第46話:3億3千万の壁と、マツシタ家の女たち
南国の朝は早い。
水平線から昇る太陽が、
海面をキラキラと輝かせている。
幽霊屋敷をリフォームし、
海でのバカンスを楽しんだ翌日。
俺たちの元に、一枚の通達が届いた。
「……なんだこれ」
「市民税の督促状?」
羊皮紙には、
事務的な文字が並んでいる。
『当都市での不動産購入、感謝します』
『つきましては、半年以内に
正式な市民権を購入されたし』
『未払いの場合は、資産没収の上、
国外退去となります』
「半年以内……って、おい!」
「家を買ったら強制的に
市民になれってことかよ!」
さすが自由都市ガンディア。
金に汚い……いや、しっかりしている。
来るもの拒まずだが、
金のない奴には居場所がないわけだ。
「オーナー、金額が書いてあります」
「一人あたり3000万ゴールド」
「11名分で、3億3000万です」
セバスが冷静に読み上げる。
「さ、さんおく……!?」
俺は目眩がした。
3億3000万かよ……
今の所持金は、
魔物素材を全部売っても数千万程度だ。
「足りない……圧倒的に足りないぞ」
「半年あっても稼げるか?」
「ブンペイ、手はあるわ」
「商業ギルドに行きましょう」
シキが俺の背中を叩いた。
「現金がないなら、現物よ」
「ボブ爺の倉庫や店には、
この世界に無い『宝』が眠ってるでしょ?」
……そうか。
俺たちには、
地球の技術力があったな。
◇
俺たちは街の中心にある、
巨大な商業ギルドへと向かった。
活気あるロビーを抜け、
商談用の個室に通される。
「市民権の購入ですね」
「総額3億3000万ゴールドになります」
恰幅の良いギルド長が、
値踏みするような目で俺たちを見た。
「現金は用意できていない」
「だが、これで支払いたい」
俺は、デスクの上に商品を並べた。
まずは、最高級クリスタルガラス、
バカラのグラスだ。
次に、歪み一つない
装飾付きの手鏡。
そして最後に、
スケルトンの機械式腕時計だ。
「な、なんだこれは……!?」
ギルド長の目が飛び出そうだ。
「こ、このガラス……魔法か!?」
「向こう側が透き通って見える!」
「こっちの鏡もだ!
私の顔がそのまま映っている!」
この世界にもガラスや鏡はあるが、
不純物が多くて濁っている。
現代のクリアな製品は、
それだけでオーパーツだ。
「そしてこの時計……」
「精巧すぎる……神の御業か……」
震える手で時計を触っている。
「どうだ?」
「これで3億、払えるか?」
「は、払えますとも!」
「いや、これ一つで城が買えます!」
「お釣りが出ますよ!」
商談は成立した。
俺がギルド長と
お釣りの交渉をしている横で、
女性陣は市民登録の書類を書いていた。
「ねえ、家名はどうする?」
「私、もうウィレムは名乗れないわ」
アリスがペンを回している。
「あら、決まってるじゃない」
「私達はブンペイの妻……でしょ?」
フィリアがサラサラとペンを走らせる。
彼女の文字を見ると、
『マツシタ』と書かれていた。
その横顔は、
以前のような堅苦しさはなく、
どこか俺を甘やかすような
柔らかい笑みを浮かべている。
「マツシタ……」
「オーナーの家名ですね」
レオナがゴクリと喉を鳴らす。
家名を名乗る。
それは、生涯を共にするという誓いだ。
「ええい、ままよ!」
「私もマツシタになりますわ!」
アリスが軽いノリで記入した。
「わ、私も……覚悟を決めました」
エマも震える手で書き込む。
ニナやミケたちは、
当然のように書き終えている。
「ふぅ、なんとかなったな」
商談を終えた俺が戻ると、
全員がニッコリと笑って
書類を提出していた。
「無事に受理されました」
「ようこそ、マツシタ家の皆様」
ギルド長が恭しく頭を下げる。
「えっ? マツシタ家?」
俺は渡された市民証を見た。
マツシタ・ニナ。
マツシタ・アリス。
マツシタ・フィリア……。
全員の名字が、俺と同じになっていた。
「……おい」
「これ、どういうことだ?」
「何か問題でも?」
「家族割引とか、あるかもしれませんよ?」
シキがすっとぼけた顔で言う。
……まあ、いいか。
3億の借金は消えたし、
この街での絶対的な信用も手に入れた。
それに、
家族が増えるのは悪い気はしない。
「よし!」
「これで俺たちは、
正式なこの街の住人だ!」
こうして、
謎の大富豪一族『マツシタ家』の
南国生活が幕を開けたのだった。




