第43話:青い海と、丘の上の怪異
雪国から南下すること数日。
俺たちの旅は、劇的な変化を迎えていた。
窓の外の景色は、
針葉樹林からヤシの木のような植物へ。
空気は湿り気を帯び、
潮の香りが混じり始めている。
高機動車(BXD10)の無骨な鉄の振動が、
お尻にダイレクトに伝わってくる。
後部の対面ベンチシートでは、
アリスたちが顔を見合わせて座っていた。
「暑くなってきましたわね」
「これが南国……!」
アリスが服の襟元をパタパタさせている。
「……暑い」
「海。まだか」
ミケが舌を出してへばっている。
素が出ているから、
語尾に「ニャ」なんてつけてない。
「もうすぐだぞー」
俺はハンドルを切りながら、
前方の丘を指差した。
「あれを越えたら、目的地だ」
「港町、ポルト」
俺は丘の手前の森に車を停めた。
流石にこの迷彩塗装の自衛隊車両は、
目立ちすぎる。
「全員下車!」
「ここからは歩きだ」
俺たちは車を降り、
各自の荷物を持って歩き出した。
森を抜けると、
視界が一気に開ける。
「――わあぁぁぁ……!!」
アリスが歓声を上げた。
眼下に広がる、白い街並み。
赤茶色の屋根。
そしてその向こうに広がる、
どこまでも深い、コバルトブルーの海。
水平線が丸く見えるほどの広大さだ。
「これが……海……」
山育ちのレオナが、
呆然と立ち尽くしている。
その目には、少し涙が浮かんでいる。
「でかい……」
「水。全部、水」
ミケも目を丸くしている。
サンは尻尾をプロペラのように回し、
今にも駆け出しそうだ。
「感動してる所悪いけど、
まずは宿探しだ」
「この人数だ、普通の宿じゃキツいぞ」
俺たちは坂を下り、
活気あふれる街へと入った。
この街は城壁の門が常に開いてる。
来るもの拒まず去る者追わず
税だけ払えば商売も自由で
高額だが市民権も売ってる。
祭りの様な喧騒だが治安もよさそうだ。
うん、 ここが拠点でも良いかもな。
市場には見たことのない魚や、
南国のフルーツが並んでいる。
とりあえず、
目についた不動産屋の暖簾をくぐった。
「へい、らっしゃい!」
「お泊まりですか? 物件探しですか?」
日焼けした陽気な親父が出てきた。
「長期滞在の拠点を借りたいんだが」
「人数は10人と……あと使い魔数匹だ」
「10人!? そりゃ大家族だねえ」
「その人数だと、
屋敷を一棟借りるしかねえが……」
親父が難しそうな顔をする。
この時期、バカンス客で埋まっていて、
そんな大きな物件は空いていないらしい。
あっても、家賃がバカ高い。
「なんでもいいぞ」
「古くても、ボロくてもいい」
「なんなら、わけあり物件でも」
俺の言葉に、親父の目が止まった。
「……あるには、あるんだがね」
「丘の上に建つ、元貴族の別荘だ」
「眺めは最高、部屋数も十分」
「家賃は……タダ同然でいい」
「ほう、条件は最高だな」
「で、何が出るんだ?」
「……出るよ」
「夜な夜な、ピアノの音が響くんだ」
「白い女が窓辺に立つって噂でね」
「借りた客は、みんな一晩で逃げ出すんだ」
典型的な幽霊屋敷か。
俺は後ろを振り返った。
ニナは「うっ……」と耳を伏せている。
レオナも少し顔色が悪い。
だが。
「ふふ、物理無効の霊体ですか」
「興味深いですね」
「エーテル体の構造解析ができそうです」
シキとフィリアが、
狩人の目をしていた。
……うん、これなら大丈夫だ。
うちには物理も魔法も効かない
『揺らぎ』という最強のセーフティもある。
「決まり! そこを買う」
「はえっ!? か、買う!?」
「ああ、リフォームも自分たちでするよ」
「そのかわり安くしてくれな?」
俺は革袋をカウンターに置いた。
中身は、これまでの旅で得た
魔物の素材や盗賊からの戦利品だ。
「ま、毎度ありぃ……!」
「でも、本当にいいのかい?
死んでも知らねえよ?」
「構わないよ」
「幽霊より、野宿の方が怖いじゃないw」
◇
案内された屋敷は、
街外れの岬の丘に建っていた。
白亜の壁はツタに覆われ、
庭は雑草が伸び放題。
窓ガラスも何枚か割れている。
だが、作りはしっかりしている。
磨けば光る物件だ。
「うわあ……雰囲気ありますわね」
アリスが恐る恐る見上げる。
「よし、まずは掃除だ!」
「幽霊が出るのは夜だろ?」
「それまでに、寝床を確保するぞ!」
「了解!」
「お掃除なら任せてください!」
エマとセバスが袖をまくった。
さすがプロ。
サンは怪力で家具を運び出し、
ミケは高速移動で雑巾掛け。
シキとレオナは庭の草刈りだ。
俺はボブ爺の電動工具を取り出し、
窓やドアの修繕にかかった。
日が暮れる頃には、
廃屋同然だった屋敷は、
人が住めるレベルまで回復していた。
「ふぅ……いい汗かいた」
テラスに出ると、
夕日が海をオレンジ色に染めていた。
風が気持ちいい。
「ブンペイ、見て」
「一番星よ」
ニナが隣に来て、空を指差した。
平和だ。
ここなら、ゆっくり休めそうだ。
――ポロロン……。
その時。
屋敷の奥、誰もいないはずのホールから。
ピアノの音が響いた。
「……出たよ」
「噂通りか」
ニナが俺の腕にしがみつく。
だが、俺たちの目は笑っていた。
「さて、と」
「家賃分の挨拶に行こうか」
俺たちは顔を見合わせ、
音のする方へと歩き出した。




