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事故死したので異世界に転移しますが、管理者のミスなのでアメリカの店ごと持っていくことにしました  作者: だい


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第50話:南国の陽だまりと、マツシタ家の乙女たち

 ガンディアの陽光は、朝から容赦なく

 屋敷の白い壁を焼き、

 テラスに置いた冷たい水入りのグラスを

 数分で汗かきに変えてしまう。

 

 幽霊屋敷と呼ばれていたこの家も、

 三億三千万の市民権という

 法外な「入場料」を払って

 正式にマツシタ家の居城となってからは、

 どこか誇らしげに

 南国の風を受け止めているように見えた。


「オーナー、収支予測ですが……」

 

 ニナが帳簿を片手に

 テラスの俺の隣に腰を下ろす。

 彼女の指には、フロウムで贈った指輪が、  

 馴染んだ様子で輝いていた。


「商人ギルドに流した

 ボブ爺様の倉庫の『香辛料』と『布地』。

 あれだけで、さらに十億は積み上がります。

 もう、お金を数えるより

 重さで測ったほうが早いかもしれませんね」


「……はは、笑えない冗談だな」


 俺は苦笑いしながら、

 保冷剤を仕込んだ特製タオルで

 首元を冷やす。

 

 ボブ爺の遺産は、

 この世界ではもはや

 小さな国家を揺るがすほどの

 オーパーツの塊だ。

 

 だが、俺に世界を征服する気なんて

 さらさらない。

 

 この街で、ほどほどの距離感で、

 みんなと笑って暮らせればそれでいい。


「基本は『鏡』だ。

 良くしてくれる奴には、

 ボブ爺の秘蔵の菓子でも分けてやればいい。

 逆に、富の匂いを嗅ぎつけて

 ナメた真似をする奴がいたら……」


「……その時は、

 私の出番、ということですね?」


 シキが影からふわりと現れ、

 俺の肩に細い指を置いた。

 

「論理的にも、その防衛策が最適よ。

 対話には知性を、

 暴力には圧倒的な火力を。

 それがマツシタ家の『鏡』の法則」


 フィリアがコーヒーを運びながら

 涼しい顔で付け加える。

 頼もしいブレーンたちだ。

 

 俺はヘタレ当主として、

 ただ彼女たちの言葉に頷いていればいい。


   ◇


 そんな大人たちの会話をよそに、

 庭の大きなヤシの木の木陰では、

 マツシタ家の「年少組」が

 何やら熱心に密談を交わしていた。


「……それでね、シキ先生が言ってたの。

 『夜の儀式』には、心の準備と、

 特別な合図が必要だって」


 アリスが、

 頬を林檎のように赤くして、

 ミケに小声で囁いている。

 

 かつてノルデンで

 「氷の令嬢」と謳われた

 あの面影はどこにもない。

 

 今の彼女は、

 恋バナに花を咲かせる

 どこにでもいる十三歳の少女だった。


「ブンペイは

 びっくりするくらい鈍感だから、

 袖を引くくらいじゃ

 絶対に気づかない。

 やっぱり、

 寝込みを襲うのが一番効率的」


「え、ええっ!?

 そんな、はしたないこと……。

 でも、レオナ様も

 『騎士は機を逃さないものだ』って

 言ってたし……」


 ミケとアリス。

 種族も育ちも違う二人は、

 この屋敷で過ごすうちに

 本当の姉妹……

 いや、恋の作戦を練る

 「共犯者」のような絆を築いていた。


「ねえ、アリス。

 ブンペイの嫁になる順番、

 ちゃんと決めておかないと

 フィリアたちに全部持っていかれる。

 あのお姉様方は、口では理屈を言ってるけど

 夜はすごくエロ…情熱的だから」


「……ミケ、それをどこで聞いたの?」


「シキに聞いた。

 壁の向こうから変な音がした時、

 『あれは愛の旋律よ』って

 教えてくれた」


「あうぅ……愛の、旋律……」


 アリスが顔を覆って

 身悶えしている。

 思春期の少女たちの熱量は、

 南国の直射日光よりも凄まじい。


 俺はテラスから

 その様子をぼんやり眺めていたが、

 ふと視線を感じて

 二人に手を振ってみた。


「おーい、二人とも!

 そんなところで何してるんだ?

 冷たいジュースあるぞ!」


 その瞬間。

 アリスとミケが、

 バネ仕掛けの人形のように

 飛び上がった。


「「な、なんでもありませんっ!!」」


 二人は顔を真っ赤にして

 脱兎のごとく庭の奥へ走り去る。

 アリスが途中で

 ドレスの裾を自らの足に引っ掛けて

 盛大に転びそうになったのを、

 ミケが超人的な身体能力で

 ひょいと支えていた。


「……なんだ?

 俺、嫌われてるのか?」


 俺がショックを受けていると、

 隣でニナがクスクスと笑った。


「いえ、オーナー。

 あれは『特別に好かれている』証拠ですよ。

 ……困った人ですね、貴方は」


   ◇


 夕暮れ時。

 ガンディアの街が

 オレンジ色のベールに包まれる頃、

 屋敷の門を叩く音がした。


 現れたのは、

 近所に住む恰幅の良い

 果物屋の親父さんと、

 その息子らしき少年だった。


「お近づきの印に、

 うちで採れたマンゴーを持ってきたよ。

 幽霊屋敷をこんなに綺麗にしてくれて、

 街のもんも喜んでるんだ」


 俺はヘタレな笑みを浮かべ、

 ボブ爺の倉庫から出した

 保存のきく高級クッキーの缶を

 お返しに渡した。


「いやぁ、助かります。

 うちは大家族なもんで、

 果物はいくらあっても足りないんです」


 親父さんは

 クッキーの缶の豪華さに

 目を丸くしていたが、

 俺が「ただの田舎の菓子ですから」と

 適当にごまかすと、

 ガハハと笑って帰っていった。


 無理に着飾る必要はない。

 ナメられない程度の富を見せ、

 それ以上に親しみやすさを出す。

 

 テラスに戻ると、リビングから

 アリスたちの笑い声が聞こえてくる。

 

 レオナが武具の手入れをしながら

 エマに昨夜のの惚気話を聞かせ、

 セバスが満足げにワインの栓を抜いている。


 国家予算級の資産。

 最強のブレーン。

 そして、騒がしくも愛おしい家族たち。


 マツシタ・ブンペイ、二十二歳。

 異世界に来て、

 ようやく俺の「本当の人生」が

 回り始めた気がした。


「……よし、今夜は宴会にするか!」


 俺の号令に、

 屋敷中から歓声が上がる。

 

 ガンディアの夜は、まだ始まったばかりだ。

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