第36話:壊れた玩具と、引鉄の重さ
リェンを出て、三日目が過ぎた。
街道の旅は順調そのものだ。
『――右前方、2キロ』
『馬車の反応あり。護衛騎士10名』
『紋章データ照合……該当なし』
インカムから、
フィリアの声がクリアに聞こえる。
『揺らぎ』の中の司令部からの報告だ。
「了解。避けて通ろう」
俺はそう指示を出した。
面倒事はごめんだ。
だが、運悪く向こうの斥候に
見つかってしまった。
豪華な装飾の馬車が、
俺たちの前で停車する。
「おい、そこの平民」
馬車の窓から、
ふてぶてしい顔の男が顔を出した。
立派な服を着ているが、
目つきが下品だ。
隣には、同じような顔をした
若い男――ドラ息子だろう――がいる。
「はあ、なんでしょう?」
俺が適当に返すと、
男はニナたちをジロジロと舐め回した。
「ほう、上玉の獣人を連れているな」
「特にその兎と猫……なかなかだ」
「おい、その奴隷を売れ」
「金貨10枚でどうだ?」
またこれか。
この世界の貴族ってのは、
どいつもこいつもテンプレ通りだな。
「お断りします」
「彼女たちは仲間で、奴隷じゃないんで」
「あ?」
男の顔色が変わった。
「貴様、誰に口を利いている?」
「我々はサルー伯爵家だぞ?」
「たかが平民が、獣風情を庇いおって」
周囲の騎士たちが、
剣の柄に手をかけて散開する。
ニヤニヤと笑っている。
完全に、俺たちを舐めきっている態度だ。
「ならば、ここらで
『狩り』をしても良いのだな?」
「抵抗する平民を成敗したと言えば、
法にも触れん」
……チッ、面倒だな。
ここでやり合うか?
いや、目撃者が多すぎる。
騎士団を全員消すとなると、
後々手配書が回るかもしれない。
閃光弾で目潰しして逃げるのが最善か?
俺が一瞬、
そんな「損得」を計算していた時だった。
「おい、親父」
「ちょうどいいじゃねえか」
ドラ息子が、
馬車の扉を蹴り開けた。
その手には、
何かが引きずられていた。
ボロボロの布きれを纏った、
小さな塊。
長い耳が片方千切れかけた、
十代前半くらいの、兎人族の少女だった。
体中が痣だらけで、
虚ろな目をしている。
「ほら、前の玩具が
もう壊れそうだったからよ」
「次が見つかったなら、
こいつはもういらんか」
ドラ息子はそう言うと、
少女をゴミのように放り投げた。
「ひっ……」
少女が地面に転がる。
目の前には、
騎士が構えた鋭い槍の穂先。
「やれ」
ドラ息子が笑った。
ドスッ。
鈍い音がした。
少女の小さな胸を、
無慈悲な鉄が貫いていた。
「あーあ、汚い血だ」
「ギャハハハ! 見ろよあの顔!」
馬車の中の貴族も、
周りの騎士たちも、
執事もメイドも。
全員が、笑った。
俺の思考が停止した。
「あ――」
止めなきゃ。
そう思った時には、
もう遅かった。
ズガガガガガガガガガッ!!!
鼓膜を引き裂くような轟音。
俺の横で、
シキがAA-12を構えていた。
フルオート・ショットガン。
毎分300発の散弾の嵐。
ドラ息子の上半身が、
赤い霧になって消し飛んだ。
「――殺れ」
ニナの、氷点下の声。
次の瞬間、
サンとゴロネの銃が火を噴いた。
ミケが赤い残像となって駆け抜けた。
笑っていた騎士たちの首が、
次々と空を舞う。
悲鳴を上げる暇すらなかった。
馬車の中にいた伯爵が、
息子の肉片を浴びて腰を抜かしている。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
「な、なんだ貴様らぁぁ!!」
執事とメイドが逃げようとする。
だが。
パンッ。パンッ。
シキが冷静に、
逃げる背中を撃ち抜いた。
「わ、私は見ていただけだ!」
「笑っていただけだ!」
「たすけ……!」
伯爵が這いつくばって命乞いをする。
シキは、無表情のまま近づき、
銃口をその額に押し当てた。
「笑っていましたね」
「同胞の死を」
ズドン。
頭蓋が砕ける音と共に、
静寂が訪れた。
全滅。
ものの数十秒の出来事だった。
俺は、ただ立ち尽くしていた。
止めることも、
指示することもなく。
ただ、彼女たちの暴走を
見ていることしかできなかった。
「……ブンペイさん」
シキが、
硝煙の匂いを漂わせながら戻ってくる。
その顔には、
返り血ひとつ付いていなかった。
「……処理を」
「片付けましょう」
「……ああ」
俺は、震える手を抑えて
『揺らぎ』を開いた。
死体を、馬車を、散らばった荷物を。
そして、少女の血を吸った土ごと、
広範囲をごっそりと「収納」していく。
ただの更地になった街道。
そこに、誰もいなかったかのように。
「……少し戻るぞ」
「最初の森の奥深くに埋める」
俺たちは揺らぎから森へ入り、
深い穴を掘って全てを埋葬した。
あの少女の遺体だけは、
別の場所に丁寧に埋めて、
シキが花を手向けた。
作業が終わった後。
俺は切り株に座り込み、
膝に顔をうずめた。
「……ごめん」
情けなかった。
俺は一瞬、迷ったんだ。
貴族を相手にするリスクを。
自分の保身を。
あの子を助けることより、
「面倒」を天秤にかけた。
「俺は……最低だ」
「お前たちが撃たなきゃ、
俺はヘラヘラ笑って
見過ごしてたかもしれない」
自分の中の、
冷たい部分を見せつけられた気分だった。
すると、
シキが俺の足元に跪き、
俺の手を優しく包み込んだ。
「……当たり前です」
「ブンペイさんにとって、
あの子は他人です」
「私たちを守るために、
リスクを避けるのは当然の判断です」
「でも……!」
「昔の私なら」
シキが静かに言った。
「昔の私なら、
あの子が殺されても、
何も感じずに目を逸らしていました」
「関われば自分が殺される」
「それが、奴隷の処世術ですから」
シキの長い耳が、
悲しげに垂れる。
「でも、今は違います」
「腹が立ちました」
「許せないと、体が動きました」
「ブンペイさんが、
私を『人』にしてくれたからです」
「飯を食わせ、服を着せ、
頭を撫でてくれたから」
「だから私は、怒ることができました」
シキは、
俺の手の甲に額を押し付けた。
「指示を待たずに動いたことは、
私の失態です」
「次はもっと上手くやります」
「貴方に迷惑をかけないように、
もっと綺麗に殺します」
「……シキ」
「でも、
こうして感情のままに動ける私を」
「貴方が作ってくれた今の私を」
「私は、愛しています」
重い。
でも、温かい言葉だった。
ニナたちも、
何も言わずに俺を取り囲んでいる。
俺は顔を上げた。
覚悟を決めなきゃいけない。
俺はこの世界で、
チート能力を持った「異物」だ。
でも、こいつらの「家族」だ。
家族が泣くような世界なら。
家族がキレるような理不尽なら。
「……もう、遠慮はしない」
俺は呟いた。
「この世界の『悪意』に対して、
もう計算なんてしない」
「俺たちが気に入らないなら、
全部まとめて収納してやる」
「……はい」
「そのための銃です」
シキが微笑んだ。
それは、初めて見るような
穏やかで、妖艶な笑みだった。
俺たちはまた、
何事もなかったかのように
街道へ戻った。
ただ一つ変わったのは。
俺たちの歩き方に、
一切の迷いがなくなったことだけだ。




