱き上げた。
軽い。
あまりにも、軽い。
つい先日、
「初めてのお給料です」と、
俺に果物をくれたあの子。
これから恋をして、
大人になっていくはずだった未来。
すべてが、
暴力によって断ち切られていた。
「……許さない」
ミケが、
喉の奥から低い唸り声を上げる。
俺の心の中には涙よりも先に、
どす黒い、氷のような感情が
渦巻いていた。
◇
俺はリリをミケに預け、
一人で宿舎の正門へ向かった。
門番の兵士が槍を向ける。
「なんだ貴様、ここは軍の……」
「責任者を出せ」
俺の声は、
自分でも驚くほど低く静かだった。
騒ぎを聞きつけて現れたのは、
派手な軍服を着た男。
隣領の領主、
バルトロ伯爵本人だった。
酒の臭いが漂っている。
「なんだ、騒々しい。
マツシタ……ああ、
あの成金の商人か」
伯爵は、
虫を見るような目で俺を見た。
「単刀直入に言う。
俺の店の従業員が、
お前の部下に殺された。
……犯人を引き渡せ」
俺の言葉に、
伯爵と取り巻きの騎士たちが
顔を見合わせ、
そして下卑た笑い声を上げた。
「従業員?
ああ、あの薄汚い獣人か。
商品を届けに来たついでに、
兵たちの相手をさせてやったんだ。
光栄に思うべきだろう?」
伯爵は、
懐から金貨を一枚取り出し、
俺の足元に投げ捨てた。
「ほらよ。死体処理代だ。
これだけあれば、
代わりの獣人など
いくらでも買えるだろう?」
カラン、と
乾いた音が石畳に響く。
その瞬間。
俺の中で、何かが完全に
プツンと切れた。
理屈も、損得も、
今後の影響も、どうでもいい。
こいつらは、人間じゃない。
ただの「害虫」だ。
マツシタ家の庭に侵入し、
大事な花を踏み荒らした害虫だ。
「……そうか」
俺は金貨を拾わず、
伯爵を真っ直ぐに見据えた。
「交渉決裂だ。
……犯人を出さないなら、
全員、同罪とみなす」
「は? 何を言っている?
たかが商人が、
軍に逆らうつもりか?」
俺は背を向け、
無線機を取り出した。
「フィリア、シキ。
……聞こえるか」
『ええ、聞こえているわ』
フィリアの声は、
氷点下の冷たさだった。
「リリが殺された。
相手はバルトロ伯爵軍。
……殲滅する」
『了解。
ボブ爺の遺産、
フルアクセスを解除します。
……存分におやりなさい、当主様』
俺は振り返り、
呆気にとられる伯爵に告げた。
「明日の夜明け。
この宿舎を更地にする。
……遺書でも書いて待ってろ」
それは、
マツシタ家による、
一方的で、容赦のない
「駆除」の宣言だった。




