第51話:港町の寄り道と、乙女の「にゃ」作戦
ガンディアの午後は、
海から吹き上げる湿った風が
石畳の熱をさらっていく。
屋敷の大きな門をくぐり、
俺の視界から消えていく小さな影が二つ。
「シキに頼まれた買い物に、
行ってくるにゃ!」
ミケが鼻歌まじりに
しっぽをピンと立てて走り出す。
その後ろを、
アリスが「待って、ミケ!」と
慌てて追いかけていった。
……ん?
今、ミケの奴、語尾に
「にゃ」って付けてなかったか?
俺が教えた「地球人センサー」の
合言葉だったはずだが、
あいつ、意外と真面目に
信じてくれてるんだろうか。
それとも……。
◇
市場の喧騒の中、
アリスは少しだけ緊張して、
ミケの服の裾を握っていた。
ノルデンにいた頃とは違う、
地面の熱、人々の活気。
アリスは深呼吸をして、
背筋をスッと伸ばした。
「アリス、もっと胸を張るにゃ。
私たちは『マツシタ』の女にゃ。
おどおどしてたら、
ブンペイが笑われるにゃ」
ミケがわざとらしく、
語尾の「にゃ」を強調してみせる。
それを見たアリスが、
不思議そうに小首を傾げた。
「ねえ、ミケ。
さっきからその、
語尾に『にゃ』を付けるのは、
ブンペイ様の探し物のため?」
「……それもあるけど、にゃ。
シキが言ってたにゃ。
『男は、自分の好みを
健気に守る女に弱いのよ』って。
レオナたちも入ってきたし、
私は私の強みを活かさないと、
序列が危ういにゃ!」
ミケの真剣な告白に、
アリスは呆れたように笑った。
でも、その瞳には
少しだけ羨ましそうな光が宿る。
二人は露店を冷やかしながら進む。
ふと、路地裏の入り口で、
一人の少年が、ガラの悪い男たちに
取り囲まれているのが見えた。
少年は、抱えた籠に入ったパンを
必死に守っている。
「おい、小僧。通行料が必要だって
教わらなかったか?」
アリスの足が、止まった。
「……ミケ」
「にゃ。見てられないにゃ」
アリスは一歩、前に踏み出した。
「そこな者たち。
子供相手に群れるとは、
あまりに無粋ではないか?」
凛とした声に、男たちが振り返る。
「なんだお前。
どっかの金持ちのガキか?」
「私はマツシタ家のアリス。
非礼には毅然と。
それが、我が家の流儀です」
アリスは、ブンペイから教わった
『鏡』の法則を思い出していた。
相手が暴力で来るなら、
こちらはその上を行くのみ。
「うるせえ! やっちまえ!」
男の一人が手を伸ばした瞬間。
ミケが、影のように動いた。
ガッ、という短い音と共に、
男の腕が不自然に曲がり、
地面に転がる。
ミケは男の背後に立ち、
ナイフの柄で急所を正確に叩いていた。
「……ブンペイは優しいから
『鏡』って言ってるけど、
私は、割れた鏡の破片は
もっと痛いって知ってるにゃ」
ミケの冷たい目が、男たちを射抜く。
恐怖に顔を引きつらせた男たちは、
仲間を担いで逃げ出していった。
アリスは震える手を隠し、
少年に歩み寄った。
「……怪我はない、ボウヤ?」
「あ、ありがとうございます……」
アリスは、
ポケットから飴玉を取り出し、
少年の手に握らせた。
「これは、お守り。
もう一人でここへ来ちゃダメよ」
◇
夕暮れ時。
買い物を終えた二人が
屋敷の門をくぐると、
庭でハーブを摘んでいたシキが、
クスクスと笑いながら出迎えた。
「あら。二人ともおかえり。
……ミケ、あなた、
『にゃ』を付けるようになったのね?w」
ミケが、文字通り
飛び上がらんばかりに驚いた。
「な、なんで知ってるにゃ!
まだブンペイの前でしか、
練習してないにゃ!」
「ふふ、市場で言ってたでしょ?
『序列が危うい』って。
私の地獄耳をナメないで」
シキの意地悪なツッコミに、
ミケは顔を真っ赤にして
しっぽを膨らませる。
「うるさいにゃ!
ブンペイが好きなんだから、
いいんだにゃ!」
その様子をテラスから見ていた俺は、
状況が飲み込めず首を傾げるばかり。
「なんだ、ミケ。また『にゃ』の特訓か?
……よく似合ってるぞ」
俺が声をかけると、
ミケは「にゃー!」と叫んで
屋敷の中へ逃げ込んでいった。
アリスはその背中を見送って、
俺の隣に歩み寄る。
「ブンペイ様。
私も……いつかミケのように、
自分らしく戦えるようになります」
夕陽に照らされたアリスの横顔は、
昼間の大冒険を経て、
少しだけ大人びて見えた。
マツシタ家の騒がしい夜が、
また始まろうとしていた。




