第42話:鋼鉄の馬車と、論理的な求愛
バベル入国を取りやめた俺たちは、
進路を大きく南へ変えた。
目指すは常夏の海だ。
移動手段は、もちろん馬車じゃない。
ガレージの中でもちょっと毛色が違う。
自衛隊の高機動車。
和製ハマーと呼ぶべき巨体だ。
スクラップがコレクションにあり
揺らぎで新品になっていた。
「え、これに乗るんですか?」
「家みたいに大きいですわ!」
アリスが目を丸くする。
俺たち10人が乗っても余裕の広さだ。
一人は『揺らぎ』で店番ローテだから、
ちょうど全員収まる。
「出発するぞ!」
「舌噛まないように気をつけろよ!」
俺はハンドルを握り、
アクセルを踏み込んだ。
ヴォォォォン!!
ディーゼルターボが唸りを上げ、
2.5トンの巨体が軽々と加速する。
「ひぃぃぃぃ!!」
「速い! 速すぎます!」
助手席のレオナが絶叫した。
窓枠にしがみつき、
顔面蒼白になっている。
「馬がいないのに!
なぜこんな速度が出るのですか!」
「わ、私の動体視力が追いつかない!」
騎士のプライドが、
時速80キロの世界に粉砕されている。
「あはは! レオナさん面白い!」
「見て見て! 景色が飛んでいくわ!」
後部座席では、
アリスが窓に張り付いている。
現代っ子の順応性、恐るべし。
「……ふふっ」
「騒がしいですね」
三列目シートでは、
シキが新入りのエマたちに、
何やら耳打ちをしていた。
(いいですか、エマさん)
(オーナーは英雄です)
(英雄、色を好むと言いまして……)
(ま、まさか)
(夜のお世話もメイドの仕事だと?)
(ええ、覚悟しておいた方がいいですよ)
(オーナーは『むっつり』ですから)
……おい。
聞こえてるぞ、ウサギ。
あることないこと吹き込むな。
◇
数時間のドライブを終え、
俺たちは景色の良い湖畔で野営をした。
焚き火を囲んで夕食を済ませると、
シキが気を利かせたのか、
他のメンバーを連れて
『揺らぎ』の中へ戻っていった。
残されたのは、俺と、
エルフのフィリアだけ。
湖面に映る月が綺麗だ。
だが、フィリアの表情は硬かった。
「……ブンペイ」
「少し、私と議論に付き合え」
彼女は隣に座ると、
真剣な瞳で俺を見つめた。
「議論? また難しい話か?」
「ああ、とても難解なテーゼだよ」
「ブンペイという存在について」
フィリアは膝の上で手を組んだ。
「私は以前、シキに言われたんだ」
「ブンペイは『猛毒』なのだと」
「毒……?」
「俺が?」
「ああ」
「私の故郷、エルフの里は……
停滞した場所だ」
「誰もが長命ゆえに変化を嫌い、
思考することを止めていた」
彼女の声には、
諦めのような響きがあった。
「私の思考速度に、
ついてこれる者はいなかった」
「だから私は、
孤独の中で知識を貪るしかなかった」
知っている。
彼女がどれだけ本を読み、
知識に飢えていたかを。
「でも、ブンペイは違った」
「異世界の知識、ボブ爺様の遺産……
貴方との『議論』は、
私の脳髄を痺れさせるほどの刺激だ」
フィリアが少し顔を近づける。
その頬が、赤く染まっている。
「それは、私にとって『自由』という名の
甘美な毒だった」
「もう、ブンペイなしの退屈な世界には
戻れないほどに」
「フィリア……」
「だから、ハッキリさせたい」
「この感情が、
単なる知的欲求の依存なのか」
「それとも、
人間が『愛』と呼ぶバグなのか」
彼女は俺の手を取り、
自分の胸に当てた。
心臓が、早鐘のように打っている。
「私の仮説が正しいかどうか」
「ブンペイの体温で、証明してくれ」
……参ったな。
こんな理屈っぽい、
それでいて熱烈な告白があるかよ。
「分かったよ」
「俺も、お前との議論は嫌いじゃない」
「いや……お前自身が、好きだ」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
フィリアの体が、
強張った後に、ふっと力を失う。
「……ずるい男だ」
「論理的帰結として、
私もブンペイを……愛している」
月明かりの下。
二つの影が、一つに重なった。
◇
翌朝。
出発の準備をする俺たちの間に、
微妙な空気の変化があった。
「ブンペイ、コーヒーよ」
「ミルク、多めでね」
フィリアがマグカップを渡してくる。
いつもなら「ブラックで目を覚ませ」と
言うところなのに。
それに、髪型だ。
いつものキッチリしたまとめ髪じゃなく、
少し緩めのハーフアップにしている。
そして何より、距離が近い。
隙あらば俺の袖を掴んでいる。
「……あー、ごほん」
俺は咳払いをして誤魔化した。
ニナやミケが、
目を丸くして見ている。
「おやまあ」
「証明、完了したようですね」
シキがニヤリと笑った。
その目は、
「計画通り」と語っている。
「ち、違うニャ!」
「フィリアがなんか、
ツヤツヤしてるだけだニャ!」
ミケが慌てているが、
鋭いサンあたりは気づいているだろう。
尻尾がブンブン振れている。
「新しい奥様ですね!」と言いたげだ。
「さあ、出発するぞ!」
「海はもうすぐだ!」
俺は照れ隠しに声を張り上げ、
再びメガクルーザーを発進させた。
背中には、
フィリアの視線をずっと感じていた。
それは以前のような観察者の目ではなく、
確かな熱を帯びた、
パートナーの眼差しだった。




