表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事故死したので異世界に転移しますが、管理者のミスなのでアメリカの店ごと持っていくことにしました  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/77

第54話:泥に咲く、三ヶ月の「執念」

ガンディアの陽光は相変わらず

 容赦なく照りつけるが、

 屋敷の裏庭に流れる空気は、

 三ヶ月前とは

 明らかに変わっていた。


 かつて死んだ魚のような目で

 焚き火を囲んでいた十人の子供たち。

 

 今、彼らの手にあるのは、

 施しのおにぎりではなく

 使い込まれた石盤と、

 計算に悩むためのチョークだ。


「……間違えた。もう一回にゃ」


 ミケが厳しく声を飛ばす。

 

 彼女は、自分がブンペイに教わった

 「偵察のイロハ」を、街の歩き方として

 子供たちに叩き込んでいた。

 

 敵に見つからない歩き方は、

 客を不快にさせない「配慮」に。

 

 情報の聞き込みは、

 客の「ニーズ」を掴む技術に。

 

 ミケなりに、ブンペイの

 役に立とうとする必死な教育だった。


   ◇


 一方で、シキとフィリアの

 「座学」はさらに苛烈を極めた。


「カイ。三割引の端数が、

 一分経っても出てこないわよ」


 シキが冷たく言い放つ。

 

 最年長の少年、カイは

 額に汗を浮かべ、必死に石盤を叩く。


「……ま、待ってくれ。

 ええと、原価がこれだから、

 利益を残すには……」


「計算が遅い商人は

 客の時間を奪う『泥棒』と同じ。

 もう一度、最初からやり直し」


 フィリアの容赦ない言葉。

 だが、子供たちは誰一人として

 投げ出そうとはしなかった。

 

 自分たちが今、「文字」と「数字」を

 手に入れなければ、ゴミ溜めで死ぬだけ。

 その恐怖が、彼らを突き動かしていた。


   ◇


 俺はと言えば、

 彼らの胃袋を支えながら、

 キッチンの隅で試作に明け暮れていた。


 この世界の食材で、

 いかに「秘伝」の味を作るか。


 拾ってきた昆布を、どの程度干して、

 どのくらいの時間煮出すのが一番か。

 

 醤油がないなら、現地の魚醤を

 果実酒で割ってみたらどうだ?

 

 俺のヘタレな手料理が、

 いつしか「マツシタ塾」の

 唯一の報酬であり、憧れになっていった。


「いいか、お前たち。

 このスープは『海の宝物』だ。

 中身が何かは、墓まで持っていけ。

 

 客が金を払うのは、

 料理の『正体』に対してじゃない。

 食べた時に感じる、

 その『驚き』に対してなんだ」


 泥まみれになりながら、

 磯で一緒にタコを追い、

 昆布の砂を洗い流した日々。

 

 三ヶ月が過ぎる頃には、

 子供たちの手のひらは

 豆だらけになり、その瞳には、

 確かな「知性」と「プライド」が

 宿り始めていた。


   ◇


 そして迎えた、

 屋台デビューの当日。


 港の片隅、

 ボブ爺の作業台を改造した不格好な店。

 

 カイとミーナは、

 震える手で暖簾を掲げた。

 

「……いらっしゃい!!

 海の宝物のスープで作った、

 特製の磯焼きだよ!!」


 その声は、三ヶ月前の

 弱々しい叫びじゃない。

 

 腹の底から響く、

 誇り高き「商人」の声だった。


 最初は遠巻きに見ていた船乗りたちが

 吸い寄せられるように集まってくる。

 

 漂う、圧倒的な出汁の香り。

 この街の誰も知らない、

 本能が求める「旨味」という衝撃。


「おい、ガキ。……いや、店主。

 これ、三つ包んでくれ」


 初めて受け取った数枚の銅貨。

 

 カイは、お釣りを一瞬で計算し、

 完璧な所作で手渡した。

 

 その姿を影から見ていたシキが、

 「……合格ね」

 と、誰にも聞こえない声で呟いた。


   ◇


 だが、成功の影には

 必ず「嫉妬」がつきまとう。


「おいおい。いい稼ぎじゃないか」


 現れたのは、

 この界隈を仕切る小悪党。

 だが、ミーナはもう怯えなかった。

 

 彼女はギルドの許可証を毅然と突きつけ

 背後にいる「マツシタ」の名を、

 武器ではなく盾として使いこなした。


「……マツシタ、だと?

 あの三億三千万の……」


 男たちが退散していくのを、

 俺はテラスから双眼鏡で見守っていた。

 

 俺が助けに行かなくても、

 あの子たちはもう、

 自分の足で立っている。


 夕暮れの港で、

 完売を告げる歓声が上がった。

 

 三ヶ月。

 

 それは、ただの時間が

 「希望」に変わるのに

 必要な長さだったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ