第44話:最強の掃除機、その名は
ポロロン……。
月明かりが差し込むホール。
埃を被ったグランドピアノが、
ひとりでに鍵盤を沈めている。
その傍らには、
透き通るような白いドレスの女。
長い髪を揺らし、
悲しげな旋律を奏でている。
「……出ましたわね」
「本物の、幽霊ですわ」
アリスが俺の背中に隠れる。
レオナがM27を構えるが、
引き金に指がかからない。
「くっ、透けている……!」
「弾が当たる気がせん!」
セバスもMP5Kを構えるが、
冷や汗を流している。
物理攻撃無効の相手は、
戦士にとって最悪の相性だ。
「ふふ、興味深い」
「魔力反応とは違う、
純粋な精神エネルギーのようですね」
シキだけが、
楽しそうに観察している。
女の幽霊が、
ゆっくりと顔を上げた。
その目は虚ろで、
生気のない口がパクパクと動く。
『……出て……行け……』
『ここは……私の……』
ヒュオォォォ……!
室温が一気に下がった気がした。
「ブンペイ、どうする?」
「魔法で焼き払う?」
ニナがMP7を下ろし、
俺に判断を仰ぐ。
俺は顎に手を当てて考えた。
魔法で消すのは簡単かもしれない。
でも、それじゃあこの屋敷は
ボロボロのままだ。
ふと、あるアイデアが閃いた。
「なぁ、みんな」
「『揺らぎ』のルール、覚えてるか?」
「ルール?」
「中に入ると、体は綺麗になるし、
服も新品同様に戻るだろ?」
「ええ、そうですわね」
「お風呂に入らなくても、
汚れが落ちてピカピカになります」
アリスが頷く。
「つまり『揺らぎ』は、
対象を『あるべき姿』に戻す」
「余計な汚れや破損を、
修復する機能があるってことだ」
俺はニヤリと笑った。
「なら、この屋敷ごと
『洗濯』しちまえばいい」
「は……?」
全員がキョトンとする中、
俺は屋敷の壁に近づいた。
指先で空間をなぞる。
通常は人が通る穴を開けるが、
今回は違う。
縦2メートル、横数メートル。
巨大な長方形の「枠」として、
『揺らぎ』の入り口を展開した。
「いくぞ、全自動リフォームだ!」
俺は展開した『揺らぎ』を、
壁に沿ってスライドさせた。
キュイイィィン……!
奇妙な音が響く。
『揺らぎ』が通過した跡。
ボロボロに剥がれていた壁紙が、
カビだらけだった床板が。
まるで新築のように、
真っ白に輝き出した。
「なっ!?」
「壁が……新品に!?」
レオナが目を剥く。
「やっぱりな!」
「この空間にとって、
劣化や汚れは『修正対象』なんだ!」
俺はそのまま、
『揺らぎ』の枠を広げて前進した。
ターゲットは、ピアノと幽霊だ。
『……!?』
幽霊が驚いたように目を見開く。
迫り来る「修復の波」。
「お前もだ!」
「この屋敷にとって、
お前はただの『こびりついた過去』だ!」
「綺麗サッパリ、消えてくれ!」
俺は『揺らぎ』を通過させた。
『あ……ああぁ……』
幽霊の体が、
光の中に飲み込まれていく。
抵抗すらできない。
悲鳴のような、
あるいは安堵のような声を残して。
ピアノの汚れと共に、
その姿は掻き消えた。
後に残ったのは、
黒光りする新品同様のピアノと、
塵一つないピカピカのホールだけ。
「……消えた」
「気配も、魔力も、完全に」
シキが呆然と呟く。
「す、凄いですわ!」
「除霊と掃除とリフォームを、
同時にやってのけるなんて!」
アリスが拍手喝采だ。
「……もし、あれが人の魂なら」
「消えはしなかったかもしれませんね」
サンが静かに言った。
その表情は穏やかだ。
「あれはきっと、ただの残響」
「場所に染み付いた、汚れと同じです」
「だから、これで良かったんです」
……そうだな。
もし死者の魂が残るなら、
俺たちはもっと多くの未練と
向き合わなきゃいけない。
消えてこそ、死だ。
だからこそ、今生きている俺たちが
精一杯楽しむべきなんだ。
「よし!」
「これで幽霊屋敷は、
ただの豪邸になったぞ!」
良い拠点が手に入って俺はご機嫌だ。
そしてアリスが俺に言う。
「はい! ブンペイさん!」
「アリス、どうした?」
「さっき迄の掃除はいらなかったんじゃ?」
「……あ」
言われたらその通りだわ。
しかし、俺はあえて空気読まずに
皆に向かってこう宣言したんだ。
「明日からはバカンスだ!」
「海で泳いで、美味いもん食うぞ!」
「「「お、おーっ!!」」」
歓声が夜の屋敷に響き渡る。
こうして俺たちは、
南国の拠点を手に入れたのだった。




